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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
課外実習編
202/362

喰らい合う竜の運命②

 ううううぅぅ……

 性癖が歪むほど罵倒された。みなさんは全校女子から「卑怯者」と連呼され、食いかけのサンドイッチを投げられる悲惨な目に遭ったことがおありでしょうか?

 遭ったことがある人は俺と握手しよう。君は独りではない、俺ガイル。そしてまだ見ぬ非モテ同盟の紳士諸氏がいる。


 悲惨な目に遭いながらもどうにかたどり着けた喧嘩屋ちゃんと食堂で向かい合っているのが今だ。当然ながら全校女子の監視下でだ。……完全に負け犬がリベンジに来たと思われてて草も枯れ果てるぜ。


 ホロヴィジョンから映し出されたエプロン姿のフェイがLM商会のキッチンにいる映像が立ち上がる。お前なにしてたの? お菓子作り?


「あー、ライザってのはお前か?」


 フェイが仙境の言葉で問いかけたが喧嘩屋ちゃんはわかってなさそうだ。


 なのでフェイが同じことをもう一度バナシュ語で言う。


「ライザってのはお前だな?」

「はい。あなたは?」

「竜王流が開祖ロゥ大師が九人目の弟子、フェイ・リンだ。お前はガォルン、もしくはカオルーンという男を知っているな?」


 喧嘩屋ちゃんのノドから変な音が鳴る。知っている反応っていうか驚愕のあまり仙術呼吸法をミスった感じだ。


 竜王流の使い手は普段から特殊な呼吸法で勁力オーラを留めてるんだ。

 呼吸を読まれなければ不意打ちも打たれにくいし、普段からオーラを練っておくことで最大値を超えた量を吐き出せる。バトルが始まってからオーラを練り始めたやつと何日も前から練っていた奴のどっちが強いか、そういう話だ。


 エプロン姿でほっぺに小麦粉ついてるフェイが真面目な顔をしている。やばい絵面が面白い。

 つか周りの女子が騒ぎ出したんだけど。


「誰この人?」

「赤モッチョの友達だって」

「めっちゃ格好いいじゃん」

「ステキ。クール&アイスって感じで学院にはいないタイプねえ」

「S級冒険者なんだって!」

「オシリー博士、こちらのステキな方をあたしらにも紹介してくんない?」


 外野は黙っててくれよな。こっちは真面目な話をしているんだ。


 フェイが確認するふうに問いを重ねる。


「知っているんだな? 事情はそちらも把握していると聞いた。世界に散った九人の竜の子は喰らい合い最強の竜とならねばならない。奴とて僕との戦いは本懐のはず。ガゥルン・カンの居場所を教えてくれ」


「長い話になりますわ」

「構わない。茶菓子ならそのうち焼き上がる」

「フェイはほとんど何もしてないじゃん!」


 おっと、あっちの外野からレテの叫び声が聞こえてきた。お前らカップルでお菓子作りとかリア充してんな。え、いまLM商会の店頭に誰がいんの? まさかおやすみ?


 そして今の声でほとんどの女子が俺への詰問をやめていった。舌打ちしながら彼女持ちかよって具合だ。本当に正直な女子どもだな。


「話を遮ってしまったか。その長い話とやらを聞かせてくれ」

「私が彼、ガォルン・カーンと出会ったのは許されざる背徳を貪る欲望の都、退廃都市ヴァンゼルハイムです」


 きゅ…急にハードな世界観が……


「当時の私はただの小娘で、魔神ティトへと捧げられる生贄だったのです」


 待って! それ本当にうちの国の話? ジベールかどっかじゃなくて?

 こんなのんびりしたド田舎にそんなハードな都市があるとは……



◇◇◇◇◇◇



 ――――ァァァァ!


