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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
課外実習編
212/362

火を喰らう竜⑤ とっくに覚醒している連中も参戦だ

 第六ピット『水没都市』最深部48階層―――


 永遠のように細長く馬鹿でかいシーサーペントが切り刻まれていく。流麗な軌跡を残して走る無数の鋼糸が繰り手の意のままに収束して散らばっていく。


 フェイ・リンは己の操り糸の包囲の中でもがき苦しむ海大蛇を見下ろしながら、こんなもんだろって思ってる。


 彼ほどのバトルアスリートにとってバトルフィールドの変容は能力低下の要因にならない。アバターズ・チェンジの秘術もあるが水中には水中の戦い方があり、水中の流儀を覚えるのは楽しい。


(いやぁ、すげえすげえ。呼吸の必要がないだけでここまで楽になるのかよ。こいつはナルシスを笑えないな!)


 新たなちからは彼にとって新たなオモチャであり彼は新しいオモチャに夢中なのだ。

 神と知己を得て新たなちからをバカスカ貰って更なる強敵に挑めるのだ。最近人生が楽しくて仕方ない。


(リリウスと付き合ってると世界が刺激的で面白くなる。あれはもう才能だな!)


 フェイにとってリリウスは強敵を仲介してくれるマネージャーのようなものだ。普通に生きていたら絶対に出くわさない級のレア怪物があいつと一緒にいるだけでワンサカやってくる。

 普通に考えたら疫病神だがフェイにとっては良い奴だ。それが最近はパワーアップして加護を貰えるシステムまで追加された。面白さが留まることを知らない。最高だ。


 強さを求める者にはリリウスの傍は最高の環境だ。コパなどはナルシスの思惑を疑っているがフェイは疑っていない。ロートルのハゲ先生には若い戦士の気持ちが分からないのだ。


 強くなる快感に勝るものなどない。ウェルゲート海でも屈指の怪物どもがリリウスを神輿に担ぐ理由は単純に面白いからだ。年老いた老教師にはそれが理解できないだけだ。


(ハゲ先生ダメだな。理屈ばかり捏ねていて戦士ってもんをまるでわかっていない。あれじゃあ逆に不和を招く。クランのことを思えば僕が始末してやった方がいいんだろうが……)


 しかし、しかしだ。疑心暗鬼のせいでクラン内で内乱が起きたらどうなるだろう?

 まだ何かを隠し持っていそうなナルシスやルキアーノと本気で戦えたら楽しいはずだ。アシェラの悪徳信徒も凄まじい手練れ揃いだ。


 世界でも最強と呼ばれる男達の集団が崩壊するのだ。それはもう凄まじい大乱闘になるに違いない。


(っく、抗いがたい魅力がある。絶対に楽しいぞ!?)


 ランキング戦も楽しいがナルシスなどは謀略の徒なのでいざという時のために真の実力を隠している節がある。リリウスも身内を相手に殺害の王のちからを使おうとしない。


 虚飾塗れのランク戦の真実が暴かれて本当に強い奴を決める戦いが始まった時、自分がどこの位置にいるのかは興味がある。


(やべえやべえ、それはそれで楽しいな。リリウスには悪いが最強集団なんてぶっ壊れてなんぼだよな。いや本当に悪いとは思うがぶっ壊した方が楽しいんだから仕方ないよな)


 潜在的な裏切り者が誕生した瞬間である。


 水没都市の奥にある神殿をねぐらにしていた守護者っぽいシーサーペントを倒したフェイがシャラシャラと変な音を立てながら水中を進む。エントリアルのアバターは水中を分子運動で進む。その過程で発生した音波がエントリアルの感覚的にはシャラシャラと聞こえるのであり、他の水中生物からすれば海の悪魔の登場音楽なのだ。


