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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
課外実習編
206/362

剣神の末裔② 霊馬だけは許さない

 様々な状態のアンデッドひしめく第四ピットを駆け抜ける。まだ入って二十分だが六階層まで来ている。


「プリスのあんちゃんマジでいい脚してんな」

「温いことを抜かすな。迷宮マラソンなんざ騎士団じゃ当たり前だぞ」


 マジかよ帝国騎士団の暗黒ぶりが判明したぜ。

 先頭をぶっちぎりで駆け抜けていく閣下の姿が簡単に想像できるぜ。あの人の基本理念って俺がやる、俺の背中を見てついてこい!だもんな。


「ところでその温いってのはまだ加速してもついてこれるって意味だよな?」

「ガキが遠慮すんな。限界の向こう側に行け、俺はその先を往く」


 そのセリフ死んだやつのなんよ。青空に笑顔と共に描かれる遺言なんよ。


「じゃあ遠慮なく」

「おっしゃ!」


 加速する。進路を塞ぐアンデッドは体当たりで蹴散らす。プリス卿もサーベルの先っぽを当てるだけでアンデッドを破壊して止まらない。

 こりゃあ楽でいいぜ。うちのクランで迷宮アタックをやってる気分だ。


 迷宮は深くに潜れば潜っただけ階層が広くなる。指数関数的な広がり方をしていくので地図なし攻略は本当に時間がかかる。階層一つを抜けるために二日や三日は当たり前だし、下手を打てば三回四回っていう迷宮アタックの果てにようやく次への入り口が見つかるんだ。

 だが地図があるからよ、こんなもんビーチフラッグと変わらないぜ。


 第21階層『貴人の墓所』、共同墓地のように納骨堂の棚が壁に並んだ墓所を駆け抜けている時だ、前方が妙に騒がしい。


「トランペットだな」

「騎兵の足音の方が問題だろ。三十近いな」


 よくわかるなあ。


「たしかにそれくらいの多勢だがよくわかったね」

「慣れだよ慣れ。騎兵の足音なんざ普段から聞きなれているんだ、だいたい三十騎の足音だって経験でわかんだよ」


 平野ならともかくここは音の反響する地下やぞ。プリス卿が普段どこで戦ってるのかわかんねえな。


 とりあえず一当てするつもりで加速する。迷惑なことに電撃と土煙を巻き上げて疾走する騎兵隊に追いつき、しんがりを走るゴースト系のアマゾネスが神器くさい艶やかな槍を繰り出してきた。

 ゴースト暴走族かよ。面白い迷宮だな。


「強そうだ、おい、気をつけろよリリウス!」

「馬鹿抜かせ、一撃だぜ!」


 浄化のブレスを吹き散らかす。アンデッドなんて魔神のちからで一発よ。

 と思っていたがダメージを負った様子はない。


 トランペットが高らかに吹き鳴らされる。ゴースト騎兵隊の足がゆっくりと緩んでいく……

 俺を見下ろす三騎の視線に意思を感じない。だが再び攻撃してくる様子はない。


 先頭集団にいたと思しき騎兵がやってくる。


「あら、リリウス君じゃない」

「ファリス先輩なにしてんすか?」


 ゴースト騎兵隊の指揮官が生徒会の美女先輩か。これはキナ臭いな。アルテナの信徒とか言ってたくせにじつはデスきょの疑いが……


「おっ、本当にリリウスか。プリス卿もお出でとは驚いたな」

「クロード、アーサー君まで。え、もしかして霊馬で迷宮探索してんの?」


 うわー、迷宮で再会した知人が明らかにやべえ装飾品を盛り盛り装備した霊馬に騎乗していて、ゴースト騎兵隊を率いていた。

 つ…通報しなきゃ。通報しなきゃ! 人として当たり前の使命感として!


「人の道を踏み外したんですか? 愛のリリウスナックルで人の道に戻す必要がありますか?」

「失敬な。これがアレクシス侯爵家の秘術『白角隊の召喚』だ」


 へー、これがあの有名な戦乙女の召喚か。

 アレクシス侯爵家の有名な逸話だ。アレクシス侯爵は一騎当千の白角隊を率いる。剣神と共に戦場を駆けた霊馬の軍団、神霊の乙女たちを呼び出すのだと。


 え、この人たかだか課外実習で使えば減る血統スキルを使ってんの?


