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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
課外実習編
209/362

火を喰らう竜② 竜に仕える司祭と竜を従える王

 永遠の都で積み上げた名誉が砕けた。彼は永遠に仕える司祭であったが主の怒りを買い、永遠の都から追放された。

 彼の父も彼の祖父も誉れ高き神官であった。それゆえに、あぁそれゆえに俗世での生き方など何も知らない。ただ父と祖父が歩んだ道をまっすぐに往けば栄光が待っていると信じて生きてきたゆえに。


 苦界を彷徨う彼は俗世の醜さを学び、亡者のごとき人々の中で穢れさえも学ぼうとけっして永遠を恨みはしなかった。それどころか信仰はますますに高まった。

 彼は苦界を学び、改めて永遠の偉大さを思い知るに至った。彼の者こそが真に偉大なる存在であり、永遠の都は楽園であったのだ。

 だが夢に焦がれども楽園への回帰は叶わぬ。聖句を唱え許しを請えども永遠は語り掛けてはくれなかった。


 やがて彼は解を得た。再びお仕えすることが叶わぬなら新たなる主を探せばよい。

 彼を必要としてくれる新たなる神を……



◇◇◇◇◇◇



 神は強い魔法力を求めている。より大きな存在になるために餌を欲す。加虐心を満たすために餌を欲す。闘争本能の叫ぶままに強い餌を欲している。……いやまったく愚かしいなとオーギュスト=ライは口を歪めた。


「どれだけ言葉を重ねようと品の無さは隠せぬか。人を喰らいて御位の端くれに至ったというだけのトカゲ風情を立ててやっている我が身の不甲斐なさには染み入るものだ」


 神は神でも所詮はトカゲ。知性の欠片もなければ、世話を焼いてやっている我が身の献身をどれほどに理解しているかも怪しい。


 混沌の神は理性なき野の獣に等しい。すべてがすべてそうと見下したものではないが、地這い竜は竜種ではなく亜竜種であり、飾らずに言えばトカゲの近親種だ。

 その程度の存在でも幾星霜の年月を経ればトールマンなどとは比較にならない高度な知性を得、真に竜と呼ぶべき存在に至るのだろうがこれなるトカゲは知恵が足りない。食って遊んで寝るだけの下等な獣だ。


「とはいえ恩恵だけは本物。高性能な増幅器と割り切れば知恵の足りなさも許せるが……」


 神格を得たサラマンダー、一眼泥平いちがんでいだらは妙な亜人を相手に苦戦している。

 四百年と長く人界を巡ってきた年経た森人であるオーギュストの知識にも存在しない種族だ。外見はややオーガ族に近い。異種族との混血と考えればあのようにトールマンに近いオーガがいてもおかしくはない。

 だが問題は種族ではなく強さだ。驚嘆を禁じ得ないほどに強く速く、おぞましい妖気を垂れ流している。魔法力の性質はアンデッドそのものだ。そしてオーガはアンデッドを統べるデス神とは対極の生命力の化身である。


「条理に合わぬ存在。計り切れぬものを相手に策を組むのは手が悪いな」


 神域の大魔導師オーギュスト=ライの操る術は万を数え、迷宮から供出される無限の魔法力は彼を完全な存在まで高めている。それに加えて神竜からもたらされる権能アビリティから編み出した秘術まである。

