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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
課外実習編
218/362

その頃のエロ賢者

 アシェラからメールが返ってきた。


『懸念していたガレリアの動きだけどクリスタルパレスに出入りする者に一部傾向が見られた。おそらくは大物貴族に限って監視の目を広げているようだ。調査はこのまま続行する。詳細がわかるまでは帝都に帰ってこない方がいいと思うよ』


 だとさ。


 ドゥシス候は領都に帰した。我が身を守ることだけを一番に考えるように忠告はしたが候の安否はガレリアの気分次第だろうな。

 どこにでもいるガレリアの刃から逃れるすべは存在しない。

 ウェルゲート海から逃れた神々が己の神殿に引きこもっている理由はそれしか我が身を守るすべが無いからだ。己の信徒以外は信じてはいけないからだ。信徒とアサシンの見分けはつくからな。


 一日一度アシェラからメールがやってくる。


『クリスタルパレス内のガレリアの掃除に成功。貴族街は四割ってところかな?』


『帝都からガレリアの排除に成功。外に関しては段階的にって感じだね』


 早い、仕事が早すぎる。

 一番危険なのはアシェラ神殿なのかもしれない。


「アシェラからは何と?」

「帝都からガレリアを追い出したそうだ」

「……そうか」


 フェイが多くの想いを呑み込んだ『そうか』を吐いた。わかるぜ、アシェラ神殿が強すぎるんだよ。

 やはり暗躍の専門家。任せて安心だ。


 この数日は何も起きない。っていうと変だな。学院の課外実習が再開された。また迷宮都市までやってきたドロア学院長から停学の取り消しを打診された。俺はもうどうでもよかったので籍だけは残したまま休学扱いにしてもらった。


 その際に質問もした。


「クリストファーってどうなっているんですか?」

「第二皇子様ならお前と同じで休学中だ。どんな心境の変化か派閥拡大に勤しんでいるようだね。……その様子じゃ本当に知らなかったようだな?」


 知らなかった。アシェラからの報告にそんなものはなかった。


「あちこちのサロンに顔を出して顔を広げているよ。何を企んでるのかあたしの方が聞きたいくらいなんだが、あんたも知らないんじゃ困ったね」

「学院長先生はあいつの狙いをご存じなんですね」

「そんなもん知りやしないよ。でもね、目を見ればわかるんだ。ありゃあ殺してやるって目つきだ。目の前で親を殺されたガキと同じ目つきだ。あんな目つきを誰にでも向けてやがるんだ。察するものはあるさ」

「そうでしたか」


 何も知らなくても真実にたどり着けてしまう。

 賢い人ってのはこういう人をいうのだろうな。


「でもね、あんた気づいているかい? あの怪物になった男が優しい目をする時があるんだよ。あんたとマリアを見ている時だけさ」

「あいつから幾ら貰ったんですか?」

「賄賂で言わされているわけじゃないよ! あんたは本当にファウルそっくりだね!」


 怒られてしまった。以前も教科書の業者から贈賄があったんじゃないかって指摘して怒らせたからな。


 親父殿曰くドロア学院長は真面目なお人柄のようだ。周りが心配するくらい真面目だからいつか潰れてしまわないかと不安だったが、結果こうして出世しているのだから心配するだけ無駄だったなって笑っていた。

 なおバートランド公の密告によって学院生時代の恋人だと発覚したのには驚いたぜ。


 目つきに殺意が宿る怖い学院長先生がそういえばと手を打つ。


「そういえばあんたとフラオの娘は婚約したんだってね。おめでとう」

「してませんよ!」


 フラオってエリンちゃんと婚約!? してねえよ!

 以前エリンちゃんパパに結婚を前提にお付き合いしてますって嘘こいただけで!


「そうなのかい? おかしいねえ、ファウルが方々で触れ回っていたよ」


 あの親父なにやらかしてんの!?


「勘違いなのかい。じゃあ早く訂正してやりな、式場にグランナハト大劇場を抑えていたよ」


 帝国で一番の劇場を抑えるとか何やらかしてんの!?

 皇族の婚礼に使われる特別な場所で並みの貴族じゃ名前を出した時点で断られる格式ある式場って聞いたよ!?


