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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
課外実習編
189/362

レギンビークの夜

 ヽのように隆起して谷底にせり出した岩の上に建つ町へと向かう。町はヾの点の部分にあるわけだ。


 所狭しと密集する建物に囲まれたメインストリート。建物の屋根を渡るみたいに作られたサブストリート。いやはや不思議な構造の町だぜ。険しい崖沿いに作るような木製の桟道まであるじゃねーか。

 浮浪者っぽい座り込みがいないのだけは迷宮都市の良いところだな。裏の仕事を生業にしてそうな怪しい奴らはいるけど。


 荷物持ちというお題目を掲げて付いてきた同行者に聞いてみよう。


「リリア、この町は初めて?」

「何度かはあるよ。案内できるほどじゃないけどね」


 案内できるほどじゃないってのは謙遜だろうな。


「冒険者ギルドは?」

「もう通り過ぎたけど?」

「おっと。先に言ってくれよ」


 珍しいな。資金力と政治力の大きな冒険者ギルドが町一番の目抜き通りという立地を得られなかったのか。


 冒険者ギルドは大通りを戻って町に入ってすぐに脇道に入ったところにあった。二軒続きのビルの屋根を歩いて左手。この六階建てのビルが一軒まるまる冒険者ギルドなんだそうな。


 建材は漆喰とレンガなんだろうがよくこれだけの強度を保証できるな。けっこう崩れているのか? わからん。魔法世界の建築物は謎が多い。

 ただの板に見えても世界樹からの削り出しだと騎士の全力攻撃にも耐えるからな。魔法耐性も高いし。地球の常識を引きずると見た目との乖離に苦しむんだよ。


 エントランスはラウンジになっている。グラッツェン大迷宮を狩場にしている強そうな冒険者どもが一斉に俺らを注視し、そっこーで視線を逸らした。


「新入りへの洗礼って感じだな」

「その新入りがクソやべー魔法力を垂れ流してるから目を逸らしただけだねえ」


 うん、じつはそうなんだ。

 レベル40くらいの冒険者の巣窟にね、いきなりレベル200の殺害の王が入ってきたようなもんだからね。彼らは怯えているんだよ。……直視したくない現実だね。


 ラウンジは無視して一階下りる。ラウンジもそうだったが12m×12mと狭いが、受付とクエストボードのあるいつものギルドの光景だ。


「大迷宮の地図を売ってもらいたい。保有する分を全部だ」


 Sランカーの証をちらり。綺麗系なお姉さんが慌てて立ち上がったね。


 冒険者ギルドの受付嬢は美貌と知性を基準に選び抜かれている。受付嬢が綺麗な方が冒険者もやる気が出るからだ。頼まれると断りにくいからだ。まったくよく考えてるね。


 ちょいと時間はかかったが巻物状に丸めたたくさんの地図を抱えて戻ってきた。


「お待たせしました、これで全部です!」

「ありがとう。ついでに迷宮に出てくる魔物の資料もお願いするよ」

「それはこちらに」


 おっと要望を予期してすでに持ってきていたか。こういう有能なお姉さん達だから好きになっちゃうんだよな。実際高位冒険者と受付嬢のカップルは多いらしい。


「裏取り?」

「おう、迷宮騎士団の資料を疑っているわけじゃないんだが一応な」


 どっかの誰かの作った資料に命を預けるのは馬鹿だ。冒険者ギルドの情報には金を払ってでも取得する価値があるのは冒険者なら身に染みているが、迷宮騎士団とかいう役人にはそこまでの信頼は置けない。

