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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
いかさまカジノ激闘編
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カジノの夜④ 共犯者たち

 カジノから出るとすっかり夜だった。まぁ入った時点で午後の四時だってのもあるが……

 懐中時計を確認する。21時47分だ。


「デブ、門限何時だっけ?」

「消灯時間も過ぎてるよ」


 学生寮は健全な生活を推奨してるから21時で消灯なんだよ。守るやつなんてほぼいなくて寮付きの女中にお小遣い渡して見逃してもらってるけど一応あるんだよ。

 もちろん寮の食堂も終わってる。けっこう腹減ってるんだけどな。デブやマリア様は夕飯っぽいもの食べてるけど。


 健全な学生ならここで解散だな。


「門限過ぎちゃってるし今夜は新市街に泊って明け方帰ればいいか」

「ワルだなー」


 エリンのつっこみ。この子、つっこみ早いよね。


「じゃあ寮長さんから怒られてみるかい?」

「それはやだな」

「そういう時の裏技があるんだけど聞きたい?」


 みんなが一斉に食いついたぜ。


 学生寮には無断外泊しても怒られない裏技がある。あとから外泊届を提出するという時間が息してないウルトラダイナミックな技だ。寮付きの女中にお小遣いを渡して便宜を図ってもらえるように手懐けておけば可能なんだよ。

 帝都警邏隊に所属してるルドガー兄貴から聞いた学院の裏技がさっそく炸裂する!


「ワルだなー、リリウスくん見かけ通り不良だよね?」

「でもさんせー、怒られるのやだぞ」

「あたしもー」

「今夜のエスコートは任せてるし全然いいよ。ここはお手並み拝見といこう」


 この時間だ。空いてる宿なんてそうそうない。田舎の夜は早いんだよ。

 この繁華街だって夜の十時近くでほぼ明かりが消えてるしね。


 夜の寂れた街を徒歩で移動する。四人も女の子連れてると酔っ払いが絡んで来そうなものだが来ない。騎士学の制服つよい。


 小一時間歩いてLM商会帝都支店に到着する。鍵は持ってる。

 表口の鍵をガチャリと開けた瞬間に当店の頼れる店長が侵入者の撃退にきた。繰り出された拳を受け止める。


「なんだお前か」

「おう、今夜はこっちに泊まりたいんだ。いいよな?」

「好きにしろ」


 フェイ店長がぶつくさ言いながら店の奥へと引っ込んでいく。も…もしかして夜の営みを邪魔してしまったのかな?

 あの二人最近けっこう盛ってるよね……


「さあ入れよ」

「ここは?」

「俺の店。中央文明圏の珍しい品を輸入して売ってるんだ」


「ほあー、色々あるねえ」

「なんだこれ、もしかしてモーターサイクル?」

「リジー知ってんの?」

「去年ご当主様が自慢してたんだー。すんげえ高いらしいよ」

「へえー」


 色々置いてある暗い店内を通り抜けて店の奥へ。店舗エリアを抜けたらダイニングキッチンがある。そう、俺は料理を振る舞うためにここを指定したのだ。好感度のために来たのだ。ベティ直伝のトキシック・ポイズン魔法でメロメロにしちゃうのさ。……そう、あいつの旨味成分増加魔法の正体は即興錬成魔法にカテゴライズされる毒魔法なんだよ。成分をいじってるだけだ。


 レテが使ってるだけあってキッチンは整理されている。晩御飯の食器なんかも片付いているのがさすがだ。ラトファならこうはいかない。

 我がクランはけっこう大所帯なんでダイニングキッチンは大きめだ。50人くらいなら寝泊りできる広さでソファも七つは置いてある。汚しても勝手にきれいになる謎魔法がなければお手伝いさんが二人は必要になるな。


