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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
課外実習編
193/362

第三ピット『亜人王国』② 真実はいつもその背中に

 炭鉱エリアの続く第三ピットをロザリアお嬢様を抱き抱えたまま進む。出てくるのはコボルトが多い。何故か炭鉱夫のようにツルハシとかシャベルを装備しているのが気になるところだ。

 コボルト奴隷を働かせる炭鉱ねえ。おとぎ話の魔王の配下かよ。


「亜人王国っていうかケモノ炭鉱って感じねえ」

「ちょっと可愛いですよね!」

「可愛い……?」


 女子の感性に迎合しようとしたが首をひねって不思議がられてしまった。ツルハシを振り上げて襲ってくるイヌ科の亜人が可愛いわけがないだろって反応だ。……言っておいてなんだが同感です。


「そういえばあんたって昔から小動物好きよね」

「お嬢様は小動物も好きだったような気がしましたが?」

「ここまで大きいと可愛いじゃなくてキモいのよね」


 二足歩行の小汚い大型犬だ。メルヘンフィルターを通さないとホラー生物だわな。まあ獣の聖域では普通にしゃべる奴らが暮らしているけどな。

 そんなことを知らなきゃ気持ち悪いから殺せる。人間なんてそんなもんだ。


 第12層から霧に包まれた針葉樹の森にエリアが変わる。

 第17層から霧に包まれた枯れた森にエリアが変わる。


 第23層から古めいた市街地にエリアが変わる。木材とモルタルで作られた貧相な町、砂塵の舞う此処には住人はおらず、操られた屍のようにワータイガーがうろうろする死者の町だ。

 此処こそが亜人王国と呼ばれる理由。亜人の死骸がうろつく死の王国だ。


 霞む向こうに浮かぶ丘上の街並みと王宮はエリア外らしい。近づこうとしても近づけないそうだ。……ショートカットできるって噂もあるらしいが今回はやめておこう。


 モンスは進路上のやつだけ踏み砕いておく。都市区画に跨ぐように次のエリアへと飛び込む。24、25、26……


 27層に到達すると先ほどまで走っていた貧相な町を見下ろす丘上の町となった。水路っつかお堀か、外壁の上に作られた町を駆け抜ける。


「もしかして下のって?」

「ええ、さっきまで俺らがいたところです」


 駆け抜ける俺らを追ってくる連中がいる。速度を長距離向きに抑えてあるとはいえ俺に追いつける時点で異常な身体能力だ。

 街路に築かれたバリケードから飛び出してきたワータイガーの兵隊四体を瞬時に制圧してまた走り出す。


「アンデッドではなかったわね」

「どちらにしたって迷宮のオモチャです。こいつらにとっては生も死も生まれつき抱えている状態異常でしかないんですよ」


 進路を塞ぐバリケードの前に布陣する二個小隊が遠間から魔法攻撃を放ってきた。

 よける必要もないが俺に当てられる腕前でもない。加速でよけきると魔導兵が抜刀。魔導剣士隊だったわけだ。


 五指に形成した五本のオーラブレードですれちがい様に全滅させて、バリケードを蹴飛ばして破壊してまた走り出す。


「不思議、まるで敵兵の侵攻を防ぐような動きだったわ。迷宮ってこういうものなの?」

「珍しいゾーンではありますね」


 またバリケードと兵隊の封鎖ゾーンだ。今度はやらせてというのでお嬢様に任せたら炎鳥を召喚してバリケードごと焼き払ってしまった。


 面白いな、一応ここがグラッツェン大迷宮二百年の歴史における攻略最前線なんだが一発かよ。

 ここの敵は頭の弱いアンデッドでも弱卒でもない。一兵一兵が騎士クラス。もたもたしていたら警笛で仲間を呼んで大量のエリート獣兵が集まってくる難関だ。加えてこいつらは俺達トールマンよりもフィジカルに優れた亜人兵だぞ。魔法鳥の体当たり一発で消し飛ばせるのはおかしいんだ。


