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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
課外実習編
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火を喰らう竜①

 魔神将へのクラスチェンジにはリスクがある。勝利を捧げると神に誓ったのだ、必ず勝利し必ず敵の首を獲らねばならない。この闘争は魔神に捧げた神前の行いとなるからだ。敵から奪った神のエナジーを魔神に捧げねばならないのだ。

 仮に敗北したなら魔神は俺から加護を取り上げる。その時に怒りの余り俺の生命まで奪うかもしれない。


 それだけのリスクを負うからには与えられるちからも尋常ではない。

 闘神ティトの眷属に相応しいちからだ。神の肉体強度。神のアビリティ。もたらされる恩恵は命を懸けるに相応しいものだ。


 神のちからはダッシュからして違う。一足を踏み出した俺の脚は鉄混じりの岩盤を破壊して弾丸と化す。追従する騎士団なんて置き去りだ。

 彼方にあった巨大な炎竜神などもはや直下にある。手のひらを加減して突き出して減速し、ものすごい足音と地震を起こしながらクロード班を追う神と同じ速度に調整。軽いステップを入れて肉体の上下を入れ替える。


 頭の足りない竜の神は俺に気づかず、眼前を走るクロード班を追うのに夢中だ。

 頭上に存在する脅威よりも目の前の餌が優先ってか。混沌の神ってのはこういうしょーもない連中だよ。こんなもんでかいトカゲで充分だ。


「どうするの?」

「混沌の神に会った時の作法を教えてあげましょう。第一声は元気よくこんにちはです」


 神器召喚、巨人族の大戦士が愛剣メガロ・ディノマキア。

 天地を割るために造られたがごとき超巨大剣を召喚の瞬間は質量がゼロというチートテクニックで直下に投げ放つ。タイミングは超シビア!


「こーんにちはー!」


 メガロ・ディノマキアがでかいトカゲの背中に突き立ちその場に縫い留める。

 衝撃が大地を割り、衝撃波が爆風のように吹き荒れる。


「……失礼な作法ね」

「こいつらは人を餌と餌を持ってきてくれる都合のいい餌の二つでしか認識してないのでこのくらいでいいんですよ」


 巨人から踏まれてショックを受けているようなトカゲに、挨拶の次は体調を聞いてみよう。


「元気ですかー!?」


 拳鰐付きのレイピアの拳鰐でトカゲの背中をぶん殴る。また大地がバキバキに陥没し隆起しマグマが噴出し、でかいトカゲで少し埋まる。


「なにぃ、元気がなさそうだ。じゃあ元気を出させてやる!」


 空渡りの要領で空を蹴り、これを足場にリリウスラッシュを連打する。俺のジャブは安くねえぞ。全身のちからを使って繰り出す秒間30発の死の呪い付きパンチだ。


 まぁ大して効いていない。最初に放ったディノマキアによる強烈な一発でショックを受けていたトカゲが暴れ出しやがった。


 大地に縫い留める超巨大剣などお構いなしに立ち上がり、灼熱の単眼から発火の異能を放ってきた。

 目で見たものを燃やす異能だ。回避に意味はなかった。視認したものを必ず燃やす権能であるからだ。


 だが効かない。神と戦うからには最初からその程度の理不尽は折り込み済みだ。ティト神の炎の恩寵は我が身を炙る炎を我が力に変換する。


「いいねえ、てめえとは相性がいいぜ。―――てめえにとっては最悪の敵なんだろうがよぉ!」


 殴りつける! まぁ大して効いてはいないがそこはしょうがない。魔法力を削り切るしか打倒の方法はないんだ。0.000001%でも削れていたのなら大喜びだ。この一連のやり取りなんざ長い勝負のほんの挨拶代わりでしかないのさ。……問題はこいつが何段階目の状態にいるかだ。


