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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
課外実習編
211/362

火を喰らう竜④ 目覚めていく者ども

 クロード・アレクシスは全能感の中にある。アッパードラッグを極めたようなハイな気分が収まらず、生と死の境を行き来する激闘の最中だというのにビンビンだ。ギンギンだ。最高の気分だ。


「あぁ、イイなあ……!」


 ぶっ壊し甲斐のある強敵とのバトルは最高で最高で絶頂が止まらない。

 機関車に例えてもいい。無限に高まり続ける闘争心を原動力に無限のちからをくれる炉にスコップでせっせと石炭をくべているのだ。


 今のクロードは止まらない。火を喰らう竜へと我が身の炎をぶつけてしまいたい。ぐんぐんと高まる我が身の熱が果てを目指していく。


 気持ちいいからぶん殴る。吹き飛ばされても気持ちいい。殴ったんだから殴られるのは当たり前でイイゾもっとやれ!とこいつをサイクルにする。……いやまったく人間なんてものはどんなに澄ました面をしていてもケダモノなのだなあと嗤い出してしまう。


「なんだよ、こんなにイイものがあるならもっと早く教えてくれよ」

「クロード先輩!」

「クロード、どうした、おかしいぞ!?」


 愛すべき後輩どもがピーチクパーチク言いながらやってきた。あんまりにも愛おしいものだからマリアのケツを叩いてやる。


「きゃあ!」

「そそる声で鳴くねえ。普段からそうしてろよ」


 クロードには確信がある。魔神ティトが如何なる存在なのかも知らず、彼の者の本当の姿さえも知らないのに『できる』という確信がある。

 鳥が自らが何者かも知らずに飛ぶように、火山に住まう不死鳥の末裔もまた奇跡に手を伸ばす!


「せっかくのバトルもおねんねしてんじゃ退屈だろ。立ち上がれ戦士達よ、死を踏み越えて剣を取れ!」


 炎の翼を羽ばたかせ、活力の炎を撒き散らす。

 炎をまともに浴びた後輩どもが騒いでる。


「なにこれ、すごっ」

「ちからが漲ってくるな」

「活力の炎。火山より生まれし不死鳥プロメテウスの権能技『プロメテウスの護り火』よ。なぜ彼の魔神がデス神の対極にあるかすぐに分かるわ」


 黄金の炎が凍結のフィールドに散っていく。

 凍りつき沈殿する灰は誰かの躯の残骸であるが奇跡の火が灰を燃やしていく。不死鳥の眷属は灰の中から蘇る!



◇◇◇◇◇◇



 温かな炎が凍結の大地を迸り、盛りの小麦畑のように黄金の揺らめく大地から戦士達が起き上がる。

 魔神好みのド派手な白と黄金の神器に身を包んだ戦士たちが戸惑いの中にあり、真っ先に駆け寄ってきたプリス卿の質問の意味も理解していない。


「ジョニー、生きていたのか!?」

「見ればわかるでしょ。って言いたいところなんですが分かりません」

「わからないだと?」


 プリス卿が悩まない!


「わからないものは仕方がないな。質問を変えるぞ、やれるな?」


 ひでえ上司だと苦笑し始めたジョニーや彼の下に集まってきた起き上がり騎士が頷く。


「誠に遺憾ながら体調はばっちりです」

「よし、プリス隊参集。陣形を組みなおすぞ!」

「プリス、策はあるの?」

「策はねえ。だがあのトカゲ野郎の戦い方には随分と慣れてきたところだ」


 プリスはお世辞にも優秀な指揮官とは呼べない。ユキノという補佐官付きでようやく将校ができているという程度の将でしかない。

 だがその強さだけは誰も疑いを抱かない。馬鹿は馬鹿でもドルジア有数の大剣士。馬鹿でも何でも慕うのは彼が英雄としての器量を見せてきたからだ。


「あのでかさで懐は死地。遠くから撃ってても効いてる素振りもねえ。いつもの気合いでどうにかなる相手じゃねえ」

「プリスの馬鹿。みんな見た瞬間にわかってた」

「へんっ、見た瞬間にわかることなんざ強そうかどうかってだけだろ。耐火装備と応援の手筈はつけてある。当座は戦線の維持に努め、応援部隊の教導をやる。応援部隊は魔法支援に回せ、ジョンの後ろから神話級を撃たせろ」


「神話級……? 誰が根幹術者を?」

「あんだけ居れば一人くらい撃てる奴がいるだろ」


 無策! 策はねえと言ってはいたが恐ろしいまでの無策!