 炎鳥が空中をサーマル飛行しながら地上の獣兵を炎の砂礫弾を蹂躙する。齢十六の少女がこれを操るとはバートランドはイカレてるぜ。


 炎鳥が矢を射かけられているが超高温の魔法生物だ。矢なんて届いても痛くもかゆくもなさそうにクチバシから大型炎弾を発射し、尻尾からは拡散レーザーのような砂礫弾を放っている。……これだけの実力がありながらエストカント市ではホームレスとはな。


「ねえ、あそこに見える王宮ってこの調子でいけば30層とかになるのよね?」

「そう考えてショートカットしようとしてきた連中なら今までもいたらしいですよ」

「できなかったんだ」

「そのようです。何らかの抜け道があるにせよ、地図のある内は地図に従った方が楽だと思いますよ」


 地図上にある赤丸に囲まれた民家を見つけた。ドアを蹴破って民家に押し入る。敵の姿はなし。階段裏の地下階段を下りて積み石の地下室を進む。……魔力の流れを感じる。こっちか?


 地下室の壁の一部が崩れていて、そこにさらに下り階段がある。地図の書き込みどおりならここが次層への入り口だ。


「ここが?」

「ええ、そのようです」

「最初にここを見つけた人の頭ってどうなっているのよ……」


 同感です。世の中にはどういう頭をしていたらこんな発見をするんだっていう不思議な発見が溢れている。これもまともな頭をしている人間からすれば偶然の産物で片づけるしかない不可思議の一つなのだろう。


「案外休憩できる場所を探していて偶然見つけただけかもしれませんね」

「そうね、わたくしだって休息には見張りが一人で済む地下室を選ぶわ」


 うわぁい、囲まれて詰むか毒ガスでひっそり殺されそうだ。お嬢様に休憩場所を選ばせてはならないと固く誓ったぜ。


 地下室の階段を下りて28層へ。

 これは下水道か? 澱み汚れた汚水がブーツのつま先よりも高く広がる下水道につながっていた。


「これは……」

「好んで進みたくはないにおいね」

「ええ、まるでいつぞやの……」


 頭を殴られたわ。


「まだ何も言ってないのに」

「言おうとしたじゃない! そんなにくさかったの!?」

「冗談ですよ冗談。一旦戻りましょう」


 迷宮とはいえ汚水の中を歩きたくはない。メタンやら何やら汚れた空気は病魔を呼び込む。何より28層だ。これより先に地図は存在しない。第三ピットの実質上の最下層の理由はまさかこれじゃねえよな?


 他の冒険者までも俺と一緒で汚水を嫌がったとは考えにくい。グラッツェン大迷宮に潜り続けた冒険者のすべてが汚水に敗北したとは思いたくないが、人類の生存に適さない環境に倒れた可能性は否定できない。


「よし、ショートカットを探しましょう」

「たしかにくさかったけど諦めるのが早かったわね」

「お嬢様が俺を担いでくださるというのであれば我慢しますよ」

「うん、ショートカットを探しましょう」


 またブーメランが刺さってる。職人芸を越えて重要無形文化財だ。


 市街地を封鎖するバリケードを越えて街中を走る。目指すは霧の向こうに浮かぶ王宮だ。警笛が鳴り響き、次々と集まってくる亜人兵を蹴散らしながら進むもやはり王宮へはたどり着けない。

 やはりたどり着けない仕組みだと納得するしかないのか?


「あれに見えるはまぼろしの一種、絵画に描かれた絵の中の城なのでしょうか?」

「そうじゃないと祈りましょ」


 かなり走ったところで気づいた。前方に壊れた民家があるが、あれはさっき俺が破壊したやつじゃないか?


 空間が閉じている。迷宮ならよくある現象だ。そもそもここは迷宮コアの生み出した固有世界のような場所だからだ。……アホくせ、迷宮に空気に酔っていたのかよ、こんなん空間系術者である俺が真っ先に気づかなきゃいけなかったのによ。


「あれって、そうよね?」

「空間が閉じていますね。継ぎ目を見つけて解呪を試みるつもりですがダメだったら帰っていいですか?」

「そんなに嫌なのね」


 苦笑するお嬢様だってお嫌でしょうに。下水道はね、精神的なハードルがね、うん無理。


 自分の家のトイレ掃除ですら嫌なのに下水道を歩くなんて絶対にイヤだ。腐臭のする澱んだ沼地を歩くのは許容できるが、下水だけは嫌だ。

 笑うなら笑え。これが特級冒険者だ。これが冒険者の頂点だ!


