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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
学院入学編(入学できるとは言ってない)
2/362

おまえ学院に通う資格ねーから!

 春の大祭を終えた帝都の騎士学院には入学を控えた生徒が続々と集まってくる。帝国全土から集まってくるため学生寮は三月の初めから生徒を受け入れている。誰も彼もが帝都に別邸を持てる家柄ってわけじゃないからだ。

 宿を取ろうといっても貴族に相応しい宿となればけっこう高い。一泊に付き銀貨が三枚も四枚もかかる。遠路はるばる辺境からやってきた貧乏貴族にこの出費はエグすぎる。だから入寮は三月の初めからなんだ。学院側も財政事情はわかっているってわけだ。早めに来れば帝都の春節も見物できるしね。

 帝都のバートランド邸に居候している俺とデブはゆうゆう入学式直前に入寮する手筈だ。


 本日は快晴の四月十九日。入学式は十二時ちょうどから始まる。

 入学式の二時間前の午前十時に学院の門を叩いた俺とデブは学生寮に直行。寮の管理人室を訪ねて挨拶をする。これが中々の汚部屋だ。

 書類に埋もれた部屋で情けない愛想笑いを浮かべている、寮父さんという肩書きから想像するような人物よりも随分と若い、研究好きな若手魔導師って感じの青年が管理人のジルベスターさんだ。


「あははは。ごめんねえ散らかっていて。え~~~っと、どこやったかなぁ~~」


 管理人さんは汚部屋を掻きまわして名簿を探し中。俺らは年代物のボロいソファで探し物を待っている。

 今年入寮する生徒の名簿と寮の空き部屋のリスト。俺らが寮に入るために必要な物ってわけだ。


 紅茶を飲みながら過ごす五分間。ようやくリストが見つかったらしい。白衣を埃だらけにした管理人さんが対面のソファに座る。


「バイアット・セルジリア君とリリウス・マクローエン君だったね。希望は……あぁ個室なら年に金貨十二枚。相部屋なら八枚だ。幸い個室も相部屋も空きがあるね」

「じゃあ相部屋でお願いします。可能ならぼくとリリウス君で同じ部屋がいいなあ」

「気心知れた友人同士というわけだ。うん、じゃあ一階の1028号室を使いたまえ。寮の使用料は学費と一緒に支払いだ。今月中に職員室で支払いを終えてくれよ」

「はい、わかりました」

「じゃあ手続きを済ませるからもう少し待ってくれ」


 紅茶を飲みながら待つ。しかし生徒名簿をめくる管理人さんの様子がおかしい。

 生徒名簿をめくり終えた管理人さんが二週目に突入した。見落としかな?


 生徒名簿を三周した管理人さんが重々しいため息だ。なぜか嫌な予感がする……


「リリウス君、キミの名前が名簿にない」


 え?


「う~~ん、連絡の行き違いかな」

「あの、それはどういう意味ですかね?」

「願書の出し忘れか書類選考で除外されたか。正確には確認を取る必要があるが事実は一つだ。キミは今期の入学生ではないという意味だ」


 悲報、俺氏入試に落ちる……!

 そんなことが起きるなんてこの俺の目をもってしても予想もつかなかったわ。書類選考はクソガバって聞いてたのに!