「みんな適当に寛いでてよ、夕飯すぐにできっから」

「手伝ったほうがいい?」

「お客さんはのんびりしてなよ」


 食材を取りに地下の貯蔵庫にいき、さあ調理開始だ。

 寸胴を前に詠唱する。


「≪暗き闇の極星よ 我が意、我が願い、我が血肉をもちて―――≫」

「……あいつ寸胴に何やってんの?」

「調理工程にあんなもん含まれてたっけ?」

「ねーよ」

「あれがまともな調理法かはともかくリリウスくんの料理って理不尽なくらい美味しいんだよね……」

「お腹は大丈夫でしたか?」

「大丈夫だよ!」


 くそっ、小粋な冗談も許されねえ空間かよ。このあと自分たちがこれを食わされると思えば不安が出るのは理解できる。俺もアビスナーガシチューは全力で拒否ったし。

 ラストダンジョンにしか出てきそうなあの亜竜を食えとか無茶を言いやがるぜ、とは思ったが本当に美味かったんだよな。……まだまだあいつの領域まで全然だ。全然届かない。すげえよベティは。


 ほい、シチュー完成。パンも魔導錬成で粉から作ったから焼きたてホカホカだ。本当に焼いたのかなんて聞かないでくれ、カップ焼きそばと同じ理屈でただ製品名が『こっぺパン』なだけだ。


「できたぞー、腹ペコどもはこっちこーい!」

「シチュー……?」


 マリア様の目には他の何に見えるんだい? 黒々とした美味しそうなビーフシチューじゃないか


「見た目は…普通だね。シチューだ」

「あいつジャガイモ切ってたっけ?」

「これ何の肉?」

「……牛 (たぶん)」

「「なんでちょっと間を空けた!?」」


 調理しやすいようにスライスされてた肉の正体なんて知らんわ。レテがフェイに食わすために用意した肉だし間違ってもアビスナーガなんてことはないだろ。


 腹ペコどもにメシを配る。その際にこのパンがどっから出てきたか念入りに聞かれたがニヤリと笑っておいた。


「パンまで出所不明とか……」

「こえーよ、何食わされるのかわかんねえのは怖えーよ」

「このリリウス・マクローエン痩せても枯れても料理には嘘をつかない。さあ食ってくれ」

「嘘どころか全部濁したくせにー!」


 そんな中でデブだけが真っ先にシチューにがっつく。俺が言うのもなんだがこいつの度胸は天井を知らないな。

 ガツガツ食ってるデブにつられて女子も食べ始める。


「おいしっ! なにこれ!?」

「おおっ、味は…うん、すごいね……」

「うまいのに不安しかない……」


 よし、安心してもらおう。


「初対面の男の家に誘われてノコノコ上がり込み、出された料理を食べると中には睡眠薬が……」

「あたしらで遊ぶのはやめろー!」

「そんなに怖がらせたいのか!?」

「冗談冗談、ガハハ!」


 楽しい夜が更けていく。食後はシャワーで汗を落とし、女子四人には空いてる客室を使ってもらう。客室のベッドはアルステルム産の輸入品。スプリング入りのマットレスだから寝心地がいいぜ。

 俺の悪戯はここまでだ。将来的に殺されないために好感度が欲しいから夜這いなんて絶対にしない。楽しく眠ってもらおう。……なぜかうるさい女子部屋の前からそっと立ち去る。


