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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
課外実習編
217/362

猛火の中でさえ保たれる平穏と静寂

 そして数日の時が流れてレギンビーク市の軍宿舎。候は渋面のまま報告を受けている。火を喰らう竜との激闘で一番の功労者であるリリウス・マクローエンの召喚がうまくいかない。


 候としては不思議で仕方ない。彼は功労者だ。候はダンジョンマスターとして彼を労い、褒美を与えるつもりで呼んでいるのに全然応じてくれない。


 で、朝方になってもたらされた報告は彼の捕縛のために出した二個中隊が全滅して路上に転がっていたというものだ。

 まず思った。


(捕縛……?)


 功労者を呼び出しているはずなのにいつの間にか兵隊は捕縛に動いていたらしい。

 いったい何をどう曲解したらそうなるのか不明だが報告は最後まで聞かねばならない。


「状況証拠から見てリリウス・マクローエンめの凶行に違いありません」

(状況証拠?)


 何とも変な報告が続く。喜劇か何かの台本の読み上げかと思うほどだ。


「候の召喚に応じぬばかりか兵隊を手に掛ける所業。迷宮核の破壊者も彼奴に違いありませぬ」

(こいつはこんなにアホだったかな?)


 公私共に長い付き合いのある近衛兵団の団長ロンメルの頭の具合を疑う候は、そういえば我らもそういう年かと妙な納得もした。ちなみに候もロンメルもそろそろ五十代だ。

 すっかり頭のハゲあがってしまった友人を、生温かい目つきで見つめるドゥシス候が言ってみる。


「呼び出しの方法を間違えたのではないか?」

「お言葉ですが候! どうしてそうも鷹揚に構えておられるのか、彼奴めはドゥシスの権威を侮っておるのですぞ!」


「落ち着きなさい。君はいま冷静ではないのだよ」

「落ち着いてなど! 部下が殺されているのですぞ!」


「……ロンメル、それだって状況証拠ってやつじゃないか」

「彼奴以外の誰がこんなマネをすると!」

「だから落ち着いて考える必要があるんじゃないか。相手は十五の子供だよ、どうしてそうも事を荒立てようとするのだね?」


 ロンメルは冷静ではなかった。彼の口から出てくる過激な意見に耳を塞ぎたい気分のドゥシス候は背後に控える愛娘に問う。


「ドロシー、どう思うね?」

「ロンメル団長の意見を尊重するべきかと」

「お前までそんなことを……」


 わからない。ドゥシス候にはどうしてこんなふうになるのか理解できなかった。


(どういうことだろうね、まるで我が友ロンメルとドロシーが同じ姿をした別人になってしまったかのようだ)


 ドゥシス候は嘆息をつき、背もたれに体重をかけるように座り直し、また深い息をついた。



◆◆◆◆◆◆



 迷宮に行く前にジョンのところに寄った。まぁ形は違えど俺の要請に応じてくれたようなものなので約束のジャーキーをくれてやるためだ。

 ギルドの売店で安売りしていたからな。丁度いいと思って買ってきてやったんだ。


「どうだ、うまいか?」


 すっかり野生に返ってる銀犬くんがジャーキーに夢中だ。ガツガツ食ってる。


「お前のような害獣でも人様の役に立つ方法はあるんだ。これからもその調子でいろよ」

『君は、私がここにいる意味を少しも考えたりはしないのか?』


 急に人間らしい思念を飛ばしてくんなよ。ビビるだろ。


「意味だと?」

『わからないのなら構わない』

「なんだってんだよ。おい、黙り込むなよ」


 ジョンが尻尾をふりふり去っていく。

 まったく何なんだあいつは?