 蹴って殴って、バカの一つ覚えみたいに放たれる必燃の魔眼を吸収する。このサイクルを続ける限り負けはない。クロード班に逃げる暇を与えるくらいは朝飯前だ。


 足を停めたゴースト騎兵隊の中心にいる男が俺を見上げている。普段は清潔感のあるイケメンなのに今は随分と小汚くなっている。


「リリウス!?」

「俺に構うな! あっちに帰還用のゲートを開いてある!」


 迷うなよ、ダチ公。俺ならこの状況で一瞬でも迷ってくれた時点で充分なんだよ。


「模範たるべき者の責務をまっとうしろ。班員を逃がせ、お前は生徒会長だろ!」


 クロードが何かを言って霊馬で駆けだした。恩に着るはないな。間違ってもすまないではない。感謝するってほど太々しい男でもないな。何だろうな、本当によ。


 逃げ始めたクロード班を横目に捉えたでかいトカゲでそっちを向き、ちょうどいいので面を蹴飛ばしておく。

 ほら、こいよ。てめえの相手はこっちだ


 でかいトカゲが雄たけびを挙げ、ブレスを放った。ブレスに呑み込まれた俺らだがティト神の恩寵の偉大さによってノーダメージ。


「お嬢様、申し訳ありませんがお付き合いいただきます」

「いいのよ。いいの、だってわたくしだけ逃がせない事情があるのでしょう?」


 今は手放せない。迷宮の主は転移に割り込みをかけられるからだ。そういう可能性がある限り手放すわけにはいかない。

 けっして少なくない可能性としてクロード班がもう一度拉致られるのだとしても許容する。クロードとアーサーを天秤にかけても揺るがない重みを抱き抱えているからだ。


「これは想定よりも何倍も悪い事態です。考えが甘かったのです」

「いいってば。だってこういう不測の事態でも怒らなければあなたは本当の顔を見せてもくれなかったのでしょ?」

「言っておきますがこの姿は特殊形態であって俺の本当の姿は普段のですからね」

「わかってるわよ」


 最悪年単位の戦いになる事実を伝えるのはやめておこう。怒り出すのは目に見えている。


 余裕ができればちからを削るために迷宮コアの破壊を試みてもいいが、余裕ができたらだ。

 神との戦いに存在する作法は多く、丁寧にやるとけっこう楽になる。


 指輪を五つも外せば作法は要らない。仲間さえも必要ない。こいつがどんな段階にあるかも意味がない。数日もせずに殺せる。

 それをやらない理由は俺がまだ俺でいたいってだけのチンケ理由なのさ。



◇◇◇◇◇◇



 突撃の命令と同時に飛び出したプリス隊は一瞬で置いていかれた。団長閣下が何年も前から目をつけていた学生だ。S級冒険者という肩書きだけでも優秀なのはわかったが、ここまでの差があると笑ってしまう。


 同僚はみんな同じ気分のようだ。プリス隊長でさえ呆れ混じりに笑っている。


「あいつめ、俺といる時は手を抜いてやがったな」

「プリスの目は節穴だししょうがない」


 ユキノの辛辣なツッコミも今なら笑える。


「隊長、実際のところ彼は何者なんですかね?」

「あの見た目だしねぇ。異界の神とか交差世界とか何言ってるのって感じなんだけど」

「救世主ってのもわからないな。世界を救う男にしてはエピソードが荒々しすぎる」

「ウェルゲート海一周俺より強いやつに会いに行く旅か!」

「報告書を読んで噴いたのは初めてよ。面白い子だなーって思ってたけどこれは笑えないわね」


 地を這う炎竜までは後少しだ。

 動く山のごとく巨大なドラゴンはそれに比肩するほどに巨大な剣によって大地に縫い留められ、それを殴っている男こそが話題の男だ。


 聞こえてくるのはこんにちはと元気ですかだ。度を越した狂人のような恐ろしさがある。こんにちはでクソでか剣を投げてきて、元気ですかで殴ってくる狂人だ。


 プリス隊のみんなが笑っているのは恐ろしいからだ。恐怖を認めることをやめたはずの超人どもが恐怖を思い出したからだ。だから答えをプリスに託す。彼らの命は彼らのものではなく、前進も撤退もこの男が決めるのだ。


「あれは本当に人なんですかね?」

「逆に聞くぜ、うちの団長閣下は本当に人間なのか?」


 問いは問いで返された。それも騎士団の一員という立場ではとびきり答えにくい問いであり、本音を言えば同じ人間とは思えないと返すしかないものだ。


「見た目は人間です」

「人間大事なのは中身だろ。心だろ」

「プリス卿、それは人間の話です。彼の正体が悪魔であるのなら例え善の心を持とうが―――」

「間違いなく人間だ。リリウス・マクローエンは生まれも育ちも何の疑問も差し挟む余地もなく明確にマクローエン家の人間だ」


「何者かが化けの皮を被っているのかもしれない」

「42回」


 ユキノが数字だけ放り込む。元から何を考えているのか不明な無表情のクールロリの呟きの意図はやはり不明だ。不明ではあるがプリス卿に対する時にやる渋々の嫌々な表情をしているのでプリス卿案件なのはわかる。


「プリスのした質問の回数」


 ここでプリス卿がぽんと手を打つ。


「ミスリード付きの質疑応答に正確に答え続けた。これでも疑おうってんならダリスよ、お前だって本物のダリス・バルサンジュなのか怪しいもんだぜ」

「こっちに振りますかい……」

「自分が正義だって言ってる時は自分をこそ疑えよ。正義がどんだけ安いのかすぐにわかるぜ」


 リリアが噴き出す。


「うひゃー、プリス卿の正義は本当に安そー」

「この人の正義って男は有罪、美人なら無罪だよな」


 プリス隊が苦み混じった笑いを発し、この雰囲気が好きじゃないユキノが雰囲気を改めない隊長に代わって指示をする。まぁ彼女はあくまで補佐官だ。


「プリス、方針」

「最初に言ったろ。プリス隊はクロード班の救出を支援する」

「地這い竜とは戦わない?」

「お前達を無駄死にさせるつもりはない。見ろ、リリウスはきっかり避けているのに炎があいつから発生している。あいつが無事な理由はわからんが俺らじゃ大人しく燃やされるだけだぞ」