 覚えているのは爆発したような人々の歓声。熱狂し、狂気し、欲望を吐き出し続けるギラギラした目つきの大人たち。


 私はあの都で生まれ育った。でも父母の記憶はない。何度思い出そうとしても思い出せるのは殺した子の命乞いをする顔だけ。


 あの都市の名はヴァンゼルハイム。カネと暴力だけがルールの退廃都市。私はそこで人々の欲望のために消費される拳闘奴隷だった。


 私の生活はコロシアムと訓練場の往復。コロシアムでの試合を終えれば牢獄に戻され、同じような境遇の子達と一緒に投げ与えられる粗末な食事を奪い合うように食べていた。

 奪わねば体が大きくならない。少しでも体を大きくできなきゃ試合で殺されるからみんな不安に押しつぶされそうな顔で懸命にオートミールを口に運んでいた。


 覚えているのは歯を全部金に変えた下劣な興行主の笑顔とその言葉。


『30回勝て。勝てば奴隷から解放してやる』


 みんなしてその言葉にすがりついていた。30回の勝利でこの地獄から抜け出せる、そう信じなきゃ不安で夜も眠れなかったんだ。


 29回勝った子は今までにもいた。でも「あと一度だ」なんて意気揚々と出ていった子がどうなったかなんて誰も知らない。誰もが忘れてしまったみたいにその子の話題を避けるから、みんなも薄々感じていたんだと思う。

 あいつは自由になった。そう信じないと怖くて怖くて眠れもしなかったから。


 私はライ・ザ・グラップルと呼ばれた。否定と格闘を合わせたその名は―――


「待てい! ストップ! ストップ!」



◇◇◇◇◇◇



「何ですの?」

「突然のハードな身の上話は心が保たないからやめて。食堂の空気を察して」


 見てくれよ、このどん引きと呼ぶことさえ生やさしい引きっぷりを。

 退廃都市のプライスカードでビビってたら拳闘奴隷だよ。自分の名前すら無いタイプの一番劣悪な奴隷だよ。コロシアムで殺し合わされるタイプの一回使い切りの奴隷だよ。


 待って、心がきつい。さっきは鉄ケツの女とか言って悪かったよ。……いやまだ言ってなかったからセーフだったわ。


 この空気の中でフェイが言う。


「苦労したな。それでガォルンとはどういうふうに会ったんだ?」

「お前のハートの強さにはびっくりだよ」

「生憎とそれほど知らん女なのでな。過去に何があろうが興味ない」


 冷血漢!

 って思ったけど喧嘩屋ちゃんが俺には絶対に見せないタイプの親しみのこもった微笑みである。


「冷たいのね」

「他人の境遇を慮ってやれるほどの余裕はなくてな。不幸自慢ならそこの赤いのと自分の分で足りている」

「本当に冷たい、ガォルンそっくり」


 フェイの鋼鉄の無表情が完璧にぶっ壊れて嫌そうな顔になったぜ。


「嫌いなのね?」

「あれを好く人間がこの世にいるとは思えんな。随分と独善的な奴だったろう?」

「そうね、そう表現しても誤りではないのでしょうね」


 喧嘩屋ちゃんとガォルンの出会いは、ヴァンゼルハイムに流れ着いたガォルンが寄宿を求めて訓練場の門を叩いたのがきっかけだそうな。

 興行主プロモーターは一目見てガォルンを気に入り、コロシアムでの試合を斡旋してやることにしたんだそうな。


 ガォルンには賓客用の個室が与えられた。支度金や豪華な寝具、様々に与えられた物の中に喧嘩屋ちゃんも含まれていたんだ。小間使いって話だが夜伽的な意味も含まれていたのかもしれない。


 喧嘩屋ちゃんはここで初めて竜を見たと思ったそうな。

 人では絶対に敵わない存在、あの厭らしい興行主でさえペコペコしてしまう、何者もひれ伏すしかない暴力の化身に。


『痩せ細っててみっともねえガキだ。これが10勝拳奴ねえ、この都も程度が知れるな』


『ゴミどもは自分より下のゴミを見て安心するんだ。これなら自分の方がよほどマシだと自分の現状は何も変わらないくせにな。コロシアムには期待していたんだがこの分では楽しめそうもないな』


