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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
課外実習編
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第三ピット『亜人王国』① 過去、それは置き捨ててきた物と捨てられない執着を指す

 第三洞窟ピット『亜人王国』


 入り口からして狭い洞穴のここは俺の背丈では屈んで進まないといけないほど天井が低く、横も狭い。

 どう考えても戦闘に向かない狭さの第三ピットを進んでいく。エンカウントは今のところゼロだ。


「狭いわね。ずっとこうなのかしら?」

「しばらく行けば広場のような場所に出るようですね」


 目算だが直線距離にして30mで広場に出た。だが広場っていう言葉のイメージから想像できる大きさではない。炭鉱夫数名が其々の持ち場で鉱石を掘っても肘がぶつからない、その程度の小部屋だ。

 人の背丈ほどの大きさの段差を飛び降りると別の部屋だ。こっちは大きめだ。


「これは本当に炭鉱なのかもしれませんね」

「そうね」


 木製の足場が組まれている。トロッコの線路の跡のような残骸もある。かつての炭鉱跡を吸収した迷宮なんだろうな。


「このレールは引っぺがして持ち帰っても数日以内には元通りに戻ってますよ」

「それって冒険者の収入源になるって話?」


 豆知識です。


 地図はある。内部の様子に多少困惑したが別に初めて見るほど珍しいものでもない。だが進みが遅かったせいで後からやってきたウェルキンの班に追いつかれた。


「何をもたついてやがる。モンスか?」

「いや、ちょっと進みにくくてな」


 炭鉱跡地だけあって通路がとにかく狭い。物陰も多い。迷宮での物陰には嫌な思い出が多いんでどうしても警戒してしまう。

 他にはそうだな。妙に蒸し暑いとか、空気が澱んでいて息苦しいのもある。


 いつになく慎重に進んでいたもんだからお嬢様にも心配をかけてしまったようだ。俺の袖を掴んで見上げてくる。


「ねえ、どうしたの?」

「特に問題はありません。ご心配をかけてしまい……」

「まさか昨夜のお酒が残っているなんて言わないでしょーね?」


 おっと、心配かと思ったら叱責だったか。まいったな、マジで調子が悪いのかもな。


「酒は残ってませんがね、こうも蒸し暑いと足も鈍るってもんですよ」

「たしかに暑いわね」


 迷宮内の温度は体感だが27度前後だ。レギンビーク市近郊はすでにマイナス気温だから余計にそう感じるのかもしれない。


「それに蒸し暑さを勘定してもなお息苦しいと感じませんか。もしかしたら酸素濃度が低いのかもしれません」

「あー、炭鉱だものねえ」


 迷宮の中が必ず人類の生存に適した酸素濃度であるとは限らない。世の中には水の秘薬を用いねばならない水没迷宮も幾つかあるからだ。本当にどうやって発見されたのか謎な水没迷宮には空気がない。

 迷宮は空気の存在する環境をコピーしているだけ、とすれば炭鉱の元々の酸素濃度を再現しているのかもしれない。


「実際のところ命に関わる数値ではないはずです。命に関わる環境であれば地図に必ず記載があるはずですし学院側が周知したでしょう。事前に必要なアイテムを配布しなかったということは探索には問題ない環境ということです」

