レギンビークの攻略祭① 前日
リリウスがニヒルな微笑みを残して去っていった。相変わらずあいつが何言ってんだかわかんないマリアは引き笑いで見送った。
いつもならリリウスが何か言ってた(笑)で済ませた。エリンと同じ枠だ。しかし今回は冗談にはしておけなかった。
「あれ、どういう意味なん?」
「俺は先に天上の領域に戦いに行く。お前にも世界を救う志が芽生えたなら神々の闘争のボードまで這い上がってこい。その時は共に戦おうってことでしょ」
「え……」
ナシェカが完璧に理解していたので引くマリアであった。
そしてそういう意味なら最初からそう言えよとリリウスへの不満も覚えたのである。
「なんで難しく言うかなー」
「わかんなきゃわかんなくていいってことでしょ。マリアの進む道を自分の言葉で決めたくないんだよ。誰かの言いなりになって戦った結果ならマリアも身に染みたでしょ?」
「うん……」
未だに納得はいかない。彼らは無意味な犠牲なんかじゃなかったと思いたい。
たしかにリリウスに任せておけば誰も死なずに済んだけど、だからってあいつ一人の任せるのが正しいとは思えなかった。
答えは今はまだ答えというほど正確な形を持たない。まだマリアの心に灯った小さなともしびの一つだ。
「あいつは運命とか未来とかいう世界の先を阻む大きなものと戦っている。一人でも多く味方が欲しいけど強制するつもりはないんだよ」
「ナシェカは決めたんだね」
「うん、あいつと行く。オデ=トゥーラ様の代わりにあいつの剣になる」
話し込んでたらリジーが寄ってきた。何の話か聞かれたので進路の話って言っておいた。進路のしの字も考えたことのないリジーは実感が湧かないらしく、遠い目つきをしている。
「はえーよ、んなの何も考えてないぞ……」
「リジーの実家って鍛冶貴族だったよね?」
「女は鍛冶場に立たせてくれないんだよー」
家業を継ぐ的な選択肢は最初からないらしい。
しかし騎士団はいやだなーって話をしていたらシーンが回ってマリアの出番がやってくる。主役だから出番が多いのだ。
如何にも海賊船長っぽい帽子を被ったウェルキンがサーベルを掲げる。カーディアス・ルーデット役のようだ。
で、マリアとセリフを言い合いながらチャンバラやってるけど何か違うと思ったナシェカが横から口を出す。曰く……
「ルーデットらしくない」
「ナシェカちゃんルーデットにも詳しいんだ。どうすればいいんだ?」
「飛び蹴りだね。ルーデットのお家芸と言えば耐性貫通アンチイモータル飛び蹴りだから」
説明してもウェルキンには理解できなかったらしい。説明されればされるほど首のひねりが増えていく。そろそろ首がちぎれそうだ。大変だ。
「……海賊なんだよね?」
「いや、フェスタ海軍の総帥だから」
「ルーデットは海賊じゃないよ。海賊を倒す海軍の人だよ」
「フェスタ帝国の六大公爵の一家だぞー」
冒険王の自伝だけ読んでる人とウェルゲート海の事情を知ってる人の間に認識の差がある。
手本を見せる。音速の壁をぶち破るマッハ18のアバーライン・フェニックスが練兵場の壁をぶち壊していった。本家はここに不死性や耐性を貫通する破邪の権能が付いた上にカルマ値による威力上昇効果まである。なんなら殺害の王特攻かと思うほどだ。
「や…やりすぎじゃない?」
「ルーデットに比べたら随分と弱くしたつもりだけど」
「そうなんだ」
「ウェルゲート海って怖いな」
ちなみに本家のカーディアス・ルーデットは龍樹と呼ばれる世界にたった四頭しか現存しない最古の魔神竜の腹をぶち抜いたらしい。それが何者かというとティト神のダチ公だ。
演劇の構成は簡単なものだ。レグルス・イースと仲間達がギルドで依頼を受けるシーン。客船が海賊に襲われるシーン。まぁ客船とは名ばかりのご禁制品をたっぷり詰め込んだ密輸船だったのでフェスタ海軍が捕縛しに来ただけなのだが。
んで、レグルスとカーディアスの一騎打ちはレグルスの勝利。
太陽王から勲章を貰っておしまいというシンプルな内容だ。練習の時間もあんまりないので脚本も雑なもんだがエンターテイメントの基本の起承転結は押さえてある。そもそもの話としてレグルス・イースが誰かも知らないやつはこの国には存在しない。
演劇の練習をわーわー騒ぎながらやってる。他のシーンの練習の間にナシェカがウェルキンへの演技指導でアバーライン・フェニックスを教えている。
「助走つけるじゃん。左足で地面を蹴るじゃん。右脚で蹴るじゃん。これだけ」
「さっぱりわからねえ……」