「見た目よりも威力が低いのでは?」

「おっ、勇敢だな。犠牲になってくれるのか?」

「……やめておきます」

「そうしろ。ったく、支援すらできないとはさすがは大迷宮と言ったところか」


 プリス隊は割れ砕け隆起する大地を最短距離でやってきた。それゆえにこちらへと向かってくるクロード班との合流は簡単に済む。

 あの巨大というにも馬鹿馬鹿しい大きさの山のような地這い竜サラマンダーをリリウスが抑え込んでいる証でもある。


 引率のジョニー少佐が厳しく引き締めていた狂相を安堵に緩める。


「クロード班五名、全員の無事を報告いたします!」

「よく守り抜いたな」


 肩を叩かれたジョニーは泣きそうだ。気を張り続けてきたに違いないとみんなも涙ぐんでいる。


 マジな話をするとアレクシス侯爵家の長男とか分家の娘とかアルチザン家の王子とかの引率だ。死んだら妻子にまで累が及ぶ。その悲惨な末路から解放された安堵で泣き出してしまった。


「隊長ぉ、俺、俺、俺もう二度とこんな任務やりたくないです! 半日休暇が三週間なんて言い出した馬鹿を殴りたいっす!」

「言い出したのプリス」


 場が凍りつく。感動が台無しだ。


「まぁなんだ、ジョニー、お前の気持ちはわかったよ」

「ちがうんです隊長! 俺そんなつもりじゃなかったんです、信じてくださいぃい!」


 ジョニーがすがりつく。この誤解を放置すると給料に響く気がする!


「わかったわかった。分かってるから」

「いいや、わかってない。こういう時のあんたは絶対にわかってない!」

「今はクロード班の保護が優先だ。あとで聞いてやるから」

「隊長ぉ!」


 ジョニーは必死だ。彼には守るべき家庭があるのだ。

 しかしプリスには任務がある。あちこちが焦げているクロードに向き直る。


「よくぞご無事で」

「皆の奮闘のおかげだ。特にジョニー少佐はよく働いてくれた。どうかそこを汲んでやってくれ」

「それを小官に仰いますな。ジョニーの責は上が判断することなのです」


 ジョニーの鼻から鼻水が飛び出す。え、俺厳罰の対象なんですかって顔で同僚を見るがみんなして顔を背けている。絶対に視線を合わせようとしない。


「もっとも侯爵家からの嘆願書などがあれば随分と軽くなりましょうが」

「彼の奮闘には必ず報いる。卿もどうか安心してほしい」

「お気遣いに感謝を。さあこちらへ、流れ矢なんぞで無駄死にされてはそれこそジョニーが浮かばれない」

「隊長、それ死んだやつに使う表現です!」


 この階層からの退避を始め、これは何の障害もなく達成された。

 白角隊が守りを固める帰還ゲートへとたどり着き、班員から順に中へと逃がす。これがどのような理屈で動く術なのか誰の知識を頼っても答えは出なかったが今は実利を取った。


 ファリスから始めて一年のオーランド、二年のニコライ、次はアーサーを……


 アーサーは踵を返した。「だよな」って呟くクロードと一緒に溶岩湖へと歩き出す。二人して何やら言い合ってる。


「せっかく拾えた命だぞ?」

「その表現はわからない。勇敢なるアルチザン家の辞書にはない言葉だ。そっちこそいいのか?」

「ダチに戦わせている間に逃げなくていいのかって質問か? なら答えはクソ喰らえだ」


 何が楽しいのか二人して笑っている。

 プリスに言わせれば中々見どころのある馬鹿野郎だとなる。


「最近の学生は勇ましいな。で、プリス隊の中には彼らの勇ましさについていけないという者はいないよな?」


 悲鳴を出す者はいる。だが逃げる者は誰もいなかった。

 ドゥシスの白角隊もまた剣を掲げる。


「アレクシスのシャバ僧が漢を見せたぞ! ここで引くような腐った根性はいねえだろうな!」

「戦旗を掲げよ! 我らは白角隊、ドラゴンだろうと恐れはしない!」


 戦士どもが突撃する。策はない、装備も足りない、往けば死ぬ。愚かだ。あまりにも愚かだ。だがこれこそが魔神が愛した闘争。

 情報を集め、装備を整え、戦う前から一定以上の勝率を確保する小賢しい戦など見れたものではない。


 戦え、誇り高く、己が心の叫ぶままに拳を叩きつけろ。

 誇り高く戦えたなら敬意が宿る。敗者は弱者ではなくもう一人の己自身なのだ。


 進化していった闘争の世界にいまなお芽吹く闘神の心。誇りとは何かを本能は知っているのだ。

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