今はまだ灯でも
フェイの使っているのを見て思った。ドラゴンロードは使える。オーラを用いた高速移動術ってだけのこれは陰陽拳と組み合わせると面白いことができる。
喧嘩屋ちゃんはこれを突進に使っていたが俺は回避にこそ使うべきだと思った。いやフェイがこれで真横に移動してのカウンターを使ってきたんだが五発食らうまで何をやられているのか分からなかったんだよ。
足の動きや筋肉を無視した移動方法だ。効果的に使えば近接格闘でこそ光る。
「ガォルン・カン、たしかに才子であったようだ。基礎術理としての性能は計り知れないな」
「ほんの数度見たくらいで使いこなすんじゃあない」
すまない、俺が天才すぎてすまない。
大抵の技は何度か見ただけでマスターできてすまない。まあ俺もけっこうな腕前の拳法家になってきたってことだ。
なぜか勃発したフェイとのグランドバトルの後はしばらく稽古して過ごし、お互いに納得した頃に本来の目的を果たすことにした。
迷宮のコアの状態はかなりの魔法力が溜まっていた。リバイブエナジーを吸収して暴走を引き起こす状態から引き離してやるのが救世主さまのお仕事だ。
攻略品は魔法の錫杖だ。三日月を模したオーナメント付きの錫杖で先端に両刃の刃がある。
軽く使ってみたが俺の闇の魔法力を無色に変換する機能を有している。変換効率もよさそうな気がするが用途が謎だ。攻撃用ではなく研究用、錬金術師が好む補助具のようだがなぜ刃が付いているのか。
もしかしたら権威の証なのかもしれない。王が高名な錬金術師に褒美として贈ったような錫杖なのかも?
「大錬金術師グラッツェンの杖かもな」
「そいつはマリアが倒したらしいぞ」
相応の末路ってやつか。迷宮に囚われた者の末路としては上等なのかもな。
帰り道の32層でクロード分隊と遭遇した。ゴースト騎兵隊に騎乗するクロード分隊のアドバンテージはけっして衰えない機動力だ。
「先を越されたか。まったく比べ物にならないとはこの事だな」
クロードはいつも俺を持ち上げようとするな。
まぁ商売を持ち掛けてみるか。
「攻略品込みで迷宮攻略の手柄を買うつもりはあるかい? 今なら八万テンペルで売るぜ」
「学生の身では手の出ない金額だ、やめておくよ」
高すぎたかー。
「よ…四万でどう?」
「せっかくの申し出だが他人の手柄を金で買うつもりはないよ」
高潔な男だな。商人としてはやりにくい相手だ。なにしろ買ってくれない。
しゃーない。見栄っぱりで金を持ってるやつを他に探すか。いなければナシェカに押し付けよう。
◇◇◇◇◇◇
やあ、LM商会の社長です。手柄が売れませんでした。
まだ誰も攻略したことのない迷宮の攻略者という大きな手柄なのに全然売れなかったよ。
まず冒険者ギルドのアニエスちゃんに持っていったんだ。
「攻略者は貴方ではありませんの。素直に名乗り出てください」
無理筋だった。迷宮騎士団ではなく冒険者が攻略したのなら冒険者ギルドの箔になると思ったら俺も冒険者だったわ。わざわざギルドが買い取らなくてもいいんだわ……
次に迷宮騎士団に持っていった。
「喧嘩を売ってるのか貴様ァ!」
「待て、冷静に話し合おう! 悪い話じゃないだろ!?」
「どこが!? 惰弱な我らでは攻略などできないだろと、金で買えと! これが侮辱以外の何だというのだぁああ!」
最終的に迷宮騎士団を全員殴り倒すはめになったぜ。
やれやれ、小人の心は小人にしかわからないというが困ったもんだぜ。
次はドロア学院長に持っていった。
「ころ…」
「はい、やめます!」
ドロア先生が剣を抜く前にダッシュで逃げたわ。なんなんマジで、血の気の多い人多すぎない?