◇◇◇◇◇◇



「はぁ~~~? 書類選考で落とされたぁ~~~?」


 職員室に直談判に行くも多忙を理由にそっけない対応で済まされた俺らは女子寮の入寮手続きを終えたロザリアお嬢様と合流。

 で、今は第一校舎と第二校舎の間にある薔薇園内の学生用のカフェで相談している。


「書類選考で落ちるなんて聞いたこともないわよ。珍事ね! ……どんな書類を提出したのよ」

「これっす」


 ロザリアお嬢様に職員から突き返された書類をお渡しする。

 炎を写し取ったように色鮮やかな真紅の髪をシュシュで束ねたお嬢様が、バートランド公の推薦状を除いた三枚の書類を読み始める。結論は二分で出た。


「納得したわ。これじゃ落とされて当然よ」

「もしゃ。ぼくにも見せて」


 俺のプロフィールがデブの手にも渡る。

 すぐに「うわぁ」って顔されたぜ。


「そこまでダメか」

「これを書いてて不味くないと判断したリリウス君の正気を疑うよ。プロフィールにもツッコミたいけど倫理観チェックシートの方が大問題だ」


 その質問票は倫理観チェックシートというのか。履歴書と一緒に提出した、学院のパンフレットに付属された幾つかの思考問題の書類には俺の筆跡での回答がある。


『御家にとってけっして失礼を働いてはならない家柄の方に睨まれてしまった時、あなたはどのような対応を心掛けるか?』

『一度街を出てアリバイを作ってから適切に処理する』


 処理の内容はバイオレンスだ。貴族を相手に手ぬるい対応は自らの首を絞めるに等しいので徹底的に処理する。一族郎党から縁故関係先までまとめて処理する。貴族と争うってのはそこまでやる覚悟が必要で、なければ破滅するのはこっちになる。


「リリウス君正直すぎるよ」

「デブ、おまえならどうするよ」

「ここに本当の回答を書くかどうかは別としてぼくなら同門のより高位の方から働きかけてもらうよ」


「同門の最高位のやつに睨まれたらどうする?」

「派閥の上の方を頼るね」


 賢い選択だ。伝手があるならそっちの方が正しいのかもしれない。

 しかし上の方からの叱責を受けたやつは確実に根に持つので最適解とも言えない。まぁ難しい問題なんだ。学院が事前にチェックしたがるくらいにはな。そして学院ではよく起こる問題なんだろうな。


 デブに少し意地悪な質問をしてみよう。


「じゃあ我が国における最高権力者に等しいバートランド公に睨まれたらどうするよ?」

「我が国における最高権力者は皇帝陛下だよ、って模範解答は今は要らないよね」


 我が国の皇室は徹底的に権力を奪われてるからな。

 帝国が太陽竜ストラの末裔を皇帝に戴きながら辺境の一国家に留まる理由は、ドルジア皇族の超絶のちからを恐れる国内の貴族からの徹底的な処置が済んでいるからだ。たぶん。


「ロザリアお嬢様に一言いってもらえばいいよ」

「アルヴィン様ってお嬢様に超甘いもんな」


 我が国の最高権力者は隣の席で紅茶を飲んでいる御方だと判明した瞬間である。バートランド公にお願いできる御方が一番強いんだわ。

 なおご当人は俺らのデリケートな会話は聞かなかったていでいかれるらしい。澄ました顔で目を閉じておられる。


 デブの指が書類の下へと滑って次の質問に。


『御家の故人が為した借財の証文を持つ者が現れた。偽造文書である可能性もあるがはっきりとは言い切れない場合はどのように対応する?』

『説得かカチコミか消すかを適切に判断する』


「リリウス君正直すぎるよ」

「デブならどうするよ」

「ぼくも同じ意見だけど本当のことは書いちゃダメだよ」


 真実には時にクッションが必要だ。これはそういう話だ。

 本音と建前を使い分けろって話なんだろうがこれが最近ワカラナイんだよね。


「てゆーかリリウス君こういうの得意だったはずじゃん。事実は何も変わらないけど心象を柔らかくしつつ体裁だけは整えるの」

「そういうのがよくわからなくなってきたんだ。ほら、貴族家の一つや二つ敵に回してもさ、こう思っちゃうんだよ。どうせ最終的に武力衝突になれば潰せるし知らねーって」

「マジの本音っぽいね」


 だって本音だし。

 デス教団とか殺人教団ガレリアとか砂の大国ジベールとかを敵に回してガンガンに殺し合ってるS級冒険者クランのリーダーをやってるとさ、そこいらの貴族とか羽虫に見えてどうでもよくなるんだ。

 ブンブンうるさいハエがいたら潰すじゃん。そういう時に何か思うかっていうと何も思わなくなるんだよ。


 鑑定の女神アシェラはこれを人類種からの逸脱と説明した。俺という存在が人界つまり人の営みの範疇から逸脱していて、精神が竜や魔神に近くなっているんだそうな。現時点でもヴァンパイアロードとかと同じ精神状態なんだってさ。

