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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
いかさまカジノ激闘編
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カジノの夜②

 リリウスからお小遣いを貰ったマリアは心の奥底から戦慄していた。狂っている、そうとまで感じていた。


 マリアは父とともに二年近い年月をかけて学費である金貨100枚を稼いできた。かねを稼ぐ大変さを知っているだけあって、ポンと渡された200枚の金貨をカジノで使ってくれと言われた衝撃は大きい。


 無邪気に喜ぶナシェカとリジーはこういう事に慣れていそうだ。エリンはこっち側だ。小市民の側だ。同じく恐れ慄いている。

 小市民二人でこそこそしゃべる。


「き…貴族社会だとこういうの普通なのかな……?」

「わからん。私実家だと軟禁されたから……」


 エリンの口から中々の爆弾発言があったが今は200枚の金貨の方が怖い。いやエリンの過去も怖いけども。


 みんなしてカジノに突入する。カジノ内は煌びやかな世界で本当に住む世界がちがう。想像していたエレガントお嬢様学院生活は想像よりもキラキラと欲望の香りがした。……怖いくらいだ。


 石造りの平屋と古い井戸、どこまでも広がる貧しい畑だけがマリアの知る世界であり辺境の開拓村の暮らしだったのだ。蝋燭なんて贅沢品だ。日が暮れたら寝るのだ。日が暮れても営業しているのは村に一件しかない酒場くらいだ。

 夜でも煌びやかに輝く帝都繁華街だけでも衝撃的なのに一等輝くカジノで軍資金は200テンペル。怖くなって返却の必要について尋ねたら……


「パァっと使い切っていいよ」

「かっ、返さなかったら借金になったりは!?」


「……悪徳金融じゃねーんだよ。あぁそうか、違約金で苦しんだから人間不信になってんのか。じゃあ軽く法知識のお勉強といこう。まず口約束でやりとりした金銭については法的には返済する必要はないんだ」


「借りたおかねを返さないのは悪いことだよ……」

「うん、個人間の信頼を損なう意味では悪いことだね。でも帝国法はそういった事例に対して厳罰を行わないよ。公証人や商業ギルドを挟んでの正式な借用書がある場合が厳罰の対象になりその執行は駐屯の騎士団が行う。これは帝国商業ギルドが宮廷の管轄であり帝国騎士団は宮廷の刃だからだ。……もちろん借金を踏み倒すのは悪いことだよ。でもペナルティーがあるとすればそいつからはもうお金を借りられなくなるってだけさ。法的にはまったく問題はない」


 マリアは納得がいかなかった。借りたものを返さないのは悪いことで、法律とかそういう問題じゃないからだ。

 それはリリウスにも伝わったようだ。


「重要なのはどこだい。俺が後からぐだぐだ言い出しておかねを返せと言い出すかだろ?」

「うん」

「それについてはやはり問題はない。何しろ法的には返済する必要がないんだ。法的な解釈をすれば借用書を作らなかった俺が悪い。また俺がこの件を持ち出してマリアちゃんの悪い噂を流したのならマリア様は学院に仲裁を頼み、俺から謝罪を引き出しておしまいさ」


 最後にこういう事態への対処法もそのうち帝国法の授業で教わるはずだ、で締めくくった。

 ここでデブくん……バイアットが出てくる。


「貴族社会は金銭トラブルが何かと多いからね。学院の授業はそうしたトラブルから自分を守るためにも使えるんだ。だから教えている先生がたも詳しいし何かあったら先生がたを頼るといいよ。僕もいつでも相談に乗るから」


 デブの前歯がキラーン。

 この瞬間に上昇したバイアット株。ワイルドで陽気なリリウスと、落ち着いていて品のあるバイアット。聞けば実家が超級のお金持ちらしい。まぁ家督とは無縁なのだがかなりの優良物件に見えてしまうのである。


 カジノでは案内のお姉さんに連れられて一通りぐるっと回る。リリウスは途中で変な機械に飛びついてしまった。


 ぐるっと一周してだいたいの遊び方を聞き、マリアは思った。


(スロットマシンとかカードはよくわからんしルーレットかな?)


