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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
課外実習編
198/362

第三ピット深層①

 朝から常軌を逸したレベルで弄られている。


「よう、ケツマニア!」

「いい朝だなケツマニア!」

「てめえはケツ派だと思っていたぜ!」


 何なんマジで。男子と遭遇する度にイジられるんだけど……


 一夜にして恐怖の王の座からケツマニアまで格下げされた感がある。驚きのあまり異世界に迷い込んだ気分だ。

 い…いったい何なんだよ、こわー。


 俺を取り囲んでニヤニヤしている男子の囲みの奥を、こっそりと移動していくアルフォンス先輩の姿を見つけた……


「おい」


 ギクッとすんな。まるで犯人に見えるだろ。

 含み笑いもよせ。もう完全に犯人だろ。


「や…やあ、ケツでかマニア君……」

「またあんたかー!」


 この野郎、たった一晩で俺の性癖を言いふらしやがった!



◇◇◇◇◇◇



 全校生徒からの嘲笑を浴びながらの朝食も心地よいぜ。


 まさか一晩でケツでかマニアのお尻ソムリエになるとはな。オシリー博士って呼んできた奴が一番面白かったよ。

 後で知ったんだけどJ・K・オシリーって実在する人物だったらしい。誰だよお尻の研究者かよ。


「そこの赤いでかケツ」

「それだと俺のケツが赤くてでかいってなるだろ!」


 くそっ、班員まで容赦なくイジってきやがる。


「それで何だよケツのでかい喧嘩屋ちゃん」

「本日の予定をまだ聞いておりませんので。……次に性的な目で見たらぶん殴りますわよ」

「やってみろよー?」


 一触即発の空気の中にロザリアお嬢様の仲裁が入る。


「はいはい、喧嘩すんじゃないわよ。班長はさっさと今日の予定を言いなさい」

「っけ、お嬢様に免じて許してやるが次に生意気な口を利いたらケツ診断百回だぜ」


 おっと意図せずオシリー博士みたいなセリフになっちまったぜ。


「ケツから離れなさいよ。っと、失礼、食事中に下品な物言いをしてしまったわね」

「もしゃ。今日だけは気にしなくてもいいと思うなあ。もしゃもしゃ」

「うん、食堂中ケツの話題でいっぱいだ」


「だとしても引きずられて一緒に下品になることはないわよ」

「待ってください」

「何、お尻?」

「俺からの話題がすべてケツだみたいな思い込みやめてもらえます!?」

「じゃあ何を言おうとしたのよ」

「お尻を下品だという固定概念は誤りです。僕らはみんな母のお尻から生まれてきたのです。お尻はすべての生命の源なのです」

「やっぱりお尻の話じゃない!」

「もう完全にオシリー博士ですわ……」

「リリウス君むかしからお尻には一家言持ってたから」

「昔からのお尻ソムリエではないですの! それでよくもまあ俺は被害者だみたいな面ができましたわね!」


 やれやれ収拾がつかないとはこのことか。

 みんなケツの話題が好きすぎるだろ。いつまで経っても本題に入れないぜ。


「今日は迷宮に潜る予定ですが体調不良の人はいますか? 二名以上いればおやすみ続投。一名なら潜ります。どうです?」


 体調不良なし。お行儀のいい班員ばかりで楽できるな。

 リリウス班けっこういいんじゃね?


「じゃあ10:00時に直通門に集合で。班長からの報告は以上です」


 あ、思い出した。


「……と思わせておいて報告がもう一件」

「どうせ今思い出したんでしょ、変な見栄張らないの」

「へいへい。本日は階層ワープをします。いきなり31から開始なので心の準備は済ませておくよーに」


 班員のみんなから階層ワープって何だよって質問がきたが実際に見た方が早いで通した。空間転移自体は有名で絵本の中の魔法使いはみんな使えるが、実際に使えるやつは存在しないってのが定説だ。