「色々と言いたいことはあるけど正気ですか?」

「たまには使わないと腕が錆びついてしまうからね。いい機会だよ」


 ホイホイ使うなあ。これが持つ者の余裕……!

 こちとら加護のちからの補充の度にぺこぺこ頭を下げて神様のお願い事を聞いているのによ。


 金も地位もちからも全てを持って生まれた男クロードが余裕をぶっこきながら言う。


「で、リリウスはどうしてまた第四ピットに?」

「大迷宮の謎が俺に解かれたがってるみたいなんでな、口説きにきたのさ」

「課外実習の参加を禁止されたのにか?」

「学院の評価なんかどうでもいいよ。俺はリリウス・マクローエンだ、この生き方だけは何者にも文句を言わせない」


 クロードよ、なぜ笑い出すのか。アーサー君まで。


「聞いたか? これが彼だ、誰に何を言われようが後ろ指を差されようが高みを目指し続ける姿勢。これこそが模範たるべきものの姿じゃないか」

「君らしいよ。落ち込んでいるんじゃないかって心配していたのが馬鹿みたいだ」


「ご理解いただけて嬉しいよ。じゃあな」

「一緒に行かないか?」

「停学中の不良と一緒じゃそちらの引率さんも困るだろうぜ」

 突然水を向けられた引率のおじさん騎士が困っている。


 これはどういえばいいんですかねプリス卿?っていう目線をプリスのあんちゃんに向けている。


「ルールには抵触するね」

「ですな。複数班で協力しての攻略は問題ないのですが外部の協力者を雇うのは課外実習の本義から外れると禁止しているはずです。マクローエン卿のご子息は停学中なので外部の協力者と看做されます」


 乗ったー! プリス卿の意見に華麗に乗ったー!

 これが縦社会。上司の意見に乗っかる社会人の鑑! 上司が馬鹿とか苦労してそう。


「ま、俺もソロの方が気楽なんでな。お互い気楽にやろうぜ」

「実力者らしい言い分だ。ソロってプリス卿は数えてないのか?」

「この人は勝手についてきてる人だから」

「ひでーな、弟分が無茶やらかさないか心配してやってるのによ」


 そうだったのか許せプリス卿。

 あー、いつものウザ絡みだと迷惑に思っていたが停学くらった俺を心配してくれていたのか。ウザすぎて気づかなかったぜ。


「わりぃ、プリス卿はそういう面倒見のいい人だったよな」


 プリス卿との数々の思い出が蘇る。

 俺達をナンパのダシに使ったプリス卿。秒でフラレたプリス卿。サウナであれが小さいのを気にしていた俺を羽交い絞めにして騎士団のみんなに見せつけたプリス卿……

 そのあと三馬鹿で協力してプリス卿を落とし穴に落としたな。本気で追い回されたが。


「あれ、プリス卿との思い出がひどいのしかない」

「勉強を見てやったろ」

「あれプリスのあんちゃんの書類仕事の手伝いだったよね?」

「そうだったか?」


 クロード班と別れて探索を再開する。別れてって言っても後ろを走ってるから別れた感じはしない。


「後ろからトランペットがうるせえ」

「飛ばすか? 俺はまだまだ余裕があるがお前はどうだ?」

「俺の心配なんざ必要ねえぜ。ぶっちぎるぞ!」


 光になれぇぇえええ!

 くそっ、ゴースト騎兵隊まで加速しやがった。霊馬すげえええ!



◇◇◇◇◇◇



 リリウスとプリス卿が前方をものすごい勢いで走っている。


「彼ら本当に人間なのよね?」

「地獄のダンジョンピクニック訓練で団長閣下に最後までついていったド根性の人ですからなあ」


 ファリスの疑問に応じる騎士ジョニーが苦笑している。

 プリス卿には伝説がある。入団一年目。ぴっかぴかの学院卒業生であったプリス卿が不定期開催のダンジョンピクニック春の乱で泣き言を言いながらもゲロ吐きながらもガーランド団長に最後までついていった伝説だ。

