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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
課外実習編
195/362

帰ってきた問題児たち

 トレーラーに任せようと考えていた迷宮言語魔法式の解析はナシェカに任せた。比喩でも冗談でもなく量子演算ユニットを複数基積んでる女だ。原始的な魔法文字の解析くらい簡単にできちまうんだよ。


 王の間の壁から進めた推定32層の攻略は途中で断念した。環境が面倒なのと疲れていたので後日に回す感じだ。任せていた解析が終わったのもある。


 開いた帰還ゲートで戻れたのはグラッツェン表層『八ヶ巣穴』だ。仕組みとしては単純で迷宮が空けた抜け穴の通行権利ってところか。


 迷宮の外、と呼ぶには早計だが谷底は仄明るい夜になっている。午後七時半に相応しい暗さと明るさだ。


「これがアシェラなら無理やり最下層へのゲートをこじ開けちまうんだろうが俺では到達階層までが限界だな」


 これまで通ってきた階層には俺の魔法力が微かにだが残っている。この残留魔力を通じてゲートを選定しているので、未到達階層には行けない。知覚外の存在に通じる抜け穴を見つけられないって考えが近い。正しいではない。


「アシェラ? また女の名前ね」

「お嬢様、女神様をオンナ呼ばわりはやめましょうよ、アシェラ信徒に聞かれたら撲殺されかねませんよ。宗教勢力に俗世の立場は通じませんよ」

「うぐ、気をつけるわ……」


 マジで気をつけてくださいよ。悪徳信徒クラスが本気になると俺でも防げないから。あいつら誘拐と洗脳のプロだから。

 目の虚ろなお嬢様の態度が従順になってて、ふとした時に一人称がボクになってるとか怖すぎるからな。


 空を踏んで谷底を出て、大外壁の内部にある練兵場に降り立つ。

 迷宮騎士団はいい立地に住んでるな。迷宮アタックし放題だ。やはりドゥシス候のような大金持ち貴族は最高だわ。……ドルドムのクソ立地と比べたらね。


 課外実習では班長は迷宮探索から戻ったら教員に報告する義務がある。その際に引率を同行させ、幾つかの聞き取りがあるらしい。

 だがまずはメシだなーって思って食堂に行くと助っ人組と教師陣が酒を飲んでるじゃんよ。大人の特権か、ずるいぜ。


 パインツ先生が俺に気づいた。おい、夜中にデビルに遭遇したパンピーのような驚き方はよすのだ。


「まさか今の今まで迷宮か?」

「そうでーす。マクローエン班第三ピットより帰還しました。到達階層は32層未到達領域。班員に負傷……」


 食堂の端っこでちびちび飲んでるリリアに目配せする。よし、怪我人なし。


「負傷者なし! ほうこーく、終わり!」

「ナシェカ班帰還。到達階層は同じく32層。ナシェカちゃんには傷一つありませーん!」

「お前班長じゃねーだろ」

「まあまあ、ナシェカちゃんの安否は世界の趨勢よりも気になっていただろうし」


 みんな、世界の趨勢にもう少し興味を持ってくれ。


 報告を受けた教師陣がフリーズしている。やはり古い世代の人類はOSから古いのだろう。ガタがきてやがる。


「……第三ピットの32層、未到達領域だと?」

「はい」


 酒杯を取り落すほど驚いているけどこの人は俺のことをどれだけできない奴だと思い込んでるの? やっぱ登校拒否が長かったせい?


 パインツ先生の隣で飲んでいたグラッツェン大迷宮騎士団の団長さんが事の真偽を疑う目つきで問い質しにきた。


「あの下水道エリアから次層への降り口を見つけられたというのか? マップはつけてあるかね?」

「正確に言えば27層の上層街エリアから王城までショートカットしました。空間穴のおおよその位置であれば説明できると思います」


 団長さんがうなる。


「短縮路の噂は絶えずあったが実在したとはな。詳しく聞かせてくれ」

「じゃあ私がマップを書きますよー」


 ナシェカが拡張空間から方眼紙を取り出して手で線を引き始める。

 定規いらずの精密な手つきで27層と推定30層のマップを描いていく。早すぎて早送りを見ている気持ちになるわ。


 地図を描いたことのある人ならわかってくれると思う。正確にまっすぐ線を引く技術。記憶を掘り起こして絵にする難解さ。眼前の光景だとて余計な物を省いて地図に仕立てるのは難しい。

