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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
課外実習編
201/362

喰らい合う竜の運命① ちがう、俺じゃない……

 場を練兵場に変えて喧嘩屋ライザを向かい合う。時刻は午後二時頃で、迷宮帰りの班がちらほら帰ってきては俺らを不思議そうに見ている。


「あれどうしたんだ? 修羅場?」

「とうとうライザにまで手を出しやがったのか……」

「あの喧嘩屋に? あれは綺麗な外見をしているだけの撲殺ゴーレムだぞ」

「確かにいいケツしているが……」

「ケツのためなら命を張るってか。奴は男なんだな」

「ああ、冥福を祈ってやろう」


 ちげー!

 なんかもう完全に喧嘩屋ちゃんのケツ目当てみたいになってる!


 喧嘩屋ちゃんが砂の地面にツバを吐く。


「そういうことですか。下衆が」

「ちげー! なんでお前らは話を聞こうとしないんだ!? 誰がてめえのケツ目当てだと言ったよ!」


「今朝食堂でお尻の大きな喧嘩屋と言ったわね?」

「言ったけども」

「「認めた……!」」


 おい男子ども、言質が取れたぞみたいな反応しないの。女子よ、引くな。

 くそ、逆風が吹き荒れてやがるぜ。


 まぁいい、こうして勝負を挑まれたからにはやることは一つだ。


「オール・オア・ナッシング。勝者は敗者にケツを差し出すってことでいいんだな?」


 やべえ、つられてケツ闘士みたいなセリフになっちゃった。


「ええ、もっともあなたのお尻は要りませんが」


 オッケーが出たせいで周囲のどよめきが凄いことになっている。男子からは羨望と嫉妬……嫉妬ではないな。何だろうか? 女子からゴミムシを見るような目つきだ。


 まずは軽くレスリングで様子を見る!(竜王流へのメタ技)


「秘儀、超低空タックル!」


 説明しよう、超低空タックルとは文字通り低い体勢でのタックルである。霊長類最強の女も得意とするあれだ。むしろ苦手な人を見たことない。プロは別。あれは目指す場所がちがうから。


 一瞬で極まったタックルで地面に引き倒すと……


「ライザ逃げろ! やつの目当てはケツだ!」

「ケツをカバーしろ! オシリー博士の診断が始まるぞ!」


 お前ら後で覚えていろ。俺はお前らの顔を覚えておくからな。

 喧嘩屋ちゃんが肘で容赦なく俺の頭をどついているが効かねえ。オーラの総量がちがいすぎて俺の防御を崩せねえんだ。


 ついでにケツを触っておく。カッチカチやぞ!? え、鉄じゃん!


「オシリー博士、どんな感触だ!?」

「鉄」

「「あああぁぁ……やっぱり固いのかあ」」


 男子から残念そうなため息が漏れ出している。お前らは俺の敵なのか味方なのかスタンスをはっきりしてくれ。


 恥辱に震える喧嘩屋ちゃんが真っ赤に紅潮したほっぺと唇から罵倒を連呼している。


「変態! 変態、変態、変態!」

「そう、さなぎは変態を経て蝶になる」

「このケツでかマニア!」


 喧嘩屋ちゃんよ、それ自分にもダメージ来るやつだよ?


 ホールドの態勢のまま俺だけが立ち上がり、見よ、この完璧な逆エビ固めを!


「どうだ抜け出せまい。俺はまむしと呼ばれた男、寝技に関しては右に出る者はいない」

「くっ!」

「なるほど、あの体勢からケツをじっくり……」

「奴めは天才か」

「我々にまで喧嘩ケツをお裾分けしてくれるとは……」

「憎しみが洗い流されていくよ」


 お前らは解釈の天才なの? そんな意図はなかったよ?

 とりあえず一旦離してやろう。慌てて離れていく喧嘩屋ちゃんのケツを叩いてやるぜ。


「ははっ、逃げろ逃げろ」

「許さない。殺す」


 再び距離を取り、構え合う。


 すり足から一気に距離を詰めてきた。オーラフィストによる連撃、それも人体の構造上絶対に避けられない九連撃の構成。掌打から組み立てられる百を超える打撃技のデパートだが……

 初手をまともに受けてから腹部に一発ぶち込む。最適解は相打ちだ。


「ぐふっ……」

「それって一発食らわせて相手が怯んだところをたたみかける技だろ。喧嘩屋ちゃんの拳じゃ軽くて怯ませられないんだよ」


 肉体を九の字に折ってふらふらする喧嘩屋の挙動は反撃を狙っているふうではない。マジで限界っぽいな。


「俺の勝ちでいいよね?」

「ふざけ…んなああ!」


 足に組み付きにきたのでサッと回避。


「これ以上は泥仕合になるぜ。やめとけよ、もう勝ち目がないのはわかるだろ?」

「……」


 めっちゃ睨んでくる。死んでも負けを認める気はないようだ。

 どうしてそこまで、って負けたらエロい罰ゲームを受けるんだったっけ?


