崩壊の兆し
モーテルでの一夜が明けて、目覚めの一撃はナシェカの踵落としである。
「起きろー」
「ぐふっ」
朝から延髄蹴りはちょっと人としてどうなんでしょうねえ。からのこいつキリングドールじゃんという事実。
パブの二階の個室で目覚めるとすでに女子達は起きていた。
朝から元気だな。救世主さんはまだ眠っていたいくらいなのにな。
「うぉぉぉぉぉ……頭いてえ……」
「調子にのって飲みすぎるから。ほら、水」
「すまぬ…すまぬ……」
「砂漠で水を分けてもらった人かよ」
人体を焼くアルコールから救ってもらった人です。
ああ水が、水が美味い。なにこれめっちゃ美味い!?
「え、普通に美味くね?」
「レギンビークの飲水は瓶入りの魔法精製水だからね。ちょっと値が張るけど格別だよ」
この迷宮都市、貴族のような暮らしをしてんな。
パブを出る。昨夜の記憶がない。え、待って、俺なんでマリア達とモーテルにいんの? もしかして事案?
「正直に答えてほしい。昨夜俺と同衾したって子は手を挙げて」
「記憶ぶっ飛ぶまで飲むなよ」
挙がる手はなし、よって俺の無罪が確定した。
懐中時計を確認する。朝の五時半か。朝サウナにはまだ間に合うな。
「てゆーか君達は身綺麗だね?」
「キャラブレしてるよ。あたしたちは寝る前にサウナ行ってきたから」
「汗かいたまま眠れないよねぇ」
「女子として譲れないよね」
意識高いなこいつら。ちょっとその意識をリリウス君にも分けてほしいところだ。
宿舎に帰る。こっそりと近づいていって、空渡りとジェットブーツで大外壁を越えて練兵エリアに降り立つ。
パーフェクトゲーム。あとは班員に口裏合わせをお願いするだけの簡単なお仕事だ。
あれ、トレーラーのところにウェルキンがいる。体育座りで眠るとは器用な男だ。蹴っておこう。
「どわっ! ナシェカちゃん!」
「目の前にいる俺にも関心を示せ」
「……リリウスも一緒か」
マリアとリリアにも視線を向けろ。こいつの視野狭すぎるだろ。
「あん? 四人で何してたんだ?」
「夕飯食い損ねたから町で食ってきた」
「リリウスだけ酔いつぶれたからモーテルに突っ込んでサウナに行ってきたよねー」
「水風呂もあってけっこう良かったよね。今夜も行く?」
「いくー」
「あのねえ君達、一応門限があるんだけどねえ」
リリアが一応止めてるけど今更感があるな。つか昨夜の記憶がマジでねえ。俺が酔いつぶれた? 嘘だろ、ドワーフさえ吞み潰せる酒豪やぞ。
後で詳しく聞いてみると親父殿の失敗談を披露していたようだ。なら仕方ない、上司の愚痴くらい楽しいストレス解消だからな。俺の中で親父殿は殴ってもいい理由のある愉快なサンドバッグなんだよ。
ウェルキンが目に見えて安堵している。
「お前まさかナシェカが無断外泊したから心配してここで待ってたのか?」
「わりーかよ」
「悪かないが純情すぎんだろ」
しかし高一のメンタルである。好きな子が今頃他の男に抱かれてるなんて想像してみろ、血の涙を流しながら枕に八つ当たりをするぞ。普通は耐えられない。俺も無理だ。……ステ子ちゃんは今頃ナニをしてるんですかねえ?
「まあこの通りだから安心しろ」
「そうだな。そうだな……」
SAN値下がってない? だいじょうぶ?
「散々言ってきたがナシェカはやめておけ。お前に扱いきれる女じゃない」
「それはお前なら扱いきれるって意味か?」
「今まで何を見てきた。俺でさえコロコロ転がされているぞ。底なし沼のごとく総資産の半分を貢がされた俺のようになる前に言ってやってるんだ」
「は? そうなのか?」
「あのトレーラーを見ろよ」
あそこには俺の貢いだ1000億PL分の兵装が詰め込まれている。
現代の価値に換算すると大陸が一つ買えるレベルの財宝だ。そんなもん売ってないし買えないけどな。
「上等な女ほど金が掛かる。女は自分の値打ちを知っているからだ。そういう意味でもやめておけと言っている」
「振り向かせてみせるさ。愛のちからは損得勘定なんかに負けねえって、俺が証明してやる」
かっくいー。でも精神が不安定になってるな。
ウェルキンはおそらく俺とナシェカの関係に気づいている。いっそ公表するか? 正式に付き合ってるって言うか?
アルフォンス先輩の二の舞になる伝説の事件になりそう……