 ここでは購入するだけだ。精査は宿舎に戻ってからナシェカと共同作業だ。奴はこういう地味な仕事にも輝く都合のイイ女だ。


 それなりの金額を支払ってお会計を済ませる。金額は秘密だ。班員にバレたら申し訳ない気持ちにさせちゃうかもだしね。


「リリウス君マジでお金持ちになったよね。お姉さんにも恩恵的な何かはないのかな~?」

「愛人になるなら月のお手当は弾むぜ」

「わるい大人みたいなこと言わないの」


 小突かれたぜ。

 リリアとはこういう関係だよね。冗談言い合って小突き合う悪友みたいなもんだ。なお俺から小突いたことはない。こけたフリをしてパイタッチとかはやる。


 もう一階下に行くとギルド直営の雑貨店だ。こちら側にはもう下り階段はない。カウンターの奥が倉庫で、最下層もまるまる倉庫なんだろうな。

 棚には幾つかの品が並んでいて、足元の木箱にも色々詰まっているがよく頼まれる商品だけ置いてるって感じだ。


 聖銀の冒険者証をちらり。


「キュアポーションとアンチドーテとスタミナポーションを其々木箱でくれ」

「見ない顔だが……、帝都の学生か」


 制服で判断されたか。僻地のギルド職員にしてはいい目だ。


「そういえばドゥシス候の使いがそんな話をしていたな。今日からか?」

「きちんと潜るのは明日からになるな」

「いい心掛けだ、というのは特級には非礼になるな。言うまでもないがギルドの霊薬は魔導協会の基準を満たした高品質品だ。他の学生にも購入を勧めてやってくれ」


 俺が多少割高でもギルドでポーションを揃える理由はこれだ。潜りの魔導師が作った品質の怪しい霊薬よりもきちんと作られた品が欲しい。利く利かないは命に直結するからな。


「グロウアップポーションも欲しい。こっちは三本でいい」

「うん? 用意しよう」

「それとマスクとバイザーを四人分ね。松明を十本、皮に包んでくれ。投げナイフも欲しい、20本は貰いたい」

「おう。他には?」

「今回はこれだけ」


 職員のおっちゃんが奥に引っ込む。注文の品を取りに行ってくれたんだ。

 待たされている間にやるのは雑談だ。


「最近はどうしてるんだ?」

「所属が変わってからあちこち行ってるよ。主に南方戦線かな?」

「大変そうだ」

「そうでもないよ。たまに小競り合いで九割は睨み合いだね」

「その小競り合いって出てくるのは英雄級なんだろ?」

「そこは我らが頼れるプリス卿にお任せだね」


 プリスのあんちゃんは頭は残念だけど戦闘力だけはあるからな。馬鹿じゃなければ24歳の若さで少将になっていた男だ。


 南方戦線の様子を聞いてみる。築いた砦と砦の間で睨み合い。たまに小規模な軍がやってきては……

「やあやあ我こそは王国に名高き覇王剣のバルガである! 一騎打ちを望む者は我が眼前にいでよ。臆するならば砦にこもって震えているがよい!」

 って挑発してくる奴と一騎打ち。倒したら捕虜にして後日身代金と交換という面白い戦場らしい。こういうのんびりした戦場なら俺も大歓迎さ。

 きっと見渡すかぎりが平原ののどかな場所で戦っているんだろうな。


 南方戦線に存在する不可解な新入り入隊の儀式や、夜間にこっそりと砦を抜いて南方の豊かな土地から略奪してくる恒例の作戦『食い逃げ』をやったりと楽しそうだ。


 砦を抜けて帝国に入ろうとする商人から銀貨一枚を懐に入れる制度『僕らの貯金』がプリス卿のご指導の下で公認されているの本気で噴いた。


「本当に楽しそうだ」

「騎士団本部に比べれば天国だよ。あっちは怖い団長様がいるからね」

「言えてる」


 いや~、マジであの訓練きついからな。ある程度の実力に到達すると重しなんかを装着しての負荷訓練に移行しないと意味がないってわかってはいるんだけど逃げたくなるからな。

 ガーランド式訓練は合理的の限りを尽くして凡夫を英雄にする訓練だ。加護やスキルを一切考慮せずに基礎パラメータおばけを作っている。最終的に迷宮に籠らせてレベル100を目指すのはどん引きしたわ。


「リリアって今レベル幾つ?」

「52だよ」


 ひでえ。うら若き乙女に何させてんだよ閣下。こういうエッチに意欲的な美女の使い道はそこじゃないだろ。


「……そういえばさ、ファラはどうしてる?」

「けっこう大変みたい。ほら、イース海運は太陽から出入り禁止くらってるから」


 レグルス・イースにはナルシスとイルドキア暗殺の罪で逮捕状が出ている。太陽における侯爵位の没収に加えて平和喪失刑、所有財産の没収などなどだ。

 イルスローゼ国内の財産の差し押さえは痛いだろうな。豊国ではまだ活動しているが、ウェルゲート海への入海を実質上禁じられている。イルスローゼの蒼海騎士団には平和喪失刑を受けたイース船籍の船を見つけ次第拿捕できる権利があるからだ。


