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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
課外実習編
215/362

後味は苦く、されど救世主は歩みを止めず③レギンビーク市の新しい旅立ち

 冒険をして報酬を得て女を抱く。冒険者ってのはそういう生き物だ。娼館『渓谷に掛かる鳥籠』はいわゆる高級娼館だ。

 選りすぐりの容姿を持つ娼婦を揃え、教育にも金を掛け、供される食事も内装も手の込んだものだ。……まぁ平民基準の話だけどね。

 主な客層は冒険者と駐屯の兵隊さん。町で一番の富裕層をターゲットにしている店なのさ。


 真昼の歓楽街は閑散としているが人の気配は多い。酒場や娼館の軒先を掃除する娘っこどうしはトモダチなのかきゃっきゃ言いながら掃除してる。


「ねえ、あの二人よくない?」


 お目が高い娘っこ達だぜ。救世主のここ空いてますよ?


「冒険者さんかな? 格好いいね!」

「昼間っからエッチですかー!」

「うちの店ここなの、寄ってってー!」


 積極的な子達なので心が揺れるが残念ながら行く店は決めてあるのさ。愛想よく手を振って別れる。

 うんうん、いい子達だ。明日はあの店にしよう!


 背中に彼女達のしゃべり声が届く。


「ねえ、どっちがいい?」

「あたし黒髪の人ー!」

「わたしもー!」

「あ、わかる。クールな雰囲気がすてきぃ」


 やっぱり明日行くのはやめておこう。……他の誰に負けても鼻で笑い飛ばせるけどフェイに負けるのだけは悔しいな。


「どうした、背中が丸まっているが?」

「……わかってて言ってるだろ」


 フェイが鼻で笑いながら「まあな」なんて言いやがる。


 昔俺達は十二や十三のガキどうしで、ちょっとばかりエロい経験のある俺が潔癖なフェイをからかって遊んでいた。

 今じゃあ二人とも十五や十六の大人どうしで、大人の店に遊びに行くのなんて普通の出来事だ。


 お目当ての娼館のエントランスは夜でこそ華やかにランプを掲げているが、昼間は暗く沈んだ雰囲気だ。ちょうどお日様の陰になってるだけだ。

 別に閉店中ってわけじゃない。ちょうどお昼時なんで客の流れが向いていないだけだ。だからまぁ店も気を抜いていて、サイドラインはがら空きだ。


 入り口には椅子があってそこには冒険者崩れとおぼしきチンピラがいる。外見的な特徴が俺によく似ていてどこか悲しいさだめを背負ってそうなナイスガイなチンピラだ。ちなみに居眠りしてやがった。


「……ふがっ! あ、客か」

「居眠りかよ」

「そう固いこと言いなさんな。この仕事は夜が本番なんで英気を養っていたんっすよ」


 いいわけまで俺に似てるじゃねーか。さては親父殿の隠し子だな?(クソみたいな風評被害)。


「おっとどうやら初めてのお客さんじゃあなさそうだ。本日はどうしますかい、お泊りか日帰りか、指名の子がいないってんなら俺がいい子を見繕ってさしあげましょ」


 このいい子ってのが罠なんだよな。指名の少ない暇な子を宛がわれるからな。

 まぁ場末の大衆店や格安店じゃねえんだから化け物が出てくるってことはないんだろうが、店員から「こいつ金持ってなさそうだな」って思われると悲惨だぞ。どうせもう二度と来ねえと思って化け物を連れてきやがるんだ。


「宿泊で。俺はゲルトルートを指名する」

「お目が高いねえ。彼女は人気の子なんで銭の方がちぃっと掛かりますが……」

「くだらねえ心配しなくていいぜ。ほら、この通りよ」


 木箱を開いてきちっと積み上がった金貨の山を見せびらかす。

 二千枚の金貨だ。この男が見たこともないほどの大金に違いない。


「ほーお、こいつは驚きだ。見かけめっちゃハンサムな兄さん方だと思いましたがめっちゃハンサムでお強い方々だったんですねえ」

「一瞬で態度をひるがえして媚びなくていいよ」

「こいつお前に似てんな」


 フェイ君の目は節穴かよ。俺はここまで下劣じゃねえよ。


「へへっ、愛嬌があるって受け取っておきやしょう。それでそっちの兄さんは指名したい子はいます?」

「今日は真面目なダチ公の息抜きにきたんでね。こいつにはサイドラインの子を五人ばっかしくれてやってくれ」

「豪勢な遊び方だ。よいご友人をお持ちですねえ、羨ましい!」

「まあな」


 おい、急にデレるなよ気持ち悪いな。


 お部屋までの廊下を歩く。無言だ。なんだこの緊張感?