「……そうね」


 こういう理由で納得してもらったところで仕切り直すみたいに言う。


「少し慎重すぎましたね。ここからはペースを上げていきましょう」

「バイアット、どう思う?」

「リリウス君が多弁な時って何かを隠してる時だよね」


 おい君達、もう少し俺を信用しようという心意気をだな……

 ダメだな、確信している目つきだ。この二人を相手に隠そうってのが間違いか。


「やれやれ、一応怖がらせないように配慮したつもりなんですがねえ」

「知らない方が怖いこともあるのよ。いいから何に気づいたか教えなさいよ」

「さっきからずっと視られているんです。狙いはお嬢様です」

「へ……?」


 第三ピットに入ってからずっとだ。ずっと視線を感じている。肉眼ではない、千里眼のような薄い肌触りの視線が片時も外れずにお嬢様を見つめている。

 いやぁ笑うぜ、お嬢様って昔から変なのに好かれるからな。俺とか。


「ちょっ、ちょっと! 見られているって誰に!?」

「さて誰なんでしょうねえ。千里眼の使い手か死霊か、もしかしたら大錬金術師グラッツェンの怨霊かもしれませんね」

「変な冗談言わないで!」


 お嬢様、ブーメランが頭に刺さってますよ。いやこれは人を呪わば穴二つ的な自業自得なんだろうな。


「やや不気味ではありますが襲ってくる様子はありません。万が一襲ってきても俺が対処します。さあ行きましょう」

「もしゃ。マジじゃん」

「え、ほんとに見られているの? え、嘘でしょ……」

「本当だから言いたくなかったのに。お嬢様は俺の判断をもう少し信頼するべきです」

「そんな話だなんて思わなかったのよ。先にヒントくらい出しなさいよ」

「知らない方が怖いこともあるって言った人に? 無茶を仰る」

「イジワル!」


 マジかよ、この上なく親切なのにね。高笑いをしたくなったぜ。


 高笑いと共に気分を切り替えて、遅れを取り戻すつもりで大胆に進む。人の背丈の段差も陥落もモンスターも何者も俺を阻む障害足り得ない。


 俺の脚は空中を歩く生物のように宙を踏み、時折出てくるモンスターは踏み砕いて進む。地図を手に奥へ奥へと進んでいく。

 当然だが班員がついて来れる速度に留める。荒い呼吸を繰り返しながら必死になってついてくる班員の弱音は聞かない。


「ちょっと! 早いわよっ、休憩しましょ!」

「じゃあマリア班に追いついたら休憩にしましょう。それまではバートランドの意地を見せてください」


 強行軍を強いている代わりに出てくるモンスは全部仕留めてやる。曲がり角の向こうにいるやつも、小部屋に潜んでいるやつも、天井から狙ってくるやつも先に仕留めてやる。


「さあ足を動かしてください。それ以上の要求はしませんよ。冒険者の頂点がどんなもんか肌身に感じてくださいね」

「もー! じつは怒ってるでしょ!?」

「怒ってませんよー?」


 あの程度で怒ったりはしないさ。お嬢様を疲れさせて視線の主の動きを誘おうとは考えているけどね。可能なら浅い階層のうちに仕留めたいからね。

 動かなきゃ動かないでいいけど、どういう反応をするかだけは知りたいからね。


 視線の主に動きはないが、班員のついてこれなくなったウェルキン班からウェルキンだけ付いてきている。バテバテになってるデブを追い越して俺の真後ろについているウェルキンは何を考えているやら。……怖い怖い、まったく考えたくもねえぜ。


 一人だけ余裕でついてくるリリアはさすがに正騎士ってところか。暇つぶしに雑談でもすっかな。


「リリアって俺達の評価をしているんだよね? 評価項目は?」

「秘密」


 話題を広げようとする姿勢を見せてほしい。


「にしといた方が面白いってプリス卿の提案だけど別に秘密ではないんだよね」

「馬鹿って余計なことするよね」

「こら、一応私の上司なんだから悪口いっちゃう悪い子には教えないぞ?」


 一応って付いてる時点で悪口だろ。

 足を止めずに会話を続ける。


「第一の評価項目は個人の探索評価だね。これは探索中に良い行動をした人に加点するの。一人につき一日あたり上限二十点ね」

「長めに活動した方が評価がつきやすいんだね」

「減点もあるよ。特に班員が限界なのに探索を続けちゃう班長は減点だね」

「引き際も大事ってか。そりゃそうだね」

「ちなみに今のリリウス君は減点だよ?」

「ちょっと何言ってるんだかわからないねえ」


 この程度で減点とは温いにも程があるぜ。ルーデット卿なら五体満足のまま走っても訓練にはならないとか言って本気パンチをぶち込んでからマラソンさせるところだ。


「到達階層での加点もあるよ。学院は五階層に到達できれば実力的には十分と考えていて加点はそこまでしか考えられていないけどこれが各自十点になる」

「実習的にはそれ以上に行っても旨味はないわけだ」

「無いと言えばないけど、あるよ?」

「あるんだ」

「第三の評価項目なんだけど拾得物の価値で班のランキングをつけてるの。42班あるから一位になれば各自42点だね」

「それ先に言ってよ。戻って魔石を漁りたくなったよ」

「こうやって情報収集できるかどうかも評価につながるからねえ。あれだけ露骨に順位の話をされていたのに評価項目を尋ねもしないような歯車人間は騎士団としても要らないかなって」


