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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
課外実習編
204/362

喰らい合う竜の運命④ 

 高層の建物がひしめくレギンビーク市の底の底に、地上では暮らせない人々が集まる貧民窟がある。汚物と弱者と時には不要の赤子を投げ入れる都市の底に落ちた女が建物に切り取られた狭い夜空を見上げている。


 見るからに身なりのいい女が突然降ってくれば住人は当然死体かと間違える。嬉々として集まってきた物取りどもであるが、強者の気配を感じ取ってネズミのように散っていった。


「むかし大師に尋ねたことがある。武とは何だとな」

「武など人の持つ一側面にすぎん。それを以て救済をなすなど愚かなことだ」


「お前は本質的には大師と同じ考えを持つと聞いた。だがその性質が異なるともな。お前は自らを救うことしか考えていないのだと」

「大師は傲慢なのだ。強き者から手を差し伸べられた弱き者が何をするか、どうなるか大師には見えておらんのだ」

「お前の本質は絶望だ。それだけの才を持ちながら何事もうまくいかぬと見限っている」

「世とはそういうものだ」

「かもしれん。だがそれでも僕らだけは大師の願いを体現する存在でなくてはならない」


 女が黙り込み、溢れてきた涙を腕で隠した。


「武による自力救済などまやかし。ならばどうしてその女に武を仕込んだ?」

「大師の世迷言を否定したかったのだ」


「お前のさだめを継いで竜王流を名乗る女を見守ってきた理由はなんだ?」

「せっかく育った肉体だ。折りを見て奪うつもりだったに決まっている」


「それは全部いまから見た後付けだろうが、お前は変わったよ。昔のお前ならもっとマシなセリフを吐いたはずだ。助けてやりたかったから助けた。飽きたら捨てる。飽きるまでは一緒にいてやる。俺の言うことは絶対だ、そこに誰の意思も入らないとな」


 返答はない。

 答えなど知れているが、口に出したくない本心だってある。


「崑崙に往きたくば僕が連れ帰ってやってもいい。この場で選べ」

「選べ…か。お前は本当に人が悪くなった。俺の答えを分かっていて選べと抜かすか……」

「むかし僕に暴言を吐いたろう? この程度の意趣返しはさせろ」


 ガォルンが沈黙を選んだ。

 張った意地だけは覆さない。口に出したくない心ならけっして出してたまるかよと沈黙を選び、フェイもまたこれ以上言葉を重ねるつもりはなかった。沈黙と現状維持。それもまた答えなのだ。



◇◇◇◇◇◇



 夜の九時頃。消灯に時間になってなぜかフェイがやってきた。あれ、お前さっきまで帝都にいたはずだよね?っていう俺の困惑をぶち壊す特大の土産付きでだ。

 素っ裸に剥かれた喧嘩屋ちゃんを抱き抱えて寄宿舎にやってきて「リリウスを出せ」と大声で喚いていたせいで周囲にものすごい数の人が集まってる状態でだ。


「命に問題があるとは思わんが一応治療はやっておけ」

「お…おう」


 全裸の喧嘩屋ちゃんを受け取る俺はどんな顔をすればいいの? そのまま去っていくフェイに掛けるべき言葉はなに?


 みんなからの呟きが聞こえてくる。


「負けた腹いせにS級冒険者をけしかけおった」

「男の風上にも置けないゴミめ」

「俺達の勇者が汚された……」


 うーん、風評被害。マジでこの後始末どうしよう?

 俺が悪くないのは確定的に明らかなんだが証明する手段がマジでない。お嬢様が助けてくれないかな?


