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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
課外実習編
213/362

後味は苦く、されど救世主は歩みを止めず①

 ―――身体が熱い。


 軍勢を背に置いて火を喰らう竜との戦いに踏み出したマリアへとちからが集まってくる。みんなの間をぐるぐると回っていた王のちからが一身に集まってくる。王のちからとみんなから貰ったちからが混ざり合ってマリアに還ってくる。


 黄金の柱となって立ち上るオーラの奔流を集めたカタナ(250万PL)が崩壊し、光の剣が出現する。


 ただならぬ気配に振り返ったフェイが目を見張る。


「ほぅ、あれは凄まじいな」


 尋常のちからではない。一人の人間に許される限界を容易に超えている。

 あれは殺害の王の一撃に等しい。殺害の王の振り下ろす大鉈のごとき絶大のちからを感じる。喰らえばフェイだとて消し飛ぶしかない。そう予感するほどの力強さだ。


「ドルジアの聖女、世界を救済するちからってわけだ」


 ナシェカも感嘆の吐息を漏らしつつ、冷静だ。


「マリア……あいつ物理耐性あるから意味ないのに、なんてちからを……」

「まあ見ていろ」

「でも」

「物理耐性なんぞ覆せなくて何が世界の救済だ。マリアなら討つさ」


 耐性だとて法則ルールなら願いのちからで覆せる。人の形をした奇跡と共に旅をしてきたフェイだから断言できる。

 終末の日を覆すために生まれた王がトカゲなんぞに負けるわけがない。


 火を喰らう竜もあの光に怯えている。あの傲慢な竜神が初めて恐怖を露わにしたのだ。


「なあリリウス、見ているか? お前の努力は無駄なんかじゃなかったぞ」


 光を纏うマリアが空中を走る。雷速で肉薄し、火を喰らう竜へと光の剣を叩き落す。

 光の中で溶けるように消えていく竜神の姿にフェイは希望を見た。



◆◆◆◆◆◆



 火を喰らう竜が光に呑み込まれて消えた。

 歓声をあげて駆け寄ってくる人々と、警戒を解かないマリアたち。


「待って! まだだ、まだ気配が残ってる!」

「来るぞ!」


 火を喰らう竜が肉体を再構成する。今度のは最初よりも随分と小さく20m級だ。多くの者はこれを死からは辛くも免れたものの弱っているのだと捉えた。

 だが違う。氷湖を破って八頭もの火を喰らう竜が出てきた。そいつらは迂闊にも駆け寄ってきた連中を丸呑みにして、嘲笑うかのように氷湖へと逃げていった。


 ジョンの背後にも六頭現れたがこちらはジョンが尻尾を一振りして瞬く間に打ち砕いた。おかげで支援部隊には被害が出なかった。だがジョンが気づかなかったら確実に大惨事が起きていたタイミングだ。


 小トカゲどもが凄まじい速度で地を徘徊する。極少数の人間だけを警戒して寄ってこない。フェイやナシェカやマリアが近づこうとすると氷湖に飛び込んで逃げてしまう。

 ただ悪意だけは肌が痺れるほどに感じる。何としてもこいつらを殺してやろうというとびきりの悪意だけが吐き気を感じるほどに感じる。


「くそっ、ちまちまと面倒くせえ!」

「こっ、これ何がどうなってるの!?」

「回復優先に切り替えたんだろ。雑魚を食って回復ってわけだ」

「雑魚なんて言わないでよ!」

「これだけ足を引っ張られておいて甘い事を抜かすな。こいつらはここに連れてきてはいけなかったんだよ!」


 マリアが黙らされる。……黙ってはいられなかった。


「そんな言い方ないよ! こんな怪物を地上に出しちゃいけないって頑張ってきたみんなに雑魚なんて言うな!」

「無用な犠牲を出した挙句が開き直りか! こんな奴は最初から僕かリリウスに任せておけばよかったんだよ。そうすりゃ―――」

「はい、すとっぷー」


 ナシェカが口論を止める。


「専務ぅ、うちのマリアをいじめないでもらえませんかねえ?」

「いじめてはいない」

「自分の図体見てから言いなよ。店長みたいな男に怒鳴られたら充分怖いから」

「むぅ」


 フェイが黙り込む。大商会の専務のくせに口論は超苦手!


「マリアもあいつらが大切ならゲートから逃がしなよ。この状況だと守り切れない」

「大切ならって。ナシェカにとってみんなは大切じゃないの?」


 聞いた瞬間に察する。どうでもよさそうな顔だ!