 さらに言えばルーデット家の復権によってトライブ海も航海も怪しくなっている。海洋国家フェスタが牛耳るトライブ海を封じられればイースの大きな取引先である砂のジベールとの行き来ができなくなるんだ。

 これは実質上の中央文明圏との断絶だ。あちらの高価な品を余所に卸す形で築いた繁栄を失ったのだ。


 イース海運が運んできた中央文明圏の品物を中卸ししていた、各国のイース財団傘下の商会が次々と離反している。全世界に覇を唱えていたイース財閥も今や斜陽を迎えているのだ。

 まぁこれは俺でも知ってる程度の情報だ。


「そうじゃなくてさ、ファラ個人の様子だよ」

「手紙のやり取りとかしてないの?」


 うっ、手紙を出しても返事が返ってこねえんだよ。たぶん使用人の段階で手紙が差し止めされている。

 直接会うのも厳しい。イース海運総帥ファラ・イースの傍には常にレグルス・イースとイザールがいる。アシェラの表現になるが対リリウス・マクローエンの釣り餌になっているんだとさ。

 イザールは俺と遊びたがっている。絶対に負けるとわかっていて飛び込む蛮勇は持てない。


「手紙の返事が返ってこないんだ」

「それは使用人に差し止めされてるね。レグルス元総帥の指示だろうなあ」

「だよね」


 新発見。リリアとはものすごく話し易いぞ。精神年齢のせいか昔から同世代よりも少しお姉さんの方が話が合うんだけど、かつては格上女子だったリリアと今はすごく噛み合う。


「慰めてくれる?」

「手解きしてあげた少年がガツガツくる肉食系になっちゃってまあ。いいよ、今夜はリリアさんのベッドに来なよ」


 相変わらず性に緩いのが最高だぜ。リリアってスポーツ感覚で犯るよね。アルテナ神殿でやってる避妊のスティグマを自分で掛けられるから何だろうか?


「わりぃ、今のは冗談だ。今夜は迷宮探索の最終打ち合わせがあるからやめとく」

「根っこはマジメなんだよね。うんうん、そこはイイと思うよ」


 ギルドを出る頃には夕焼け空だ。市内の観光はまた今度。今日のところは木箱を抱えて宿舎に帰る。


 練兵エリアに置かせてもらっているトレーラーに木箱を置こうと思ったら中にナシェカとマリアがいた。マリアが駆け寄ってくる。


「おおー、けっこう買い込んだね。ナニソレ?」

「ダンジョン探索グッズ。そっちは?」


 この問いにはブレードパッケージをいじっているナシェカが答える。


「マリアに新兵器を使わせてみようと思ってね」

「マジで? それ人間も使えるの?」


 ギョっとするマリア。お前自分が使おうとしている武器の説明もされてなかったのかよ。


「使える使える。本来は機械化兵用の武装だけどマリアならいけるっしょ」

「アロンダイク製の外骨格に強化複合弾性金繊維を埋め込んだバトルロイド用の装備が使える乙女とかマジで世界観がやべーな。マリア何者なんだよ」


 ギョっとするマリア。どうやら王の自覚がないらしい。


「平気平気、マリアの運動能力はこれの使用に耐える数値を叩き出してるもん。最悪でも腕が折れるくらいでしょ」

「え、最悪が嫌すぎるんだけど?」

「だから使えるかどうか迷宮に潜る前に試してみようって話じゃん」


「……ぶっつけ本番は嫌だけど腕の折れそうな練習も嫌なんだけど?」

「可哀想だから先に俺が試してやるよ」


 二刀一対のブレードパッケージを背中に装着する。天使の羽のようなイメージでいいよ。無印ウイングガンダムの方が正確だ。

 バイザー型の端末にブレードパッケージ専用のアプリケーションをダウンロード。これで内臓のエネルギー残量の表示と、起動スイッチが手に入った。


 このディノ・ファンデールEXEは超電磁加速抜刀だ。鞘の中で超電磁加速された刀を放つ。すっぽ抜けないようにグリップに拳鰐も付いているが、超電磁加速された長刀やぞ、常人なら腕がちぎれる。リニアレールガンでキャッチボールするようなもんだ。