 それゆえにオーギュスト=ライは出たとこ勝負を好まない。勝ち筋を選べる立場にあるのだ。たった一つの命を賭け金に博打を打つ必要はない。


 情報を揃えてから勝算を積み立てて安全に勝てばよい。臆病ではなく慎重。蛮勇ではなく知的に。難敵に対して勇気を以て挑むのは愚かなのだ。

 オーギュスト=ライは大衆娯楽に出てくる頭の足りない主人公ではない。それゆえに四百年の歳月を経た大魔導師であるのだ。


「肉体的な能力においては神にも迫る。だが心までも神の域にあるわけではないのは明白」


 あの者は少女を腕に抱えている。神と呼ばれる竜を相手に片腕で戦うとち狂った超人だ。

 神を相手に舐めプ。超絶の能力を有するがゆえに許された行いだが、その理由を思えばあれが人らしい心持つ存在であるのは明らかだ。


「人質は有効。最善はあの少女だが手に入れるにはリスクが高い。となれば余人の内から見いだす他にない」


 狂ったように暴れる神なる竜へと指示を与える。魔力指によって興味を向けるだけの行いだ。

 あれは頭の足りない竜だが獲物を弄ぶ程度の知能はある。獲物がどうすれば困るのか程度は理解している。


 神なる竜の単眼が一際強く燃え盛り、向かってくる軍勢を焼いた。

 魂魄から発した焦熱によって炎上する者どもが膝を折り、軍馬諸共に黒焦げになっていく。……肝心のオーガは動揺した素振りもない。


「あばばああああ!」

「たいちょ―――はぎぃぃぃいいい!?」

「視認されるな! 発火の魔眼だ、大地を壁にして進めー!」


 阿鼻叫喚の混乱が起きている。今の一瞬で数十という人が燃え尽きた。

 しかし当人たちは……


「ちょっと! ひどいことになってるわよ!?」

「彼らには勇者の資格はなかったようですね」


「……れいせぃ」

「神に挑んで死んだのなら戦士の誉れ。いさお詩にして語り継いでやりましょう」


 同胞の死は人の心に大きな揺さぶりを生む。だが例外もある。

 思考停止すれば鈍化した心は揺れる己を無視する。信念があれば死を乗り越えてゆける。心が魔に落ちると同胞の死ごときはそよ風だ。


 揺さぶりは意味がないかとまずは一つ情報を手にしたオーギュストであるが次の行動まではさすがに予想外であった。なんと奴は無為に命を散らしていく仲間達を煽り始めたのだ。


「デコイが隠れてちゃ意味がねえぞ! プリス隊は臆病者の集まりだったと言いふらされたくなければ男らしく戦え!」

「こっちは火力担当なんだよ! デコイはお前がやれー!」

「トカゲあっちだ! あの馬鹿を狙え!」

「誘引しやがった!?」


 彼奴はあろうことか同胞どもの方へ往けと竜を蹴り始めた。


「やめて! やめてー、あたしたち貴方ほど強靭じゃないの! 死んじゃう!」

「お前には人の心がないのかー!」


「俺は散々警告したぜぇ。のこのこ出てきた挙句足手まといになりやがって。潔く散れ! 見苦しいぞ!」

「くそっ、あっちをやれクソドラゴン! リリウスを殺せ!」


 見苦しい仲違いが始まった。これには混沌の神官オーギュスト=ライも困惑を禁じ得ない。あれは友愛の心を持たぬ存在だ。


(心に弱みを持たぬか。強靭な肉体と惑わぬ心。ならば他を突けばよい)


 火を通さぬ肉体ならば冷気はどうか? 雷は、毒は、病魔は? 生存に空気は必要か? 手札は無限にある。一つ一つ試していけばよい。

 魔導師の戦いとはこういうものでオーギュストには無限のリソースがある。


 一眼泥平との戦いという大きな隙を晒している怪物を殺すために、火を喰らう竜の祭壇エリアの大気成分を変容させていく。


 迷宮の主オーギュスト=ライにとって人を殺すなど容易いことだ。ニワトリの首を絞めるようなものだ。……彼の心が人から乖離している証ゆえにだ。


 長らく迷宮にこもっているがゆえに達した魔の心。迷宮を操るつもりがじつは囚われているのかもしれない。



◇◇◇◇◇◇



 クロード班捜索のために迷宮に潜るマリアは霊馬に騎乗して五階層を虱潰しにしていた。昨夜からずっとだ。

 リリウスに協力してもらえばすぐに見つかると思うのにあいつは見つからなかった。学院にも話をしたが渋られた。あれからずっとナシェカの機嫌が最悪だ。


 リリウスが停学になってからのナシェカは本気で機嫌が悪い。いつもブツブツ言ってて気持ちも悪い。……ナシェカならリリウスがどこにいるか分かりそうなものなのに協力してくれない。