 それをこれだけ早く描けるのだ。演算宝珠多数積みは伊達ではない。むしろ無駄遣いだ。情報支援戦艦に地図書かせてるんだぜ、どう考えても用途がちがうわ。


「これが31層か。随分と小さいが30層の1フロアではないのか?」

「空間に隔たりがあったので次の階層であると判断してます。解釈は任せますけどナシェカちゃんは中ボス部屋だと思ってまーす」

「何が出た?」

「全員が虎人族のいわゆる英雄級剣士が五体。一体は装備が派手だったんで将軍的な存在だったんじゃないかなー?」

「手強かったかね?」

「そこそこですねー」


 察した。この聞き取りは長くなる。必然的に俺達の晩御飯も遠くなる。つーか食堂の人帰ってるじゃんよ。


 そろそろ午後八時になる食堂で鍋を振る救世主の姿がそこにはあった。


「リリウスー、塩辛いのをくれー!」

「こっちもー!」


 俺達の晩飯なんだよ。引率組がツマミを要求するんじゃねーよ。



◇◇◇◇◇◇



 報告と食事を終えたマクローエン班プラスワンが寝室に戻っていった。いやそっちは練兵場だろと文句をつける気はない。あいつらは何度注意しても聞かないし門限や消灯時間なんか屁とも思っていない問題児だからだ。

 やつらは問題児だ。学院のルールなど屁とも思っていないし教師をワーカーとしか考えていない敬意を持たない連中だ。しかし高すぎる実力だけは無視できない。


 いま食堂の会話は迷宮騎士団の団長がリードしている。


「して、彼らの実力は実際どうなのかな?」

「報告は虚偽だと?」


 答えを求められたリリアが酢のようにきつい紹興酒のショットグラスを飲み干す。迷宮都市からは富が生み出され、各地の富が集まってくる。南の大帝国の酒などはここいらでは高級品扱いだ。

 高級だからうまいのではない。だが高級だという事実で己を満足させてしまう心働きもあり、帝都から来た御客人はこれが気に入ったようだ。


「こちらで行った聞き取りの限りではほぼ確定で27層までは到達している。実際にあの場に行った者でなければわからない空気もあるからな。……だが現状は限りなく行ったと思われるどまりだ。実力が確かであれば報告にも信憑性が生まれる」

「そういう話であれば。実力でいえば私よりは上でしょうね」

「帝国騎士団長直属の精鋭部隊の方よりもか。学生も侮れぬものだな」


 ここでプリス卿が口を挟む。


「俺の弟分だからね。その程度はむしろ当然だよ」

「卿は彼らとは?」

「随分と長い付き合いだ。俺のセルジリアとリリウスのマクローエン、ロザリア姫のバートランドは最近では特に仲のよい家なのでね。本家のご当主様からもよくよく気にかけてやるようにと命じられている」


 プリス卿が琉国産の酒に手をつける。途端に表情がひどいものになり、なにこの酒マズ!ってなってる。

 彼は馬鹿だし上司からの命令を聞くしか能のない歯車人間だけど正直者なのだ。


「あの三馬鹿が嘘をつかないかと問われればけっこう嘘をつくと答えるしかないが、精々が俺を落とし穴に落とすためだったり変な物を食わせようとするだけで、命に関わるような性質の悪い嘘は言わないよ」

(落とし穴……? リリウス君に落とされたんだプリス卿……)