「五人か、厳しい戦いになりそうだ……」


 お前どんな心境なんだよ。楽しいエッチの時間だぞ。強敵とのバトルじゃねえんだよ。ってこいつ強敵とのバトルが楽しい人だったわ。俺とちがって大喜びだわ。


「なあ、どういう立ち回りがベストなんだ?」

「好きにしろよ」

「それが一番難しい……」


 俺にはフェイ君が何と戦おうとしているのかワカラナイよ。

 好き勝手に欲望を吐き出して疲れたらメシ食って眠ってコーヒー飲んだり会話を楽しんだり、何なら読みかけの本を読んでもいいんだよ。


 娼館ってコンパニオン付きのホテルでしかないから好きにしたらいいのに真面目なこいつは必ずヤリ遂げなきゃいけないとか考えてそう。エッチは義務じゃないんだぞ。好きな時にエッチなことをしてもいい女の子のいる宿ってだけだぞ。


「逆にだ、どう過ごせばいいのかお相手に聞いてみたらいいんじゃないか?」

「天才か!」


 天才じゃねーよ。夜の遊びに慣れた人が二年目くらいの余裕ができた頃に思い至るお遊びだよ。

 なお俺は頑張ってくれてるお姉さんを下から見つめながら悪戯する派の男だ。コスパの男なのだ。


 フェイが竜のオーラを纏いながら部屋の扉を潜っていく。お前のその姿が不安でしかないがまぁいいか。


 この後数日前にその日の夜の約束をすっぽかした件についてゲルトルートちゃんから詰られたが、それはそれとして機嫌を治してもらって楽しく過ごした。俺頑張ったよ。何日もお嬢様を腕に抱いたままセクハラもせずに頑張って戦い抜いたよ。

 だからこれは自分へのご褒美なのだ←



◇◇◇◇◇◇



 ―――結局のところ自分の判断は誤りだったのだ。


 容赦なく突きつけられた現実と向かい合えば向かい合うほど命の重みが心にクル。

 37名。それが学院から消えた命の灯の数だ。マリアはその多くを名前でしか知らない。火を喰らう竜との戦場に連れていかれたのは多くが二年生であったからだ。


 肩を並べて戦ったのだから全員の顔を覚えている。でもそれがなんて名前の誰であったか、顔と名前が一致しないから悼むことさえできない。


 眠れぬ夜を過ごす。ナシェカの胸の中ですすり泣くマリアは押し寄せてくる後悔に圧し潰されそうになっている。


「教えてナシェカ、どうすればよかったの?」

「ぼんくら教員どもの話を無視すればよかったよ。騎士団からの援軍要請なんかにホイホイ乗っちゃった馬鹿どもの失策のツケを学生が命で支払った。それだけじゃん」

「それだけって……」


 マリアにはナシェカがどうしてそんな他人事みたいに言えるのか理解できなかった。

 ナシェカとトモダチになった。ナシェカのことを理解できた。そう思っていたのに全然的外れだった。

 今はそんなことどうでもいいけど、どうでもいいはずなのにそれがものすごく痛い。


「私にはマリアの凹み方がわからないな。だって私は殺害を生業として働きその報酬を糧に生きてきた殺し屋だったんだもん」

「命は尊いよ。尊いものが無くなったら悲しいんだよ」

「命は尊いね。私のご飯になったり服になったりアクセサリーになるんだもん」

「おかしいよ」


 それは言っちゃいけない一言だった。どんなに無神経な子供でもわかる。これは絶対に言っちゃいけない一言だった。

 でもナシェカは気にしてない。頭のおかしい教団で育って頭のおかしい教祖の教育を受けた殺人機械だからじゃない。自分がまともじゃないのをわかっているからだ。


 わかっているからまともな者が輝いて見える。……無論そんな想いはマリアには分かり得ない。


「ごめん」

「いいよ、私もおかしいのはわかってるから。ねえマリア、マリアの許容できる命はどこまで?」


「許容なんて……」

「マリアは山賊なら斬り殺せる。青の薔薇だって殺せる。なのに同じ学院に通う人はダメ? 直接殺したわけでもないのに」


「……」

「おかしい私には必要ないけどマリアには線引きが必要だと思うよ。失ってはいけない命と奪ってもいい命に明確なラインを引くの」

「そんなの傲慢だよ」

「でも騎士団に入るなら折り合いをつけなきゃ。騎士団は対民衆用の戦力なんだよ?」


 マリアが黙り込む。ナシェカは子供の言い聞かせるように丁寧に言葉を紡ぐ。

 戦場での責任は指揮官に存在し今回はプリス卿が負うべき責任だとかそんな正論はどうでもいい。マリアは責任を自分に押し付けたがっていて、潰れそうになっている。


 なんでそうなんの?って思いつつもマリアを納得させなきゃいけない。

 じゃないと彼女はこの夜を越えられない。どこかでひっそりと命を断ちそうな気がする。リリウスからマリアからしばらく目を離すなって命令されているのもあるが、ナシェカ自身そう予期しているところがある。


 いつか、これはいつの映像きおくだろうか?