 愛を持つゆえに俺はまだ人間でいられる。だがこの感情を失えば人類の敵指定を受ける怪物と同じになる。まぁこの話はどうでもいいだろ。


 話を戻そう。俺は騎士学院の書類選考で弾かれた。不合格の通知は学院側の不手際があり実家のマクローエン家の方に送付されたらしい。となるとまだ通知書は旅の空だろうな。

 入試に落ちたけど学院には入りたい。となると学院にも発言力のある偉い人から圧力をかけてもらう必要がある。つまり裏口入学だ。


 そして今現在ナウで俺の隣で紅茶をすすっているロザリアお嬢様こそが帝国で一番の偉い御方だ。帝国皇室を裏から操る大貴族バートランド公爵アルヴィン様のご息女こそがさいつよなんだ。可愛くて最強とか大正義すぎる。

 俺はすぐに揉み手をすりすりしながらお嬢様の肩を揉む。


「へへへっ、お嬢様のおちからでどうにかなりませんかね?」

「別にいいけど」


 勝った!


「あんたらがどう思ってるかは置いておくにしてもわたくし自身の発言力はそんなにないわよ。学院にだってコネがあるわけじゃないしね」

「学院へのコネなんてどうでもいいんですって。アルヴィン様にお願いしてくださいよ」

「……わかってないの?」


 はい?

 俺もデブもきょとんとしている。何か読み違えたかな? 呆れた感じを出すロザリアお嬢様がため息との後で正解を告げる。


「そもそもの話としてあんたの後見人はうちのお父様じゃない。その上で書類選考で弾かれた。この意味を理解している?」

「え、それはつまり学院にはアルヴィン様に逆らえるレベルの貴族がいるってことですかね」

「うちの権力なんかに屈しない骨のある御方がいるのは確かね。学院長先生だけどドロア・ファイザー様というの。この方は元帝国騎士団長なのよ」


 あ、なるほど……

 帝国貴族と帝国騎士団は表向きは同じ方向を向いているが潜在的な敵対関係にある。不正を働く側の帝国貴族と、取り締まりをする側の帝国騎士団。元団長となれば長年にわたって貴族の権力と戦ってきた女傑だ。

 バートランド公爵家なにするものぞ! 帝国騎士団の意地を見せつけてやる!とか考えてそう。


「ドロア様とお父様は学院時代は同期だったらしいわ。未だに頭が上がらないって言ってたわよ」

「ドロア学院長強すぎでしょ」


 ちなみに俺はまだ知らない情報だが学生時代のバートランド公は中々の劣等生で、同じく劣等生の不良だったうちの親父殿やデブのパパを合わせた三馬鹿トリオを押さえつける生徒会長がドロア先生であったようだ。

 まぁなんだ。大人になっても苦手意識があるらしい。学院卒業後はうちの親父殿と帝国最強の魔剣士の座を争っていたとか余計な情報もあるがどうでもいいだろ。


「そのドロア先生だけどおにーさまの剣術の師範だったの」

「え?」

「お二人は師弟関係ということね。加えてドロア様は引退を決めた時におにーさまを後継者に指名しているの。きっとお二人の仲は良いことと考えられるわ」


 話の流れを察するとあれだ。働きかけの方向を間違えていたってわけだ。

 現騎士団長ガーランド・バートランド閣下にお願いして解決だ! これが貴族社会の問題解決方法なんだ!