「ライザ!」


 マリアがキュアポーションを投げ込んできた。

 呆然とする喧嘩屋ちゃんが飛んでくるキュアポーションを見上げている。ライバルからの差し入れを受け取るべきか否かで迷ってそう。


「そんな奴やっちゃえ!」

「ご助力ありがたく」


 迷った挙句マリアの一言でわだかまりを吹っ切った喧嘩屋ちゃんがポーション瓶を蹴り砕いて全身で浴びる。


「わたくしも助力を」


 ココアがリジェネーションヒーリングを。

 他の女子も癒しの術法を喧嘩屋ちゃんに向けている。なんだこの一体感は。まるで絆のちからで魔王に挑む勇者パーティーのような一体感を感じるぞ……


「倒せ!」

「倒してー! ライザー!」

「ケツでかマニアを倒して!」

「女子の大敵を倒せー!」


「倒せ! た・お・せ!」

「た・お・せ! た・お・せ!」


 おいおいいつの間にか場が温まってるじゃねーか。男子まで掌を返して倒せコールかけてるじゃねーか。


 すごい孤独感だ。これが世界の敵。これが魔王の気持ち。これが、俺の真の気持ち……


「奥の手を使わせていただきます。勁脈解放―――竜王降臨!」


 喧嘩屋ちゃんのオーラが激増する。覚醒した勇者のようなパワーがほどばしる。


「天のちからを此処に、覇竜の一撃を降ろす。勝利の軌跡を描けドラゴンロード! ハイパー・ブーステッドチャァァァアアジッッ!」


 俺は読んだ。空気を読んだ。

 俺の顎に吸い込まれるみたいに綺麗に入った拳をまともに受けて、久しぶりに見上げる青空はやけに澄み渡っていたよ。


 こんな空気の中で容赦なく勝てるかぁ!



◇◇◇◇◇◇



 あー、お空きれい。みんな早くどっかに行かねえかなー。


 忖度負けをした俺は青空を見上げ、魔王リリウス討伐後のハッピーな世界を聴覚でのみ味わっている。俺嫌われすぎだろ。


 なお俺の敗北後に今なら殺れると殺気立った男子どもの制止に入ってくれたロザリアお嬢様の一幕は割愛する。バートランド公爵家の威光で一睨みさ。

 マジでこの大騒ぎ早く終わらねえかな、死体のフリも大変なんだが……


「ねえ、タヌキ寝入りなんでしょ?」

「返事がない、ただの屍ですよ」

「ばかね」


 鋭い時は妙に鋭いお嬢様だ。とっくに気づいていたのか。


「今回は褒めてあげるわ。出る杭は叩かれるっていうけどたまには叩かれる隙を作らないと延々と恨みを買うだけだし、いい機会だったのよ」


「そこまで計算高くはありませんよ。喧嘩屋ちゃんの勝利を期待してる空気を壊したくなかっただけです」

「よかった。もう一個褒めてあげられる」


 額をぺしぺし叩かれる。何の感触だろうと思って目を開くとベーグルサンドだったわ。食いそびれた昼飯か。偲びねえ。

 ふんわりと微笑むお嬢様よりもベーグルサンドに目線がいったのは空腹のせいだ。


「よくやったわ。それでこそわたくしの剣よ」

「敗北を褒められるのは複雑な気持ちですね」


「それはよくないわ」

「負けまくる剣でいいんですか?」

「いいのよ、あんたはそんな強くない方がいいの。だって強かったらわたくしから逃げてしまうじゃない……」


 あれ、目つきが病んでる……

 何故だろうか、今俺はとてつもなく業の深い性癖に目覚めつつあるのかもしれない。ロリ娘虐待性癖とかお天道様の下を歩けないマイナー性癖だぞ。


「時々思うの。あの時、あの時旅立つあなたをどんな手を使ってでも引き留めていたらこんなふうにならなかったんじゃないかって……」


 あー、ダメですダメですお嬢様。そのお顔は刺さるからダメです。

 あ、あ、あ、あ、性癖が反転するぅ……



◇◇◇◇◇◇



 どうも、ロリっ子曇らせ性癖に目覚めた救世主です。というのは冗談で今はフェイに電話をかけているところだ。

 用件は当然喧嘩屋ちゃんの事だ。本人から聞けないのならフェイから聞けばいいんだよ。


「もしもーし、俺俺俺俺!」

「なんだ?」


「突然すまないんだがじつは親父殿が詐欺に遭ってしまってな。大至急30万ユーベルほど用立ててほしい」

「わかった。いつ取りに来る?」

「明日。俺の知り合いをよこすからそいつに渡してくれ」

「わかった」


 我が社のコンプライアンスが深刻だ!