 神殿の奥にある大きな穴を潜っていくと途中から氷の岩盤に塞がれていたので叩き壊して進む。迷宮の壁は壊せないという一般常識を条理を超えたパワーで覆す彼はカトリとリリウスと同じく何事もパワーで解決できる主義者なので一秒も迷わなかった。……彼は絶対に認めないだろうがカトリ式の考えに大きく浸食されている。


 不可能は存在しないしルールだと思われるものはじつはルールでも何でもない。

 ルールを超えるパワーがあれば覆る。触れた者を石化する傾国の魔女と一発ヤッテ、翌朝にはけろっと出てきたリリウスを知っているし。

 軍が犠牲を出しながら討伐するようなトンデモ魔獣を無傷で倒すカトリを知っている。

 あの辺の連中に揉まれていると常識が崩壊するのだ。


 迷宮の壁をガンガン壊しながら突き進んでいると氷雪のフィールドに出た。そこでは山のようなトカゲを相手に多人数が戦っている。アバターを本来のトールマンに戻したフェイが口笛を吹く。


「おーおー、中々見ごたえがあるもんだ」


 弱っちいのが群れなして頑張ってんだ。応援はしてやれる。

 冒険者のマナー的に獲物の横取りはよくないのでしばし観察していたが……


「決め手に欠けるな。雑魚どもが餌になってるせいで神聖存在に回復を許している。こりゃあ先も見えたな」


 マリア達は遠からず押し負ける。神という強大な獣の残忍さと加虐心に助けられているだけで、一見有利に見えてもかなりの劣勢だ。

 横取りはマナー違反だ。しかし助力はオーケーだ。その精神で指揮官っぽく声を張り上げているマリアと並走して尋ねてみる。


「助力は要らないか? 今なら格安で手を貸してやるぞ」


 リリウスっぽい交渉だ。


「フェイ店長!? なんでここにいるの!?」

「せっかく大迷宮に来たんだ。そりゃあ遊んでいくだろ」


 どうやらライザを倒した日からずっと迷宮に潜っていたらしい。


「LM商会の傭兵サービスは普段なら高額なんだが今はオフでな。後でリリウスが聞いたら起こりそうな格安で引き受けてやってもいい」

「店長さん目ん玉ついてんの!?」

「……失礼だな」

「いま価格交渉とかしてる場合じゃないの。おかねとかどうでもいいから助けて!」


「請け負った。お前らは全員下がっていろ、この戦いはフェイ・リンが貰い受ける!」

「一人でやる気だー!?」


 かっ飛んでいったフェイが火を喰らう竜へとアバーライン・フェニックスをぶち込む!

 山のように大きな竜が衝撃によろめき、猛ラッシュを叩きこまれて壁に磔にされていく。


「弱いな! この程度か!? 本気を出せ、この僕をこの雑魚どもと同じに考えているのならこのまま終わるぞ!」

「雑魚って言われたぁ……」


 マリアは雑魚呼ばわりに大変に心外だったが言い返せなかった。

 だってあんなバトルを見せられて何か言えるわけがないもん。人間が拳で山くらいでかい神をボコボコにするのはおかしいもん。……人間じゃない奴と自分を比較するつもりにはならなかったのだ。


 三日も戦っていた火を喰らう竜を一人で押し込んでいるグラップラーの姿にマジビビリしているみんなの下に戻る。

 みんな呆然としていた。正気に戻ったクロードが呟く。


「なんだあいつ、本当に人間か?」

「強いな。いや強いなんて言葉でいいのやら。マリア、彼はいったい?」

「リリウスの友達ぃ」


 クロードとアーサーが一斉に納得する。世の中の理不尽の大半はリリウスの友達で納得できるまでに至ってしまったのだ。


 ココアに至っては安心からか膝を着いている。


「LM商会傭兵部門ゴッドイーターは普段からあのような神を殺して遊んでいる頭のおかしい連中でしてよ」

「そこは確かメルキオール兄上のいる部門では……」


 アーサーからしたら他人事ではなかった。


「彼は四人の部隊長の一人、神仙のフェイ・リン。世界最大の犯罪組織LM商会で三番目に危険な男と呼ばれているわ」

「世界最大の犯罪組織だったんだ……」


 衝撃の事実が発覚したが特に違和感はなかった。営業方針が24時間営業どころか気合いで48時間営業! 顧客のためならご禁制の品でも調達する! 金さえ積めば何でも手に入ると噂のLM商会だ。