 同期も正騎士も次々と脱落していく中でプリス卿だけがついていき、最後の守護者戦を終えた後で「よし、お前は今日から少佐だ!」って言われて「給料はあがるんですか!?」って返した伝説だ。


 その後騎士団のトップエースとして名を馳せたプリス卿だが馬鹿すぎて上級試験に受からず佐官止まりなのも伝説になってる。ユキノがお目付け役になってるのは馬鹿のお世話だ。


 赴任時に馬鹿の言ったセリフも伝説だ。


『君の仕事は俺の仕事全般を肩代わりすることだ』

『その代わりに君の分まで俺が斬る』


 一人百人斬れって命令されたら本当に二百人斬るのがプリス卿だ。そして二百人以上は絶対に斬らずに仮病を使って砦に戻るのがプリス卿だ。そのあと歓楽街に繰り出したことが発覚してめちゃ怒られてるのがプリス卿なのだ。


「疲れ知らずの霊馬と同等の脚が求められる帝国騎士団かあ。嫌だなあ~」

「あそこまでは求められませんよ。鬼の団長閣下も最近は人の限界というものを理解してくださったようですので」


 最近の話らしい。帝国騎士団は地獄の別名か何かなのだろうか?


「ただ、まあ一部はあんな感じですので。変に期待されるとああなります」

「目立たないようにひっそりします」

「それがよろしいかと赴任地の希望はぜひ南方戦線を。プリス卿の下は気楽でよいですぞ」


 なんと勧誘であった。


 リリウスとプリス卿がさらに加速する。霊馬も楽しくなってきたらしい、腹を蹴らずとも勝手に追いかけていく。ユニコーンは不浄の穢れをきらうが足の速いやつは大好きだ。最初に浄化のブレスをブッカケられたのもよかった。

 ティト神の吐息はユニコーンにとっては極上のエネルギー補給になるのだ。


 先頭を往くリリウスがアンデッドを体当たりで蹴散らしていく。動く死体はスーパーボールみたいに弾かれて壁に衝突して肉しみになっていく。


 プリス卿はサーベルの切っ先で弾くようにノックバックだけさせている。だが付与したオーラが強すぎてアンデッドの体内で爆ぜ、小規模な爆発を起こしては冥府の魔法力を撒き散らしている。


 天上の領域にある戦士の技とは下にいる人間には理解できない。何もかもがちがいすぎてナンデそうなるのか理解できない。ティト神のオーラを身にまとうリリウスに触れることはアンデッドにとってはターンアンデッドの術法に等しいのだとわかるわけがない。


 クロードもそれは同じだ。何がなんだかわからないがすごいなって感じだ。


「すごいな、張り合おうってのは烏滸がましいのかな?」

「あれで努力の男だ。同じだけ努力すればあそこまでは行けるはずだが……」

「だが?」

「僕らが追いつく頃にはまた突き放されているのだろうね」


「となると通常の手段では追いつけないか。彼に突き放される前に彼に追いつくような……いま俺と君は同じことを考えているのだろうね?」

「会長殿は一ヵ月遅れだ。最近のトレンドは次元迷宮さ」

「抜け駆けしていたか。人が悪いぞ」

「こういうのを他人に見られるのは恥ずかしいんだ」

「他人ならだろ。ダチなら誘えよ」


 二人の友情が囁かれている時、リリウスは必死こいて先頭を走っているのである。限界みたいな顔してる……



◇◇◇◇◇◇



 第四ピットにおける最大の敵は霊馬だ。どんなにちぎろうとしても追いついてくる。

 こちとら21階層までダッシュしてんだよ! そこも考慮しろよ! そっちも同じだと思うけど!


 くそっ、生物を辞めたやつと体力勝負なんて不毛すぎる。神聖存在には疲労が存在しないから戦おうと思えば何十年でも戦えるんだよ。受肉してから掛かってこいや!


 第四ピットの第28階層『古の王墓』、俺がしゃがみ込んでいるのはここだ。


「霊馬つよい。霊馬には勝てなかった……」

「アレクシスの白角隊っ、噂以上だな!」


 俺もプリス卿もさすがに座り込んでいる。呼吸なんて乱れに乱れてもう戦闘行動なんて無理だよ。死ぬわ。


「いや、ここまで走り抜いただけで充分すごいから」


 ファリス先輩よぉ、それでも救世主に頑張ったDE賞は許されねえんだよ。

 おのれ霊馬め。こら、舐めるな! 友情か、一緒に走ったら友情が生まれたのか?