「小さいのは通ってねえ気がするんだよ。強い魔法なら何でもいいが属性は揃えろよ」

「最初からその案を出すべき」

「仕方ねえだろ。リリウスにできることが俺にできないなんて認めたくなかったんだよ」


 長期戦を予期したプリス隊は後方支援の場を整え始める。

 戦術情報を得るために払った犠牲が返ってきたことで十全の状態から仕切り直しが可能となり、その上で下した判断がこうなった。


 プリスの眼が戦場を彷徨う。


「マジで殺られてんじゃねえだろうな? さっさと戻ってこい、こちとらお前の逃げ道を確保するので精一杯なんだぞ」


 プリスはあの男が死んだとまだ信じていなかった。



◇◇◇◇◇◇



 火竜殺しのアルチザンの子弟は互いに身を寄せ合い、双子のように祈りの手を組んでいる。唱える言葉はちからもつ祝詞。我が身の門から彼方のちからを引き寄せる。


「大した効果はありませんよ。火を喰らう竜はただのサラマンダーではない。わたくしどもアルチザンのちからとてさほどの効果もない。それでもやる?」

「出し惜しみをしろと? 日和ったか? 臆病風に吹かれたのなら逃げ出せよ」


 アーサーの瞳の中のココアが言い、また彼女の瞳の中の彼が返す。

 まったく予期していた通りの返答なのでココアが困ったふうに嘆息をつく。


「いいでしょう。ただ今回失ったちからが必要な時が必ず来る。このちからの補填を別の形でしなくてはならない。貴方の命から誰かの命、その覚悟はしておきなさい」

「今あるちからは今使う。後で必要になるのならこれを終えてから備える。簡単な話じゃないか」

「……ばかね、そんなに簡単な話ならしつこく忠告するわけがないじゃない」


 詠唱が結実し、炎が放たれる。

 火竜殺しの猛火が火を喰らう竜神の体表を炙る。岩のように分厚い鱗を焦がして肌を焼いていく。痛みに怒声をあげる竜が暴れ出し、大口を開いて地面を削りながら突っ込んでくる竜神の―――


「口内はやめておきなさい。貴方では耐えられません」


 アルチザンの子弟が竜頭を蹴りながら突進をかわす。正確に言えばココアがアーサーを掴んで強制的に逃がしたのだ。


「姉さんどうして!?」

「同じ無茶なら勝算のある無茶になさい。リリウス・マクローエンの救出なんて無茶は見過ごせません」


 勝算はなかった。だが最善の手はそれだと思い込み、この思考に囚われてしまった。……今にして思えば最善の手だったかも怪しいものだ。


「心配なのは分かるわ。でも今は他のみんなを守る手を考えて」

「……正しい判断だよ」


 戻ってきた命。戻らなかった命もある。アーサーはただ許せなかった。

 戻らなかった命に如何なる理由があり、どうしてそこに彼が含まれたのかは不明だが、ただただ許せなかった。



◇◇◇◇◇◇



 みんなが頑張って戦っている最中にも考古工学部メンバーはいつも通りだ。ジョンに後ろに敷いた絨毯に寝そべり、無責任に囃し立てている。


「がんばれー」

「そこだー、そこが弱点だぞー」


「……セリード、本当にそこが弱点なのか?」

「叩けば分かります」

「なるほどな。つまり奴らは試薬か」

「ええ、我らのために体を張って弱点を探してもらいましょう」


 レリアが納得し、頷き合うクソ外道どもがヒートアップする。


「イケー!」

「がんばれー」

「ゴーゴー!」

「死ぬまでがんばれー。トドメは我らに任せろー」


 マジな話をするとこいつらはカルマ値がやべーのでまっとうな感性ってやつを持ち合わせていない。

 他人なんて雑草と一緒だし興味のない出来事なんて星の反対側で起きている戦争くらいどうでもいい。今まさに命懸けで戦っているみんなのことなんて鼻くそほじりながら「へー、大変だな」って言い切れるレベルのクソ外道どもだ。