「作業に集中したいので襲撃への警戒はお任せします」

「……へ?」


 お嬢様がきょとんとしている。

 まさか働きたくないとは言い出さないよなあ……


「お嫌だというのなら無理をしますが……」

「嫌なんて一言も言ってないじゃない。やるわ!」


 今度は逆にやりたそうだ。わからねえ、年頃の女子の心がワカラナイ……


 なぜかやる気満々のお嬢様が魔導知覚を広域展開し、護衛としてフレイムサーヴァントを呼び出す。二十体近く呼び出せるってんだから魔法制御技能は素晴らしいな。


 俺に背を向けたままぽつりと呟くのは、俺宛てではない独り言なんだろうな。


「……信用できないから任せてくれないのだと思っていたわ」


 聞かなかったフリをするべきか、安心させてあげるべきか。

 わからない。わからないさ。いつかこの御方の前から去る俺に…何を言えってんだよ……


 魔導知覚を開く。眼とは別のもう一つの眼を開くような感覚だ。

 迷宮内の濃密な魔力に阻害される魔導知覚はぐちゃぐちゃだ。人界のような美しい流れもなければ自然の生み出した奇跡的なラインもない。

 むせ返るようなちからが地面からグツグツと煮え立ち、不自然極まりない波動があちこちからやってくる。


 この眼で視ればわかる。ここは迷宮コアという怪物の胃袋の中なんだとな。

 整理された術式など存在しない。異界の言語のように馴染みのない、この迷宮が勝手に作り出した独自言語による指示式があちこちに溢れかえっていて気持ち悪い。この中から空間を閉ざしてループさせている指示式を探すなんて川底から砂金を探すようなもんだ。


「でも下水は嫌だ……」

「帰るという選択肢もあるわよ」

「やる前からやる気を挫かんでくださいよ」

「じゃあ頑張ってね!」


 よし、やる気が出てきた。英雄足る者は少女の願いで奮起するんだよ。


 魔導知覚を広げて市街地エリアの掌握をしていく。違和感のあるコードを覚えておいて、別のコードの意味を知る手掛かりにしつつも空間の継ぎ目を探る。


「ねえ、空間が閉じているって具体的にはどうなっているの?」

「どうやって実現しているか、実行できるかを置けば基礎理論は簡単です」


 地図を四枚用意して其々AAA、BBB、CCC、DDDとする。

 これをこうやって重ねる。


  BBB   DDD

 AAA CCC


 閉じた空間ってのはこうなっている。

 そして空間の継ぎ目とはここら辺を指す。分かり易いように地図に矢印も引く。


  BBB

  ↑ ↓

 AAA CCC


「本当に簡単に説明するわね。Aを移動していたら矢印の地点でBに移動するのね。同じようにBからCに移動し、CからDには行けない。空間が途切れているから」

「はい。CからはAに戻ってしまうんです」

「なるほど、これが閉じた空間の正体。この制御を担っている術式を破壊すればいいのね?」

「パーフェクトです」

「むふー!」


 得意げになってるね。可愛いもんだ。


 実際の動きとしては術式コードを取得する。第三ピットのダンジョンコア独自の魔法指示式の現物だ。こういうものをコツコツ集めて後でトレーラーの演算ユニットに解析させる。上手くやれば空間転移の座標を割り出せる。


 ローゼンパームの王都地下迷宮のような帰還ゲートを開けるし、任意の階層へ転移ゲートも作れる。これはアシェラの悪徳信徒やウルドやテレサの使う技だ。

 可能か不可能かで言えば可能というだけで、実際にはできない可能性も何割かはあるんだがな。収集情報に転移につながるコードが含まれているか否かが懸念となる。


 まあ、なんだ、この事実が指し示すのは迷宮コアがどうしても殺したい侵入者を殺すために特別に強いモンスターを送り込む経路があるってことだ。コアからすれば育った作物を刈り取るような気分なんだろうぜ。