 ラストさんからちょこっと聞いたけどLM商会は大儲けしているのに税金を払ったことが一度もないらしい。あの手この手で関税を逃れているのだそうな。

 交流のある同盟国の偉い人に軽く探りを入れたところ余所でもそんな感じでマークされていて、国によっては王宮の占拠までやられたらしい。


 LM商会の幹部クラスは全員高額賞金首。敵対した国家からはアシェラ信徒とアルテナ神殿が手を引くと名言されており、表立っては誰も敵対できない無敵の悪徳商会なんだとか。……癒しの殿堂アルテナ神殿が消えた国家は数年と経たずに滅びると云われているからだ。疫病が原因で。


 中でも特に危険なのがナルシスCEOだ。とある小国に単身で喧嘩を売って王宮を焼き払って軍を皆殺し、奴隷として捕えた王族を店頭に並べて高笑いしていたらしい。


「まったく馬鹿げた能力ね。わたくしの努力なんて簡単に踏みにじってくれるのだから。……でもようやく倒せる目も出てきたわ」

「ココアさん?」

「ナシェカを呼んで来なさい。この条件なら倒せる! これを逃せば本当に全滅しかねないわよ!」

「……信じてもいいんですよね?」


 マリアにはわからなかった。わけのわからないことばかりを言うココアを信じてもいいのか、変な企みがあるんじゃないかって頭がこんがらがっている。


 困ったふうに笑うココアが頭に触れてきた。


「ばかな子。この世界に信じていいことなんて何もないのよ」


 切なさがこみ上げてくる。仲良くなれたと思っていたから、そんなふうに突き放されるとは思っていなかったから……


 一方通行だったなんてショックだ。


「そんなの寂しいよ」

「本当にばかな子」

「ばかでいいよ。誰も信じられないよりもずっといい」

「そう。……そうね、あなたはその方がいいのかもね」


 ココアが唇を寄せてきた。キスかと思ったら逸れて耳元にいった。


「……じゃああなたの真実になってあげる」

「ふおっ!」


 耳を噛まれた。さすがに想定外だ!

 ココアが楽しそうに笑いながら離れていく。顔が真っ赤になってるマリア的にはひどいセクハラを受けた気分だ。


「優先度を上げてあげるわ。リリウス・マクローエンの次くらいにはね!」

「ココアさん!」

「ナシェカを呼んで来なさい。いま必要なのは神にも等しい個のちからよ!」

「でも勝てそうですよ?」


 フェイは今もでかいトカゲを壁に押し込んでいる。もはや嵌め技か何かだ。変な動きから繰り出す特大のダブル勁爆のせいで天井が崩れかけている。迷宮の構造体を衝撃だけで破壊するのは不可能なはずなのにだ……


「あれは奥の手を持っているの。神と呼ばれるモノを侮っていけないわ」

「わかりました。ナシェカを呼んで来ます!」


 マリアは走った。

 不貞腐れているナシェカになんて言葉を掛ければいいのかなんてわからないけど走った。本気なら通じるって信じているからだ。



◇◇◇◇◇◇



 迷宮の地下にでかいトカゲが出たんで討伐隊を組んだという通達は耳にタコができるくらい聞いた。どうもそいつは異教の神らしいとも聞いた。

 生徒も教師も幾度となくナシェカの下を訪れて参戦を請うた。しかし全部無視してきた。


 そんなナシェカは練兵場のトレーラーで装備の手入れをしている。暇つぶしだ。


「あ~、アホらし。ジョンもいるんだから平気に決まってんじゃん。みんなして大騒ぎしてさあ」


 ジョンの正体は知っている。見た目はリグフェアー種の子犬だが中身は聖銀竜。世界一の大国サン・イルスローゼを震撼させ続けてきた世界一の大悪党だ。


 なんで子犬のふりを続けてるのか知らんけどアレが負けるわけがない。アレは太陽竜ストラの眷属だ。でかいサラマンダーなんぞに負ける可愛げがあるならとっくにリリウスに殺されている。