 練兵場に他に誰もいないのを確認して、何もない方向に振ってみる。


 ボッッ(超電磁加速した刀を振り抜いた音)

 ジャキーン!(大外壁を縦一直線に切り裂いた音)


「……間合いすげーじゃん」

「え、あれ斬ってる? 嘘…壁の向こうが薄ら見えてる……」

「カタログスペックを超えおった。さすが救世主の一撃……」


 ディノ・ファンデールEXEのエネルギーエッジの間合いは40mとあったが明らか倍以上飛んでやがる。カタログ性能より高性能でお得な商品だ。……ちげーわ、俺の超身体能力から繰り出したせいだわ。


 呆然としている俺ら。そして騎士団から派遣されている騎士団の人リリア、つまり公務員。


「リリウス君、ここってドゥシス候の善意で借りている宿舎なの。わかるよね?」

「黙っててくれ」

「ま…まぁ言わなきゃ気づかれないと思うけど」


 マリアのような異常な視覚の持ち主が切れてるという前提で特定の箇所を注視すれば青空が見えるというだけだ。普通に生活している分には誰も気づかないはずだ。

 まぁあの辺りの耐久度は大幅に落ちているだろうし訓練の際に魔法をぶっこんだら崩壊するかもしれんがそれはそれよ。


「リリウス君、貸しにしとくね」

「しといて」


 さすがの俺も軍施設の弁償なんかしたくない。幾らかかるか不明だし、ものすごいお叱りを受けてしまうのは確定だ。何なら退学処分まである。


「じゃあマリアの番だ」

「この流れでやるのぉ?」


 やれ、俺の尊い犠牲をすべて被るつもりで壊せ。

 大丈夫だ、最悪LM商会で雇ってやる。


 このあとマリアは普通に使いこなし、当然だが壁を壊すようなアホなマネはしなかった。


「あははは! これ楽しい!」

「ベルゼルガーが何か言ってるね」

「あいつマジで人間? じつはバトルロイドじゃね?」

「振り抜いた直線上を薙ぎ払う刀とか意味わかんないんだけど誰も突っ込まないの? もしかして若い子の常識なの?」


 あんたまだ21でしょ。世が世なら花のJDよ。


 マリアがすごく楽しそうにブレードパッケージで遊んでいる。オーガに金棒って感じだ。あれを喰らったら俺でも真っ二つになりそうなんだよな……


「よし、今ならアーサー君に勝てそう。ちょっと挑んでくる!」

「ステイステイステイ! マリア、ステイ!」

「待てぃ! アーサー君が死んじゃう!」


 それ盾とか意味ねえから! ATK10000超えの鬼畜兵器だから!


 マリアを説得してからナシェカと俺との三人で軽く模擬戦をやっとく。使えるのは確認したから次は完熟訓練だ。

 十分くらいやったのに俺の二の舞を踏まないマリアの判断力には脱帽だよ。宿舎の壁を破壊して責任を押し付けられるのがそんなに嫌なのか、俺の誘導に引っかかりもしない。


「必ず縦からの振りになるのは痛いね。全力でやらなきゃいけないから連撃も難しいし、二刀目を使いこなせねー」


 口調が砕けているのはマジで使い方を苦慮していて言葉を飾る余裕がないんだろうな。


 そこでナシェカがお手本を見せてくれた。カタリコン社が組んだブレードパッケージ用基本動作プログラムそのままのオートバトルスキルだ。

 三連撃、五連撃、七連撃、十五連撃、マリアが目を見開いて驚愕している。


「ナシェカの本気すげー。え、動きが全然理解できないんだけど、どーやってんの?」

「これ人間には無理だよ。だって人間にはブースターは搭載されていない」

「刀を振る時に追加された超電磁加速を流用すればイケルと思うよ。初撃を放って止める、じゃなくて回転に切り替えて―――こう!」


 剣術という動きへの理解度の問題で俺には理解できねえ。

 しかしマリアには理解できたようで、十五回練習してようやく二連撃に足を踏み出せたらしい。今は三連撃を目指して動きの改良をしている。


 リリアがどん引きしている。


「今の若い子すごいね。お姉さんちょっと助っ人の自信がなくなってきたんだけど?」

「こいつらを基準に考えなくていいよ。ベルゼルガーとキリングドールだから」


 マリアなんか明らかにドルドム迷宮の頃より強くなってやがる。

 楽しそうにしちゃってまあ。俺も強くなるのが楽しくなってきた頃を思い出すな。積み上げた武錬が引き上がる闘争のステージに吊られて開花していくのは、これまで苦労が報われた気がして本当に楽しいんだ。今のマリアもそんな感じだ。