 どことも知れない無機質な部屋の奥で血だまりに倒れ伏すマリアの姿が目に浮かぶ。傍らに転がるミスリルの短剣をリリウスと一緒に見下ろす光景が目に浮かぶ。


 この不思議な映像は何なのかは知らない。でもマリアから目を離してはならないという危機感だけが煽られる。


 だから不意の訪問者に手が遅れたのもこれが理由だ。

 ナシェカの有する確殺ゾーンの内側にするりと現れた凛々しい修道女が、ナシェカがナイフを抜くよりも先に口を開く。


「約束よ、貴女の真実になってあげる」


 それは求めた答えだったのか、それとも溺れる者が掴んだ藁束か、マリアが泣き腫らした顔を上げる。


「青の薔薇の主に会いなさい。生まれた意味を、背負った使命を、貴女が為さねばならないことを知りたければ青の薔薇の園に行きなさい」


「生まれた意味…ってなんなんですか?」

「行けばわかるわ。マリア、弱音を胸に溜めて歩き続けなさい、苦しいなら歯を食いしばって進み続けなさい。真実へ」


 マリアがちからなく頷き、眠りの魔法に落とされるみたいに意識を失った。

 ナシェカが殺人ナイフを構える。


「謎めいた助言者キャラは嫌いなの。そろそろ見過ごせないんだけどどれだけ痛めつければ口を割る?」

「ナシェカ、わたくしとあなたはよく似ているわ」

「は? どこが?」


 次に意味の無い戯言を吐いたら腕を切り落とす。

 そういうつもりで返答を待つ。


「あら、わからない? リリウス・マクローエンに興味があるところかしら? ―――オーヴァドライブ」


 瞬きはしなかった。ナシェカの演算宝珠は完璧にフル回転していた。

 なのに目の前からルナココアが消えていた。停止した時間の中を逃げていったのだから当然だが、逃がしたという後悔とあの程度の輩に遊ばれたのはきつい。


「……まいったなあ…最近ナシェカちゃんいいとこないんだけど」


 妄想の中のリリウスに「どんまい!」って言ってもらうことしかできないナシェカはとりあえずふて寝をこくのである。



◇◇◇◇◇◇



 なぜ人は生きて死ぬのだろう?

 宇宙の摂理に想いを馳せながら吹かす葉巻がうめえので人は楽しむために生きているのが確定した。


 俺の膝をクッションにして寝そべるゲルトルートちゃんが上目遣いで尋ねてくる。


「ねえ、どうして人は生きているの?」

「ケツを揉むために生き、ケツを揉むために労働をするのさ」

「うんうん、ステキな答えよ」


 読書家な彼女も納得の解答である。真理は深淵には存在しない。むしろ市井の内にあり、人々の暮らしにこそ根ざしている。


 なぜ労働をするのか?

 豊かな暮らしを手に入れるためだ。なぜ豊かな暮らしと言えるのか?

 満たされたと感じるがゆえにだ。ならば満ちるはとは何を指し乾きとは何か?


 それこそが欲望であり三大欲求を満たすことこそが豊かな暮らしなのである。たっぷり眠ってたっぷり食べて恋人と過ごす。ハリウッドかよ。ピザとコークで太ったアメリカのハッカーかよ。


 すでに一夜が明けている。幸せな時間を過ごしているとフェイが入ってきた。服装や姿勢に乱れはない。いつもきちっとしてんなお前。もっと自堕落に過ごしていいんだぞ?


「どうした?」

「体を動かしたい、稽古に付き合え」

「マジで言ってるのかお前は……」

「好きに過ごせと言ったのはお前だろ。稽古は一日のサボりが三日の遅れとなるぞ」


 へいへい、わかりましたよっと。


 適当に体を動かせそうな場所っていうと郊外の荒野か迷宮のあった谷底しか思いつかなかったので一番近い谷底を目指して小走りする。俺とフェイにとっては谷底と町なんてジャンプ一本で行き来できる高低差でしかない。


 で、谷底へと続く昇降台のところが妙に混んでいる。なんじゃろと思っているとアニエスちゃんを発見した。


「なにしてんの?」

「新しい迷宮が見つかったのです!」

「どゆこと?」


 驚愕の事実が発覚して今までは八つの穴と異なる環境の八つの迷宮を総称してグラッツェン大迷宮と呼んでいて、これが先日クソ外道どもの手で破壊された。


 だがまだ生きている迷宮があるってのが冒険者たちの報告で発覚したらしい。

 まぁ新しい迷宮でも何でもなくて既存の第二ピットと呼ばれる迷宮の話なんだがな。


「迷宮都市レギンビークはまだ死んでません!」


 だがアニエスちゃんが嬉しそうなのでよし!


「よし、今日の予定が決まったな」

「最速攻略だな。腕が鳴るぜ」


 今晩もいい夢を見るためにいっちょ荒稼ぎといきますか!

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