 風の噂でリリウスが食われたとも聞いたがアレにもそんな可愛げはない。


 ここの連中はド田舎でイキってるだけの雑魚どもだからウェルゲート海のレベルを知らないのだ。ここでの最上位クラスなんてあそこでは中堅レベルでしかない。戦術も魔法の種類も段違いですべてに対応できなければ名を挙げられない。

 第二のレグルス・イースを目指して世界中から猛者の集まる土地だ。中途半端に名を挙げた奴はそういう奴らから狙われて殺されるのだ。

 銀狼シェーファもリリウス・マクローエンもそんな海で名を挙げた男だ。


 神々の見捨てた海で世界の真の支配者であるガレリアに目をつけられたのにまだ生きている。その事実だけで断言できる。トカゲがどうしたバカヤロー、ウェルゲート海舐めんなだ。


 不貞腐れてるナシェカがギロリと視線を横に向ける。

 トレーラーの横手ではウェルキンが素振りをしている。筋肉でもアピールしてんのか上半身が裸だ。寒いのによくやるよって感じだ。


「ウェルキンは行かなくていいの?」

「俺の居場所はここだよ」

「その無駄な筋肉はバトルで使いなよ」

「無駄ときたか。厳しいなあ……、でも俺の居場所はナシェカちゃんの隣だ」


 ちょっとイラっときた。


「言ってなかったけどさ、私リリウスと付き合ってんだ。だからあんまりしつこくされるのは―――」

「知ってる」

「へ?」

「全部知っていてここにいる」


 単純なウェルキンのことなんて全部わかっていると思っていた。

 怒り出す。そして怒鳴ってどっかに行く。そう思っていたのに……


「なんで……」

「それが俺の愛だから。何があったってナシェカちゃんを守るよ」

「守るって何から?」

「ナシェカちゃんの気持ちも考えずに好き勝手言う奴らから」


 耳にタコができるくらい色んなやつが色んなことを言ってきた。トカゲと戦いに行けって。お前にはそのちからがあるって。ちから持つ者の義務を果たせって。……ナシェカの救世主さまを散々罵倒して追放した奴らがだ。


 ナシェカはそれが許せなかったから不貞腐れているのだ。

 誰も分かってくれなかったのにウェルキンだけがわかっていたってのは驚いた。


「やりたくなきゃやらなくていいよ。みんな馬鹿だ、そんなこともわからないなんてさ」

(こいつ本当にわかってんのかな?)


 二言目で馬脚をあらわす辺りがウェルキンっぽくて笑ってしまいそうになった。

 からかおうと思ってウェルキンの肩に手を伸ばす。


「いや、やりたくないわけじゃなくて」

「やりたくないってことにしとけよ」


 腕を掴み返されてしまった。

 真剣な顔つきで見つめ返されて、思わず怯んでしまった。


「あいつが理由なのはわかっている。でも俺の前では言わないでくれ」

「……う…うん」


 すごく真剣な顔つきなので黙り込むしかなかった。

 こいつ本当にウェルキンか?とさえ感じる。表情に陰りがある。馬鹿みたいに明るかったウェルキンに悲劇の香りが追加されている。


(やばい、その顔は、その顔はやばい……!)


 顔が真っ赤になってるナシェカの性癖は薄幸系クズ男だった。オデ=トゥーラはナシェカに残してはいけない爪痕を残していた。


 その顔はドストライクだから見ていられないと顔を手で覆っていると……


「おーい、ナシェカー!」


 マリアが来た。最高のタイミングだ!