 俺も一手サービスしたくなったな。


「ステキなお兄さんからお嬢さん達に一手サービスだ。剣神の信徒の技を教えてやろう」


 空斬りのガイぜルの使っていたオーラを賦活して量を調節、部分的な強化をやる技なら夏休みの間にマスターした。そいつを見せてやる。


「大量のオーラを肉体に漲らせ、これを血液に見立てて体内を循環させながら意図的にオーラ溜まりを生み出す」


 動く時には脚部全体にオーラを集中。踏み込んで止める瞬間に足元に杭を打つがごとくオーラバンカーを放って緊急停止。流れるようにオーラを動かして全力で攻撃を放つ。この一連の動作習得は俺でも四日はかかった。

 だがマリアには詳細な説明付きだ。輝くような才能もあるしすぐに習得できるだろ。


「わかったか?」

「うん、もう一度見せて」


 何度だって見せてやるさ。……訓練に熱を入れるあまり夕飯を忘れていたことに俺らが気づくのはもう少し後だ。消灯時間! 砦から一斉に明かりが消えたわ!



◇◇◇◇◇◇



「夕飯を忘れた班長がいたらしいな?」

「どの口で言えるんだよ」


 じゃれ合いのような文句をつけながら夜の迷宮都市レギンビークを歩く俺ら四人。気づいたら夕飯どころか消灯時間だったんだぜ。アホすぎんぜ。


「パブだな、パブ、酒とメシ。あー、サウナってまだやってるかなあ……」

「迷宮都市だしね、たぶんやってるよ」


 迷宮都市の冒険者は金持ちで、ついでに普通の人々とはちがう時間で動いている。深夜にも客が来るのなら店を開けるのが業突くな商売人だ。何故なら差別化できるからだ。

 他店がやらないことをやれば特定の客層が釣れる。儲かるならやる。世の中そういうもんだ。


 暗闇に沈む町にも明かりはポツポツある。そういうところを目指せば何かしらの店がやっている。騒がしい声を目指して進めばパブがある。

 見るからに金を持ってる超絶冒険者の俺を見つければ娼婦のお嬢さん方が寄ってくるが、ナシェカとかリリアとかマリアの姿を見ると光に怯える吸血鬼みたいに立ち去っていった。


「リリウスってマジでモテるよね」

「この外見でしょ。お金持ってる高位冒険者なの丸分かりじゃん」


 ナシェカよ、そういう毒舌がユニコーンに嫌われる原因なんだぞ。


 パブのスイングドアを豪快に開く。スイングドアって何だってなると西部劇とステーキハウスでよく見るアレ。


 入店すると酒場内の視線が一斉にやってきて、一斉にみんな背中を向けた。


「みんなわかるんだね」

「私達はもう慣れたけどね」

「リリウス君むかしからこうだったもんね」


 リリアよ、昔のリリウス君は天使だったよ。マクローエンの悪魔ナニソレ知らない。


「エレンガルド卿って昔からの知り合いなんでしたっけ?」

「そうそう。初めて会った時はねえ……アシェラの鑑定師をどん引きさせてたね」

「おい、変なエピソードは避ける努力をしてくれよ」


 興味を持つのはよすのだ。


「それとリリアでいいよ。気楽にやろう」

「じゃあサー・リリア?」

「卿も取ろう。気楽にやろう、舐めなきゃいいからさ」

「リリアはこう言ってるけど舐めたマネすると後が怖いぞ。一線を越えると怖い姉御に豹変するからよ」


「出会ってすぐにおっぱい揉んできた男がいうねえ」

「すまんかった。これ以上はどうかやめて」


 満席の時はガンをくれて客を追い払う。冒険者の常識だ。なおパンピーには手を出さないのも冒険者の流儀だ。

 もちろん酒場には迷惑をかけないのも流儀だ。


 注文がてらウエイトレスには金貨を三枚出してこう言っておく。


「これで店中の連中に飲ませてやってくれ」


 俺の振る舞いで酒場中に酒が追加されていく。ドルジア人の価値観には酒をおごってくれる奴はいい奴ってのがあるからな。みんな笑顔で酒杯を掲げて「ごちになるぜ」ってなもんだ。