 ナシェカにとって大切なのは救世主さまとマリアくらいのもので、他は本気でどうでもいいと考えている。つまりこの質問に対する返答は小首を傾いで『???』って顔なのだ。


 あー、ナシェカってこういう奴だったなーって再確認するマリアである。


「いまその口論する時間あんの?」

「ない!」

「わかったらとっとと動けー!」


 マリアがダッシュでジョンの背後に組んでいる支援部隊のところに向かう。

 今頃になって言い過ぎたかな?ってバツが悪そうにしてるフェイがお礼を言う。


「助かった」

「店長さん口下手だよね。売り言葉には買い言葉しちゃう癖治しなよ」

「……よく言われる」


 よく注意されているらしい。

 人間その手の悪癖は中々治らないものだ。怒鳴られたら反射的に怒鳴り返し、殴られたら殴り返す。冒険者のコミュニティってのはそういうサイクルなのだ。


「で、この事態なんだがどう見る?」

「わかってる人のセリフじゃん」

「迷宮のギミックが空間系だったから察しがついた。ようやくだがな」

「空間系って……あぁ本体は別にいる的な?」

「それだ。別の位相にってのは年経た竜がよくやる手だ。今まで戦ってたのは本体の影なんだろうぜ」

「性格わる~」


 二人がハッと表情を変える。


「空間系術者のリリウスが気づかないわけがないよね?」

「気づいたからここにいないわけだ。こりゃ一人で倒しに行ったな」


 フェイがあの野郎って顔で言った。だから強敵とヤル時は声を掛けろと言っているだろうがって感じだ。


「……大丈夫かな?」

「当たり前だろ。どうしてあいつがクランのボスなのか知らないのか?」

「雑用係でしょ?」

「ばか。あいつが一番強いからだよ」


 日頃僕の方が強いと放言しているフェイであるがこれだけは誇りをもって言える。


「弱い奴の下に降るほど温い奴なんてうちにはいねえ。全員ぶっ倒してきたからリリウスがボスなんだ。お前あいつを何だと思っている」

「救世主」


 フェイが呆れたふうに肩をすくめる。やれやれこいつ何もわかってねえなって態度だ。


「このフェイ・リンのツレだぞ。僕のダチが神ごときにやられるわけがないだろ」


 救世主は負けない。

 絶対勝利の神話を信じ続ける男がすぐ傍にいる。彼の信頼を裏切るわけにはいかないから負けられないのだ。


 だが救世主は知らない。フェイが信じているのは救世主なんて奴ではなくてリリウス自身なのだと。救世なんて馬鹿言ってねえでまた冒険者暮らしに戻ろうぜと言いたくても言えていないことを救世主だけが知らない。


 救世主の戦いは救世のためなれど、フェイの戦いは友のため。

 救世なんて馬鹿な夢から覚めたあいつとレテとカトリの四人でまた気ままな旅暮らしでもしようぜって言える日のために戦っているのだ。



◇◇◇◇◇◇



 火を喰らう竜の術理空間ではエナジードレイン合戦が行われている。

 竜の体内のように高圧力のかかる術理空間ではトールマン種の生存は不可能だが不思議とけろりとしている俺とロザリアお嬢様の二人である。理由はティト加護。


 共に祈り手を組んで呪歌を唱える。忌まわしき竜神の聖名を貶め、その存在を零落させるべく名に呪いを掛けていく。

 この27章194小節からなる呪歌と、神聖を貶めて剥がれ落ちたエナジーを吸収する一連の秘術をして『堕落睡』という。英知のアシェラの秘術だ。

 火を喰らう竜も己のちからを奪われまいと抵抗し、俺らもちからを束ねて抵抗を貫くべく祈りを高める。


 神との戦いとはこういうものだ。一見地味な戦い方だが、神の保有する莫大な量のリブを削り切るのが勝利目標だから最も効果的と言える。だいぶ以前の例えになるがディアンマ戦におけるアシェラの役割をやっているのだ。

 直接戦闘でダメージを与えて削るのではなく、最大HPの上限を減らす作業だってのが近い。


 どれだけの時間ここにいるのかは数えていない。術理空間の外での戦いがどうなったのかもわからない。ただ目の前の敵を滅ぼすことだけに腐心する。苦心する。……まったく余裕のないことだ。

 救世主ともあろう者がたかが神化トカゲ如きにこの体たらくだ。いない時に限って仲間達のありがたさが目に染みるぜ。


 どれだけの時間ここでトカゲ相手に粘られているのかは不明だ。だが腹具合からして丸一日程度経ったって頃に―――

 ロザリアお嬢様が覚醒した。



◆◆◆◆◆◆



 可憐なる赤毛のお嬢様が腕を振り上げる。術理空間に満ちるマグマが舞い踊り、その指に従うみたいに集まって渦を作る。……何やってんだかわかんねえけど何か意味があるんだろうな。


 渦の中から華炎鳥が次々と生まれる。お嬢様の指先の動きに合わせてマグマとプラズマの鳥が術理空間を舞う。芸術的なまでに無駄に舞う。

 意図は不明だが技量は凄まじい。いや凄まじいのは干渉力か。


 火神の領域で火神の魔法力の制御を奪っている。最大の信仰を集める太陽竜ストラの眷属だからってこんなのおかしいだろ。封印されている木っ端ザコ魔神の半身にも無理なのに……