「リリウス、これは弁明はできないわ」

「ですよね!」


 この夜、下落に下落を重ねていたリリウス株はとうとう上場廃止となった。



◇◇◇◇◇◇



 最悪の空気からの就寝。そして翌朝はみんなの気分を表したかのような曇天となった。あぁ稲光がゴロゴロしているぜ。まるで前兆だな。


 班の順位が張り出される掲示板には新たなお知らせが張り出されている。


『リリウス・マクローエンの課外実習参加を停止。また期間中の停学処分とする。同生徒には寄宿舎からの退去を命じる』

『リリウス班は解体処分とする。班員は新たに班長を決定すること』


「もしゃ。退学じゃないだけマシなのかなあ……」

「ライザさんからの弁明が多少なりとも認められた証でしょうね」


 喧嘩屋ちゃんの話で誤解が解けるかと思ったがそんなことはなかったぜ。むしろ俺が怖くて口を合わせているのだと誤解されている気がするぜ。

 正式な処分は課外実習明けの職員会議で決めるって念押しされたもんよ。


 停学を食らった俺は背嚢を背負っている。寄宿舎からの退去準備だ。


「じゃあ俺はこれで。課外実習の間は市内の宿に泊まり込むつもりです」

「受け入れるのが早いわねー」


 過ぎたことはぐだぐだ言わないのも男の流儀だ。別名を諦めたともいう。

 状況証拠が揃いすぎてて冤罪待ったなし。他人を説得する材料がないのも明白だしな。俺が怖くて口を合わせてるって言われたらどうしようもねえじゃん。


「一つだけ。俺のいない間は迷宮には潜らないでください」

「へ? なんで?」

「お嬢様はおそらく迷宮に狙われています。俺という守護者がいなくなった今お嬢様は食い時です、浚われますよ?」

「気をつけるわ」

「そうしてください」


 晴れて自由の身だ、とでも思っておかないと参るからね。納得はしてないし。

 寄宿舎を出る前にプリス卿に捕まった。おもいっきり肩を組まれちまったぜ。


「面白いことになったな!」

「何にも面白くはねえよプリスのあんちゃんよぉ」

「笑っとけ笑っとけ! 笑っとけば嫌な気分もどっかに行くってもんだ」


 そういう気分でもねえんだよ。

 寄宿舎を出て徒歩で数分の市街地に行く。プリス卿はずっとついてくる。つか肩を組んでる。


「それでどうするんだよ?」

「市内で宿を取るよ」

「そうじゃねえ。退学かもしれないんだろ? その後はどうするんだって話だ」


 早い! 判断が早いうえに潔いよ! 俺まだそこまでの気持ちになれてねえから。まだ心が追いついてねえから。


「どうすっかなあ……」

「南方戦線にこいよ。楽しいぜ!」

「えー、それってプリスのあんちゃんの家臣ってこと?」

「扱いなんてどうでもいいだろ。家臣になりたきゃそうしてやるし騎士になりたきゃ俺から団長閣下に口添えしてやる。まずは身の置き場ってのが必要だ、そうだろ?」


「誘ってくれたのはありがたいが帝都から離れるつもりはないんだ」

「コナかけている子でもいるのか?」

「そんなとこー」

「じゃあその子も連れてこいよ。タラントの町に家を用意してやる。そこで一緒に暮らせばいい」


 タラントどこやねん。からの南方戦線の主要拠点タジマール城塞近くの町なんだろうな。

 まぁ誘ってくれるのは嬉しいんだけどそう簡単に切り替えられるかっていうとね。うん、無理。まだ無理。


 宿は目抜き通りにある高いけど評判のいい宿を冒険者ギルドから紹介してもらった。部屋は清潔で料理はうまくてイイ酒を置いているが、一晩で銀貨二枚っていうトンデモナイ価格の高級宿だ。


「へえ、さすがにいい部屋だな!」

「プリスのあんちゃん泊まるとか言い出さねえよな?」

「水臭いな。久しぶりに会ったんだ、色々しゃべりたいこともあるし……」


 プリス卿がハッと気づいた。


「わりぃ、喧嘩屋の子と逢引するつもりだったのか?」

「ちげー!」

「じゃあ他の子か! 誰なんだ、どんなスタイルだ? やっぱりケツがこれもんか?」


 まあ気分転換には都合のいい相手か。

 このあとお尻についてメチャクチャ語り合った!

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― 新着の感想 ―
[一言] 昨今不足気味だった良いフェイ成分の補給回だったが、いくら学校運営側から疎まれているとはいえ、こうなるとはなぁ…。 既に原作が崩壊しているが、果たしてどう転ぶのか、楽しみです。
[一言] まぁ身から出た錆だよね 今まで雑にやりすぎた結果
[一言] 流石フェイ君!後処理が雑w
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