「人はいつもそう。自らを助くる手を自分の手で振りほどく。救えない…滅ぼさなきゃ」


 ずっとこの調子だ。この怒りがこっちに向くのは困る。マリアも納得してないからだ。

 後で困ったからって意見も聞かずに処分した奴に手を貸させようって話だ。こんなもんマリアだって「ざけんなハゲ!」って感じだ。


 しかし迷宮遭難しているのはクロード班だ。彼らに罪はないでしょって論法が通じるのではないかと一瞬だけ考えた時があった。


「はあ?」

 ってガチギレされるまでは。マリアは黙った。ナシェカとはそれきりしゃべってない。


 無言での救助活動から解放されたのがさっきだ。三人一班で動いているココアまでピリピリしていたので心労がひどい。


 休息と報告のために戻ってきた寄宿舎でメシを食っていたら寝落ちして、誰かの怒鳴り声で目を覚ました。リリウスの声に似ていた。


「ううぅぅぅ…夢にまで出てくるとは圧い男だな……」


 寝ぼけ頭のままゆっくりと起き上がり、食堂から顔を出したが誰もいない。

 ジョンが不機嫌そうに尻尾を逆立てているだけだ。ジョンの周囲が凍りついているくらいだ。かなりの異常事態だ。


「どうしたのです?」

「はわっ!」


 急に背中から声を掛けられて驚いた。振り返ってみれば厩舎の馬房で馬の世話をしているルナココアがいた。今この厩舎を歩きぬけてここまで来たのに全然気づかなかった。


「い…いたんだ?」

「ええ、おりましたよ」


 汗ばんだ馬体をブラシでこするルナココアはこっちを見ようともしない。こういったら失礼だけど不思議な人だ。不思議ちゃんだ。


 格好いい女性だけどたまにこういう時がある。考え事で気もそぞろと言えばそれまでだけど、たまにこんなふうに別人のような時があるのだ。……弟が迷宮で遭難しているのだ。平気そうに見えてもじつは心配しているのだと思い直す。 


「アーサー君のこと心配ですよね」

「いいえ」


 即答された!


「たしかに火を喰らう竜は我らアルチザンの血統呪の通じない難敵。魔神の血統の者とちからを合わせても生還は不可能でしょう」

「火を喰らう竜……? え、そんなのがいるんですか。それに魔神の血統って誰?」


「火を喰らう竜はこの迷宮を餌場にしている竜神。神と言っても低位の従属神級、恐るべき強さこそ在っても理不尽というほどではない手合いでしてよ」

「でも神様なんですよね?」


 何かがおかしかったらしい。ルナココアが軽く噴き出した。


「位の低い神はマリアが思い描くほど絶対的な存在ではないのですよ。精々が魔法力が恐ろしく高い上位精霊という程度。区別をつけるために聖位精霊と呼ぶ方々もおりますわ」

「そ…そうなんですか」

「次に魔神の血統ですがおかしいと思いませんか?」


 おかしいのは今のあんただよ、とは言えなかった。


「剣神アレクシスです。自らを打ち負かした者に身を委ねると放言し無敗のまま生涯を終えた女の子孫がいる、おかしいではありませんか」


 また笑った。ルナココアがおかしい。弟が行方不明でおかしくなっちゃったのだ。


「そういえばどこぞの家も処女神アルテナの末裔を名乗っておりましたわ。ねえマリア、おかしいと思いません?」

「たしかにおかしいな」

「ええ、本当に世の中はおかしなことばかり。そういえば剣神アレクシスはその生涯において唯一度だけ負けておりますの。アルテナ神に仕える無数の神器を操る勇者と伝えられておりますがわたくしはエインヘリヤルではないと考えておりますの」


 そういえば記憶の中でリリウスが武勲詩を歌っていたなと思い出す。張りのあるバリトンと上手すぎるギターとあの姿の圧が強すぎて歌が思い出せない。


「ええと、それを魔神だと考えているんですかあ?」

「ええ、だってアルテナ神にまつわるモノの中で無数の神器とくれば魔神ティト=プロメテアしか思いつかないもの。アレクシスは魔神に抱かれた。アレクシスは神々の闘争に向かう前に我が子を父ヴィンダールの下に預けた。それがアレクシス侯爵家だと考えるとしっくりくる、そうは思わなくて?」


「……推測なんですよね?」

「たしかな話よ。だってアレクシス様から直接聞いたもの」


 直接聞いた話だった!