 プリス卿は三馬鹿から舐められている。


「短縮路の発見は大きな功績だ。彼らの奮闘には報奨金で報いるとしよう」

「そうしてやってくれ、学生生活は何かと物入りだ。大喜びするはずだ」


 口治しに水を飲んでるプリス卿が、苦い顔をしているパインツ先生に水を向ける。


「先生、報奨金も立派な収穫だ。成績に加味してやってくれ」

「むぅ……」


「到達階層での加点も配点を見直すべきだ。頑張って32層まで進んだ班と5層で帰ってきた班の点数が同じというのはおかしい」

「私の一存では決めかねる事柄ですな」

「学院生の実力向上はガーランド閣下のご意向でもある。そちらにも苦労はあるだろうが学生の努力を無為にしないでやってほしい」

「しかしですな」


 渋るパインツに団長さんも口を添える。


「短縮路の発見は第三ピットの攻略に大きく貢献する吉事。報いてやってくだされ」

「努力に対する報いが充分ではないのは大人の世界では当たり前だ。だが頑張った子供を褒めてやらないのはおかしいじゃないか」


 団長さんとプリス卿が結託して攻めてくるのでパインツ先生も困った困った。……リリウスが嫌いだからイヤだと言えるわけがない。


「それとも彼らに対して何か含むところがあると?」


 言えるわけがない。


 プリス卿はどう見てもリリウスに肩入れしている。変にこじれたら出世に響く。次期学院長の椅子が遠のくのはイヤだ。主に給与面の理由で。


「……すぐに検討いたす」


 パインツがこう答えた瞬間に迷宮探索初日の順位が大きく変動した。



◇◇◇◇◇◇



 課外実習における評価項目

①個人評価20/20日(P評価)

②班別到達階層評価、1階層毎に3点(D評価)

③探索成果による班別相対評価42中の順位を基に加算 (R評価)