 他のみんなも遊びたくてうずうずしている感じだ。

 まずナシェカに聞いてみる。


「ナシェカは?」

「ポーカーかな。けっこう得意なんだよねー」


「リジーは?」

「スロットだなー。どんなんか興味あっし。マリアは?」

「簡単そうだしルーレット。エリンは?」

「……遊ばずにこの金をとっておけば明日から強く生きられると思う」

「ネコババ令嬢」

「それはマリアだろー!」

「あたしもネコババしてねー! つーかあの噂流したのお前か!」


 バイアットはドラゴン&ブレイブス卓に突撃するらしい。中央文明圏で流行りの特殊なカードを使った賭場が開かれているようだ。


 みんな適当に別れて遊ぶ。ルーレット卓についたマリアはふと思った。……この金をネコババしてお小遣いにすればいいんじゃ?


(エリンが天才すぎる。しかし遊べと言われて渡されたもの、使わないとダメな気がする……)


 気もそぞろにルーレットで遊ぶ。

 ルールは簡単だ。回転するルーレット盤のどこに玉が落ちるかと予想するのだ。

 数字は赤と黒の1~36まで。赤は奇数。黒は偶数。一か所だけどちらの色にも属さない00がある。37分の1の確率で当たれば掛け金の36倍貰える。


 一見するととてもじゃないが当たりそうもない。しかし赤と黒のどちらの色かに掛ければ37分の18の確率で当たる。配当は2倍だが初心者的には分かりやすい。


 マリアはコツコツ賭けていった。10ヘックスコインを使って勝ち負けを繰り返しながら堅実にそれなりの勝ちを得た。

 その頃になってリジーが戻ってきた。


「ひどい負け方をしたぞ……」


 聞けばスロットはすぐに飽きて色々遊んでたらしい。そんで貰ったお小遣いを使い果たしたらしい。クソほど勝ってるナシェカからもお小遣いを貰ってそれも使い果たしたらしい。リリウスにも貰いに行ったけど親の仇を見るような目つきでスロットにのめり込む姿が怖くて声もかけずに逃げてきたようだ。


「マリアぁ」

「ダメ」


 こいつに金を貸してはダメだ。そんな予感がした。

 でも可哀想なので10ボナコインを数枚あげた。これを使って二人でルーレットで遊ぶ。


 途中でリジーから提案がある。


「マリアってマジで外さねえな。どうなってんだ?」

「だって分かるし」


 ディーラーが金属玉を投げる。ボウルのような緩い円を回り続ける金属玉がゆっくりと速度を落としてルーレット盤に落ちていく。……赤だ。


 10ヘックスコインを赤へと移動する。赤いラインより下がる前までならまだ賭けられる。リジーもギリギリで赤に全額ぶちこむ。


 金属玉がルーレット盤を跳ねていく。カンコンと音を奏でながら落ちたのは赤の21だ。


「すげえ! なんで分かるんだ!?」

「勘」


 マリアは動体視力に優れている。他人の呼吸を読み取る術にも長けている。勘働きにも優れている。彼女の保有する幾つもの能力が混ざりあい時に未来予知じみた勘が働く。

 剣術の授業でもフェイントかけてくるやつが移動する先が分かるので、そこに剣を置くだけで勝てる猛者だ。伊達に迷宮の守護者戦を経験してない。

 マリアはこれを直感であると考えている。自らの保有する理屈では説明できない異能じみたちからを直感というふうに解釈しているのだ。


 リジーが脅威の全ツッパで快勝していく。全部マリアの勝ちに乗っかっているだけだ。手持ちは少なかったけど倍々ゲームで増えていくので瞬く間にナシェカ級のコインタワーを積み上げてしまった。