特撮ヒーローの必殺技を現実にやれと言われたウェルキンが本気で困っている。どう見てもただの飛び蹴りではない。一撃必殺の対竜奥義か何かだ。特にナシェカの本気フェニックスは直撃したらリリウスでさえ半身が吹き飛ぶ。
こんな技を再現できたとして、演劇の殺陣で使う必要があるのかもわからねえウェルキンであった。
「ま、いいか!」
深いことは考えないようにしたウェルキンであった。
◇◇◇◇◇◇
練兵場で一年どもが何かやってる。最近何かと悪目立ちしているアイアンハート班の連中だと気づいたのはやさぐれた目つきをした二年生だ。
彼はまぁいわゆるところの実力者だ。だから先の火を喰らう竜との決戦にも参加を要請されていたが断固断った。アホくせえってサボタージュした。
「クロード班が戦っている」
うるせえそれがどうした。
「一年生も命を懸けているんだぞ」
じゃあてめえらはどうしてここにいやがる。
口ばっか達者な教員どもの脅し文句など無視して宿舎で昼寝していた賢明な男だ。
だが彼の友達は賢明ではなかった。
「フェルギス、君は行かないのか?」
「後方支援なんざやってられるか。大変な想いをしても手柄は帝国騎士団に持っていかれるだけだ、くだらねえ」
「君は先が見えすぎてしまうからね。損得勘定ばかりで足が鈍いのは直した方がいい悪癖だと思うよ」
「くたびれ儲けよりはだいぶマシだと思うがね。クロード・アレクシスの輝かしい経歴の新たな一行には俺やお前の名前なんて書かれもしねえぞ?」
「でも僕はいくよ、みんなを助けてあげたいんだ」
勇敢な男だった。だから死体も残らなかったらしい。……後方の安全な任務じゃなかったのかよ馬鹿野郎って感じだ。
攻略祭だー、演劇だー、なんて騒ぎには参加する気が起きずフェルギスはこうして酒をかっくらって管を巻いているのだ。
「レグルス・イース、レグルス・イースだと? 早くも英雄気取りかよくだらねえ」
如何にも田舎の香りのする田舎くさい一年が英雄の役をやっている。
なんでそうてめえらは無邪気でいられるんだと苛立ちばかりが募っていく。フェルギスと一緒に酒を傾けている連中はみんなイライラしている。
迷宮から帰ってこなかった奴がいて、返ってきた奴らがいる。どうしてそれが勇敢なダチ公じゃなかったのかと今でもイラついている。
「課外実習一位のアイアンハート班か、調子こきやがって」
「目につくよな、吐き気がするぜ」
ぐちぐちぐちぐち愚痴ってばっかりだ。他に楽しいことなんてないし、そんな気分じゃないからこうして酒に逃げている。
あいつが見たら説教するんだろうなと思いながらフェルギスが酒を煽っていると、何もいないはずの背後から声がした。
「調子こいてて腹立つよね~」
ここは荷物置き場で木箱が積み重なっているだけの場所。そのはずだった。
なのに女がジャングルジムみたいに積み重なった木箱の一番上に腰かけていた。長い足をパタパタさせて、その仕草はまるで童女のようだ。
美しい女だ。見た事もないほど美しい亜麻色の髪の女がこっちを見下ろしている。……まだ昼間だというのに闇をまとって見えた。
「あんたは…」
見覚えはない。こんな女なら見れば記憶に残っているはずだ。噂にだってなるはずだ。だが記憶にない。学院生ではないなら白角隊の方だろうか?
だが服装は冒険者のソレだ。動きやすい短パンに胸空きのシャツ、軽装に似つかわしくない重厚なブーツは斥候のソレだ。だが、ブーツに差し込んだ複数の投擲槍やグラップラーフィストの存在が猟兵のような凄みを放っている。
女が酒瓶を放ってきた。フェスタ産の有名なブランデーだ。飲むには十枚もの金貨が必要になると聞いたことがある。
「あたしもね、あの女きらいなんだ」
「そいつは気が合うな。……仲良く愚痴りたいのか?」
「仲良く嫌がらせしてやらない?」
女が木札を放ってきた。何とも雑な造りな上に使い古した形跡があり、ささくれ立っていて貴族であるフェルギスからすれば触れるのも嫌な品だ。
だが受け取ってしまった。
「これは?」
「あいつらが注文した演劇衣装の受け取り札。ムカついたからスってきたんだ」
「へえ!」
フェルギスもようやく合点がいったと膝を打つ。
「あんたワルだな」
「じゃあ君達もワルだ。衣装なしでステージに上がらなきゃいけないあいつらを眺めながら飲む酒はおいしいだろうね」
「ああ、ああ! そうだろうな!」
ふと帰ってこなかった友の悲しそうな横顔が脳裏をよぎったが、フェルギスは首を振って幻影を振り払った。
「文句があるなら直接言いにこいよ馬鹿野郎」
言葉は口の中で溶けてしまい、結局言葉にもならなかった。




