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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
課外実習編
199/362

第三ピット深層② ドラゴンロードを継ぐもの

 第三ピット推定32層は闇夜の森だ。粒の重い豪雨の降り注ぐ森でフードを被り、モンスターの気配を探る。


「一昨日と同じだ。俺には感じられねえ、ナシェカお前は?」

「こっちも感なし」


 暗さはかなりのものだ。森って環境も視界不良に一役買っている。音もな、この大雨じゃだいぶ妨げられてしまう。そういう理由で索敵にはかなり自信がない。

 つまり俺の判断では魔物がいないのではなくこの状況ではわからない。


「ナシェカ、索敵の自信は?」

「百パーいない」


 頼りになるなあ!


「え、索敵範囲は?」

「環境が最低なせいで半径400メートルかなー」


 環境コンディション最高な時の俺の限界を八倍近く越えていくー。

 キリングドールとは競うこと自体が間違いなんだろうが一流の斥候職として悔しい。心情的にな。


 しかし400m内に脅威なし。普通に考えればアレだ。


「一昨日はチキって帰ったが、ここってセーフゾーンだったりするか?」

「現状はその可能性が高いね。もし本当にそうだとしても使い物にならないけどね」


 ま、そうだな。モンスターの出ない階層はありがたいがこの環境じゃあな。


 セーフゾーンと聞いて喜び、だが雲行きの怪しさに顔をしかめているエリンちゃんが素直に聞いてくれる。


「使い物にならないのか?」

「この気温と天候だ。随分と冷えるし雨も強い、いくら休めるとはいえ長居すれば体調が悪くなるよ」


「雨が止めば…止むのか?」

「やまない。昼夜の概念がないのと同じで基本的に天候も変わらないはずだ。つまりここはずっとこの雨なのさ」

「なぁんだ。セーフゾーンを見つけたら報奨金が出るって聞いたのに……」


 百万円貰えるって喜んでたら貰えそうもなくてがっかりって感じだ。俺としてはその報奨金がどこから出た話なのかがワカラナイ。


「何の情報を基にそれを言ってるかはわからんが確かにセーフゾーンの発見者は賞賛されるな。ショートカットの方法を教えたことでこの階層の価値も上がったはずだ。だが金を出すか出さないかはドゥシス候の胸一つなんで期待しない方がいい」

「必ず貰えるんじゃないのか?」

「その必ず金を出してくれる奴は何者なんだよ」

「え、冒険者ギルドとかドゥシス候とか?」


 冒険小説か何かに書いてあったのかねえ。冒険者ギルドが成果を喧伝してギルドの有用性を説くための材料にし、交渉の結果として多少の金が貰えることはあるらしい。

 気前の良い領主ならポンと金を払ってくれることもあるかもしれない。だがセーフゾーンを見つけたら幾らあげるなんて制度は聞いたこともない。そもそもそう簡単に見つかるものでもないしな。


 会話をしながらセーフゾーンの探索を行う。完全にセーフゾーンと決まったわけではないので気を抜かずに緩めの警戒を続ける。


 ほんの数分歩いた頃だ、マリアが何か見つけた。


「大きなお屋敷があるね」

「「はあ!?」」


 俺とナシェカよりも先にそんなもん見つけおった!


「……大声出すなよ、びっくりすんじゃん」

「びっくりしたのはこっちだよ。屋敷ってどこ!?」


 マリアの指し示す方へと歩いていく。ナシェカ、俺の順で気づいた。本当に屋敷がある。マリアは本当に何者なんだ、からのドルジアの聖女すげー!


 雨天の森に佇む怪しげな洋館だ。これで雷鳴がごろごろしていたら完璧だな。


「じつはここが最下層でボスは吸血鬼説もあるな」

「いやいやグラッツェンでしょー」

「セーフゾーン説は? 死んだ?」

「まだ生きてるよ」


 洋館内に魔力風を吹き流す。まぁ俺の風は暗黒の属性の風なんで絵面は気持ち悪いんだが。

 魔力探査というか悪霊による攻撃に見えるが攻撃力はないぜ。なぁにまともに食らうとメンタルが落ちて泣き叫ぶくらいの効果しかない。発狂ともいう。


「ん~、別に守護者っぽい反応はねえな。動体反応はなし」

「ゴースト系?」

「そいつらなら今ので殺せる」


「……攻撃力はないって言ったよね?」

「精神への攻撃力はかなり高いんだ」


 みんなには外で待っててもらい、俺だけで洋館内に突入する。

 エントランスホール。左右には客室が四室。奥は厨房。トイレ。地下への階段は後回しにする。……厨房の様子は笑うしかなかったわ。


 二階は書斎に執務室、研究室もある。薬品類は揃っている。機材も豊富だ。箱があれば製造した工房と年月日がわかりそうなもんだが無し。箱を取っておかないタイプの魔導師の工房だ。……気になったのは書棚が空っぽってくらいか。