 というわけでさっそく騎士団本部に突撃だ。なおお嬢様とデブはそろそろ入学式なのでカフェで別れた。


 騎士団長室で俺は渾身の説明をする。学院に入りたいので一筆書いてください的な内容だ。この説明を聞いているガーランド閣下はなぜかニヤニヤしている。


「学院などどうでもいい。さっさとうちに入団しろ」

「俺にも事情があるんですよ」

「三年間もお前を遊ばせておくのは損失だと思うのだがな。何を学ぶことがある、お前はすでに我が国でも三指に入る大戦士ではないか」


 俺の評価がクソ高いな。お給料も期待できそうだ。まぁ学院には絶対に行かなきゃいけないわけだが。


 閣下と見つめ合う。俺の希望は伝えた。このうえはこれで押しとおすしかない。だって口のうまさで閣下に敵うわけないもん。帝国一の謀略家の息子なんだぜ。


「確認しておく。話したくない事情も察してあまりあるがあえて尋ねる、それは必要なことなんだな?」

「うっす!」

「一つだけ譲歩しろ。お前が学院に進む最大の理由を明かせ」


 前世でやったゲームが根拠とか言えば精神病棟に放り込まれそうだ。もちろん閣下はそんな答えはお望みではないはずだ。

 だから俺は答えに迷うが……


「言いたくはないのは理解できる。聞いてしまえば必ず発生するもの。明かしてしまえば必ず起きてしまう出来事。お前が恐れているのは変化だな?」


 いつもいつも昔からずっと疑問だった。

 閣下はどこまでお気づきなのだろう? どうして俺のような子供を重用してくださるのだろう。どうして俺の意思を尊重してくださるのだろう。不思議で仕方なかった。


 ただ答えを聞いてしまえば俺も胸の内を明かさねばならない気がしたから避けてきた。俺はきっとこの御方から失望されるのを恐れているんだ……


「はい、お考えのように俺が恐れているものは変化です」

「ならば俺は聞いてすぐに忘れると確約しよう。お前を信じたいのだ、だから一つだけでいい、人の名前でもいい、出来事の名称でもいい、何か担保を置いていけ」


 国家公安を司る身でありながらここまで譲歩してくださるのか……

 ならば俺も黙っているだけではいられないな。最高の未来を創るためにはこの御方のちからも絶対に必要だ。神竜レスカの血脈を受け継ぐ帝国最強の男のちからが必要になる時が必ず来る。

 ドルジアの春はこの御方の死を契機に始まるのだから。


「マリア・アイアンハート。ドルジアの聖女と呼ばれることになる帝国最強の剣士の名です」

「感謝する」


 閣下にお礼を言われた。だが俺の心はこれだけしか明かせない不義理さに恥じ入るばかりだ。


「お前の心遣いを嬉しく思う。その上で解決策を伝えよう」


 え?


「閣下が一筆書いてくだされば済む話では……」

「帝国騎士団という組織の不満の話になる。先の悪夢の翼事件は未だ記憶に新しいな?」


 痛いところが出てきたぜ。

 空中輸送船で帝都に乗り込んだ俺らが帝国騎士団とガチンコでやりあった事件はまだほんの二か月前の出来事でしかない。その際に死人だけは出ないように全力で対処したがけが人は多数出たし軍用騎獣もかなり落とした。

 しかも俺らが勝利してしまった。悪夢の翼を落とされたとはいえ俺の冒険者仲間が騎士団本部を制圧してしまったのが大問題だ。全部ドレイクとファトラ君のせいだ。ほんの小一時間の出来事とは大ドルジア帝国の帝都にある騎士団本部にドレイク・エアライン社の旗がなびいてしまったのは問題だ。


「俺もあれこれと印象操作をしたが騎士団内には未だリリウス・マクローエン排除の声が大きい。当然そんな男の学院入学など認められないという者も多く、書類選考で弾かれた理由はこれだ」

「対処療法ではなく根本治療が必要という話ですね」

「うむ、学院への働きかけは問題ではない。学院の実質的な上位組織である騎士団内の敵愾心を削ぐしかない。俺の派閥の不満はまだ抑え込める。問題はフラメイオンの派閥だ」


 帝国騎士団は一枚岩ではない。現団長であるガーランド閣下を支持する若い派閥と、フラメイオン卿を担ぐ派閥が存在する。フラメイオン卿を担ぐのは30代よりも上の世代が多い。