 正しくテスト。正しく課外実習ってわけだ。


「それって毎日点数が付くの?」

「付けるよ。だから一日当たり最大72点ってわけだね」

「最終日を終えた時点で合計点数の一番高い班が優勝で豪華景品ゲット?」

「そうだね」


 リリアが含み笑いをしている。これは何かあるな。


 第七層、第三ピット探索開始から三時間が経過した正午頃。ようやくマリア班に追いついた。ベル君とエリンちゃんがへろへろになって座り込んでいる広場に足を踏み入れて、先行しているナシェカの行方を聞いておく。


「ナシェカは?」

「見つからねえ……」


 マリア班長ががっくし項垂れた。暴走する班員はどこー?って感じだ。

 リジェネーションヒーリングとスタミナポーションまで使っての強行軍の結果がこれだ。マリア班はもう限界だ。


「大迷宮って名前のわりには大したのはいないんだけど、妙に進みにくくない?」

「マリアもそう感じるのか。俺もだ」

「ナカーマ!」

「ガンダーラ!」


 ハイタッチを交わしたマリアの表情が語っている。ガンダーラってなんだ?

 愛の国さ、ガンダーラ。


 座り込んでいる班員に告げる。


「五分休憩! 今夜は迷宮キャンプだからそのつもりで休んどけよー!」

「嘘でしょ、そんなに怒ったの!?」

「リリウス君リリウス君、初日から泊まり込みってのは飛ばしすぎだと思うよ」

「班員の声に耳を傾けるのもよき班長の資質だ。BY俺」


 班員どもの根性が足りない。


「非難轟々だが班長の命令は絶対だ。班長は父、班長は王、班長はゴッド」

「班長はクビよ!」

「おっ、革命ですか? 暴力の時代に突入ですか? いいですよ、ほら来なさいよ、誰に喧嘩売ったか秒で分からせて差し上げますよ」


 今宵のシャドーボクシングはキレがいいぜ。お嬢様も怯むレベルだ。


「僕らの想像をはるかに越えるレベルでリリウス君が怒ってる……」


 デブよ、俺は怒ってないよ。ちょっとだけしか怒ってない。

 俺は真面目に護衛をしているのに変な疑いを掛けて口を割らせた挙句イジワル呼ばわりだぜ。何だよ先にヒントってよ。


「さあ掛かってきなさいよ。救世主と呼ばれる男のナックルがどれだけ強いのか分からせてやりますよ」


「……そんなに怒ってるの?」

「……じつはちょっぴり怒ってます」


 得体の知れないナニカから守ってあげようって時にあれだ。さすがの俺もちょっぴり怒ったさ。


 まあ嫌がらせやストレス発散は置くにせよ、ナシェカのついてこれなきゃ置いていく発言は本気だったようだ。この調子じゃ丸一日潜ろうが追いつけない。こいつらにペースを合わせていてはな。