「すまない俺達はここまでみたいだ。遠慮なく置いていってくれ」

「君さっきまでぶっちぎるぜって言っていた男と同一人物だよな?」


 アーサー君よ、人間は負けを認めると素直になる生き物なんだよ。

 負けるまでの過程で気力を使い果たしているから意地を張る気も失せるんだよ。


「後は頼んだ、俺の使命を継いでくれ。人界の未来を託したぞ……」

「いやそんなもん頼まれても困るぞ」


 だよね。


 はー、アーサー君のヒーリングが乳酸に効くぜ。ちぎれた筋繊維が太くなっていくのがわかる。これはパワーアップしてますわ。


 ……あ、やべえ眠りそうだった!


「治療ありがと。俺らはもう帰るけどそっちはどうする?」

「帰るのか? こちらは疲労はないしもう少し探索していくつもりだが」

「そうか。じゃあまたな」


 帰還ゲートを開く。予想通りというかどの巣穴でも同じ指示式が使われていて、迷宮内魔法の流用ができるようだ。

 やはり第一仮説が正しいようだ。八つの巣穴は全部一つの迷宮コアによる創造物。一応現状はとしておくが指示式が同じなら第三第四は確定だ。


「じゃあな」

「それはなんだ?」

「表層のオクタグラムピットにつながる帰還ゲートだが」

「聞いた覚えはあるが本気だったのか……」

「教えろとは言うなよ。アシェラ神殿の秘術だ、あそこの悪徳信徒は覚悟ガンギマリの狂信者だから秘儀を知った人間を始末して回るくらい平気でやるぞ。どこまで漏れてるかわからない場合は一族郎党からフィアンセにいたるまで皆殺しだ」


 みんな揃って耳を塞いだ。訓練された学院生だな。


 クロード達と別れて谷底に戻る。懐中時計で確認した時刻は16時だった。約二時間でこの疲労か、張り切りすぎたな。

 ペース配分を考えればまだ探索する元気が残っていたはずなのに、おのれ霊馬め。


「おー、マジで谷まで戻ってこれたのか。便利じゃん、教えろよ」

「さっきの警告聞いてた?」

「一族郎党皆殺しだろ? いいぜ」


 よくない。やめろ。それを俺に言わせるな馬鹿野郎。


 霧煙る谷底では生徒がわーわー言い合って戦ってる。新しい班構成での連携を試している感じだ。

 あー、マリアと喧嘩屋ちゃんを見つけた。なんであの二人タイマンしてんの?


「よお!」

「あ、停学マンだ!」

「停学班長も迷宮に? とんだ狂戦士ですわね」

「っせーな。迷宮でタイマンバトルやってる奴らに言われたくねーぞ。モンスと戦え、モンスを添え物に戦うな」


 モンスが可哀想だろ。片手間に相手するなよ。

 喧嘩屋ちゃんが申し訳なさそうに寄ってきた。脈ありかな?


「弁明を試みたのですがどうにも誤解が解けず。この謝罪をいたしたく」

「謝罪には謝罪の方法がある、そうは思わないか? ケツを出しな」


 待った! 冗談だ、冗談だからその拳をおろせ。

 話し合おう。お突き合いから始めよう。話せばわかるはずだ。お互いの情熱を秘めた肉体が!


 説得の甲斐もなくマウントで殴られてるんだけどひどくね? 俺被害者なのに。


「喧嘩屋ちゃん強くなった?」

「お黙りなさい!」


 ちょっと真面目にやってみるか。マウントポジションから抜け出して構えを取る。オーラをうまく練れないのは疲労のせいだが丁度いいハンデキャップだ。


「真面目にやる。受けきってみせろ」

「面白い。謝罪なら武で示せと」


 どこの世紀末ルールだよ。琉国ぜったいに行きたくねえ。


「必殺のリリウスアタック!」


 ジャキン! 説明しよう、リリウスアタックとは適当に繰り出した連撃なのである。特に決まった構成はないけど俺が使ってるからつえーんだよというそれだけのアタックだ。


 初手の最速跳び膝蹴りを止められ、返しの拳を避けてカポエラ式トルネードキックを放ったが回転ごと停止させられた。

 俺の放った攻撃ごと慣性を殺しているのか?


