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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
課外実習編
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ニューエントリー

 残念ながら第二ピットの攻略はならなかった。いやまぁ単純に道に迷ってね。やっぱ地図なし攻略は時間がかかるわ。


 夜の七時まで潜っていた俺とフェイは回収した魔石を冒険者ギルドに売りに来ている。別に自分で食ってちからに変えてもいいんだが新たな道を歩み始めたレギンビーク市へのお布施のようなもんだ。

 おっと今のは自然に問題発言だったな。魔石を食ってパワーアップとか魔物かよ。最近自分の中の常識がマジで人間からかけ離れていく自覚はある。でも精霊種の基本能力だから許して。俺はデミゴッドだけど。


 販売窓口は当然アニエスちゃんのところさ。


「等級の高い魔石ばかりですね。さすがは救世主様というところでしょうか」

「面倒くさいから小さな魔石は放置してきただけだよ」


 銀貨一枚くらいの魔石を拾うなんて面倒だしね。


「比類なき実力があればこその発言と受け取っておきますわ。では本日の収穫はこちらに」


 金貨を十枚積んだ山が七つにあとは小銭だ。小銭はアニエスちゃんにあげよう。


「そんなっ、いただけません!」

「いいから取っておいてくれ。色々あると思うが都市の門出のお祝いだ、これで職員仲間でも連れてパァっと飲み食いしてくれよ」


「そういうことであれば。お気遣い感謝いたします」

「うむ、感謝してくれよ」


 冗談めかして胸を張ってえらそうに言うと笑われた。好感度の高そうな笑い方なので今夜はイケる気がしたが、今夜は職員どうしでパァっと憂さ晴らししてきてもらおう。


 上のサロンにいた冒険者どもにも金貨を渡しておく。


「これでどこぞの酒場で振る舞い酒をやってくれ。今日来た客全員におごるように」

「ひゅうっ! あんた気前がいいな、任せてくれ」

「あんたは来ないのか?」

「俺らは女と約束があるんでね」

「やっぱ気前のいい男は違うな。この色男!」


 冒険者さんたちって酒をおごると心を開くよね。いやぁこの単純さが貴族社会に疲れた心を癒してくれるぜ。利害の次第では明日には敵になってるのが冒険者だけど!


 鳴りやまないリリウスコールを背にギルドを出ると出入口でクロードと遭遇した。なんでギルドに?


 クロードの目が金貨入りの革袋を持つ俺の手と顔をいったりきたり。……おごってほしいのか?


「まさか昨日の今日でもう迷宮に入っていたのか?」

「おう、第12階層まで行ってきたぜ」

「……敵わないな。そのパワーには敬服するよ」


 うむ、敬服したまえよ。なんて冗談は置いといて……


「なんでギルドに?」

「君を探していたんだ」

「苦情?」

「お礼に決まってるじゃないか。……まあ、マリアの発言はな、あれは彼女も気が動転していたんだ、気にしないでやってくれ」


 そっちだって事後処理で色々と忙しいにちがいないのに相変わらず気の利いた男だな。

 かなり疲れた様子を見るに今の今まで事後処理が長引いていたようだ。仮眠くらいは取ったのだろうが俺を探してくれるとは律儀な男だよ。


「お礼ねえ、そっちを放置してた俺には受け取る資格はないんだが、それじゃあ気が済まないよな?」

「露骨な前振りだな。頼みがあるならすっぱり言ってくれ」

「酒をおごってくれ、ドルジアの男のお礼と言えば酒だろ」

「任せてくれ!」


 って言ったクロードが後悔したかは表情的に不明だが、俺はこの後中々の無茶振りをした。泊っている高級娼館の空いてる嬢を全員呼んでの宴会である。

 およそ17人の唱和する「ごちでーす!」という乾杯から始まり、次手はお小言であった。


「遊び方が豪快すぎる」

「おいおい次代のアレクシス侯爵ともあろう男がこの程度で」

「器の小ささが出ているぞ。どんと構えていろ」


 フェイ君どの口で言えるの?

 嬢の五人くらいで絶望的な顔をしていた昨夜のお前の醜態まだ記憶に新しいんだけど?