 迷宮について知れば知るほど気持ち悪さが勝り、だが生み出す利益のために離れられない理屈もわかる。

 誰かが決断しなければならないとは思わない。

 今はまだ決断をする気もない。滅びが約束された一時の繁栄を尊ぶこの世界からダンジョンという名の脅威を消し去り、富と資源を奪い去って衰退させる気はない。……アシェラが言ってたよ。


 迷宮との共生関係を辞めた人類はゆっくりとモンスターに押し負けていく。

 百年や二百年の話ではないが、千年後には別の種族が支配する世界になっているってな。


 これが何の話かって? いつもの豆知識さ。



◇◇◇◇◇◇



 王宮エリアに横たわる躯は侵入者の足跡のように点々と残され、反響する悲鳴とビームガトリングの射出音は今もなお戦闘が行われている証であった。


 ワータイガーの近衛兵では侵入者を抑えることはできない。魔法行使を封じられ、なむなく挑んだ接近戦では近寄ることもできずにひき肉にされる。

 侵入者が鼻歌混じりにゆうゆうと王宮を闊歩する。その姿は女王のようと表現してさえ無理解だ。


 その姿は愚かな王に神罰をくだしに来た女神のようである。だがそのように露骨な世辞を言えば彼女ならセンスがないと笑い飛ばすのだろう。


 機械神ナシェカが王宮を蹂躙する。何者も彼女の脚を阻むことは敵わない。

 そして今王宮の奥深くに存在する巨大な門の前に立った。


「ふーん、電磁波による簡易解析が反応ロストか。ここだね」


 可視化光線の帯では門は存在している。

 だが解析の結果は何も存在しない反応を示している。それどころか、この先には何もないという反応だ。放った電磁波が反射してこないのだ。


 門を潜る。開けるのではない。衝突するように潜り、次のゾーンへと侵入する。

 踏み入れたのは王の間。落ち着いた色合いの絨毯は王道で、真っすぐに歩めば空っぽの玉座がある。


 王も忠臣も兵もいない王の間で、ナシェカの掲げたALTライズ・ブラストガトリングが銃口から唸りを挙げる。

 玉座は瞬く間に打ち砕かれ、無残な石くれへと変わり果てた。

 ガラス窓も、羅紗のカーテンも、壁も、床も、何もかもを乱暴に打ち砕く。王への敬意なきこの行いを咎める者さえいない。……本当に?


 ならばナシェカのこの行動は何だ? 隠し通路でも見つけようとしていると?

 そんなわけがない。何事もスマートに済ませる彼女はこんな行動をする時は、きまって何者かを挑発し怒らせようとしている時だ。


 王の間を蹂躙しながらゆっくりと歩くナシェカがある地点まできた時だ、王の間の壁から鎧甲冑をまとった虎人族の戦士が飛び出してきた。

 戦士は怒りに耐えて潜伏し、ナシェカが背を晒した瞬間に感情を解放して襲いかかったのだ。


 獣の雄たけびと共に振り下ろされた戦斧の一撃を、ナシェカはホバームーヴで回避する。

 回避と同時に虎の戦士の膝を撃つが理不尽なまでの速度で回避された。……計測した速度は音速を凌駕している。


「へえ、早いねえ」

「ぐおおおおお!」


 憤怒に身を任せる虎の戦士とハンドガンに切り替えたナシェカが近接戦闘の間合いで戦う。音を置き去りにして銃撃と斬撃が交差する。


 完成された戦士の技は美しい。そして此処に完成した戦士が二人、互いを食い殺さんと命を奪い合う。ゆえに二人は美しい。戦いの後にどちらかが醜い躯を晒すことになるのが惜しいほどに。