 最高すぎて叫んでしまう。


「仕方ねえなあ! ナシェカちゃんが必要なんだろ!?」

「?」


「仕方ないから行ってやるよ。いくよマリア!」

「まだ説得もしてないのに行く気になっとる。勝手すぎるよ!」

「うるせーマリア、行きたくなったんだから仕方ないだろー!」

「もっと早く来てくれたらよかったのにぃ!」


 走っていく二人を呆然と見ているウェルキンが気合いを入れるみたいに自分のほっぺを打つ。


「それでこそナシェカちゃんだぜ。待って、俺も行く!」


 ウェルキン的には落ち込んでるナシェカよりも元気なほうが好きなので、大喜びで走り出すのであった。


 この二人根幹の部分が合ってない!



◇◇◇◇◇◇



 打撃音ではなく着弾音の響き渡る竜の祭壇で、重すぎる打撃を浴び続けている火を喰らう竜に実弾兵装が雨のごとく突き刺さる。


「っち。効果薄じゃん、無駄撃ちとかさいあくぅ~」


 バーニア飛行していたナシェカがメガトロンブラスターを構えたままフェイの後ろまで降りる。

 フェイはそっちを見たりしないが誰なのか気づいたらしい。


「おっ、八人目の女」

「その名称気に入ったの? センスないよ?」

「怒るなよ新入社員」


 専務風を吹かせるフェイであった。


「援護なら後ろから撃っててくれ。硬いだけのつまらん相手だ」

「マジで言ってる? こいつ強度物理耐性持ちだよ」

「……効いているふうに見えたがな」


「フェイ店長って逝ってる演技も見抜けないエッチ下手男?」

「何を言いたいのかわかりたくもないがわかるぞこの野郎!」

「効いてるふりでしょ。混沌の神って本能重視なだけで知能指数は私達より遥かに上なんだよ」


「……たしかか?」

「シェナちゃんが言ってるから確実にそう」

「ガレリアの戦術オペレーターかよ。……っち、一杯食わされたってわけか。新入社員、提案があるなら聞くぞ」


「エネルギードレイン系が有効っぽいね」

「よし、やれ」

「あれをやれ、これをやれときたもんだ。人遣いの荒い上司だなあ」


 飛翔するナシェカがドレススカートの中から手榴弾をばら撒く。

 火を喰らう竜の頭上から撒き散らされた球体は火を喰らう竜に吸着すると同時にブラックホールのように竜の肉体を一定量吸引し、最後に変なガスを撒き散らして自壊した。


 竜が雄たけびをあげる。ひどく歪つで明確な悪意が込められた雄たけびであった。


「おーおー、こりゃあ効いてるな。ナイスだ」

「へへっ、ボーナス査定にもよろしく!」

「任せろ、たっぷり色を付けてやる」


 フェイ専務はどんぶり勘定なので給料関連の権限がない。「よし、お前は給料二倍だ!」的な事件を度々起こした結果剥奪されたのである。……あとでリリウスに言っておけばいいだろとか思ってそう。


 狂ったように暴れ出した竜神をナシェカを狙い始めた。

 だが攻守は変わらなかった。ナシェカはバーニアを吹かしてゆうゆうと避けていき、フェイが矢面に立って竜の自由にはさせない。


 ガンナーと動くバリケードの役割だ。LM商会は戦闘訓練を重視しているので連携の訓練は欠かしていない。この会社の褒めるべき部分はここだ。ここしかない。だって悪の城だし……



◇◇◇◇◇◇



 彼方での激戦は神話のようで、ウェルキンはあれに自分も混じることができるなんて欠片も考えられなかった。


 ナシェカのようにはなれない。それはわかっていた。

 だが彼女の身を護る盾にさえなれない。そこまでの差があるとは……


 信じたくなかった。


 だが現実にあの戦いの速度についていけない。山のように大きな竜を止めるちからが無い。無い無いばかりで笑う気分にもなれず、拳を固く握りしめて突っ立っていることしかできない。