「あちこちで招待客も募っていたよ」

「あ…あのクソ親父の行動力……」

「そう言ってやるな。あれで親心さ、まぁあんたにとっちゃ迷惑な事この上ないのかもしれないけどね」


 まさか帝都で待ち受けるものがガレリアではなく九人目の花嫁編だとはな。想像もしてなかったわ。


 ドロア学院長とのある意味衝撃的な面談を終えての数日が経ち、迷宮都市レギンビークにおける日常は見かけだけは平穏を取り戻していた。


 現在俺達がいるのは迷宮深層56層目から57階層へと続く階段だ。さっき下を見てきたが次が最下層で間違いない。


「フェイ君準備おっけー?」

「オーケーだ。どう動く?」

「俺が支援してやるから適当に押さえ込んでくれ。変な異能がありそうなら判明次第相談で」

「よし、いくぞ」


 グラッツェン大迷宮改めレギンビーク迷宮の最深部にいた守護者はゴーレムだった。鑑定眼で視たところアダマンタイトゴーレムだそうな。

 数分ほど奮闘したフェイが諦めて俺とバトンタッチ。フェイ君の名誉のために言うとアダマンタイトは仕方ないと思うわ。


 俺? 分子分解の魔術で消し去ってやったわ。

 今更こんなもん相手に苦戦せんわ。


「おっと、フェイ君じつに悔しそうだね?」

「気のせいだ!」

「殴りかかってくるんじゃねえ!」


 最深部の守護者はじつはフェイだったのかもしれない。

 この街に来てから一番苦戦した―――そおおおおい! 喧嘩屋ちゃんのドラゴンロードをマスターしてんじゃねえ!



◇◇◇◇◇◇



 その頃お騒がせ盗撮魔ことガイゼリック・ワイスマンはマクローエン領の奥の奥、氷の迷宮の奥深くで戦っていた。

 山よりも大きな巨人の兵団を打ち倒し、浴びるようにポーションを被っているところだ。


「武装した霜の巨人の群れとはな。とことん引きが悪いな……」


 神話の時代に巨人の王ヌアザが率いたフロストジャイアントの群れを引き当てたことが不幸なら、ヌアザその人が幻影として出てこなかったのは不幸中の幸いなのだろう。


 ここは事象の地平線と物理世界の境界にある場所。ここでは過去に起きた出来事が何だって起こり得る。

 ここにははじまりの救世主の影さえ現れる。最盛期の魔神ティトだとて例外ではない。夜の魔王さえも出てくる。

 このような場所にあってはエロ賢者ガイゼリックでさえ上の下の存在でしかない。


 先にあげた最上位クラスが出てきた場合は時を止めての逃げの一手しかないのだ。


 何もない闇の中を歩いていき、やがて景色が歪んで変化する。吹雪に閉ざされた巨大都市。神々の墓標がごときオベリスクの立ち並ぶ聖オルディナ通り。遠くに見えるのは明かりの消えたクリスタルパレスの威容だ。


「帝都フォルノークか。さて何が出てくるやら……」


 吹雪の向こうから女が現れる。

 修道服をまとう凛々しい立ち姿の女が慣れた手つきで掲げた左手の鞘から剣を引き抜く。


「ルナココア=アルテシア・フィア・アルチザン・ベイグラントか。二本目は不要なのだがな」


 ルナココアがガイゼリックが持つ者と同じ純白の剣を掲げ、唱える。

 オーヴァドライブ。そして時が停止する。


 獣のように駆けだしてきたルナココアをアシェラの剣術が迎撃する。


「最初こそしてやられたが俺に同じ技が二度も通じると思うな!」


 ルナココアは確かに強い。種族でも最高位の戦闘能力を持つ到達者の領域にある。だがガイゼリックはトールマン種族の王なのだ。王が臣下に敗れるわけがない。


喧嘩屋イコライザーごときが魔王に勝てるつもりか!」


 ルナココアの手首を切り裂き、宙を舞い上がる二本目のシュテリアーゼを魔力触手で掴み引き寄せて二刀流とする。


「お前の価値は時の武具だけだ。疾く滅せよ」


 オーラブレードによる二連撃が命中し、ルナココアの幻影が消失する。


 ここに出てくるのは所詮は影。現実世界で起きた事象が反転してマイナスの熱量で再現される場所でしかない。……本来は。


 だが繰り返される時がその理を破壊してここでは未来の事象が再現される。

 世界は失われた時を覚えているのだ。世界は今がいつかをさえ忘れているのだ。


「二本目か、まあリリウスめの取引材料にはなるか」


 消えかけている二本目のシュテリアーゼに無色のリバイブエナジーを流し込む。消えかけているが存在しようとしている時の神器が注ぎ込まれたちからを使って己の存在を確たるものへと変化させていく。


 ここでは戦利品はこのようにして手に入れる。

 まだ試してはいないが人でさえも無色のリブを与えれば本物に変じると予感している。……もっともそのようなまね恐ろしくてやろうとも思わないが。


 ガイゼリックが重々しいため息をつく。


「外れ続きだ。実世界は今どうなっているやら……」


 ガイゼリック・ワイスマンは知らない。もうとっくに夏季休暇が終わっていることを。

 ガイゼリック・ワイスマンは歩みを止めない。彼が学院に戻ってくるのはもう少し先になりそうだ。

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