「え、侯爵様なんですか!?」

「すごーい!」

「おうおう色仕掛けしとけよ。もしかしたら側室様になれるかもしれねえぞ」


 女の子がみんなしてクロードに群がっている。

 俺はゲルトルートちゃんがいればいい。男の手は二つしかない、愛し合う相手は一人いれば充分なのだ。名言が出たな。


「おいおい、けしかけてくれるなよ」

「まあ好きに楽しめよ。愛の数だけ男の器は大きくなるんだぞ」


 酒を飲み、時に詩歌を吟じ、時に手品を披露する楽しい宴会だ。まぁ手品を披露する奴は俺くらいのもんだがな。

 君の性感帯はここかな?ゲームは俺発祥かつ俺にしかできないと思うが最高の手品だ。ハトを出す奴以外に負ける気がしねえ。


 楽しく飲んでる間にその後ってやつをちょっぴり聞かされた。


 迷宮騎士団の被害は甚大で再編のためにドゥシス侯爵が直々にレギンビーク市にやってくるとかいうどーでもいい話とか。

 同じく被害がでかい白角隊が本拠地である領都に帰還するのだとか。


 上記に比べたらまだ傷の浅い学院は帝都とやり取りをしていて現状確認のために明日にもドロア学院長がやってくるとか、そんな話だ。

 学院生の死体は焼き尽くされて残っていないらしい。宿舎に置いてある遺品の扱いだとか色々と相談することがあってクロードも会議に駆り出されていたらしい。


「そういやアーサー君は?」

「深い傷もあったが優秀な治癒術師だ。さっき会ってきたが元気そうにしていたよ。そうそう、ロザリア様だがな」


 やべえ、何かあったのかな?


「一晩経ったら元の姿に戻っていたよ」

「マジか」

「それでご本人は大層落ち込んでおられたよ」

「目に見えるような落ち込み方をしているんだろうな」


 あのロリお嬢様はスレンダーなモデル体型に憧れていたから絶望もんだろ。慰めて差し上げたいが無理だな。会った瞬間に噴き出す自信がある。リリウス・マーライオンの爆誕だ。


「まったく面白いな。最高の知らせだよクロード」

「喜ぶのかよ」

「いやいや主君が悲しんでいるので俺が喜ぶだなんてまさか。ニュースとして単純に面白すぎるだけだ」


 どうしようニヤニヤが止まらない。やっぱりお嬢様は最高だぜ。

 ストラのちからのせいで成長というか老化の遺伝子がバグってるみたいだし一生あのまんまなんじゃね?


 そーいえば。


「そういえば迷宮実習ってどうなるんだ、やっぱり中止か?」

「あれだけの事があったから当然中止だと思うがドロア学院長は続けさせるおつもりのようだ」


 わかってるねえ。さすがは学院長先生だ。

 迷宮で嫌な想いをしたまま迷宮から逃げるとそいつはもう迷宮に潜れない。トラウマといえば簡単だが忌避感が出てしまう。

 アーガイル君も昔は優秀なダンジョンアタッカーだったらしいけどトラウマのせいで潜れなくなったって話だ。


「その辺りも判断するためにこちらにお越しになられるのだ。その時に俺も君の処分を掛け合ってみるつもりだ」

「俺の処分か……」


 婦女暴行的な風評被害での退学寄りの停学の件か。もうどうでもいいってゆーか退学なら退学でいいんだがな。

 ナシェカという窓口はできた。後は外部からアシストって形でも問題ないと考えている。


「やるだけでやってみる。期待して待っていてくれ」


 と言ってクロードが席を立った。引き留めたがまだ色々とやることが残っているんだそうな。真面目な男だぜ。


 しかしドゥシス侯爵がこっちに来るのか。

 仕方のない事とはいえ迷宮を破壊された領主様の動向は気になるな。最悪の予想どころか高確率で俺を糾弾するだろうな。面倒くせえ。

 まぁいい、人界の権力者の動向なんざ知ったことか。そんなことより宴会だ!


「さあ君の性感帯はどーこーかーなー!」


 遊ぶ時は全力で遊ぶ。それもまた大人の在り方!