 だが戦いは必ず終わる。狡猾な者が勝利する、それは闘争の箱庭のルールだ。


 王の間の打ち砕かれた窓から四人の虎人族の戦士が飛び込んできた。凄まじい速度での四つの斬撃がナシェカへと吸い込まれていく。


「仕留めたつもりなんだ?」


 ナシェカだけが加速する。正常な時を置き去りにして超加速したナシェカの姿は残像を残して玉座まで向かい、その動きに対応できなかった五人の戦士はナシェカの残像を切り裂いた体勢のまま、死の恐怖を宿した眼で玉座の上に浮遊する機械の女神を見つめている。


 彼らは迷宮の操り人形なれど、わかってしまったのだ。

 初めから勝機などなかった。ただ遊ばれていただけなのだと。


「バイバイ虎ちゃん、高レベル戦闘の経験値をありがとう、楽しかったよ」


 銃口が唸りを挙げる。怪物の咆哮のように解き放たれたビームガトリングが超戦士どもをひき肉へと変えていった。


 戦闘終了。ナシェカが二ヵ所に視線を向け、解析波を放つ。

 増援の出現した窓の向こうはハズレ。最初の虎人族の戦士が現れた壁は当たり。こっちが次のゾーンへの入り口だ。


 ふと警笛の音色が聞こえてきた。鳥声のように甲高い音色が眼下の町中から聞こえてくる。

 この遠間から霧に包まれた町から誰か一人を見つけるのは難しい。


 だが目印のように空中を舞う二羽の炎鳥を見れば、その直下に何者かがいるのは容易く想像できる。あれほどド派手な華炎鳥を操る者は知りうる限りにおいて一人しかいない。


「あ~あ、来るのが遅いとは思ったけど連れて来ちゃったんだ。置いて来ればいいのにねえ」


 大型ビームライフルを構える。狙いは……

 あの空には一ヵ所だけ空間穴がある。悪意の通用路とでも呼ぶべきそこへとビーム砲を通す。


「気づくかな?」


 気づけないようなつまらない男なら置いていくまで。


 だが気づいた。わざわざド派手な大型砲を通してやっただけはあって、町中から飛び出してきた男が空を踏んで階層境界の抜け穴を通る。……その腕に赤毛の少女を抱いて。


 舌打ちが出た理由は考えない。意味ないから。


 ナシェカはずっと考えていた。あの男の超越者のちからは何のためにある? 足手まといを囲うためか、その全てを注ぎ込んでようやく足りる偉業を為すためか。


 あの男がこちらに気づき、空を踏んでやってきた。

 軽やかなものだ。背部バーニアも搭載していない生物が天狼のように空を歩いてやってくる。


 王の間に降り立ち、「助かったぜ」なんて気さくに手を挙げている。同じように親愛を示してやるのは簡単だ。


 キリングドールは観察を得意とする。親愛を示されたなら同じ分の親愛を示してやることもできる。愛されたら同じだけ愛してやれる。ターゲットの表情と動きを模倣して鏡写しに返してやれば喜ぶって学んできた。

 愛を囁き、油断を誘い、その背に刃を突き立てるのを得意をする。


 だから油断したその背に銃口を突きつけるのも簡単だ。完全に虚を突いた。だからリリウスの背に緊張が走り、顔は強張ったまま動きもしない。


「……わりぃ、俺なんかしたか?」

「何もしてないよ」


「じゃあこれは何のマネだ?」

「何もしていないのが原因なんだよ。私ね、まだ見せてもらってないの」


 ビームガトリングが唸りをあげる。スーパーボールみたいに部屋中を逃げ回る男が大事そうに抱え込んだ足手まといの女の子に狙いを定めてビーム弾をばら撒きまくる。

 反撃の隙は与えない。転じた瞬間に殺してやると殺害の光を撒きながら機械の女神が嗤う。


「口だけの男なんて要らないよ? 優しいだけで決断できない男も要らない。ガレリアを倒すなんて大口を叩くのなら欠片くらいの非情さも見せてよ」


 ナシェカは知りたがっている。

 己のすべてを賭けた男に本当にその価値があるかを、ずっと知りたがっていた。

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