「陰陽拳の前では攻撃は無意味と知りなさい」

「面白い技だ、なら必中の打撃を止められるかな?」


 蛇骨拳に切り替える。これは強化した指で急所を突く闘法だ。特性としては動きが独特なので初見では対応しにくい。


「ほっ、ほっ、ほっ、ほあたぁ! ほあたたたたたたたたたたたたたた!」

「厭らしい手つきでぇええええ!」


 おおっ、対応するのか。けっこう真面目にやってるのにマジかよ。

 オーラの総量が明らかに激増している。反射神経もだ。動きが洗練されている。フェイと一戦やり合っただけで真髄を掴んだってのか?


 どうやら俺の停学と引き換えに喧嘩屋ちゃんが強くなったようだ。


 このあと本気を出して竜勁へのカウンターパンチで殴り倒したった。


「ライザがまたヤラれてる……」

「救世主の相手にはまだ早かったようだな」


 救世主に敗北は許されない。最強の称号はそんなに安いものではないのだ。

 霊馬だけは許さねえ……



◇◇◇◇◇◇



 あー、どうして世界から争いはなくならないのだろう……?


 迷宮帰りにプリス卿からオゴリだと言われて仕方なく足を踏み入れた娼館での一晩を終え、俺は葉巻を吸いながら哲学している。


「あー、これは停学になるわ……」


 五人いっぺんに抱く学生とか不良で間違いないだろ。あー、朝日が美しいぜ。


 娼館ってのはコンパニオン付きの宿だ。指名した女の子とプレイルームに宿泊する。何日だって泊っていい。金を払えるのなら文句を言われるまでは女と部屋を抑えられる。

 酒も料理も頼めば運ばれてくる。トイレだって部屋に付いている。外に出る必要なんてない贅沢な暮らしが提供される。もちろん高い。客の多くが日帰りを選ぶ程度には高い。


 幾ら掛かったか知らんがプリスのあんちゃんも大きな男になったものだ。懐の大きい兄貴分は大歓迎だぜ。


「紅茶はいかが?」

「くれー」


 昨夜の恋人ゲルトルートちゃんが淹れてくれた紅茶の香りを楽しむ。うーん、エスニック。


 まるで貴人のような名前のゲルトルートちゃんはこの娼館で一番っていうランクの子だ。ランクの高い嬢はプレイルームを一つ抱えていて彼女はこの部屋で暮らしている。最高の女に最高の部屋、とくれば料金も最高なんだろうな。プリス卿には足を向けて眠れないぜ。


 ストレートブロンドに真っ赤なルージュ。小ぶりな顔立ちに吊り上がった情熱的な目つき、輝く碧眼に宿る強い生命力が魅力的な、小股の切れ上がったイイ女さ。


 身を寄せてきたゲルトちゃんと恋人気分で触れ合う。抱くだけが娼館の楽しみではない。イイ女と優雅な時間を過ごせるのも大きな魅力だ。……この時間にはいったい幾らが掛かっているんだろうか?

