おやすみの日② 男には男の世界がある
証言者其の一 リリア・エレンガルド少佐
リリアはリリウスとは長い付き合いだ。彼の恋愛観を知るにはそういう女性からの証言も必要だと言い張ってみた。
「そういう話なの?」
「そういう話です」
「そういう話ではあるのよね。お嫌ならお嫌だと仰いなさいな、マリアはロザリア様で―――もが!」
「どうしてライザさんの口を押えたの?」
「あははは、何でもないですよー」
元からなのか悪影響か、マリアが段々とナシェカに似てきている。
そして練兵場の真ん中。助っ人組のご厚意で学生に稽古をつけてやってる場所からリリアを招聘する。
話を聞いたリリアは最初から大喜びだ。マリアは感じていた。リリアからは恋愛の好きそうな香りがしていると。
「そういうことならリリアお姉さんにお任せを! なにしろ私はリリウス君に手解きをしたこともあるの!」
「思ったよりででかい情報が出てきた……」
「人選を誤った感があるわね……」
「手解きってなんの手解きなの?」
「そりゃあもちろん男女の作法といいますか、女を喜ばせる手管をですね」
「リリアさん待って、そこまでのものは求めてないから」
さすがのマリアも止めた。それ以上はマリアにとっても刺激が強すぎるからだ。
でも後でこっそり聞こうと思っているのである。
「リリアさんって赤モッチョの元カノのお友達なんだよね。そっちを話してくんないかなあ」
「ファラのこと?」
「あー、あの女かー」
ロザリアが知ってる反応だ。
「どういう女性なんですか、今は何をしているとかも教えてほしいなー?」
「いまはイース財団の総帥をやってるよ。イースの女総帥を聞いたことない?」
「知りません」
「ファラ・イースと言えばけっこうな有名人なんだけどねえ。冒険者の王レグルス・イースのひ孫にして世界一の大富豪なんだけど」
「レグルス・イースのひ孫さん!? レグルス・イースって実在したんですか!?」
「あー、そんな感じだー」
「ごめんなさいね、マリアは世間知らずなの」
「ぐぬ、馬鹿にしてるー?」
「レグルス・イースが実在の人物なのを知らないなんて世間知らず以外の何物でもないわ。ドルジアの誇る大英雄じゃない」
「ちなみにまだご存命だよ?」
「そうなんだ……」
「ファラがどういう女かって話だよね。気位が高くてつっけんどんで他人を寄せ付けない人柄だね。辛抱強く付き合わないといいところがワカラナイけど一旦懐に入ってしまえば優しいところもあるし、脆いところもあるから可愛く思えちゃうんだ」
「なるほど」
「あぁわかりました」
「なっ、なんで御三方ともこっちを見てなるほどなの?」
お前とタイプがそっくりなんだよ、とは言うに言えない三人であった。
「基本的には人間嫌いなんだけど一度愛すると決めたら炎のように情熱的でね、全身全霊で愛するっていう重々しいタイプだねえ」
「まさか別れた理由って?」
「重苦しくてリリウス君から逃げ出しちゃったんだ」
「あー」
マリアが青空に描いたリリウスの笑顔に敬礼する。あいつも苦労してるんだなあって感じだ。
マリアがメモを取る。
「気位が高くて情熱的な女が好き。ただし重い女は苦手」
「彼、軽薄そうですものねえ。押しつけがましいのは迷惑に思ってしまうのでしょう」
「あっ、愛って迷惑なの?」
「加減によりますねえ」
「武と同じですわ。全力でやると壊してしまうでしょう? 何事も手加減というものが必要なのです」
戸惑うロザリア。ライザから恋バナの波動を感じているマリア。その気配を察して言わなきゃよかったって後悔するライザたち三人娘が次なるターゲットに向かう。
◇◇◇◇◇◇
証言者其の二 レリア・スカーレット・ジーニー
「現在進行形でリリウスが熱烈に口説いてる女性と言えばレリア先輩は外せません」
「外せ!」
レリアが怒鳴り返してきた。
可愛い。照れて……いるわけがなかった。可愛い。
「リリウスの女の好みを探っているんですけどご自身のどういうところが好かれているのかしゃべってください」
「それ自分からしゃべったら馬鹿女だろ。お前ナシェカに似てきたぞ?」
「え、本当ですか!?」
「嬉しいのか……」
「マリア、あれは見習ってはなりませんわ……」
「本当にね……」
レリアへの取材はできなかった。本人が拒否るのでは仕方ない。
ただ一言「女なら誰でも口説くだけだ」という納得のお言葉だけをいただいた三人娘が次なるターゲットを目指して歩き始めた。
◇◇◇◇◇◇
証言者其の三 アルフォンス・ラインフォード伯爵家長子
「男性からの意見も必要だと思うんです。そこでこの御方、伝説の八股事件を起こしてリンチされた経験もある恋愛の達人アルフォンス先輩をお呼びしました」
「やあ、君達も私の毒牙に掛かってみないか?」
そのセリフ超しっくりくる!って素直に驚く女子三人である。