◆◆◆◆◆◆



 昼間はダンジョンに戦い、夜は娼館で戦うという割りとどうでもいい数日が流れていった。いつものようにダンジョン潜りから帰ってきたタイミングで娼館の用心棒と受付を兼任しているチンピラに声を掛けられた。


「リリウスの旦那! お客さんですぜ!」

「可愛い子ちゃん?」

「髭面のおっさんっすわ」


 急上昇する期待ゲージが倍速で低下していったわ。


「パス」

「会いたくないってんならうちの店としては旦那の意見を尊重しますがね、後で面倒になるのは勘弁してくださいよ」

「おっけーおっけー、誰だろうが一蹴してやるよ」

「頼みますよ」


 チンピラが待合室っぽい部屋に入っていった。


「リリウスさんは出直せと言ってます。さあお帰りください」

「なっ、私を誰だと思っている。私は―――」

「どこの誰様だろうと俺はお客の味方なんですよ。さあ帰った帰った」


 あの男、態度は卑屈かつ横柄だが仕事はきちんとするようだ。後で心づけをあげよう。

 フェイが面倒そうに言う。


「厄介事のにおいがするな」

「フェイ君正解だよ」

「おっ、当たったか」


 たぶんね。


 翌朝、日の出の頃だ。なんていうか田舎の人は時間とか関係ないからな。とりあえず朝日が昇ったら起床時刻なんだよ。日が暮れたら終業なんだよ。

 そんな気持ちで朝食を食べてダンジョンに出かけるんだが……


 門前にキナ臭い団体さんがいた。翼持つ大蛇の家門。ドゥシス侯爵家の家門入りの馬車とはな。

 ずらりと並んだ完全装備の兵隊の中心にいる兵隊長っぽいおっさんが兜を脱ぐ。こんな時間なのにご苦労様だぜ。


「リリウス・マクローエンだな?」

「しりとりをしないか?」


 顔をしかめた兵隊長がなんだと?って二回言った。驚いただろう? 特に意味はないんだぜ?


「先手は譲るぜ、『り』だ」

「これは何か意味のあるやりとりなのか?」

「そう思ってくれて構わない」


「……りす」

「じゃあ俺の答えは『状態異常スタン』だ」


 兵隊長を一撃で殴り倒す。論旨を理解したフェイも動いて兵隊どもをのしていく。まぁ手加減はしてやるよ。お給金貰って働いてる職業兵隊さんに罪はないからな。

 領内の迷宮でレベリングをしてから侯爵軍に編入されたエリートどもなんだろうが俺とフェイからすれば雑魚の群れでしかなく、あっさりと片付いた。


 最後は侯爵家の家門入りの箱馬車をファイヤーしておしまいさ。


「準備運動にもならなかったな。なんだこいつら?」

「身の程を知らない田舎貴族の使い走りだろ。いつもの手合いだ」

「なるほどな」


 田舎貴族ってのは身の程を知らないから困る。領民に接するように己の権威が誰にでも通じると勘違いをしているから困る。

 幼気な領民へ拳を振り上げる感覚で亜神に挑もうとするから困る。


 神に挑むからには全身全霊を以て挑め馬鹿と言いたいところである。


「田舎貴族は困るぜ、俺達に喧嘩を売る意味を理解していない」

「まあ楽しめればいい。次は少しはマシな連中を寄こしてくれよ」

「おもいきり殴ってもいい英雄級が十人は欲しいよな」

「百人ならなおよい」

「いねーよ、居ても一人だろ」

「田舎貴族はしみったれてるな……」


 むしろ一人だって居るか怪しいところだ。すまんがLM商会と戦いたいのなら英雄級を十人とグレーターデーモンを二体仕入れてきてくれ。LM商会の幹部一人と戦うならそれが最低限の礼儀ってもんだ。倒そうと思えばその五倍は必要だ。


 そしてこの日の夜更けである。今日は考古工学部メンバーも誘っての攻略だったがやはりこの方々が学生やってるのはおかしいと思う。セリード先輩もかなりの術者だがレリア先輩はおかしい。LM商会の幹部クラスの実力者なのはおかしい。