「じゃあクロード先輩って神様の子孫だったんですね。魔が付いちゃうけど」

「ええ、封印されているとはいえこのクロスワールドでも上位の戦神のね。ただ代々のアレクシス侯爵家は徹底的に魔神の形質を絶やそうとしてきたから現代のアレクシス家は微々たるちからしか残していないの」

「魔神ですもんねえ」

「それで納得してくれるマリアが大好きよ」

「他に理由があるんですか?」

「人の形をして生まれてこなかったらしいわ。育つ過程で両親に似ていくらしいけれど生まれた時は異形の怪物だったそうよ」

「あー、なるほど」


「のんびりしちゃったわね」

「???」

「火を喰らう竜との戦いでクロード・アレクシスが神のちからに目覚める。今回はそういうタイムスケジュールなの」


「……これは誰かの計画なんですか? 誰の、まさかリリウスの?」

「いいえ。彼は関与していないわ」

「じゃあ誰の?」

「この格好を見ればわかるでしょう。わたくし神様の命令で動いている使徒なの。……悪い神様だけどね」


 ルナココアが可憐に微笑む。誰にも言えずに貯め込んだ鬱屈を吐き出してすっきりした。そんなふうだ。


 今のココアは怖いくらいに綺麗だから身構えてしまう。

 信用してはいけないのかもしれない。口封じに襲ってくるかもしれない。……その使徒という集団に取り込もうと考えているのかもしれない。


「……どうしてそんな話を明かしてくれたんですか。それも神様の命令なんですか?」

「ささやかな反抗かしら」


 ココアが舌をべーって出す。


「たまに逆らいたくなるの。だって嫌な方ですもの」

「そんなのとは縁を切ればいいのに」

「嫌な方でもお客はお客。報酬の分はきちんと働くわ」

「そんな感じなんですか!?」

「知らなかった? 神と人の関係は古くから利害関係なのよ」


 ルナココアがずんずん歩き出す。


「どこへ?」

「当家のナマケモノはあれで重要な駒なんですの。この程度の神にくれてやるのは惜しいので助けに往きませんと」

「それは…神様の指示で?」

「さあ、どっちでしょうね」


 思ったより底が深いなあ。大人だなあって思いながらついていくとジョンのところだった。

 ルナココアがジョンを見下ろし、ジョンがごろんと横になる。お嬢さんぼくのお腹を撫でなよとか考えてそう……


「銀狼シェーファ、わたくしを覚えておりまして?」

「くぅん?」


 覚えてなさそうだ。


「ちからを貸してくださらない?」


 真剣だ。ルナココアは真剣だ。神の命令で動き、真面目な顔して子犬にしゃべりかける変な女だ。


 こっそりと後退るマリアは、ココアとの関係は見直した方がいいかなーってこっそり考えているのである。……ジョンの正体を知らないせいだ。



◇◇◇◇◇◇



 リリウスがめっちゃ早口で色々言い、ぷりぷり怒りながら去っていった。

 寝起きで頭の回らないジョンはリリウスが何を言っていたのか全然聞いてなかったけど、ニンゲンさんの忙しなさに辟易していてやっぱりニンゲンよりも犬の暮らしの方がいいんだなあって思っている。


(ニンゲンは大変だ。あいつも犬になればいいのになあ)