 仲良しごっこはここが区切りだろ。


「俺とお嬢様でナシェカを追います。リリア、セリード先輩、アルフォンス先輩、みんなの帰路の面倒を頼みます」


 アルフォンス先輩が大きく吐息をつき、頷く。


「いま散々煽ってストレスを吐き出したおかげかな? 余計な一言を入れなかったのだけは褒めてあげよう」

「俺の全力についてこれない雑魚どもは帰ってくださいね」

「催促はしてないよ」


 苦笑する考古工学部メンズである。イラっときている喧嘩屋ちゃんやマリア達とはメンタルの次元がちがうな。


 お嬢様、しれっと帰る側に入ろうとしないの。襟首を掴んで捕まえておくぜ。


「あうー、どうしてわたくしまでぇ?」

「俺の傍が一番安全です」

「まだ見られてるの? もー、本当になんなのよ……」


 荒い呼吸をしながら俺についてこようとしているウェルキンにも一言いっておく。


「ついてきたきゃ来ればいい。だが置き去り前提で走るぞ」

「……その時は置いていけ」


 意地か? 意地だな、意地じゃあ仕方ねえ。

 俺だって意地を通して神々の領域まできた。賢い第三者を気取ってお優しくも引き返せなんて言いやしねえよ。


 男足る者惚れた女のために命を懸けろ。その結果の死は自己責任だが、誰が馬鹿だと笑おうが少なくとも俺だけは尊敬してやる。


「俺はカトリと違って優しく引き上げてやったりしねえ。まず間違いなく死ぬがそのつもりで来い」


 お嬢様を抱き上げて、一足でフルスロットルまで加速する。

 次層へと降りる縄梯子付きの穴に飛び込む。脇目も振らずに前進する。魔物なんぞ気づかれる前に踏み砕いて次の層を目指して突っ走る。……ウェルキン? 知らね。


 別に悪い奴だとは思わねえ。多少ながら友情に近い感情もあったかもしれねえ。だがこのペースについてこれない奴を仲間とは呼べない。

 フェイなら俺の隣を余裕で走っている。ルキアなら仕掛けるタイミングを計ってニヤニヤするし、ウルドなら鼻歌まじりで俺達の先頭を優雅に歩いている。

 手加減する必要があって、たまに振り返って手を差し伸べなきゃいけない奴は仲間なんかじゃない。


 置いていく。今までと同じように、これからもそうするように。

 置いていかれた奴が何を考えるかなんて知ったことではない。歩幅が合わないのなら縁がなかったってだけの話だ。……自己矛盾だな。


 こうして抱き上げた貴女だけは置いていけなかった。とっくの昔に置き捨ててきた過去あなたを大事に抱え上げて足を鈍らせている現状と信条が自己矛盾を起こしてやがるのさ。

 ムカついてもイラっときても時に本当に見捨てようかと思っても、どうしてか赤い薔薇はいつだって俺の目蓋の裏に焼き付いている。



◇◇◇◇◇◇



 ウェルキンは一歩で置いていかれた。走りだそうとした瞬間にはリリウスの背中は消えていて、曲がり角までいってみてもやっぱりあいつの姿はない。


 呆然と立ち尽くし、握り固めた拳を解くまでにどれだけの時間が掛かっただろうか?

 畜生!と壁を殴りつけた拳が痛む。擦り剥けて赤くなった拳を見つめ、思うのは自らの弱さだ。


「俺はどうしてこんなに弱いんだ……!」


 心配して来てくれたマリアに吐く言葉でさえこんな言葉だ。慰めでも期待してるのかよって自分で気持ち悪くなった。


「……どうすれば強くなれるんだろうな」

「あたしウェルキンが訓練してるとこ見たことないんだけど?」

「そうかよ。色々やってたんだぜ……」


 成果もまったく見えないんだけどって思ってるマリアだがさすがにアレなので言わなかった。

 代わりに手を引いて休憩部屋に連れ戻してやった。


「脱落者一名追加~」


 ルナココアがリジェネーションヒーリングを施したサークル内に放り込む。エリンやベルが座り込んでいる場所だ。今はリリウス班の連中も座り込んでいる。


 多少ながら会話のある場で黙り込んだままのウェルキンと流れていく一時間という休憩時間。

 ルナココアとしゃべっていたマリアが立ち上がる。


「休憩おしまい! 野郎どもー、帰るぞー!」

「野郎じゃないけど帰るぞー!」


 マリアとエリンが騒いで帰り支度が始まる。黙り込んだままのウェルキンがまた口を開いたのはこの瞬間だ。


「お前は悔しくないのかよ?」

「イライラのはけ口を見つけたつもり? 自分の班を置いてきた馬鹿に付き合ってやるつもりはねーよ」


 やべー言っちゃった、って思いながらも「まあいいか」で済ませるマリアである。


 情けない男は嫌いだ。ウジウジした奴なんて軽蔑の対象だ。豪快に土下座して「お前に惚れた、抱かせてくれ!」という男の方が好きなのである。……それはもう完全に養父ガイウスだ。

 ちなみに養父と養母の馴れ初めがこれだ。


「悔しいけど今日はここまで。無理しすぎでみんな疲れてる。ナシェカは後で一発叩く。悔しかろうが何だろうがこれが班長の責任なの。ウェルキン、今のあんた格好悪いよ」

「……」


 ウェルキンが再び黙り込んで去っていった。何なんだあいつって感じだ。


「空回ってますわね?」

「自分でもどうすれば解決できるのかわかってない感じですよねえ」


 狂犬ココアがアイロニィな微笑を浮かべる。マリアにはその表情の意味に察しもつかなかったが、彼女もまた支えにしていた心の芯が折れたことがある人だ。


「一度ああなると立ち直るには時間が掛かるわ。でも優しくしちゃダメよ? 優しくするとフラフラとこっちに倒れ込んでくるもの。迷惑でしょ?」

「それは迷惑ですねえ」


 と答えつつも……


(経験談かな? 恋話かな? すごく気になるけど変な男に引っかかってそう……)