 メニューの端から端まで頼んだからな。次々と運ばれてくる。取り皿に料理を取り分けて忙しなく腹に詰め込んでいく。


「いま思い出したんだけど今夜って歓迎会だったよね? 豪勢な料理が出たんだろうな」

「その記憶を今すぐ失え」

「そうそう。マリア、過ぎたことは気にしても仕方ないって」

「てゆーか騎士団の食事に期待しない方がいいよ。品質は酒場と変わんないから」

「そうなんですねえ」


 騎士団のメシはタンパク質と魔素が多い。それだけだ。何より酒が一杯しか飲めないのは問題だ。


 食事の合間の会話は俺達の出会いのエピソード。ラタトナ迷宮に潜ったとかその他色々だ。

 マリアのラティルト迷宮の話はいつ聞いても面白い。迷宮奴隷は面白すぎるだろ。一生ネタにできるぜ。


 次々と運ばれてくる料理を詰め込んでいく。やべえ、ちょっと頼みすぎたかもしれん。

 しかし食う。次の皿を置く場所のために皿を空けねばならない。デブ助けて。不思議なちからで友の危機を察して。


 リリアがマリアとしゃべってる。


「そっかそっか、マリア・アイアンハートか。ラムゼイさんの娘さんだよね?」

「お父ちゃんのこと知ってるんですか?」

「恩人でね。昔お世話になったことがあるんだ」


 マリアが感心している。あの顔はお父ちゃんやるじゃんって思ってそう。

 からの一転して不安そうな顔つきになった。


「えっと、まさかとは思うんですけど愛人なんかでは……?」

「あははは! ちがうちがう、だって当時の私はまだ八才だったよ。そういうのじゃないから」


 目に見えて安堵するマリア。お前の親父も女癖が悪いんかいって感じだ。


 まぁ調べたぜ。ラムゼイ・アイアンハート。極北の剣聖。凄まじい強さで将来を嘱望されていたが上官の妻と娘を親子丼して騎士団を追放された男だ。資料読みながらマジ笑いしたわ。

 その後はイース海運警備部に所属。総帥付き護衛官としてキャリアを積み、退職後はギデオン子爵領の開拓村で駐在騎士になる。現在に至る。……経歴は真っ黒だ。


 マリアがこっちを見てる。何も知らずに気楽なもんだ。


「なに難しい顔してんの?」

「いや、ファウル・マクローエンの華麗なる浮気生活について興味はないかと思ってね」

「うわぁ、聞きたいような聞きたくないような」

「じゃあ語るか。奴のよく使う手なんだが持病で苦しんでいるフリをして女の家に上がり込むんだ」


 親父殿の技は古いが長く使っている分磨きに磨き抜かれている名刀だ。

 引き際の見極めも押すべき瞬間の見極めも神懸かっている。イケると思えば一瞬で押し倒して熟練のテクでメロメロにする。我が親父ながら奴はすげえよ。春のマクローエン家子弟大集合、大ナンパ大会で真っ先に町娘を落として。


「なっ、こうやるんだ」

 ってウインクして俺らに格の違いを一発でわからせた猛者だ。


 あれはすごかったぜ。俺はひたすらアルドの面倒を看てて、噴水で読書するファウスト兄貴の周りにはハトのように女子が群がり、バトラとルドガーだけマジメにナンパしてたな。ラキウス兄貴? 不参加だったよ。


 クソみたいな笑い話で楽しいお酒。まったく最高だぜ。

 その頃の親父殿、うちの息子とフラオのご令嬢が婚約したって社交界で言いふらしている。

 よほど嬉しかったらしくリリウスとエリンちゃんのタキシードとドレスの予約をして、式場も抑えている先走りぶりである。

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