 他にも派閥はある。団員を女性で固めた白角隊とか色々といるが二大派閥体制を揺るがすほどの発言力はないそうだ。


 で、問題なのはフラメイオン卿をうちのロザリアお嬢様がワンパンマンしちゃった件だ。悪夢の翼事件と合わせてダブルショックなので俺への感情も二倍で悪いらしい。


「やはり贈賄でしょうか?」

「悪くはない手段だがちと弱いな。無論金額次第ではある。騎士階級というものは総じて大金に弱い」


 腰かけならともかく専業騎士の多くは下級貴族だ。加えて騎士業はとにかく金がかかる。騎士団から支給される聖銀装備以上のものを揃えようと考えれば下級貴族家の財力では手が出ない。騎士団からの給与だけで揃えようとするのも大変だ。

 さらに軍用騎獣の用意や社交費もある。そういう方々を釣ろうと思えば幾つかの案が浮かびもするが派閥全体の印象を和らげるためには天文学的な金額が予想される。一人や二人のミスリル装備で済む話じゃねーんだ。


「大雑把に考えても金貨一千万枚ほどかかるが用意するつもりはあるか?」

「閣下の名案をお聞かせください」


 閣下が黙り込んだ。なぜだろうか、口元が不穏な形にニヤニヤしている。


「お前もそろそろ貴族的な解決方法を学ぶ頃合いだ。自分で考え実行してみろ」

「言っちゃあれですが貴族間の問題解決は苦手なんですよ……」

「苦手を克服するちょうどよい機会であるな」


 前向きだー!


「苦手意識は明確な弱点だ。得意になれとは言わんが自覚のある弱点なら克服してみろ。人間なにが己の糧になるかはわからんものだ。存外お前に足りないものを知るきっかけになるかもしれんぞ」


 わー、懐かしい俺へのテストだー。

 閣下っていつも唐突に俺に難問投げるよね。それとなくヒントだけくれるけど。後で採点もしてくれるけど。満足のいく内容だったらメシおごってくれるけど。


 一つだけ明かせと言われて本当に一つしか明かさなかったから怒ってるわけではないと思うんだが……


「あの、もしかしてマリア様の名前だけしか明かさなかった俺に対する意趣返し……」

「俺はできる奴にしか期待しない。……古い言葉に将を射んと思わばまず馬を射よとあるがあれは誤りだ。あれは無能な凡夫のいいわけだ。最大効率で将を射ろ」

「は…はぁ……」


 な…なんの話かな?


「お前がやるべき事柄を明確にしてやる。フラメイオンに差し入れでもしてこい」

「あ、なるほど派閥と戦うなら派閥の長を狙えと」

「うむ、それも一つの手段だ。無論こうした事例にたった一つの正解などありはしない。俺の助言もお前の行動を絞る意図のものではない。手段などどうでもいい。見事欲しい結果を勝ち取ってみせよ」


 閣下はそう言うがいい手かもしれない。少なくとも千人を越える派閥のみなさん全員にワイロ攻撃をするよりは財布に優しいにちがいない。フラメイオン卿一人ならけっこうな額のワイロを送ってもそこまで痛くないし!


「わっかりました! このリリウス・マクローエン、偉い人にごまをする腕前にかけては天下一品を自負しております!」

「貴族たる者そういった能力も必要だ。さあやってこい!」


 俺はさっそく準備に向かう。

 フラメイオン卿と仲良しになって学院への推薦状を書いてもらうんだ!!



◇◇◇◇◇◇



 リリウスが駆けだしていった後で騎士団長室に残ったガーランドは棚からワインを取り出し、手刀で飲み口を切り落としてぐびりと呑む。

 職務中の飲酒は控えているが今は飲みたい気分だ。飲まなければ忘れることさえできない。


「帝国最強の剣士マリア・アイアンハート…か。また大きな担保を置いてくれたな」


 帝国最強の名は我が身にある。ならばマリア・アイアンハートとは何者だ?


(どうしてこの名を奪われる? どうしてその者の台頭を許す? ……俺は死ぬのか?)