◇◇◇◇◇◇



 今日も今日とて迷宮帰り。労働で得た金を握り締めての帰路に待つ夕焼けのなんと美しいことか。


「あー、キンッキンに冷え切った発泡酒を飲みてえ」

「僕は井戸水を頭から被りたいな」


 わかる。汗塗れの労働後にキンッキンに冷えた井戸水を被るとか最高だぜ。


 この後に素晴らしい体験が待ち構えている、そういう気持ちで馴染みの娼館の入り口を潜ると真剣な顔つきでサイドラインを眺めるおっさんと目が合ってしまった。

 一目でわかる。貴族だ。それもかなりの大物だ。侍従やら護衛やらをぞろぞろ連れている。


「君、そうだ、君だ」


 声をかけられてしまった。

 理性的な声音から強固な自制心が聞き取れる。学院にいる貴族とも呼べないひよこどもとは格が違うな。


「やっぱりファウルの息子じゃないか。確か五男君だったね?」

「あー、どこかでお会いしましたかね?」

「覚えていないのか? まあ仕方ない、君もあの頃は小さかったからね」


 地面スレスレの俺といつ会ったんだよおっさん! あー、親父殿のお友達かなあ。


「お…お久しぶりにございます」

「今更覚えているふりなんてしなくていい。こんなところで会ったのも何かの縁だ、今夜の酒と女は私のおごりだ、さあ来たまえ」


 親父殿の交友関係って悪い交友関係なんだよな。全員が歓楽街の玄人っていう悪いお友達だ。……帝国の歓楽街で遊んでいればこういう事もあるか。


「部屋は取ってあるので俺の部屋でいいですか?」

「何だよ、さすがはファウルの息子だな」


 親父殿の息子だと十五で町の高級娼館に出入りしているのが当たり前というクソみたいな認識が俺を襲った。なお事実なので何も否定できない。

 おっさんが侍従どもを残して俺の部屋に付いてくる。友人の息子と気兼ねなく飲むだけだ、お前達はここで待っていろっていうパワフルな感じだった。さすがは親父殿の友達だ。


 ゲルトルートちゃんのお酌で乾杯する。


「では懐かしい再会を祝って」

「いや、私達が会うのはこれが初めてだよ」


 おっさん?


「ここは俺を騙したのか的なありきたりなセリフが必要ですかね?」

「そういう人を食ったような態度は正しくファウルの息子らしいな。君と接触するにはこういう方法を取るしかなかったのだ、どうか大目に見てくれまいか」


 どうやら親父殿の友人という一番のクソ情報だけは本当らしいな。

 おっさんが酒杯を煽る。駆けつけ三杯ならぬ五杯を飲み干してようやく人心地ついたようだ。


「下の者は信用ならない。いや私直属の部下さえも信用できなくなってしまった。どうやら私は悪夢の中にいるらしいのだ」


「何が起きたってんですか?」

「兵団長のロンメルと我が娘ドロシーがほんの数日の間に別人とすり替わってしまったのだ。姿形だけは以前と変わらない別人だ。奴らはどうも私と君を敵対させたいらしい」

「なるほど」


 今更おっさん何者とは言い出せない雰囲気だ。


「君にも同様の出来事が起きているはずだ。何か異変はなかったかね?」

「そういえば妙に殺気立った連中がドゥシス候の使いだと言い張っていましたね。どう見ても拷問室に直行する気満々のやべー連中です」


「さっきの男は?」

「フェイを亡き者にして別人を送り込むってのは不可能ですよ。そんなマネができるのなら俺を殺す方がよっぽど簡単だ」

「そいつは羨ましいな。無論皮肉ではない、本心からだ」


 もうこの男が何者かなんて問う必要もない。ドゥシス侯レドアルト・バインサークがまた酒杯を煽った。


「アルヴィンから忠告は受けていた。帝都には近づくな、身辺に異変があればリリウス・マクローエンを頼れとな。……あいつからの手紙がなければまんまと奴らの策に乗っていたかもしれん」

「バートランド公は他には何と?」

「何も。私と同じようにあいつにも監視がついているのだろう」


 帝都で何かが起きている。ってのはまぁパンピーの意見になるんだろうな。

 俺にはこの悪夢の指し手が簡単に思い浮かぶぜ。


「ところでドゥシス候、その服はご自分で選ばれたものですか?」

「いや」


 瞬時にドゥシス候の衣類を引き裂いて魔法で燃やす。

 呆然とするドゥシス候の顔色が青ざめていく。炎の中にある衣類がまるで燃えやしないからだ。


 やがて衣類の残骸が人の形へと変化していく。中々に俺好みの可愛い子ちゃんだ。


「これは…いったい!」

「ガレリアの子供のアサシンってやつですよ。中央文明圏にはこんな怪物どもがうようよいます」

「これが子供のアサシンか!」

「こいつらは何にでも擬態できます。候の部屋の壁にも衣服にも、もちろん人間にも」


 子供のアサシンが殺人ナイフを構える。

 やる気かよ。面倒だな。


「単品で俺とやる気か? やめとけ、勝てないのはわかっているはずだ」

「……」

「おしゃべりは禁止ってか。怪物を演じるならそれは正しいぜ」


 背中に衝撃。

 振り返ればゲルトルートちゃんが殺人ナイフで俺の脾臓を刺し貫いていた。これだからガレリアのアサシンは厄介なんだ。空気の動きよりも早く攻撃してきやがる。


 思い返してみればいつだってすり替わるタイミングはあったか。


「すまない、俺の落ち度だ」


 殺人ナイフを逆手に握り、虚空を薙ぐ。

 アルザインのナイフは必ず背後から急所を貫く。こいつらの場合はラザイエフの呪術冠と呼ばれる演算宝珠にだ。


 彼女らのコアが割れる音が響き渡り、二体のアサシンは液体となって崩れていった。


「ガレリアが動き出したか」


 いや、とっくに動いていたのかもしれない。

 誰にも気取らせず、アシェラ神殿さえ欺いて帝国に浸透している?


 アシェラに調査を依頼しておくか……

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