 今はダンジョン帰り。歩いて酒場まで向かっているところだ。


「この女は使えるな。スカウトはどうなっている?」

「レリア先輩なら年俸二万ユーベルを約束しますよ」

「ろ…労働は好かぬ……」


「震え出したぞ、どうなっている?」

「レリア先輩は労働とか勤労って聞くと蕁麻疹が出ちゃう人だから」

「過去に何があったんだ?」


 それは知らんわ。頑なに語ろうとしないのは秘密というよりもトラウマなのだろう。蕁麻疹がブツブツ出て呼吸困難になっちゃうし。

 自分の身を抱いてガタガタ震えているレリア先輩の将来はニートな気がする。


「リリウス、俺は?」

「セリード先輩なら年俸三千ユーベルをお支払いしましょう。昇給は働き次第ってことで」

「ほほぅ、悪くないね」

「うちは店員向けのショップも優秀ですよ。何しろアルテナ神お手製のマジックアイテムやティト神の神話の武具が買えます」

「なんだ、内部で消費させる気満々じゃないか」

「とはいえ金で買えない物がお金で買えるのです。そういえば最近エストカント市のAIどもが通販ショップを開設しましてね、俺が代理購入して差し上げますよ」

「いい話に聞こえるのは怖いね」


 怖くねーよ、いい話なんだよ。俺を地獄の使者か何かだと思ってらっしゃる?

 ここでアルフォンス先輩が話に入ってきた。


「私も雇ってほしいね」

「アルフォンス先輩は年俸四十ユーベルっすね」

「ぶふっ!(レリア先輩の噴き出す音)」


 というかみなさん一斉に噴き出していらっしゃる。


「いい判断だ」

「こいつには十ユーベルでも高い」

「むしろマイナスの存在だ」

「解せない評価だ。私が本気を出せばLM商会帝都支店の売り上げを十倍にできるのに」

「やめておけ、こいつは経営手腕ではなく詐術で実現する男だ」


 アルフォンス先輩はもはやオチ担当だなー。なんて思っていると町のど真ん中だってのに兵隊に囲まれてしまった。


 軍旗を掲げる兵隊の数は……まぁざっと百人ってところか。これで本気を出したつもりなんだろうなあ……


「ドゥシス候のお召しである。大人しく同行するならよし、抵抗するなら相応の怪我を負うものと―――ぐはぁ!」


 前口上の途中でワンパン、これぞ魔王の所業!


「やるのか?」

「やってます」

「やれやれ、血の気の多いことだ」


 レリア先輩が短杖を掲げて振り落す。闇夜を切り裂く一条の雷撃が兵隊を焼き殺し、バリバリと光を放っている。教えたばかりのチェイン・ライトニングの試し撃ちしやがった!


 バリバリと光を放つ感電死体から無数の雷撃が放たれ、感電死した奴を材料にまた雷撃が広がっていく。


 お…俺らだけはターゲットから外れてる。なんて緻密な構築なんだ。


「大軍用広域殲滅魔法を町中で行使して町への被害ゼロとか……」

「スカウトしろ。絶対に逃がすな」


 フェイからこの発言が出る時点で絶対に逃がしてはいけない人材だ。


 一人だけ生き残っている。というか見逃したようだ。腰を抜かした指揮官さんにハイヒールを高らかに鳴らして詰め寄っていく。


「この男は当家の恩人でな、手出しをする気なら相応の報いを覚悟せよ」

「貴殿は何者だ?」

「田舎貴族風情に我が名を理解できるとは思えんな。万の猟兵を整え一騎当千の英雄を馬上に揃えるがよい、その悉くを塵と化し当家に逆らった者の末路を晒してやろうぞ」


 そのセリフ魔王のセリフなんよ。俺よりも魔王らしいんよ。


 逃げていくメッセンジャーおっさんを尻目にレリア先輩が戻ってきた。


「見せしめは施した。後は出方次第だがオススメは電撃作戦だ」

「あいつを追跡して主を討てと?」

「セリードに任せれば明日の朝には終わっているさ」


 考古工学部怖すぎんよ。さすが学院の治外法権。本来共用スペースの倶楽部棟の一角を占拠した実力の高いクソ外道どもだ。


「影の魔兵を仕込んでおいた。俺の合図一つで殺戮をやらかすグレーターデーモンだ」


 俺より夜の魔王みたいなマネすんなよ。立つ瀬がないんよ。


「まあ落ち着け、僕らの玩具を壊されては困る」

「そうそう、あいつらは退屈な日常をかき乱すオモシロ要素だから」

「貴族の矜持を軽く見るのはよくないと言いたいところだがお前達なら問題あるまい」


 レリア先輩も納得の実力、それがLM商会である。本来は逆なんだけど下手打ったら俺らでも負けそうなところがレリア先輩にはあるんだよね。まだ奥の手を見てないし本当にそれ次第。