 数限りない疑問を口にするのを堪えて感謝だけを口にしたのはあの者の気遣いに感じ入ったからではない。一部そういう想いもあるが口にしては台無しになる。


 奴は変化を恐れている。奴には特級の未来予知ホルダーである疑惑がある。懇意の鑑定師に依頼を出して奴のスキル構成を暴き出したこともあったが未来予知スキルの保有は認められなかったがおそらくは鑑定師に欺かれただけだったのだ。

 奴はガーランドの死をすでに予見している。憶測ではあったが今はっきりとわかった。そして奴は未来を変えるのを恐れている。何のためにと考えれば変えるべき未来を絞るためだ。

 何もかも既知のまま進めて変えたい部分だけを効果的に変える。そういう目論見であるであると察した。


 問題はリリウスが何を変えようとしているのか。その未来をガーランドは己の目で見られるのか。


「俺を助ける必要などないと言ってやるべきだったかな?」


 迷いが漏れた。言ってやるべきだったのかもしれない。それであいつの肩の荷が幾分か降りるのなら言ってやるべきだった。……だがガーランドとて未来を見たい。

 己の為した悪行の果てに掴む帝国の未来を見たい。そのために多くを積み重ねてここまできた。


 無論勘違いかもしれない。己など捨ててより良い未来を掴もうとしているのかもしれない。やや残念だが奴の描いた未来のためなら受け入れようとも思う。


「重いな。本当に重い。俺の行いのすべてが無駄になるかもしれないとわかっていてこれまで通り精力的に積み上げることができるだろうか? ……未来など知るべきではなかったか」


 リリウスは未来と戦っている。

 その重みの一端を背負っただけで己の生き方に疑問を抱いてしまった己などよりずっと長く戦い続けている。もはや敬意以外の感情はなかった。


「お前は強いな……」


 後にガーランドは己に疑問を抱き、リリウスとの約束を忘れて変化を求める。

 いや変化の兆しはすでにあった。それもまたリリウスの行いが招いた変化であり、本来存在しない駒はすでに帝都に幾つもあるのだ。


 だが確かに言えるのだ。リリウスはけっして話すべきではなかった。


 闘争の箱庭で運命が回る。ダーナの織り紡ぐ運命の糸は複雑に編み込まれた闘争の絵図を編み続ける。

 帝国を舞台に運命が回る。すべてはダーナのしろ示すままに。



◇◇◇◇◇◇



 騎士団本部の中庭訓練場でフラメイオン卿が素振りをしている。


「おのれ! リリウス・マクローエンめ!」


 素振りが続く。その姿は鬼気迫るものがあり、まるで見えない怨敵を切り殺そうとしているふうだ。


「ちくしょうめ! リリウス・マクローエンめ、殺してやる、絶対にだ!」


 グリムニル・フラメイオンは最近機嫌がすこぶる悪い。

 何が原因かと言えば思い浮かぶのは目つきの悪い赤毛のモヒカン男の顔で、思い浮かんだ瞬間に妄想の少年をビリビリに引き裂いても足りないほどの怒りだ。


 リリウス・マクローエン。万回ぶち殺しても足りないほど憎たらしい男の名だ。

 最近騎士団内におけるフラメイオンの求心力が落ちている。実力を疑問視する声もある。それもこれもリリウス・マクローエンのせいだ!


 発端は悪夢の翼事件だ。突如帝都上空に現れた鋼鉄の船『悪夢の翼』に帝都は震撼した。騎士団は当然悪夢の翼の迎撃の準備を始めたが迎撃に出る前にゆうゆうと飛び去りやがった。

 フラメイオン指揮の下で迎撃の準備を整えた航空戦力が空に出た時にはすでに手遅れで、バーニアを吹かして飛び去る悪夢の翼を歯ぎしりしながら見送るしかなかった。フラメイオンも追撃もかけたがグリフォン騎兵でも全然追いつけなかった!