 だが、だがそんなクソ外道でもこの場から逃げ出さない程度の良識はある。


 迷宮コアを破壊した以上、火を喰らう竜は放置すれば地上へと這い出して来る。迷宮という良質な餌場を失った竜の行動は単純だ。人を食いに地上に出てくる。……敵愾心の話だ。

 火を喰らう竜が一番殺したがっているのはジョンだ。その次がアルフォンスとボランだ。彼らが迷宮コアを砕いたからだ。いや神話のサンダークラウドを嗾けたレリアかもしれない。影の軍勢を操るセリードかもしれない。


 逃げれば竜神が追ってくる。仮にボランを追ってくるのなら「さらばだボラン!」と高笑いしながら三人でトンズラこいただろう。仮にアルフォンスが狙われているのなら「じゃあな!」って高笑いしながら三人で逃げたはずだ。

 だが誰を追ってくるかがハッキリとワカラナイ。だからこうして踏み止まって戦っているのだ。


 どうせ戦う羽目になるのならジョンがいる内に戦った方が勝率が高いと踏んだわけだ。もちろんこれは良識とは呼べないが他人から見れば良識だ。良識に見えるだけだ。


 そんな考古工学部ののんびり絨毯で亡命魔族のセリードがお菓子を食いながら言う。


「しかし強いな。あれはもう新生体ではありませんね」

「だろうな。グラッツェンだか何だか知らんダンジョンマスターが丁寧に育てたのであろうよ。あぁ嫌だ、まったく楽な労働などないのだなあ……」


 部員揃って苦笑する。仕事って単語を耳にするだけで鳥肌が立つ女だ。レリアの過去には労働にまつわるトラウマがありそうだから笑っておく。


「完全顕現とは考えたくない。実際ジョンが軽くあしらっている点から見ても完全体ではなかろう」

「この犬畜生がもう少し真面目にやってくれればね」

「よせよせ、その言葉は我らにも返ってくる」


 完全に切り札を温存している奴らのセリフだ。

 他の連中が必死こいて戦ってる最中にも関わらず、のんびりお茶をしているレリアが言う。


「まあ、のんびりやろう。どうせ奴に逃げ場などないのだから」


 ここは神の御前。恐るべき竜の祭壇。ここは人にとっては死地で、竜に捧げられた生贄でしかない。

 だがそれはちから無き人の話だ。レリアほどの大魔導になればピクニックの気分で済む。……だから疑っている。


 あの男がこの程度の神にやられたなんて信じてはいない。


「油断してヘマをこくほど可愛げのある男ではなかろう。戦線は支えておいてやる、だから早く戻ってこい」


 レリアが踏み止まる理由は一つではなかった。それだけの話だ。



◇◇◇◇◇◇



 激しい戦いの三時間が経過し、それでもサラマンダーはまだピンピンしている。

 陣頭指揮を執るプリス卿が叫んでいる。


「効いているぞ、手を緩めるなー!」

(それさっきも聞いたな)

 って思ってるマリアが観察する火を喰らう竜は元気いっぱいだ。全然堪えているふうには見えない。万全の状態くらい元気だ。


 灼眼が復活する度にココアが消して、その隙を突いて全員で斬りかかっているが効果があるようには思えない。


「はっはー! 死ねやボケー!」


 そしてクロードも正気に戻らない。いや本性らしいので正気はこっちなのか。

 なぜ白角隊のみなさんが理想の男に出会ったみたいなキュンな顔をしているのかは謎だが攻撃に不足があるとは思えない。だが倒せない。全然効いていない。


 この三時間の間に色々あって戦力はかなり増えている。

 まずクロードが黄金の生命の炎を撒き散らしての超広範囲蘇生の奇跡を使った。完全に消し炭になっていた騎士が復活する奇跡の炎『プロメテウスの護り火』だ。蘇生条件は強靭な肉体と精神力らしく還ってこなかった人もいたが奇跡は奇跡として素直に喜べた。