次はウェルキンに持っていった。
「地位、名誉、女、思いのままになるんだぜ?」
「マジか、ナシェカちゃんも見直してくれるかな?」
「見直す見直す、きゃーウェルキン素敵ー抱いてーってなもんよ」
「買った! 幾らだ!?」
「俺達の友情に免じて格安でのご提供だ。よん…いや、三万枚、金貨三万枚でどうよ?」
「やっぱやめとく」
「この商売上手め、わかった、二万で売ってやる!」
「……金がねえんだよ。逆に俺が二万テンペルも持ってるって本気で思えたのかよ?」
「借金でもいいぞ」
「いやだよ!」
鳥籠事件がトラウマになってるのか借金を嫌がりやがった。借金でPvM闘技場に沈められた男は学んでいたんだな。
まぁこんな調子で知り合いに声を掛けてみたんだが全然売れなかった。全然だ。
ドゥシス侯爵家から士官の話があったりと夢のある話なんだがなあ。まぁドゥシス侯爵家は今はマジの泥船になってるんだが。
仕方ないので最終的にナシェカに譲り…押し付けた。
迷宮騎士団所有の練兵場にいたんだがD組が集まって演劇のようなことをしていた。理由を聞いて納得する程度のことだ。
「なるほど、いつもの学院の謎の伝統か」
「謎の伝統で全部片付くの超便利だよね~」
だよね。まぁ課外実習のダンジョンアタックでは毎年お世話になった都市や迷宮騎士団に娯楽を提供していたらしい。宴会の余興ってわけだ。
それが今回は攻略祭だ。せっかくだから市民にも楽しんでもらおうと演目を演劇に変えたらしい。面白いことを考えるもんだ。
「で、演目はこれか」
「含みがあんね?」
「実際にあのジジイと敵対している身からするとなあ」
冒険者の王レグルスの大冒険の第七巻『海の悪魔キャプテン・ルーデット』だ。よりによってレグルス・イース。よりによってキャプテン・ルーデットかよ。嫌なチョイスだ。
「レグルス・イース役がマリアとはね。皮肉めいてるな」
「そーいえば、おーいマリア!」
ナシェカがマリアを呼びに行った。ナシェカに背を押されながらこっちに来るマリアが超キョドっててウケる。
「ほら、言いたいことあんでしょ? さっさと言った言った」
「まだ心の準備ができてない」
「いつなら出来るってんだよ。こんなんスパッと言えば済むんだよ」
超キョドってたマリアが決心したらしい。
まっすぐに俺を見上げてくる。
「あの時はごめん」
「別にいいよ。気にしてない、っつーかああいう状況だと誰かに当たる気持ちはわかる。気にしてない」
「と言いつつ内心ホッとしている男である」
ナシェカよ、俺の心の機微をナレーションすんな。
「本当に…怒ってない?」
「怒ってない。自慢じゃないが俺のやらかしはマリアとは桁が八つ九つちがうぜ、んなの気にしてたら死んでるよ」
「千…万…億? なにをやらかしたの?」
「俺の戦う理由ってやつさ」
俺はあの時あそこにいたんだ。終わりなき闘争の箱庭が始まる瞬間にあそこにいたのに止められなかった。……って言ってもわかんねえんだろうな。
あの時俺はティトを殴り倒して罵倒しただけだった。心底変わらないくだらない野郎に愛想が尽きて放り出した。イザールとだって正面から向き合わなかった。レザードとだって……
後悔がある。あの日の失敗を取り返すために戦っている。
もうどうにもなんねえのかもしれないけど、未来だけはせめてって願うからだ。
「レグルス・イース役か、主役じゃん。頑張れよ」
「うん、ありがと」
お礼は言わないでくれ。お前は必ず後悔する。絶望する。怒鳴り散らす。
だがその時に揺るがぬ己を手にしていたなら―――
「なあマリア、その時は握手をしよう」
「うん? 今じゃなくて?」
「今は何を言ってるのかわかんねえと思うぜ。だが心底からこの世から争いを消したいと願ってお前の眼に使命が宿ったなら肩を並べて戦う戦士どうし握手をしよう。未来で待ってるぜ」
試練を乗り越えられる強さを得たマリアはもう大丈夫だ。俺がいなくたってお前なら運命に打ち勝てる。
俺は次の戦場に行く。いつか闘争の果てにお前と再会できることを楽しみにしている。
三日後、攻略祭が始まった。