 プリスのあんちゃん財布は大丈夫? 俺は心配だよ、あんちゃん二桁の足し算も間違えるからなあ。


「ねえ、何を考えているの?」

「とある男の懐の中を循環する価値についてのエトセトラかな」

「そんなつまらないこと考えたんだ」


 膝に乗ってきた彼女が口づけと一緒に囁く。


「もっと夢中になってほしいのにな。ねえ、どうすればいいと思う?」

「いい夢を見た後には次の夢を見るために現実と向き合わなきゃならないのが人間の悲しいところでね。今夜まで待ってくれ」


 ゲルトちゃんが楽しいジョークを聞いてみたいにくすりと笑う。


「じゃあ約束ね?」

「約束だ」

「今夜は他の子を呼んじゃダメよ。二人っきりで楽しもうね」


 そんなに可愛いことを言われたら今から夢中になりたくなるぜ。いや~まいったまいった。プロにはプロの良さがあるね。ルド兄貴みたいに入れ上げないように注意しねえとな。


 キスの約束を交わしていたら部屋付きの子が入ってきた。どうやら俺にお客らしい。


「ギルドから? 通してくれ」


 やってきたのは受付嬢のアニエスちゃんだ。


「ギルドはいつからデリ嬢サービスを始めたんだ?」

「経過報告に参りました」

「そんなことはわかっているよ」


 苦笑が出てきた。ムッとした表情のアニエスちゃんがまともに受け取ったのがおかしいからじゃない。ギルドが大切な受付嬢をこんなところに派遣したのがおかしいからだ。

 救世の団の名は使わなかったんだがな。警告を深刻に受け止めてくれたようだ。


「以前から問題視されてはいたのです」

「冒険者の失踪についてか」


 アニエスが頷く。ビンゴってわけだ。


「ご指摘に訂正がございます、女性の冒険者には限らないのですが不可解な未帰還者が年平均で40名前後はいたのです」

「特徴は?」

「火の魔法力を持つ魔導師、または魔法力の高い者」

「となると火にまつわる神様の迷宮なのかねえ……」


 一口に神様と言ってもここはクロスワールド、神々の遊戯盤だ。ゼニゲバやティトに聞けば異界の神はおおよそわかる。アシェラに聞けばパカ神話の神がわかる。どちらに聞いてもわからないのはお手上げだ。


 厄介なのは信徒がいて、そいつが復活に尽力しているって点だ。

 おそらくはそいつがダンジョンマスターだ。


「あの、どうしてわかったのですか?」

「千里眼ホルダーには縁があってな、あの種類の肌触りの薄い視線には敏感なんだ」

「そんな簡単に……」


 簡単とは言ってくれるぜ。あんたが机に向かって勉強している間も男とデートしている時も死に物狂いで戦ってきた俺の強化知覚は簡単なんて言葉で片づけられたくないね。


「ギルドとしての対応はどうする?」

「まだ調査の途中です。全職員を動員して書庫の改めと冒険者への聴取を行っておりますが。……ですがギルドマスターはその権限で依頼をお頼みすると」

「へえ、柔軟だな。経験上あんたたちは不都合な事実の抹消に動くんだが……」


 あぁようやくわかったよ。

 そうだな、丁重にお願い事をしようってんなら無力な女一人で寄こすのもアリだ。娼館に泊ってる冒険者なら女の頼みに弱そうに見えるしな。


「ギルドマスター・マティスは今回の迷宮災害の犯人を大錬金術師グラッツェンと仮定。S級冒険者リリウス様にこちらの依頼を受けていただきたく」


 賞金首の手配書だ。まだインクが乾いてもいない内から持ってきたもんだからあちこちにじみが出ている。

 金額は……そうだな、都市を救う英雄に相応しい額だとしておくか。


「可愛いアニエスちゃんがケツを振りながらお願いしてくれるってんなら引き受けるのもやぶさかではない。だがそうだな、ここはいつものアレで動いてやろう。……救世の御手は誰が手にあり」


「貴方の意に、貴方の拳に、貴方を信じる人々の心の中に。神と人を繋ぐ調停者にして約束の救世主リリウス・マクローエンの名と共に」

「ならば世界を救ってやろう! その依頼、はじまりの救世主の名において引き受けた!」


 学生気分はおしまいだ。

 大迷宮に潜む邪悪を討つ!

 クロード班 3/42位

①面白いこと大好きクロード会長 (前衛・魔法戦士A+)

②次元の貴公子アーサー(中衛・撲殺プリーストAAA+)

③ツッコミ担当ファリス(中衛・斬撃アコライトA+)

④視野が広いぞオーランド(前衛・魔法戦士B)

⑤鉄壁の守りだニコライ(前衛・魔法戦士B+)

⑥面白さの欠片もないジョニー中級騎士 (前衛・戦士AA)


 強すぎるぞクロード班。一年と二年から目をつけていた有望なやつを組み込んだクロード班は迷宮を知る男だからこその優れた構成だ。班を二つに分けてもしっかりと戦えるのであらゆる状況に対応できる。

 定期的にリーダーを入れ替えて指揮の訓練までしているのでジョニー騎士からの評価も高い。特に飛び抜けているのがアーサーの存在だ。迷宮の守護者も単騎で倒せる血統呪を持っているので最下層でも安心だ。

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