 ルーレットが回る。幾多の客の悲鳴と運命を乗せて玉が回る。


「赤」

「赤だな!」


 マリアがコインを移動させようとしたリジーの腕を掴んで止める。

 自分でもわからない不思議な感覚によるものだ。


「なんだよ赤じゃなかったのか?」

「赤だと思う。ううん、わかんない」


 回転する玉がルーレット盤に当たって跳ねていき、最終的に赤の25番に収まった。


「なんだよー、やっぱり赤じゃん! なんでとめたんだよー」

「……わかんない」


 次のルーレットもそのまた次も嫌な予感がした。数回様子見をしようと決めて賭けずにいたがマリアの勘は外れない。……嫌な予感だけは鳴り響いている。

 そのうちカジノの奥から綺麗な女性ディーラーがやってきた。


「今宵幸運の女神はお客様に微笑まれている様子。よろしければV.I.P.ルームへとご案内したく」


「ビップルームですか?」

「ええ、お客様と同じく幸運の女神に愛された方々だけが入れる特別な部屋です。こちらではホールではお出ししていない特別なギャンブルをご用意しております」


 本音を言うと難しいゲームを出されても困る。こちとらカジノ初心者だぞって思ったけどリジーは乗り気だ。


「行くの?」

「だって面白そうじゃん。マリアもいこーぜ!」


 面白そうかどうかで判断するなら興味はある。

 マリアとリジーはカジノの奥にあるエレベーターに乗って地下のV.I.P.ルームへと向かった。



◇◇◇◇◇◇



 ナシェカちゃんからお小遣いを貰ったぜヤッホイ!

 マリア様とリジーちゃんを探したけど見つからない。まぁそのうち見つかるだろと思いながら俺はスロットに向かう。リベンジだ!


「リリウスくんってスロットでスったんだよね?」

「いけそうな気がするんだ」

「知らないうちにカジノ遊びにはまって多額の負債を抱え込むとかは止めてよ」

「その辺の心配は要らないぜ。借金するくらいならカジノの倉庫を丸ごと強奪するからよ」


 俺の名は姿の見えない義賊。義の有無については毒ガスと猫の問題くらい不明な世界一の大泥棒だ。ド田舎のカジノくらいなんぼのもんじゃい。


 10ヘックスコイン・スロットに座る。六連のVを目指して目押しする。

 調子がいいぜ、26回目、五連まで揃った。


 あと一つVを目押しすればジャックポットだ。


「リリウスくんマジで良い目してるね。これいけるんじゃない?」

「いくんだよ」


 第六リールの停止はボタン押下後0.732~48秒。完璧なタイミングで目押し!

 Vが止ま……ずるっと滑って一つ下のコマに?


 VVVVV

    V


 こんなんなった停止形を呆然と見つめる。今の手応えは完全に作為的な感じがした。電子制御の感じだ。

 何もわかってねえデブが大げさに天を仰ぐ。


「あちゃー、惜しかったね」

「惜しくはなかった」

「でも後一個だったじゃん」

「その一個が絶対に揃わないようにできていたとして、それでも惜しいと思えるか?」


「……外したから難癖をつけてるって感じじゃないね。そういう発言は大きな意味が出てくるってわかってる?」

「あぁ、わかってる」


 電磁波を用いた物質解析を行う。レトロなスロットマシーンに見せかけて中身は現代日本のパチスロ機に近いレベルの機械装置が盛りだくさんだ。なんでこんな物が帝都のカジノに並んでいる。魔法文明期の遺跡からの出土品を解析して作ったか?


 いや不可能だ。この世界の技術水準じゃ半導体は作れない。機械化工業社会の発展の末にできるような精密機器だ。

 わからない。だが一つだけ言えるのはここは普通のカジノじゃない。


 冷静になろう。一旦落ち着いて冷静になるために酒を飲もう(ドルジア人の悪い癖)。

 バー・フロアまで上がってカウンター席につき、バーテンから受け取ったカクテルを一気飲みした瞬間だ。


 エントランスの扉が開いて数名の男女が入ってきた。その先頭にいるパンツスーツ姿の女の顔を見た瞬間にカクテル噴き出してしまった。頬に狼の牙を模した四本の刺青と、とある獣人族の特徴である頭上のケモ耳……


「サリフ……」


 どうしてあの女が……


 って! ここまさか銀狼団経営のイカサマカジノなのか!?



 銀狼団のカジノがイカサマをやってないはずがないという厚い信頼がそこにはあった。

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