 まずここでケチがついた。帝都在住の貴族からは騎士団はノロマ揃いか!と誹りを受け、騎士たちからも戦力を整える前に先発隊を急がせて足止めするべきだったと小さな文句があった。


 この数日後に戻ってきた悪夢の翼との交戦も芳しくなかった。問題の空中船こそ撃墜したものの代わりに騎士団本部を制圧されてしまった。栄光ある帝国騎士団が一介の冒険者クランに敗北を喫したのだ。

 これらはすべて騎士団長ガーランド・バートランドの長期休暇の間フラメイオンに団長代行が任されている間の出来事だ。当然フラメイオンの責任問題になった。

 怨敵ガーランドのいない好機。団長代行のチャンスを華々しい戦果で彩り奴を現職から引きずりおろそうと企むフラメイオンだったが、この様である。


 ガーランド・バートランドなにするものぞ。我こそが帝国最強の騎士であると息まいていたフラメイオン卿であったが、悪夢の翼事件の時にはオリハルコンの投擲槍を複数操る謎の魔導師に致命傷を負わされる失態まで冒した。指揮官が重傷を負っては騎士団の統率も崩れる。つまりフラメイオン卿の責任問題とは弱いくせに前線に上がって指揮をないがしろにした雑魚野郎という風聞なのだ。


 汚名はすすがねばならない。リリウス・マクローエンを打ち倒して名誉を回復する。そういう想いで冒険者ギルドに出かけたフラメイオン卿は三度失態を冒す。いわゆるロザリアワンパン事件である。

 まだ十五歳という若年の可憐な少女にワンパンでのされ、あろうことか怨敵ガーランドに助けられて騎士団本部に戻ってきたフラメイオンへの周囲の目は冷たかった。

 権力闘争に明け暮れたせいで騎士に必要な実力を疎かにしているのでは?という陰口を聞くことも多く、端的に言えば支持者が激減した。


 これだけでもリリウス・マクローエンを殺す理由に充分だ。しかしフラメイオン卿を襲うさらなるショック。長期休暇から戻ってきたばかりのガーランド団長が瞬く間にリリウス・マクローエンとの和解を締結し、憎き奴めから大金をせしめたのだ。

 そう、逆にガーランドの功績になってしまったのだ。


 これまでフラメイオンを支持していた者も派閥を離れ、「やはりガーランド体制が盤石だな」とか「弱き者に騎士団を率いる資格はない」とか放言しているのだ。


 夢見た騎士団長の座は遠のくばかり。それもこれもリリウス・マクローエンのせいだ。つまりフラメイオン卿の素振りはストレス発散だ。


「許さん、絶対に許さんぞ!」


 素振りでいい汗を描いていると……

 騎士団本部の宿舎から……


「フラメイオン卿ー!」


 なんと憎きリリウス・マクローエンめがやってきたではないか!

 戦々恐々とするフラメイオン卿派閥の方々が訓練の手を止める。フラメイオン卿も驚きのあまり素振りが止まっているぞ!


 怨敵リリウス・マクローエンはなぜかタオルを差し出してきた。真っ白に洗濯された清潔なタオルだ。……目の前の光景がフラメイオンの理解を超えている。


「今日はいい訓練日和りですね。どうぞ!」

「これは何のマネだ?」

「汗を拭ってください!」

(だから何のマネだ!!!)


 とりあえずタオルを受け取りにおいを嗅ぐ。毒物のような刺激臭はしない。むしろおろしたての新品であるように思われる。

 怨敵リリウス・マクローエンが揉み手をすりすりニコニコしている。何か邪悪な裏があるとしか思えない。


(な…何を企んでいる?)


 汗を拭う。素晴らしく触り心地のよいタオルだ。たかが手ぬぐいであるにも関わらずこれほど触れ心地のよい物は触ったことがない。おそらくは職人が高度な技術で作った最高級品だ。……まさかワイロだろうか?

 まさか遺恨を帳消しにしろとでもいうのか。タオルで!?


「用は済んだか? なら―――」

「今日は絶好の訓練日和りですね。よければ胸を貸していただきたい!」

(何だと!?)


 リリウスがぺらぺら語りだす。俺も腕には自信があるんですよーとかフラメイオン卿にとっても実のある訓練相手になるとか言ってる。……ようやく目論見がわかった。


(まだ貶め足りないというわけだ。派閥の前で俺を打ち倒してやろうと出てきたわけだ。若造が、そこまで増長しているのか!)