 俺からすればゴロゴロいるのにって感じだけどね。セリード先輩も使えるし。


 午前十時に出発して谷底に刻んだ目印の前で構築した迷宮魔法を発動する。すると渦巻く空間穴が出現した。31層直通のゲートだ。


「じゃあ俺が先に入って安全を確保します。みなさんは30秒したら順番に入ってきてください」


 階層ゲートを潜る。一昨日も来た王の間だ。

 だがナシェカが破壊しまくった痕跡が直っている。砕かれた玉座も羅紗のカーテンも割れた窓さえも以前のままだ。まぁ俺は以前の状態を知らないんだが。


「となると……」


 玉座の影から出てきた豪壮な鎧甲冑を着こんだタイガーマンがハルバードで突きを繰り出してきた。一瞬で間合いを詰めてきた速さには驚いたが……


 突きに対して当たりにいく感じで間合いを詰め、タイガーマンの顔面に拳をぶち込む。牙を折られながらのけぞっていくタイガーマンにはお釣りのフックと顎への膝蹴りも忘れない。

 そして突きに対して当たりにいくとは言ったが実際に当たるとは言ってない。


「へっ、当たらなかった理由が不思議そうだな? だがタネ明かしをする時間はねえ、秒殺させてもらうぞ!」


 けっこう強そうな気配をしている。まともにやれば手こずるんだろうが―――


 全力で殴りつけて肉塊に変える。ガードのうまい敵はガードごと潰せってのはカトリの教えだ。

 バトル時間はおよそ八秒。中ボスならこんなもんだろ。


 ゲートを潜ってリリウス班のメンバーがやってくる。おのぼりさんのようにキョロキョロしてやがるぜ。


「え、本当に昨日の場所じゃない。本物の空間転移ってこと?」

「迷宮に最初から開いている穴を通っただけですよ」

「はへえ……」


 人間ってあんまり驚くと大口開いて「はへえ」なんだな。もう少し気の利いた驚き文句は無いのかと思ったがお嬢様だしいいだろ。変に凝ったリアクション芸は際限がないから漫画家も大変なんだぞ。


 続いてマリア班も入ってきた。絵面はカルガモ親子の大行進だ。


「おー、本当に王の間だ」

「マリア王の間に行ったことあんの?」

「ないけど」


 さすが王だ。どっしり構えている。はへえとは落ち着きがちがうよ。


「やるねえ。けっこう強い中ボスだったのに30秒でしっかり倒してるじゃん」

「あれが強い中ボスならお前は何なの。ラスボスだったの?」


 褒められた、と最初は思っていたが違うらしい。


「屋根の上に五体潜んでる。油断した?」

「マジかよ!」


 窓を割りながらダイナミック入室してきたタイガーマンの首を手刀で押し込みながら両断する。


 そのまま屋根の上に上がって全力で三体の頭部をもぐ。……一体逃したか。


 屋根の縁を掴んで鉄棒の要領で王の間に戻ると明らかに俺の殺し方ではない虎男の死体が増えていた。グラビトンバスターキャノンを使う必要がありましたかねえ。


「お前がクソ強いのはわかったよ。だが竜撃ち用を使う必要があったのかねえ」

「あるわけないじゃん」

「開き直るな」

「兵装の試験運用に来たのにエリクサー病こじらせてんじゃねーよ」


 超が付くほどのド正論で草。

 それよりもだ。


「昨日はこっちを本筋だと思って進んだが玉座の奥にも通路があるっぽいぞ」

「え、マジ?」

「マガジャネス。虎男がそっちから出てきた。」

「マガジャネスってなんだよ。あー、でもこっちが経路だと思い込んでであっち確認してなかったかも」

「はっ、油断したか?」

「どや顔ー」


 変な迷宮だ。別に初体験ってほどではないが珍しいケースばかりが詰め込まれている。さすがは大迷宮ってことか? 別に迷宮のすべてを知ったつもりでいるわけではないがここまでセオリーを外してこられるとな。