「じゃあダンジョンお疲れ会に行きましょうか。馴染みの娼館なんですけどいい酒を出すんですよ」

「もう何も言わん気でいたがデリカシーがな」

「何か問題が?」

「お前忘れてやしないよな? 私は一応女なんだぞ」


 意外。そういう意識はあったんだ。



◆◆◆◆◆◆



 事は数日前に遡る。

 ドゥシス侯爵にとってグラッツェン大迷宮は優秀な資金源であり、これまでと同じようにこれからも莫大な富をもたらすはずだった。

 だが迷宮騎士団からの急報がその予定を崩壊させた。


『最下層を発見せり』


 この報告を受けたドゥシス候は年甲斐もなく椅子から跳ね立ったのである。


(とうとうやりおったか。攻略の道筋さえつけられればパレードに怯える必要はない。レギンビークの開発に本格的に乗り出せる)


 迷宮は資源の宝庫だ。しかし攻略のできない迷宮はいつ爆発するかも不明な爆弾だ。

 いつ発生するかもわからないモンスターパレードを危惧して迷宮都市とその周辺は街道を整備するだけに留まっていた。


 だがこれからはちがう。安全の確保できた迷宮都市として諸侯に喧伝できる。大きな商会の誘致もできる。むしろ余所の貴族家が挙ってレギンビークの土地を買いたがる。市外壁を広げて第二市街区を作ればあの迷宮都市は格段に栄えるはずだ。

 ドゥシス侯爵は莫大な富を約束されたようなものだ。


『守護者の竜は強力につき打倒は帝国騎士団と合同で当たる。候も大至急援軍を送られたし』

 と続く報告を受けてもドゥシス侯は皮算用に勤しんでいた。耐火装備の近衛を用意させ、迷宮へと向かわせれば栄光の未来が待っていると信じて疑わなかった。

 そんなドゥシス候にとっての火を喰らう竜との激戦は書類上のものでしかなく、三日や四日なんて時間は報告の遅れで済む程度のロスでしかなかった。


 そしてようやく待ち望んだ報告がやってきた。

 迷宮騎士団の使者が守護者撃破の報を持ってきたのだ。だが同時に迷宮コアを破壊したという報もあり、候の困惑は果てしなかった。

 喜びもつかの間に呆然とさせられ、理由を聞いても気づいた時にはいつの間にか破壊されていたときたもんだ。


「首謀者くらいはわかっているのであろうな?」

「不明であります。何分当時の戦場は混沌を極めており迷宮コアまで気が回る者もおらず……」


「貴官らの奮闘にケチをつけるつもりはない。だがこのような報を持ち込むからには私を納得させるだけの調査は行ったのだろうな?」

「ご質問への解答は現在調査中であります。現在ロンメル団長が戦闘に加わっていた者への取り調べを行っているところであります。不完全な報告はお詫びいたしますがまずは討伐完了をお伝えせよと団長の命にて参った次第。どうか続報をお待ちいただきたく」


「待ったところで迷宮が蘇るわけでもなかろう? ……意地悪を申したな、よい、聞き流せ」


 犯人を見つけ出しても迷宮は蘇らない。一人や二人の命で贖えるほど小さな損失ではない。どれほど惨たらしい死を与えても下がるほど安い溜飲ではない。

 金の卵の中身は空だった。そう納得するしかなかった。


 しかし状況は翌日には一変する。生き残っていた迷宮が発見されたのだ。

 運命の何たる悲運たるやと嘆いていたところにこれだ。ひどく性悪な運命の女神に踊らされているような気分だ。


「いったいあの町で何が起きている?」


 外から眺めているだけでは分かり得ない何かが起きている。

 ドゥシス候がレギンビーク市に乗り込む気になった瞬間である。

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― 新着の感想 ―
[一言] この学院は世界の中心だから色々とおかしい。 こんな片田舎のしかも学院に居ていい人材たちではない。
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