 寄宿舎二階の談話スペースに昨日の成績が貼り出されている。


第一位 マリア・アイアンハート(P20、D33、R41、規定外評価-20)計140点

第一位 エリンドール・フラオ(P20、D33、R41、規定外評価-20)計140点

第一位 ベル・トゥルーズ(P20、D33、R41、規定外評価-20)計140点

第一位 アルフォンス・ラインフォード(P20、D33、R41、規定外評価-20)計140点

第五位 セリード・デュナメス(P15、D33、R42、規定外評価-20)計136点

第六位 バイアット・セルジリア(P13、D33、R42、規定外評価-20)計134点

第七位 ライザ・シェルバレット(P5、D33、R42、規定外評価-20)計126点

第八位 ロザリア・バートランド(P4、D33、R42、規定外評価-20)計125点

第九位 ナシェカ・レオン(P0、D33、R41、規定外評価-20)計120点

第十位 リリウス・マクローエン(P-10、D33、R42、規定外評価-20)計111点

第十一位 クロード・アレクシス(P20、D6、R40)計78点


 掲示板を確認している連中のどよめきが聞こえる。


「上位の成績が狂ってやがるな」

「規定外評価のマイナスって消灯時間ぶっちして外に出てたやつらだろ。マイナス20を背負っておいて上位独占とは……」

「D評価って到達階層だよな。33層っておかしいだろ、うちの班なんて十五時時点で五層だったぞ」

「どういう手品だ? クロード会長の班でさえ六層なのに……」


 どよめきは驚愕と不正を疑うものだ。俺も同じ気分だ。

 途中で帰ったマリア班の四人が同率一位なのは不正だろ。頑張ったのは俺とお嬢様とナシェカなのに……


「納得いかねえ」

「納得いかなぁ~~~~い!」

「ばかね、P評価を考えれば当然じゃない」


 ちなみにP評価は探索における優れた行動や班への貢献を数値化したものだ。33層到達が一切考慮されずにマイナス10を食らってる俺が可哀想すぎる。


「リリア、これはひどくない?」

「班長のくせに班員に独善的な強行軍を強いたよね? 班長のくせに班員に帰還を丸投げして勝手に進んでいったよね? 騎士団でこれをやったら減俸どころか降格ものだよ?」


 うぐぅ……

 たしかにやらかしたけども。


「それでも深層到達の功績があるし」

「だってそれ私見てないし。置いていかれたし」


 正論すぎる。


「あのねえ、監督役を置いていっての深層到達なんて普通は虚報扱いだよ。これでも感謝してほしいくらいなんだから」

「感謝はし辛いけども」

「まったくもう」


 納得はできない。だが評価とはそういうものだ。冒険者の世界に頑張ったde賞は存在しない。結果がすべてだ。

 今回は依頼人の求める仕事ができなかった、自分達の都合を優先して依頼を放棄した。それだけのことではある。……せっかく頑張ったのにとは思うがね。


 だがまだ挽回は可能だ。最初は十点までの配分だったはずの到達階層評価が大幅に引き上げられているのは良い感じだ。誰だか知らないがナイスプレーだ。

 挽回はできる。そう、マリア班を蹴落とせばね。


「しかし何でまた個人別順位なんだよ。最終的には上位五班に景品なんだろ。最初から班別の順位でいいじゃん」

「う~~ん、まだ言っちゃいけないんだよね」


 何かあるという疑惑が確信に変わった瞬間である。

 サプライズ要素ありの順位競争か。学院側もトコトン競わせるねえ。


 掲示板から少し離れて談話スペースで立ち話をしているとクロードがやってきた。


「D評価がすごいことになっているな。いったいどうやったんだい?」

「俺とナシェカで全力ダッシュした」


「まともな答えは期待していなかったが想像の何倍も筋肉で解決していたね。33層まで全力ダッシュで往復してきたとはね」

「いや、往路だけだ。復路は帰還ゲートを開いた」

「それは次元迷宮のようなすぐに帰れる仕掛けのこと? そんなのがグラッツェンにあるなんて聞いたこともないが」

「迷宮の機能に介入して強制的に開いたからな。言っておくが技術を明かすのは不可能だぞ、精霊眼とアシェラ神殿の英知が必要になる」

「ああ分かった分かった。いつものリリウス以外には不可能な変な技ってことだろ」


 よくおわかりで。アシェラの英知に触れることはアシェラ信徒にしかできない。精霊眼はかなり特殊な先天性才能だ。俺のように後天的に手に入れる方法もあるがとても難しい。多くは神殿に伝わる秘儀であり高位の神官にならなくては機会さえ与えられない。


 そして食堂での一斉朝食。別に班ごとに分かれて座れなんて言われてないがみんな自発的に班行動している。連帯感が生まれつつあるな。


 俺も班長としての責任に基づいて発言する。


「本日の探索はお休みだ。昨日は無理をしたからな、今日一日はリフレッシュに使ってくれ」

「毎日あの調子なら煙草の煮汁を飲んで倒れようとしていたところだ」


 セリード先輩が大人ジョークだ。

 医者を騙したい時は本当に急病になる何かを服用するらしい。領主からの徴兵とかね。


「エレンガルド卿にお尋ねしたい。リリウスの判断は課外実習としては問題はないので?」

「問題ないよ。課外実習の目的が学院生の実力向上であったとしても毎日潜れなんて言いやしないよ。助っ人であると同時に評価者である私達はむしろ無謀な迷宮アタックを止める立場にあるから、今回だけはリリウス班長の判断を支持するよ」


「今回だけってなんだよ」

「次も支持できる判断をくだしてくれるといいなー、と思いつつも難しいだろうなーっていう諦めの気持ちの表明」


「へいへい、じゃあご期待に応えないように英断を心掛けるよ」


 本日はおやすみだ。

 暇つぶしがてらにトレーラーで解析情報の組み合わせを試行しようかな?

 リリウス班 2/42位

①つよつよ班長リリウス(前衛・戦士EX)

②燃やすことしかできないロザリア(後衛・超魔導師EX)

③亡命魔族のセリード(後衛・魔物使いAAA+)

④喧嘩屋ライザ(前衛・戦士A)

⑤聖騎士リリア(前衛・剛剣士AA)

⑥デブ(中衛・魔法剣士D+)


 班員の大多数が英雄級というスペックで殴るタイプの班構成。性能で選んだ結果班員六名の内五名の頭が弱いという異常事態。デブ、お前だけが頼りだ。

 なおデブが仕事をしようがしまいが成績は変わらない。 

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