 ジョンが保持し続けてくれたゲートから迷宮騎士団の増員もやってきた。先発隊として二個小隊60。耐火兵装を用意した頼もしい援軍だ。耐火の祝福と重ねてようやく戦線離脱を余儀なくされるが早期に治療を行えば死ぬまでには至らないという程度だが命綱にはなる。


 学院側も教員と生徒の選抜チームを送ってくれた。ほとんどが魔法支援の役割。前衛を張れるのはマイルズ教官くらいのものだがありがたい援軍だ。

 前衛を張れる者。この意味で言えば現状前衛で戦う多くの者が除外される。

 プリス卿の再編成指令が通り、部隊編成が大きく変更された。


 まず後方支援部隊はアーサーとエステル教諭を根幹術者に据えての両輪編成。このダブルスタッグで攻撃・耐火・強化を適宜回す形となった。


 ジョンとレリアとセリードは召喚術を継続運用。補佐を入れようとしたがレリアから突っぱねられたのと「くぅん?」と理解してそうもない駄犬なので諦めた経緯がある。


 前衛はプリス卿率いる帝国騎士団三十余名と白角隊から六名。学院からはマイルズとマリアとライザとバドが選ばれた。選ばれたのに断ったアルフォンスとボランの存在感が浮き立つ。……クロードは意思疎通ができない状態なので放置された。ジョンと同じ怪獣枠だ。

 マリアの提案した冒険者ギルドへの応援要請は学院と迷宮騎士団から突っぱねられた。プリス卿も「良い手とは思えない」と棄却した。


 これがこの三時間の出来事。当初の絶望感は随分と鳴りを潜め、どうにか戦える状態を作れている。


 しかし火を喰らう竜の威勢は衰えない。こちらばかりが疲弊を積み重ねているのに竜は当初と変わらぬ暴れぶり。それどころかこちらの動きを学習してより強かに振る舞うようになっている。


 火を喰らう竜が大口を開いて突進する。城の如く巨大な竜の突進は何者にも阻めるものではなく、だがその巨体が目指すのはジョンだ。後方魔法支援部隊を構築した場所だ。プリス卿が叫ぶ!


「止めろー! その犬っころがヤラれたらおしまいだぞ!」


「止めろってどうやって!?」

「どうやっても止めるしかねえんだよ!」


 無理に止めに入ったプリス隊が跳ね飛ばされる。燃えながら吹き飛んでいく彼らを意にも介さずに突進する竜の大口が支援部隊を呑み込もうとしたが―――


「くぅん?」


 首を傾げるジョンが小さく鳴いた。トカゲは馬鹿だなあって小馬鹿にしたような鳴きの後でジョンの体表が弾け飛び、内部から出来てきたダイアーウルフが突進して火を喰らう竜の突進を押し留める!


 大勢の心が今一つとなり、戸惑いに満ちる。


「は?」

「……?」


 大勢の戸惑いなど意にも介さずに狼化したジョンが叫ぶ。


「わおーん!」


 ブレスを放った。冷気がぼわぼわ蒸気させる不可思議な水流のブレスが火を喰らう竜を瞬く間に凍りつかせ、トドメとばかりに前肢を振るって凍りついた竜の巨躯を打ち砕く。一発だった。一発で竜を粉砕しやがった。


 褒めてと云わんばかりに鼻っ面を寄せてくるジョンにマリアも何も言えない。


「ちょ…おまえは本当にすごいねえ。最初からそれができなかったのかねえ」

「ゴア!」

「おおぅ、鳴き声が可愛くなくなっとる……」


「きゅーん」

「可愛いふりを始めおった……」


 ジョンに知能があると確信した瞬間である。賢い子犬というレベルではない、確実に人間に近い知能だ。

 今になって思えば。今になって思えばそういえばと感じることもあった。あのリリウスが警戒し、ナシェカが見る度に「ひえっ!?」って驚いてきた子犬だ。まともな子犬であるわけがない。