 多少の埃はある。使われなくなって何年も経っているって感じではない。ほんの数日の話だ。……だが迷宮内の状態を人の世界の常識に当て嵌めても意味はない。

 そういう状態の洋館を再現しているで説明がついてしまう。アンデッドのうろつく町も、アンデッドの侵入を防ぐためにバリケードを積み重ねた虎男どもの兵隊もだ。


 後回しにした地下室に潜る。牢獄が15部屋。これは実家にもあったし驚くに値しない。

 牢獄内には朽ち果てた骸骨も何人分かはあった。頭部の形状からトールマン種だと推測できる。


 奥には井戸に似た焼却炉。死体を放り込んで燃やし、煙を煙突から外に逃がす仕組みだ。この内部まで調べる必要があるとは思えないな。


 ちょっとした懸念から牢獄内の骸骨を持ち帰るべく背嚢に詰めていく。別に供養してやろうなんてつもりではない。骨の一本二本を数人分拾うだけだ。


 洋館を出る。みんなは正門の前で雨除けのターフを被って待っていた。


「危険はなさそうだ。中を確認したいのなら確認してよし」

「グラッツェンは?」

「推すねえ。確かに錬金術師のアトリエっぽかったけど、屋敷内に漂う魔力の性質は迷宮そのものだ。迷宮が再現した普通のオブジェクトだろ」

「なんだ、つまんないの」


 班に分かれて屋敷内を探索し直す。一応一階の奥の厨房は見ない方がいいとだけは忠告しておいた。

 二階の研究室を探索している時にロザリアお嬢様が気づいた。


「この辺の薬品って持ち帰ってもいいのよね?」

「泥棒だーって怒り出すやつはいませんね。ですが迷宮内の品のほとんどは迷宮から持ち出すとほんの数日で崩れ落ちます。これらは迷宮の中でのみ物質化を許されている魔力の塊でしかないのです」


「そうなんだ。……一階のレールがお金になるって話は?」

「そんなこと言いましたっけ?」

「言ったわよ」

「もしゃ。リリウス君は持ち出しても数日以内に元に戻ってるって言っただけだよ。もしゃもしゃ」

「へ……? じゃあなんでレールを持ち出したらなんて話をしたのよ。収穫にならないのなら意味がないじゃない」

「豆知識ですんで」

「役に立たない知識ねえ」


 豆ですんで。一定量の製鉄が迷宮から無限に取れるのなら鉱山なんて不確かなもの見向きもされなくなるよ。


「待って。じゃあエリンドールさんが大喜びで剥ぎ取っていた虎人族の装備って……」

「あれだけ喜んでる人に真実を告げる気はありませんよ」

「悲しいわねえ」


 だが消えるとわかっていて商人に売り逃げをする冒険者も存在する。値段にもよるのだろうが商人もギャンブルのような気持ちで買ったりする。巨万の富が右から左に流れていく迷宮都市は大勢の命と涙でできているのだ。

 まぁ魔導協会が販売している魔力測定のルーペを使えば一発でわかるんだが。


 一階から悲鳴が聞こえてきた。


「なっ、何かしら!?」

「厨房を見てしまったのでしょう」


 慌てず急がず落ち着いて一階に降りるとマリア班が怒鳴り込んできた。


「ナニアレ!?」

「見たまんまだろ」


 厨房には十人ばっかし吊るされていた。ちょうど肋骨に引っかける形でな、燻製にされた痕跡もあったがいったいどこで燻したやら。

 肉包丁やら血液やらで本当に胸糞悪い場所だったぜ。


「世の中には乙女の血を浴びて肉を食らえば若さを保てると本気で信じているやつもいる。俺からすればアホを抜かせって感じだがこの手の狂人はけっこういるんだ」

「サイテー……」


 デス教徒のくせにまともな感性をお持ちのエリンちゃんはそのままでいてほしい。


 調査はしたが屋敷内に次の階層への入り口はなかった。ナシェカに本気を出してもらって空から見て回ってもらったがやはり見つからない。


「こんなことってあるの?」

「第二仮説ってことなんでしょうね」


 百年以上前に第三ピット『亜人王国』の最深部に到達した冒険者チームがいたらしい。守護者を見つけられずに手持ちの糧秣が尽きかけたので帰ってきたという連中だ。今じゃあデマカセこいたんだろって馬鹿にされている連中だが、本当にここにたどり着いた可能性が出てきたな。

 何日も探して見つけられず、無念の内に逃げ帰るしかなかった。今まさに俺達と同じ状況に陥ったまま解決できなかったのだろう。


 このような説明をしてから、みんなに三択を選んでもらう。


①帰る

②次の階層への入り口を探す

③30階層まで戻って虎男狩り


 多数決では当然のように③が多かった。冷たい雨に打たれながら薄気味悪い洋館のある森を彷徨うなんて俺だって嫌だ。

 30階層での狩りならかなりの収入が見込めるし、夏休み明けのお小遣いの補充はみんなの願いなんだ。


 そして戻ってきた30階層王宮エリアでのバトルだ。

 相当に手強く連携と戦術で攻めてくる虎人族の兵隊とのバトルは班毎に分かれてのものとなり、そういや俺はまだ喧嘩屋ちゃんの戦い方を見ていないのを忘れていたのだ。


 喧嘩屋ちゃんのファイトスタイルは当然ながらナックル。全身に燃え立つようなオーラをまとわせ、拳に装着した聖銀のナックルガードでぶん殴るスタイルだ。


「破軍ッ! 描け、ドラゴンロード!」


 おー、オーラが空中に道を描いていったぞ。

 密集隊列を組んで槍を突き出し、魔法攻撃をする魔導虎男を守る陣を組んだトラ兵団へと一直線の道が生まれる。


「壱式竜王流『崩の奥義』! ブーステッドチャージ!」


 おー、拳を突き出したまま突撃していって虎男どもをぶっ飛ばしていったぜ。


「ライザの開けた穴を突く! 往け、ガリオンファング!」


 セリード先輩の影から飛び出してきた十体の魔狼が、陣形の崩れた虎男どもに襲いかかる。リリアが斬り込み、デブがおっかなびっくり倒れている虎男をレイピアで刺し、お嬢様が蹴飛ばしている。

 俺はその光景を呆然と見ているだけだ。


 …

 ……

 ………

 待てやコラぁあああああ!


 いま壱式竜王流って言ったろ!? どんなに鈍感な難聴系主人公でもそれだけは聞き逃せねえぞ!

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