 とても興味のある話だが掘り下げるのは今じゃない気がした。


 助っ人のリリアとココアを中核に、欠員の出た二つの班を組みなおして帰路の臨時パーティーとする。帰路はリポップが発生している可能性が高いからだ。


 前衛はマリアとココアでやる。ウェルキンもいるが今は使い物にならない。

 警戒しながらの帰り道にココアがぽつりと漏らす。


「あれはもう人ではありませんわね」


 誰のことだろうとは思わなかった。ナシェカかリリウスか、まずリリウスだろう。昨日のいきなり飛びかかった件と多少の事情は聞いている。因縁があるって程度だ。


「出会った頃より強くなっているって意味ですか?」

「いいえ、気配が人間ではないという意味です」


 そうだろうか、と思いつつもココアは感覚が鋭い人だから自分とは違う視点での話なのだろう。


「マリアはそう感じたりはしないのね。人の形をした彼の中で人ではない大きくて強いちからが脈打つのを感じるの。……いったい何に手を出したのやら」


 そういう話なんだ!ってギョっとするマリアであった。


「出会った頃はちがったんですか?」

「多少の妖気はあれどあれほど露骨な冥王の気配はなかったわね。どこにでもいる才能溢れる年幼い冒険者でしかなかったわ」

「あいつにもそんな頃があったんですねえ」

「ラスト姉様に襟首掴まれて半泣きでふええふええって鳴いていたわ」


 あの話本当だったんだ!って驚愕するマリアである。冗談だと思っていたのに……、ラストさんのやべー奴疑惑が再浮上してしまう……


「当時の彼は変則的なバトルスタイルを使うというだけの冒険者でしかなかった、とは言えないかしら? 実力的には私の方が上だと思ったし勝てそうな気配はあったの。でも何度挑んでも余裕でかわされて、いつだったかは海に突き落とされて岸にも上がらせてもらえなかったわね」

「ひどい」

「ええ、ひどい奴なの。結局波止場を遠回りして浜辺から上がって追いかけたわ」

「追いかけたんだ」


 あいつの話をするココアは何だか嬉しそうだ。マリアの恋話センサーが微かな恋の気配を感じている。本人の自覚のない恋という反応だ。

 なのに複雑そうな表情になっている彼女の現在の気持ちだけが微妙に捉えられない。


「でも今はもう敵わないわね。アビスのような深い虚から邪悪なちからが無限のように流れ込んでいる。まるで別人みたいで最初は彼だってわからなかったわ」


「レリア先輩は魔王の呪具とか言ってましたけど」

「きっと違うちからよ。あれは負の信仰のちから。信仰のちからが流れ込む存在なんて呪物を取り込んだ人間という意味ですらない。あれはその身に神を降ろしたちからよ」


「んー、巫女ってことですか?」

「ええ、冥府の王の依り代というのが正しいわね。でもそれだと香り立つような強い生命の気配の説明がつかないから昨夜からずっと悩んでいるの。冥府の王の依り代ではあの強靭なオーラの説明がつかないわ。だって冥府の王のちからは所有者の生命力を弱らせるもの」


 今度はエリンがギョっとする。デス教徒のくせにデス教徒のことを何も知らない潜りの加護持ちなので仕方なかった。


「あら、知らなかったの? 死を司るちからよ、自分の命だって奪うに決まっているじゃない。冥府の王の加護ホルダーは短命よ。生きて三十代を迎えられる人なんて百人に一人もいないって資料で読んだわ」

「エリン……」

「わたしが儚い……」


 エリンちゃんの未来は暗かった。一人前のデス教徒は昼夜の儀式を経てアンデッドに転生するから暗くて長いのかもしれない。


「じゃあリリウスもすぐに死んじゃうんですか?」

「どうなんでしょう? 内側から溢れ出す死を光が抑え込んでいるんだもの、いったいどうなっているのかわたくしにもわからないの」

「結論わからないんだ」

「結論が欲しかったらアーサーにお聞きなさい。ただ理屈だけで分かる状態とも思えないわね。アンデッドではないわ。でも通常の人でもない。デミゴッド……? まさかね」


 答えを急いだウェルキンが問う。


「うだうだと御託はどうでもいい。教えてくれ、リリウスに勝つにはどうしたらいい?」

「ふふっ、よいでしょう。稽古を付けて差し上げますわ」


 オチを察したマリアが一応とめてみる。


「あの~、やめておいた方がいいと思うよ?」

「いいじゃありませんの。惚れた女のために強大な敵に立ち向かう、男の純情ですわね」

「頼む、俺を鍛えてくれ!」


 そうじゃねえ。ココアに頼んだって強くなれないって話なんだ。

 何故かノリ気の狂犬のせいでウェルキンの迷走が加速する。

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