「……お前もしかして危険な生き物なの? いや途端に可愛く鳴き始めるのはやめてよ」


 可愛さをアピールし始めたジョンが鼻先をこすりつけてきた。

 でもダメだ。もう無理だ。それはもう無理なのだ。


 ジョンのアピールから五歩引いて、完全な安全地帯からレリアがぼそっと言う。


「世の中には知らない方が幸せなこともあるぞ」

「そこまで言われたら知らないほうが怖いんですけど?」


「私だとて何もかも知っているわけではないのだがな(ちらっ)」

「きゅんきゅん(ふるふる)」

「知らない」

「いまのやり取りの意味は!?」


「冷静に考えてみろ。こいつは子犬だ」

「こんなにでかい子犬がいるかー!」

「犬でも構わん。犬と意思疎通ができるわけがないだろ?」

「今してた!」

「しているふうに見えただけであろう。それともたしかな証拠があっての発言なのか?」

「その必死の弁護が確たる証拠だよ……」


 レリアが困ったふうに眉根を寄せる。そして悟ったらしい。自分では無理だ。


「アルフォンス、頼む」

「これはもう無理でしょう」


 百戦錬磨の詐欺師でも諦めるシーンだと判明し、レリアも諦めた様子ででかい犬の鼻先を撫でる。

 そしてアルフォンスが真実を告げる。


「じつはこいつはレリア様が品種改良をした特別な魔導犬なんだ」

((なんだと!?))


 衝撃の真実に考古工学部メンバーが一斉にアルフォンスへと振り返る。レリアまでもだ。


「開発には新技術が使われていてね、余所に盗用されてはいけないから隠していたんだ」

「そうだったんですか?」


「隠していてすまない。だが私達も敵が多くてね。事にレリア様の研究を狙う貴族は多く、中には今年度の新入生として産業スパイを滑り込ませている者までいるんだ」

「え、うちの学年にスパイなんているんですか!?」


「その程度で驚かれても困るな。貴族階級の情報欲しさに貧困騎士家に金を渡して養子縁組をする商家もあるんだよ。学院の書類選考はそうした間諜を落とすためにあるんだが完全ではない。じつは各倶楽部の長には学院側から怪しい新入生を教えるようにと通達が来ているんだ」


 アルフォンスが語りだす。べらべらと詐欺師顔負けの饒舌だ。そしてマリアが怪しむ様子はない。

 普段は寡黙なレリアが必死に誤魔化そうとすると怪しくなる。当たり前だ。

 しかし詐欺師がべらべらしゃべったって詐欺師だから当たり前なのだ。しかもこの詐欺師は普段は親切そうに振る舞っていてマリア達から慕われているのだ。ここぞという時までは信頼を積み上げているのだ。詐欺師だからだ。


 アルフォンスは名うての詐欺師だ。だから八人もの女生徒が騙され、八股発覚後も関係を続けているのだ。田舎娘一人を納得させるくらい朝飯前だ。


 どんどん丸め込まれていく田舎娘のマリアを見つめながら考古工学部のみんなは思った。


「頼もしいを通り越して気分が悪い」

「あいつは本当にいっぺん死んだ方がいい」

「何らかの方法でブタ箱にぶち込めないかと思案したこともあったのだがな。現行法では不可能だと判明しただけだった」

「あの悪は法でも裁けないのか」


 外道揃いの考古工学部において一番の害悪は間違いなくアルフォンスだ。

 外道どもが揃ってこいつと同じには見られたくないって思ってるから間違いない。


 戦場ではすでに火を喰らう竜が肉体の再構成を終えて元気に暴れまわっている。なのに会話はいつの間にかジョンからここでのんびりしている事情に移っている。あの状態からジョンの疑惑を解消して別の話題に持っていく技術だけは本当に凄まじい。