 フェイ専務よ、てめえこんな簡単な詐欺に引っかかるんじゃねえよ。世のおじいちゃんおばあちゃんでももう少し騙しにくいぞ。


「すまんが今のは冗談だ」

「そうか。本題はなんだ?」


 ネタの振り甲斐もなければタネ明かしをしても「ふーん」で済ませそう。つまんねー男だな。それとも俺に呆れ果てただけ説?


「壱式竜王流の使い手に会ったぞ」

「ほぅ、どこでだ?」

「うちの学院に紛れ込んでいたよ。嘘かもしれないんで先にちょろっと聞いておきたいんだがどんな奴だ?」

「一言でいえば才子だな。大師ロゥは僕を除いたすべての弟子を才子と呼んだが、あの男だけは別格の天運の持ち主だと評していた」


 ん、あの男?


「実際やつは僕など足元にも及ばない使い手だった。そして誰よりも九式竜王流を欲した男だったんだ」


「その番号の割り振りって崑崙を旅立った順番じゃなかったっけ?」

「おう、ゆえに奴は姦計を講じた。自らの完成度を偽り、他の兄弟弟子全員が旅立ちを終えるまで待ったんだ」


「待った、のに一番だったと?」

「それだけ才が飛び抜けていたという話だ。いや大師の目を欺くのも限界だっただけかもしれんな」


 壱式の号を与えられた男は旅立ちの前にフェイのところに現れたんだそうな。

 お前らがゴミだから一番なんて不出来な番号を与えられてしまったと恨み言を言うために。まだその程度の技しか修めていなかったのか、見誤ったな、お前達は本物のゴミだったんだなと嘲笑するためにだ。

 嫌なやつすぎて笑うわ。


「そいつはどうしてそこまでして九式の号を欲したんだ?」

「一番などつまらん。下から初めて順々に追い落とす方が面白いと理屈を並べていたが、実際はつまらん拘りなのだろうな」


 つまらん拘り?


「奴の名はガォルンという。数字のグエンドラゴン九龍ガォルンだ」


「ん?」

「そう名乗らなかったのか。ならば奴の故国である紅梅国の読み方でカオルーンと名乗ったかもしれんな」


「ライザじゃなくて?」

「偽名を名乗ったか。名を偽るなど奴の美学に反しそうなものだが……」


「それと性別が女なんだが」

「幻術を使われたか?」

「ちがうと思うぜ。けっこう弱かったし年は俺と同じくらいのドルジア系の子なんだが」

「それはニセモノだろ!」


 あー、だと思った。

 限りなく本物くさい言動だったが肝心の強さが伴ってなかった。フェイのように長年積み上げた武錬から立ち上がる勝利への哲学が無かった。


 技は確かに竜王流だ。しかしフェイやダーパや冥夜のような究極を目指したことのある人間特有の哲学を欠いた薄っぺらい拳だった。


「持論だが背負った願いの量だけ拳は重くなる。背負った願いがあるから立ちあがれる。如何なる怪物が立ち塞がろうと絶望がこの目を曇らせようと膝を折らずに勝利をもぎ取りに行ける。……技は竜王流だったが信念のない感じがしてな、こうして確認を取ったわけだ」


「そいつと話せるか?」

「いいのか、ニセモノだぞ?」

「ようやく見つけた手掛かりだ。逃す手はない」

「よし、ちょっくら待ってろ」


 このタイミングで行くとリベンジのために仲間を呼んだって勘違いされそうなのが怖いが呼びに行こう。JKにボコられて仲間に泣きつく救世主なんて恥ずかしすぎる風評被害だが、ダチのためだ。


 いっちょ女子からゴミムシのような目で見られにいくか!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 200話突破おめでとうございます [一言] ダーパは砂漠の闘技場で飼われちゃって修行サボりなのにくそ強の性格屑の兄弟子で印象強かったのですけど 冥夜?まじで誰だっけ?
[一言] 壱式使いの割によわよわだったもんね 九式は才能無いフェイ専用のカスタマイズみたいな話を見た気がしたけど話多過ぎて見付けられないよ...
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