 なんて考えているとマリアと変な女がやってきた。最初はお腹を撫でたいのかと思ったがそうじゃないらしい。


 どうも緑のニンゲンさんと青いニンゲンさんが行方不明で探してほしいらしい。


 いやはやニンゲンさんは度し難いもので困ってしまう。こんな駄犬に何を求めているのか。駄犬の仕事は餌を食み、眠り、たまにお腹を触らせてあげることだけなのにな。


 しかしマリアに頼まれると断れない。雨の日に部屋に入れてくれるニンゲンさんは貴重な存在だ。


「ねえ、本当に探せるのならお願いできない?」

「くぅーん」


 本当は駄犬なんて働かせたらダメなんだよ。今回だけだよ。っていう気持ちで緑と青の魔法力を辿る。


 見つかった。相当に深い地中のようであり、でも青い空間の渦を介すればすぐそこのようでもある。なんだろうなあ、これはなんだろうなあ、ニンゲンさんはたまに変な事をするからわからないなあって感じだ。

 でも見つかった。図体のでっかい、でも大したことのないサラマンダーと戦っている。


「きゃん!」

「どうやら見つかったようね」

「え、本気で言ってるんですか?」


 飼い主さんと変な女のニンゲンさんを引き連れてとことこ歩いていく。何とも心地よい空気のする谷の中を歩いていき、途中で襲ってくる疑似生命体は長く伸ばした尻尾の一振りで蹴散らす。


「ジョン、あんたマジか……」

「くぅん?」


 何を驚いているのかわからないけど、どうやら駄犬が戦えることが意外だったらしい。そこだけは本当に駄犬にも同意できる。駄犬に戦わせるなんておかしな話だよ。


 青く渦巻く空間の間隙までやってきた。この先の出口はもう書き換えられていて緑と青のニンゲンさんの場所まで通じていないけど、新しく経路を開くくらいは簡単だ。


 この渦を利用して隣にもう一つ回廊を作る。

 するとジョンの技に驚いた術式の管理者の視線がこっちに向いたので、カウンターで呪いの茨を放った。


 呪いの尾リューエルは青い渦を突き破って術者に必中する。こっちを見ている千里眼を逆に泳いでいく茨だ。まったく愚かしいことに千里眼ホルダーの多くは己の優位を逆手に取られるとは考えない。

 まったく愚かなニンゲンさんだ。ジョンに言わせればそんな低次元な認識で千里眼ホルダーの名を貶めないでほしいなあである。


 ジョンの千里眼が見た光景は、両目から茨を生やして悶えるしょーもない雑魚ニンゲンさんの苦しむ姿であった。しょーもない魔導防壁も使っていたみたいだけど、しょーもないのであっさり貫通できた。……というふうに簡単にやってのけるが千人二千人の魔導師が集まっても不可能な芸当だ。


 ジョンの周囲に浮かんでは発動光を残して消える精緻な術式は人の魔導師に構築できる密度ではない。それもそのはず彼は人に在らず真竜なのだ。世界を知覚する器官が竜であるからこそ可能な高度な認識が彼の魔法能力を高次へと高めている。


 強大なる竜が弱者トールマンの技を学び、最強種の頂から神なる天へと飛び立った。それがジョンだとこの場にいる多くの人は知らないが、今そのちからのほんの一端を知ったという人もいる。


「ジョンがなんか色々やってるぅ……」

「凄まじい。迷宮の主でも軽くひねりますか」

「今そんなことやってたんだ……」


 マリアが引き、ココアが唸り。

 教員どもはおぞましい怪物を見るような目つきをしている。


「なんだこいつは、こんな怪物が今まで本校の敷地でのんびりしていたというのか?」

「術式の密度が。ばかな、この子犬はいったい……」

「これはマリア君の使役獣だったのかね。強力な魔物を飼う時は届け出というものがだね、いや怒っているわけではないのだ」


 誰しも怪物は恐ろしい。理解できないモノが恐ろしい。いや、それ以前の問題として本能的に察したのだ。

 これはドラゴンだ。逆らってはならないと。


 恐怖に支配された場にあって唯一人レリアだけがジョンの術を解読していた。考古工学部の活動資金のためにいつもの四人で深夜の迷宮探索に出かけていた帰りだ。完全に偶然立ち寄っただけだ。