 焦熱を蓄えて神化の輝きを纏うお嬢様の御姿が変化している。

 十六歳の少女という年齢に相応しくない、ロリ成分の消え去った大人っぽい姿だ。光と炎のドレスを纏っている。どうしてそんな残念なマネを……


「戻して……」

「え?」

「え?」


 ロリじゃないお嬢様と見つめ合う。どうやらご自身のお姿の変化に気づいていないらしい。


 少女が成長するのはいいよ。それは仕方ない。老化という名の栄枯盛衰は世の必然だ。しかし急激に成長させる必要があるのかと責任者にクレームを入れたい。俺はロリコンではないが! しかし多様性はあってもいいんじゃないか!?

 第二部が十年後でロリが美女になってるパターンはまぁ仕方ないかなとは思うさ。ただ覚醒して成長するパターンはどうなんだろうな! マーケティングを見誤ってないか!?

 登場人物全員がボンキュッボンの美女なのはどうなんだ!? クソだろうがそんなの!

 ……まぁ俺の性癖の話はどうでもいい。


「お嬢様、その炎を己の物にしてください。神のちからで用いてご自身の存在進化を行うのです」


 眉根を寄せて戸惑われた。

 干渉力で術を乗っ取るのとは異なる手法だってのくらいは理解してもらえたようだ。


「教えて差し上げますよ。俺のマネをしてください」

「ええ、教えてもらいましょうか」


 俺の言い方か態度がよほど面白かったらしい。笑われてしまった。


 これまでお嬢様にちからを与えることを避けてきた。守ると言いながらちからから遠ざけようとしてきた。予感か未来の記憶か、危惧するものがあったからだ。

 お嬢様にちからを与えればシェーファやガーランド閣下のようになる。聖銀竜のように。氷柱竜のように。お嬢様もまたストラの眷属になってしまうのかもしれないと危惧してきた。


 未来を変えると言いながら未来を恐れてきた。神のちからに目覚めた者は同時に魂の捕食にも手を染めるからだ。人間が食料に見えてしまうからだ。判断基準が覆ってあいつ美味そうだなって思うようになってしまうからだ。

 強固な理性なくして本能には抗えない。お嬢様はただの女の子だからだ。シェーファのように強靭な目的意識がない。閣下のように徹底した自己抑制がない。お嬢様は本能に屈してしまう。


 だが世界樹の果実という魂の捕食の代替手段を用意できた。

 準備だけはできているのに足踏みしていたのは俺の弱さなのだろう。


「魔力の波形を合わせてください。ですが完全に合わせてもなりません、おおまかに寄せて受け入れるように」


「難しいわね」


「そこは俺の技をよく観察してくださいとしか言えませんね。呑み込まれてはなりませんよ、俺達は大きな器となって竜神のちからだけを受け入れるのです」


 夜はすべてを受け入れる。俺は大きな夜となって噴火する火山のごとき熱を受け入れる。そもそもスケールがちがうのだ。

 火山の一つを支配する恐るべきサラマンダーがなんだってんだ。俺はこの星を覆う夜そのものとなって全てを内に閉じ込めて支配するのだ。無限の夜の中で噴火が起きたからといって夜が痛みを覚えるものか。


 同調しながらも一体化はせず、ちからのみを手に入れる。

 それこそが夜の魔王の有した大きさスケールだ。


「自我を捨ててはなりません。ですが人間の小ささを忘れて意識を大きく広げるのです」


「……本当に難しい。本当にできるの?」

「できますよ。貴女はすでに目覚めている」

「抽象的よね。目覚めるって何なのよ……?」

「己の小ささと世界の広さを知り、神を前にして気づく己の衝動ですよ。本当に恐ろしいのはかみなんかじゃない。目を開きありのままを見定めた時に眼前の神が何に見えるかってことですね」


「あんたは何に見えるの?」

「しょうもないトカゲですよ。大きさとか竜とか神とか恐ろしい言葉に惑わされないで見定めたアレは丹念に手順を踏めばいつかは倒せる、ちっぽけな怪物です」

「豪胆ねえ」

「余裕がでてきましたか?」

「まあ、あんたとなら負ける気はしないもの」

「その調子ですよ」


 時間なら幾らでもある。手本を示し、ちからとは何かを教えていこう。

 目覚めたばかりのひよこの手を引いて神なる御位へと導こう。……後戻りはできない。


 時の針は戻らない。進めてしまえば次のステージに向かう他にない。俺がそうだったように随分と昔に置いてきた過去を懐かしみ、戻りたいと思うこともあるかもしれない。それがどれだけ残酷なことかを知りながら俺は……


 愛した少女をおぞましき歴史の裏側へと引きずり込むのだ。まったく嫌になるね。

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