『睨むんじゃねえよ、ゴミ呼ばわりがそんなに悔しいか?』


『ちからを請う意思だけはあるってか。……ゴミ闘技場にはゴミが似合いか』


『お前に技を仕込んでやる。うまくやりゃあ生き延びられるかもしれねえ。ゴミのままじゃ居たくねえんだろ?』


 ガォルンは竜王流を否定したかったらしい。

 何もねえガキに術理を教えても何の意味もなかったと大師の夢を地に落とすためだけに喧嘩屋ちゃんに技を仕込み始めたらしい。


 しかし不味いな、最初から最後まで生い立ちを語ろうとしている……


 俺的にはググっと要約してほしい。不必要な個所を省略して要点だけを教えてほしい。何なら喧嘩屋ちゃんの過去とかどうでもいいからガォルンの居場所だけ教えてほしい。

 しかし言い出せない。真剣な顔で語る喧嘩屋ちゃんとそれを真面目な顔で聞いているフェイの前でそんなことは言い出せない。


 長話を聞き終える頃にはとっぷりと日が落ちて、夕飯の時間になったのである。

 俺の四時間が消し飛んだよ……



◇◇◇◇◇◇



 喧嘩屋ちゃんが長い身の上話を終えてどっかに行った。

 俺達はフィストプリンセスの謎を聞き、精神的な疲労の代わりに一個賢くなったのである。今は夕飯を食いながら感想を言い合っているところだ。


「謎だったフィストプリンセスが魔神の花嫁を指す言葉だったとは思わなかったよ」

「奉納試合の優勝者を生贄にするってひどい話ですわ」

「まさかガォルンさんがライザを庇って死ぬなんて……」

「僕は完成したライザとガォルンが戦うパターンだと考えていたよ」

「アーサー君、それみんな思ってたよ。だからびっくりだよねえ」


 身の上話の結果、ガォルンの死亡が判明した。

 魔の大神ティトを崇めるティト教団の魔の司祭『魔神将』グラスムーンとの戦いで死んだ。……俺の知らねえティト教団があるのかよ。退廃都市怖いよ、いったいどこにあるんだよ。


 さっきからマリアが俺をちらちら見ている。黒幕は俺だとか思ってそう。


「い…いやあ、世の中には恐ろしい教団があるもんだなあ」

「どの口で……」


 マリア、ステイ。

 アーサー君、興味を持つな。


「彼はティト教団と関わりが?」

「祭司長って聞いたけど」


 やばい、食堂の空気が一瞬で冷えた。

 あれほどザワザワしていた食堂が一瞬で静まり返り、おぞましい悪魔を見る目が集まってきた。


「いやー、俺の所属するティト教団はラブ&ピースを掲げるクリーンな団体だからなー。そんなハードな世界観の教団はちょっと知らないかなー」

「こいつじつは世界の敵でしょ」

「今のうちに倒しておいた方がいいのは間違いないね。倒せるかは別にして」


 アーサー君がまだ辛辣だ。ドルドムで指摘したあの件をまだ根に持ってるようだ。


「まだ根に持ってるのかよ」

「僕は事実を口にしたまでだ」

「女々しいやつだなー」

「アーサー君はちょっぴり陰湿だよねえ」

「マリア、いい加減怒るぞ」

「怒らせるのはやめておけ。アーサー君は延々と恨み続けるからよ」

「君達は……」

「うわー、あたしまで含められたー」

「怒ったら一発殴ってこの場でおしまいってできない性格が災いしているよな。マリアを見習えよ、その辺は誰よりもサバサバしているぞ」


 攻守が入れ替わり、この機会を逃すことなく話題を変えてしまおう。

 アーサー君イジリになると他の女子も協力してくれるからな。場の空気を大勢のちからで変えてしまおう。で、食事を終えたアーサー君がムスっとしたまま立ち去るまでイジリ続けた。

 こういう感じだから延々と恨みを買うんだろうなあ。


 俺はこの時間を楽しいと思っているけど、アーサー君がそう思っていないのは価値観や人間性が乖離しているからだ。

 本質的に気が合わないって片づけるのは簡単だけど、そうやって何でも簡単にしていたら人生はつまらない。ここは一つクロードにご教授願うかねえ。

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― 新着の感想 ―
[一言] ほんとろくでもない国だなこの国。 革命されて当然の国、、、
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