 クロード班が行方不明? だからどうした、それが我が考古工学部に何の関係があると迷宮に潜っていたフリーダムな連中である。


「まったく器用な犬っころだ。遠見の魔眼を逆手にとっての神話級の呪殺攻撃かよ。受肉した呪いの茨、凍結の茨リューエルだな」

「おや、お分かりになられたのですね」

「アルフォンス、貴様わたしを馬鹿にしているだろ? この程度の術式解読なぞ日頃えらそうにしておられる教員の方々でも簡単にできているだろうよ」


 まったくお分かりではない教員の方々すべてが悔しそうに面を伏せて大地を睨む。レリアは睨まない。怖いからだ。


 そしてちょっとだけ分かる男セリードが術式構成に存在する呪詛返しへの対策を三重の隠ぺい経路を用いた仕掛けを見抜き、ボランが仕掛け以前の対策として強固な魔導防壁を指摘する。

 何もわかってないのに分かってるふうに「お前達も気づいたか」なんて言ってるアルフォンスは名人芸だ。部員たちを利用して一番の大物感を出しまくっている。


「犬っころ、お前の千里眼を借りるぞ」


 レリアはマジの天才魔導師なので発動中の術式にリンクするくらいは朝飯前だ。ジョンが抵抗しなかったのもある。たまに干し肉を貰ってるからだ。


「これは最下層か? クロードめ、存外に深くに潜っていたな。だから言ったのだ、あれの心配などする必要はないと。なあアルフォンス、よかったな?」

「よくはありませんが」

「あれだけ心配そうにしておいて強がるなよ」

「してません」

「つまらん意地を張りおって」

「張ってません」

「アルフォンス、往生際が悪いのはダサいぞ」

「そうそう、ライバルだって認めちまえよ! 昔から憧れだったんだろ?」


「……お前達は何を言っている?」

「いや、お前酔っぱらうとクロードに対する熱い想いをぶちまけるからみんな既知なんだぞ」

「???」

「無自覚かよ!」

「こわっ!」


 からかったつもりが本人だけきょとんとしている。


「怖いとは何だよ」

「いやいやいや、怖い怖い怖い! 男に対して無自覚に執着しているとか本気すぎて怖い!」

「アルフォンス、それはやばいぞ!」

「衆道はやめておけよ。非生産的だ」


 何だか賑やかになってしまった場で黙っていたマリアがレリアの肩に触れる。

 昨夜は断られてしまったけど、今ならいけるって思ったわけではないけれど、なんなら全然助けてくれる気がしないけど……


「クロード会長たちの救出に向かいます。助けてもらえませんか」

「攻略品は貰うが構わないか?」


 その返しは想定外だ。しかし最大限の譲歩なのはわかる。レリアにはクロード班を救出に向かう理由がないからだ。

 例えそれが彼女からすればほんの少しのちからと労力で可能な出来事だとしても、やりたくないと言われればそれまでだ。


「うっ、それはちょっとあたしの一存では決められないです」

「では倒した奴が攻略品の権利を得るとし、お前は何が何でもクロード班にそれを認めさせる。譲歩できるのはここまでだ」


「わかりました。みんなの命には代えられないって説得をガンバります!」

「ふんっ。野郎どもいくぞ、クロード班から攻略品を掠めとる! 気合いを入れていけよ、あれは神聖存在だ!」

「異教の神か、久しぶりですね」

「腕が鳴るな」

「元より我らデュナメスの郎党は神殺しの任についた家系。片手でひねってやりますよ」


 頼もしい連中だ。なんならすでに神を撃破した実績がありそうだ。

 マリアはブレードパッケージに手を掛け、青い渦へと飛び込む。


「いこう!」

「きゃん!」


 飛び込む先は神のおわす祭壇。死闘の予感に震えながらも飛び込むのは勇気があるからではない。この先に助けたい人達がいるからだ。

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