 フラメイオンはリリウスの目論見を看破した気でいる。まさか仲良くなりにきたなんて欠片も考えなかった。


「よかろう。胸を貸してやる」

「そうこなくっちゃ! さあやりましょう!」


 リリウスと剣を交える。初手から全力で攻勢に出たが軽く受け流される。

 リリウスのバトルスタイルは機動力特化の高速戦闘のようだ。凄まじい速度で動き回り攻撃はガードをすり抜ける。まるで実体なき稲妻を相手にしているような感覚だ。フラメイオンも全力で対応したが実力は互角であるように思えた。


 訓練は日が沈むまで続いた。両者ともクリーンヒットはなし。息を切らせて汗を描き、全力で戦い合った。その最後にリリウスが手を差し出してきた。


「さすがです。フラメイオン卿はじつにお強い!」

「貴様も中々に使える。まさか俺と互角とはな」

「いえいえ! フラメイオン卿と比べれば俺なんて塵芥ですよ! 胸を貸していただいてわかりました、俺じゃあ足元にも及びません。そんな俺にも気遣いをくださるフラメイオン卿のご指導に感服です!」


 認めてやったら全力で照れ始めた挙句こちらを持ち上げやがった。

 全力でやって互角なのは互いに理解し合ったはずだ。なのに派閥の者の前でこの持ち上げようだ。これがワカラナイ。

 当初はこいつの目的は派閥の者の前で自分を打ち倒し恥を掻かせることにあると考えたが逆だ。逆に持ち上げてくる。ぺらぺらぺらぺらすごい褒めてくる。語彙力多いなこの男はと感心するほどだ。なおもリリウスの持ち上げっぷりは止まらない。まるでおべっか遣いだ。


(いったい何を企んでいる?)


 リリウスは次の日も訓練場に現れてフラメイオンといい汗を流した。タオルのみならずランチボックスまで用意してきやがった。しかもこれがまた美味い! フラメイオンも豪華な食事に慣れている身であるがリリウスのお弁当は天上の美味であり腰が抜けるかと思うほどのものだ。


 バスケットに入っていた料理がなくなることを辛く思うほどの美食だった。一瞬だけ憎しみを忘れたフラメイオンが恥も何も感じることなく素直な気持ちで問う。


「随分と素晴らしいな。参考までに聞いておきたいのだがこれはどこで包ませた物だ?」

「俺が作りました!」

(何だと!? こ…こいつ手作り弁当なんかを私に食わせて何のつもりだ……)


 自分に勝るとも劣らぬ大戦士でありながら料理もたしなむのか!という驚きよりも男のくせに何故料理を作るんだ!?という古い男らしい感性で驚いた。

 同時にこの料理をもう食えないのかという悲しみに襲われたフラメイオンは最後のサンドイッチをちびちびと食べ始めた。幸福な時間はできる限り長く続いてほしいのだ。


「今の時代女は家庭にこもって男は外で働くってのは古いと思うんですよ。男だって家事ができて当然。たまには奥さんに休んでもらおうって気遣いがあると喜ばれます。フラメイオン卿も料理をたしなんではいかがですか?」

「使用人を雇えばいいだろうが。……それと私は独身だ」

「じゃあなおさら覚えるべきです。料理のできる男はモテます!」

「まぁこの出来ならモテそうだな」


 素直にそう思った。これだけの料理が作れるのなら絶対にモテる。胃袋を掴むという表現もあるがこれが食えなくなるのは人生の損失だ。女の一人や二人簡単に寄ってくるにちがいない。フラメイオンも確信する美味さだ。


 幾分か気安くなった(すでに充分気安いが)リリウスと昼食の後も訓練をする。夕方になる頃には訓練を終えて宿舎内のサウナにまで入ってきた。終始おしゃべりを続けるリリウスの態度にフラメイオンは思った。


(わからん。こいつの狙いがさっぱりわからん……)


 人懐っこい子犬みたいにまとわりつく若い男の狙いがさっぱりわからない。リリウスは次の日もそのまた次の日もランチボックスを持って訓練に参加した。三日目には酒に誘われたが固辞したが翌日にも誘われた。

 本当にわからない。フラメイオンは困り果てている。

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