なんならリリウスの上位互換なのではと納得の人選である。
「まあ冗談は置くとしてリリウスの恋愛観を知りたいと。面白そうだ、協力するよ」
「わあ、頼りになるぅ」
高笑いをするアルフォンスはマジで頼りになる先輩だ。ここで面白そうって言ってくれる人なら全力で面白くしてくれるにちがいないからだ。
で、ここまでの色々を説明してみる。すべてを聞き終えたアルフォンスの冷笑には凄まじい頼もしさがある。
「レリア様は女なら誰でも口説くと言ったのか。それはないな」
「ありませんの? 女好きで知られる彼ならそういうこともありそうに思えますのに」
「無いよ。女好きだからこそ必ず拘りがある。そうだね、食事と一緒なんだ」
三人娘が戦慄する。食事に例えようとするアルフォンス先輩は伝説の八股男なのだ。女性なんてその日の食事感覚で口説くのだ。
すごい説得力だ。こと恋愛に関しては右に出る者がいないまである。言動からそれがドバドバ出ている。
「私にも君達にも好きな物嫌いな物はあるだろ? 好きな物は毎日でも食べたいし、嫌いな物はなるべく手をつけたくない。当然の心理さ。この例で言えば先のレリア様の発言は愛に飢えた恋愛弱者の思考だ。お腹が空いたから目の前にあるものなら何だって食べるという困窮した考え方だ」
説得力がすごい。
「だが彼はちがう。彼はその日食べるものを選べる立場にある男だ。それほどにシタの肥えた男に拘りがないはずがない。好みは確実に存在する」
「先輩いまの……」
「マリア君、そこから先は言わない方がいいよ?」
舌と下をかけたジョークである。乙女なら気づいても気づかぬふりをするのが正解だ。だが本当に気づかないのは落第だ。
「彼の今までの女性遍歴を辿れば導き出される答えもある。君達が探るべきは傾向だ」
「なるほど」
「やはり気位の高さかしら?」
「ライザさんはどうしてこっちを見ながら頷くの……?」
三人娘がこれまで集めたデータを基にあーだこーだと言い合っている。それを微笑ましく見守っているアルフォンス先輩は大人の男だ。それはもう楽しんでいる。
で、結論みたいにマリアが言う。
「やっぱり鼻もちならない高慢ちきな女性が好みなのかなあ」
「マリアさん、だからどうしてわたくしを見つめながら言うの?」
(やれやれ、女性にはわからないものか)
男性と女性では生存戦略が異なる。種を撒く者と種を育む者ゆえに何を尊ぶかもちがえば、何を大切にパートナーを選ぶかも異なる。
異なる考え方を有する男女がくっつくのなら不和は最初から起きている。妥協や我慢なくして男女の仲は成立せず、我慢の限界点をこそ破局と呼ぶ。
真の意味において女性の考えは女性にしかワカラナイ。であるからして男性の考え方も男性にしかワカラナイのだ。
◇◇◇◇◇◇
夕食時、食堂でリリウスの姿を見つけたアルフォンスが長テーブルの対面に座る。まあ慕ってくれている方なのでしっかりと挨拶もしてくれる可愛い後輩だ。
「ちわ。一人メシなんて珍しいっすね」
「悪評轟けども私と火遊びをしたいという子は多いからね」
アルフォンスは伝説の事件をやらかしたクソ外道であり学院一の有名人と言っても過言ではない。282期生の女子が入学した時に最初に言い含められたのがアルフォンスへの警戒であったという面白いネタまである。
そんな彼だから逆に密かな人気がある。特に田舎から出てきた子に多いのだが、八人もの淑女を手玉に取ったその手腕を味わってみたいという火遊び願望があるようだ。
それと伝説の事件の被害者たちも互いに互いを監視しながらも密かにアルフォンスとの関係を続けているのだ。その内刺されますよってリリウスも何度も助言しているクソ外道なのだ。
そんなアルフォンスが何気なく尋ねてみた。
その反応がこれだ。
「アルフォンス先輩とは必要ない話だと思いますがね」
「気になったからにはハッキリさせておきたいじゃないか。憶測と本人の証言ではだいぶちがうだろ?」
「そりゃあそうですがね。俺とアルフォンス先輩は好みが似ているんだよなあ」
噴き出してしまった。
「正直だね。私に狙われるのが嫌か」
「一穴主義者ではありませんが好んで他人の食いかけを選ぶ特殊な趣味はありませんよ」
「その点においては私と君は異なるな」
「そこ同意しておいて安心させるところー」
アルフォンスが苦笑をし、つられてリリウスも苦みたっぷりの苦笑を浮かべる。お互いにエスプリの効いた会話よりも直球を投げ合う方が楽しい相手だ。
「レリア先輩イイっすね」
「うん、最高にイイよな?」
「こうして話のわかる先輩だからこそ言いたくないんですがね」
「まあ観念して明かしたまえよ。で、どんな女が好きなんだ?」
「ケツとタッパのでかい女っすね」
真実は一つ。性格とか地位とかましてや気位なんてどうでもいい。
ブラジル感のあるむっちりしたケツと身長のある女が好きなだけだ。