 二百年の間に攻略者なしってのも頷けるぜ。


 王の間をじっくり調査した結果四つの抜け穴が見つかり、いわゆる正規っぽいルートは見つからなかった。

 何だろうな、狡猾ではなく厭らしい迷宮って感じるんだ。



◇◇◇◇◇◇



 王の間の調査をする前にリリウスがこんな事を言い出した。


「さっきのタイガーマンの動きがきちんと見えた人は手を挙げてー」


 ロザリアが手を挙げる。

 マリアも手を挙げる。リリアもルナココアも手を挙げる。……ライザもやや自信なさげに手を挙げた。


 他は誰も挙手しなかった。


「じゃあいきなり壁や天井からあれが出てきても一瞬ではやられない自信のある人以外は下ろしてー」


 誰も手を下ろさなかった。だからライザも手を下ろさなかったのは意地で、本音を言えば自信はなかった。


「じゃあ探し方を実演します。空間が歪んでたり実像がブレているところを見つけたらこうやって長柄の得物でザックリと刺します。手応えがおかしかったらそこが次層への入り口である可能性が高いです」


「わあ、思った何倍も簡単……」

「正規の入り口ならね。抜け穴だとこちら側から手を加えて開く必要があるからこうはいかない。でも今は正規の入り口を探しているからこのやり方でいいんだ」


 で、手を挙げた虎男に襲われても切り抜けられる組で調査を始める。リリウスは屋根を探してくるって言ってパルクールな動きで窓の縁を蹴りあがっていった。


 ここでナシェカが提案する。


「赤モッチョはああ言ったけどバラバラに分かれて調べる必要はないよ。二人一組とかで安全に探そう。つか絶対そっちの方がいい」


 ってことになったライザはマリアと一緒に探すことにした。一番怪しい玉座の辺りを探す。まずは羅紗のカーテンを引きちぎり、隠れられそうな場所を可能な限り減らしていく。

 そこでライザは素直に聞いてみることにした。


「本当にさっきのウェアタイガーに勝てますの?」

「やってみないとわかんないと言いたいところだけど正直自信はないねえ。リリウスは一瞬で首を刎ねてたけど、あれで甘く見ちゃうとやばい相手だったよねえ」


 マリアがへんにょりと緩い表情になる。負けるかもーって感じだ。


「でも瞬殺はされないと思うよ。一秒でも時間を稼げばナシェカが助けてくれるっしょ」

「そんな考えで手を挙げましたの?」

「別に悔しくないわけじゃないよ」


 ライザが言い過ぎたと思って謝罪する。

 まだ実際に戦ってもいない敵にこの時点で負けるかもって思っている。それはもう敗北宣言に等しいし、マリアだって何も思っていないわけがない。


 何も思わない子がここまでの技能を習得できるわけがない。岩肌みたいに固くなったマリアの手は積み上げてきた自信と誇りそのもので、ライザは初めて握手を交わした日に同士だと感激したのだから。


「奇襲を凌いで間合いを切っての立ち合いまで直せたら絶対に負けない。そのつもりで手を下げなかった。ライザ、あんたは?」

「当然、私だってそのつもりよ」


 調査の結果は芳しくなかった。

 襲撃者も現れず、何も見つけられず、マリア達が調査したところをナシェカが再調査して空間の抜け穴が見つかるというひどい徒労となった。


 だがそれでも紡いだ言葉と確認し合った想いが無駄になるわけではない。


 リリウス班とマリア班の12名は玉座の裏の抜け穴を潜り次なる階層へと降り立った。

 マリア班 4/42位

①狂戦士班長マリア(前衛・将軍A-)

②殺害の小悪魔ナシェカちゃん(万能・空母EX)

③デスきょの姉御エリンドール(後衛・魔導師D+)

④何も持たぬ者ベル君(中衛・剣士D-)

⑤狂犬ココア(前衛・剣士AA)

⑥アルフォンス先輩(前衛・剣士C+)


 バランスとは何だろう?という大きな疑問を呈する班構成。ほぼ全員が先頭でガンガン戦うタイプのフルアタッカーの中でエリンちゃんだけ孤立しているぞ。バックアタックはどうするんだ? 死ねと言うのか?

 ベル君が貧乏くじを引いて直掩に回るか、みんなの頼れる兄貴アルフォンスが守りについてくれるかでエリンちゃんの生存率が大きく変動する。ココアは宛てになんないぞ。

 ハッキリ言って深層で戦うちからの無い班構成だ。一部が変に強すぎるせいで順調に中層を抜けられてしまうせいで死地に飛び込んでいる感じがする。

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