 商会の倉庫から強力な武装を用意する。潜入ミッションなので軽量装備。ダンパー繊維のボディスーツやオリハルコン複合装甲のメット。首にも念のため防刃帯を巻いておく。

 兵装を整えているとフェイがやってきた。ほっぺにビンタ痕がありますがな。


「遠慮してるんじゃないかと考えてな。一応聞いておくが僕も必要か?」

「いや、温いミッションなんだが競合がいると難度が跳ね上がるかと思って一応だ」

「そうか。あの子らを守ってやる必要は?」

「そっちも平気だ。誰かに狙われているなんてことはねえ」


 フェイが肩をすくめる。


「そうか。てっきり僕の役目はそっちかと思ったんだがな」

「勘違いさせてすまんな。今回は本当に泊まる場所が欲しかっただけだ。だがとりあえずはあの四人の顔を覚えておいてくれ」

「ドルジアの春の重要人物なのか?」

「金髪ポニテの可愛い子ちゃんがいるだろ、重要どころか主役だ。真の意味で世界を救う大英雄様だぜ、精々恩を売っておけよ」

「おーけい、お土産にはクッキー缶を持たせてやろう。他は? 一人妙な気配の女もいるが?」

「今んとこはマリア様のご学友ってだけだ。まぁ大切にするに越したこたぁない」

「わかった」


 LM商会を出る。準備はばっちり。最悪銀狼団とかち合っても圧し勝てる装備だ。あいつら近接戦闘のプロ集団だから広範囲中距離魔法で圧殺可能だ。足止めでもいい。


 デブに詳しく尋ねてカジノの経営者がわかった。帝国の不動産王と呼ばれるワイスマン子爵のワイスマングループだ。

 以前はうだつの上がらない宮廷貴族の下っ端だったが、帝国第一皇子フォン・グラスカールから気に入られてラタトナリゾートの利権を手に入れてから飛躍。ここ数年で不動産王にまで成り上った大物らしい。

 聞いた事もねえ人物モブだ。そういうモブの倉庫から神器を一本盗み出す、今回のミッションはそういうしょぼいやつさ。


 深夜一時を回った帝都を駆け抜ける。……追跡者がいる。いつからだ?

 速度を出して向こうがボロを出すまで気づけなかった。この速度についてこれるってだけでも相当だ。こちとら音速ギリで走ってんだぞ。


 神気がもったいないが面だけでも拝んでおくか。気づいてないフリして走り続けてからの空間転移!


 背後から追跡者に飛びつく。女だ。けっこういい身体してるぞ揉め揉めー! 不審者のおっぱいなら揉み放題だ!


「声を出すな、俺は変態だ」

「……説得力の化身かなー」


 ナシェカだ。揉みまくったおっぱいの価値が急上昇したな。好感度? 下落の一途だろ。

 拘束を解くとうにゃーって脱力された。


「ちょこっと違和感あったんだよね。バレたかなーって思ったところでやめとけばよかったのに追っちゃった。腕が鈍ったかなー」

「大した腕前だと思うけどな」


 途中まで本気で気づけなかった。それほど警戒はしてなかったとはいえ、微塵もわからなかった。俺が迂闊だったというよりもこいつを褒めるべきだ。


「どうしてつけた、俺が恋しくなったか?」

「いやぁ、マジで狙いがわからない男が夜中にこっそり出ていったじゃん。普通気になるくね?」


 それは気になるかもな。これだけの追跡能力を持つやつが俺をつけていたんじゃなければ納得できる。納得に到らないのはそういう偶然が本当にありえるかを俺が信じられないだけだ。


「俺の狙いは可愛い女子たちと仲良くなりたいだけだぜ」

「にしては距離感を感じるんだよニャー」

「もしキミさえよければ俺は今夜の予定を放り出して熱い夜を送ってもいいぜ」

「本気で言ってそうで怖いなー!」


 ごめんよ、本気でした。

 盗みなんていつでも来れる。だが口説けるチャンスは今夜しかない! Byファウル・マクローエンの格言より。ちなみにさすがの親父殿でもそこまでの発言はなかった。


「つか今夜の予定ってなにかな? どこいくのかお姉さん気になる~」

「何も知らずに引き返してくれないか?」

「教えてくれたら引き返すよ」

「馴染みの娼婦がいる。今夜はそっちに湿気込むつもりだ」

「リリウスくん嘘ヘタだね」


 バレた! なんでだ、なんでみんな俺の嘘がわかる。鏡見ながらチェックしてる俺にもわからない変な癖でもあるのか?


 どうしたもんか。盗みに行くとか正直に言っていいのか? 普通の子ならどん引きだぞ。


「う~~~~ん……!」

「そんなに難しいことなの?」


「……ちなみにさ、カジノに盗みに入る男ってどう思う?」


 ナシェカが少し考える。


「ワイルドでカッコイー」

「よし、ついてこい!」


 俺とナシェカが夜を駆ける。そう、カッコイー男になるためにだ。

 倉庫の中で一緒に記念撮影でもしちまえば共犯だろ←

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