「いやいや、長期戦に備えて休憩だよ」

「長期戦ですか。さっさと倒しちゃった方がよくありません?」

「我々だってさっさと倒せる怪物なら倒しているよ。マリアは精霊退治は始めてかい?」


 精霊……?とマリアが首を傾いだ。


「神だと聞いていますけど」

「うん、神は広く知られる名を持った精霊でね。本質的には精霊と同じ対処になるんだ」

「なるほど」


 本当はなるほどではない。よくわからない。わからないけどなるほどって言っておいたマリアである。


「精霊との戦いは保有する魔法力を削る戦いなんだ。彼らが人界に顕現するのに必要な値よりも減らした状態で受肉体を破壊すれば勝ち。……まぁ私に言わせれば倒す必要はないけどね」

「え、倒さなくてもいいんですか?」

「普段ならアレに追いかけられながらの逃亡は難しい。でも今は転移門があるからね、逃げちゃえばいいよ」

「すごい、アルフォンス先輩天才!」


 なんとなく倒さないといけない気がしていたがそんなことはなかった。

 と思ったがセリードが口を挟む。


「その場合はあの聖位精霊が地上に出てくるけどな」

「え、ダメじゃん」


「ダメなんだよ。アルフォンスのような外道ならお宝だけ持って帰っちゃうんだろうけどダメな方法だ。あの機転の利くリリウスが素直に戦っていた理由もこれだ」

「さすがアルフォンス先輩、クソ外道……」

「最善の方法を教えたまでさ」


 アルフォンスの最善の方法はレギンビーク市を巻き込んでの大規模レイドバトルであった。被害人数など知ったことか、我らが楽できるならそれでいいという思惑が透けて見える。


「目的はクロード班の救出だったろ? 想定よりも手強い敵であった以上撤退を視野に入れるのは当然だろう」


 アルフォンスはクソ外道だが現実的な提案をする。貴族の義務ではなく、貴族である私がどうしてそんな苦労をしなくてはならない?という帝都貴族連盟的な思考が染みついているのだ。

 レリアも基本的な考えはそっち側だった。


「それもよいかと思ったがな。思ったよりも戦況がよい」

「がんばってますから!」

「うむ、この調子で往けば九日と掛かるまい」


 マリアの笑顔が硬直する。


「九日ですか……?」

「かなり早い方だぞ?」


 神と呼ばれる竜との戦いはまだ始まったばかりだ。

 マリアがそれを本当の意味で思い知るのはまだ時が必要で、時が来れば思い知る。なぜ神が畏れられているのか、なぜ人が神に従うのかを理解する。


 けっして果てぬ怪物を前に意気を保てるのは真にその性質を理解している賢者か、本物の勇者だけだ。

 


◇◇◇◇◇◇



 三日が経過した。戦況に動きはない。

 人と物資を惜しみなく投入し続けているのに戦況に変化はなく、火を喰らう竜に衰えは無く、地上からやってくる援軍と物資を呑み込み続ける。


 戦場に死者だけが増えていく。幾多の命を呑み込んで竜は喜びの咆哮を挙げ、戦士達は怯えて後退る。


 この竜は倒せない。

 心に芽生えた恐怖が神をより恐ろしい姿へと変えていく。


 恐怖だ。恐怖こそが神の糧なれば彼らはやはり生贄でしかなかった。


「単眼を潰した! マリア!」

「斬り込み隊いくよ、あたしに続けー!」


 戦場では人の虚飾が剥がれ落ちる。地位や肩書きは意味をなさず、ちからある者に信頼が集まる。

 戦場における全権者はプリス卿だ。しかし戦場の支配者はすでにマリアに代わっている。


 その声に、振り上げる剣に従うと決めたのは彼らの心だ。本能がマリアを信じて心が王に敬服する。


 王とは格あるべき存在だ。種族王とはそも理不尽な神に抗うために種の本能が求めた、トールマンを統べる超存在であり、そのように世界を書き換えたのはティト神の慈悲なのだ。


 だが足りない。目覚め始めたばかりの未熟な王では火を喰らう竜に抗いきれない。

 王の強さは支配する同族の数に左右される。この異能の真価は千や万という軍勢を率いて初めて王足り得る。


 足りないのは数だ。究極に至ったかみに大して弱き種が求めたのは統率された軍なのだ。


 三日が経過して人々の心が折れかけたその時、状況を動かす個が出現する。

 竜のちからを宿す(宿していない)最強の男がひょっこりと現れたのである。

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