「じゃあウェルキン、あたしも行くね」

「お前はあそこで戦えるってのかよ」

「ギリね」


 手が形作った丸にちょこっとだけ穴が空いていた。その小さなゲージは自信があるのか無いのかと乾いた笑いが出てきた。


「充分すげえよ。マリアはすげえよ、俺にはナシェカちゃんと店長さんの動きが見えねえんだ」

「所詮ウェルキンか」


 ウェルキンはマリアから舐められていた。

 ウェルキンが反射的に拳を振り上げなかった。普段なら殴りかかってくるシーンで、最近はクロスカウンターの練習に使っているのに不思議だ。

 こいつもちょっとは成長しているのかもしれない。そう思った。


「……言い返せねえ」


 ちょっとはマシな奴になっているのなら……


「あんたさ、どのくらい覚悟している?」

「ナシェカちゃんの盾になれるのなら命なんて要らねえ!」


 ただのしつこいストーカー気質の馬鹿男なら協力してやるつもりはなかった。だがナシェカを守りたいと。命を懸けるとまで見栄を切ったのなら―――


 マリアにはできるという確信があった。


「あんたを強くしてあげる。でも強さ以外はどうなるかわかんないよ」

「構わない、やってくれ!」


 種族王には固有の異能がある。いや固有というと誤解がある。種族王の異能は元々ティト神の異能なのだから。


 行使する異能は第二の命名権。その者の存在を書き換えて王の臣下に変える術。

 ウェルキンの魂魄へとオーラを流し込む。リンクするちからとちからが混ざり合い、情熱的なリズムを刻んでいく。


「お前にちからを与える」


 コパ先生からは第二の命名権で与えられるちからを二つと教わった。

 すなわち将軍ジェネラル戦爵ロード。王の大号令を宿し配下と共に己を強化する将軍のちから。第二の命名権を宿し配下を増やす戦爵のちから。


 だがマリアは並みの種族王ではない。約束されたリセットの脅威に立ち向かうためにトールマン種が願った最強の王だ。

 何としてもアル・クライシェを打倒し種の滅亡を防げと使命を与えられて生まれた超存在であるのだ。


 最初にできるという確信があった。だから実行した。そして条理が覆り願いは奇跡を起こす。マリアの祈りが現実を書き換える。


「お前は背高人トールマン英雄ヒーロー


 刹那、マリアは草原の光景を幻視する。

 果てのない大草原を雄々しい虎が駆けていく光景だ。力強く躍動する肉体を見つめているとふと彼に相応しい名が思い浮かぶ。


「お前に新たな名を授ける。お前の名は大虎ダーラン、戦場を駆ける大虎だ」


 命名は洗礼であった。新たな名を得たウェルキン=ダーラン・ハウルはクラスチェンジの光に包まれ、流し込まれた莫大な量のオーラが馴染むみたいに体内に吸い込まれて輝きを薄くしていく。

 王のちからを得たウェルキンが薄らと発光する我が身に震えている。否、我が身に宿った絶大のちからに武者震いしているのだ。


「すげえ、ちからが溢れてくる」

「そのちからは無駄にあげたわけじゃないよ。ナシェカを守って、お願い」

「おう。今の俺ならナシェカちゃんの動きが見える!」


 彼方の激戦地ではでかいトカゲの体表を衝撃波が襲っている。

 あのトカゲの周囲を飛び回る……跳び回る……?


「見え…見え……」

「どうしたの?」

「見え…ないッ……!」


 ウェルキンには竜と魔神の領域で戦う資格がなかった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 最新話まで追いついた!これからの更新も楽しみにしてます! [一言] ウェルキンまさかの強化!→ウェルキンではついていけないの流れは面白すぎる
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