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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
課外実習編
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課外実習① ウェルキンは薄々気づいている←

 グラッツェン大迷宮の発見は約200年前と言われている。追放者にして大錬金術師、偉大なるダンジョンマスター・グラッツェン氏は犯してはならぬ罪を犯してエルダートアを追放された。

 飲水にさえ困る不毛の大地へと追放されてはさしもの大錬金術師と言えど死は免れぬ。と誰もが信じていたのだが万民の願いは破れ、グラッツェン氏はその後もここより南に37キロ下ったところにある町で目撃される。


 当時の町民の話によればやけの羽振りのよい男だったらしい。時折ふらりと町を訪れては金を惜しまぬ遊興ぶりを見せたそうな。そして帰りには三台の荷馬車が満載になる量の品を買い漁り、二台の馬車一杯に奴隷を詰め込んで北の地へと帰っていったそうな。

 怪しいとは思われなかったらしい。金払いのいい客は大歓迎だったそうで、町の娘達はこぞってグラッツェンに媚びを売っていたようだ。


 この怪しい男グラッツェンを受け入れた町は潤い始めたが、それがいけなかった。追放者の分際で慎みを忘れたグラッツェンらしき男の噂はエルダートアまで届き、氏の討伐がために軍が差し向けられた。

 町から住処への帰り道を軍に追跡され、この谷を下りていくところで氏は軍の追跡に気づいた。谷を下りていく氏の足元に映った日陰で気づいたのだ。


 グラッツェン氏は逃げた。馬車を置き捨てて自分だけで谷底へと逃げていった。

 軍のその後を追いかけていき、氏が飛び込んだ洞窟へと魔法を撃ち放った。哀れな末路を遂げた大錬金術師グラッツェンの亡骸を晒し者とするために洞窟に入り込んだ軍は、一向に見つからぬ亡骸と次々と湧き出てくるモンスターにもめげずに懸命に探すもグラッツェンの死体はやはり見つからない。

 調査の時を経て軍はようやく気づいた。ここがダンジョンであると。


 煙のように消えてしまった大錬金術師の行方を、迷宮の発見という吉事が大いに覆し、この谷の直上に迷宮都市が築かれる運びとあいなった。


 この時より200年の時が流れ、迷宮都市レギンビークの冒険者ギルド掲示板には今も大錬金術師グラッツェンの手配書が張られているのだという。


 大錬金術師グラッツェンはアンデッドと成り果て、今も迷宮を彷徨っているらしいのだ。……まぁよくある怪談だわ。

 うちの実家にもあったよ。深夜に俺の部屋に忍び込んだ使用人が影も残さず消える的なしょーもない怪談がね。その部屋で毎日寝てた俺が無事なんだよ! 誰だよあの変な噂流した馬鹿!



◇◇◇◇◇◇



 描写が面倒くさいことこの上ない危険な立地のレギンビーク市は谷へと突き出た岩塊の上にある。これを岩だと言えばさらに想像しにくいと思うが実際岩なんだから仕方ない。


 もう色んなことを諦めた上で表現すると瀬戸大橋のような大きな掛け橋の上に町があると想像してほしい。そして対岸まで届いていないのだと修正してほしい。これが空から見ると大きな鷹のクチバシに見えるんだってさ。

 なんでこんなところに町を建てようと思ったんだか小一時間問い詰めたい気分だ。


 ぜってえ井戸掘っても水なんて出ねえじゃん。むしろ井戸掘ったら崩壊して町ごと谷底に落ちていきそうじゃん。下水だってどうしてんだよ。もー!


「もしゃもしゃ。どうしてリリウス君は怒っているの?」

「自伝に書く時苦労しそうだなって」

「もしゃ。そんな理由で町の歴史にケチつけてたんだ……」

「もう写真載せるわ」


 表現を諦めた瞬間である。ウルドがどのくらいの美少女かを伝えるために描写盛り盛りにしてリテイク喰らって写真載せた時くらい諦めた。王都ジャーナルの編集長が写真集の出版許可を取りに来た時は笑ったわ。……あの後俺どてっ腹を射られたんだよね。


 レギンビーク市へと到る経路のすべてを物理的に防ぐ大外壁がある。これが迷宮騎士団の宿舎だ。正門ではドゥシス候直属の迷宮騎士団が総出でお出迎えしてくれた。

 課外実習ご一行様の責任者であるパインツ先生が下馬して騎士団のお偉いさんと握手しているぜ。


「三の回りの間、お世話になり申す」

「主命に沿うまでのこと。ご活躍を期待している」


 挨拶はあっさり終了だ。ドルドムがダメになって急遽代わりの迷宮を探したってことだし、ドゥシス候から突然命令されて迷惑なんだろうな。


「ところで教諭殿。あれに見える鋼の塊は軍の新兵器かね?」

「……そんなような物です」


 パインツ先生が苦々しい顔で説明を投げ捨てたぜ。


「詳しく尋ねたいところだが学生には長旅の疲れもあろう。宿舎への受け入れに入りたい」

「であれば。クロード会長、頼めるかね?」

「はっ」


 クロード会長と生徒会で宿舎入りが行われる。

 砦の機能を有する大外壁内の厩舎エリアに馬を入れていく。ほぼ空っぽの厩舎が埋まっていく。約400騎でこれなら500騎を収納可能な施設なんだろうな。


 トレーラーは仕方ないので大外壁内の練兵エリアっぽいところに置かせてもらうことになった。スペースが他になかっただけだ。


 厩舎エリアから石の階段で二階へとあがると狭い通路の両方に扉が埋まっている。それを見ている俺に忍び寄る不穏なパインツ先生。


「個室は六人部屋の編成となっている。生徒マクローエン、何故だかわかるか?」

「ドゥシス候の迷宮騎士団では一個分隊が六人編成なのでしょう」

「…………」


 正解って言えよ。どや顔で問題出したのに正解されてしまいましたって言えよ。

 言わないと煽っちゃうぞ?


「これはっ、あまりにもダサい!」

「ぶほっ!」

「ダサッ、これはダサっ……!」


 おっと17キルだ。先生の道化ぶりのおかげで笑わせスコアが稼げたぜ。


 そんな間にも真面目に仕事をするクロードが練兵エリアまで戻ると宣言をし、階段までぎゅうぎゅう詰めの生徒たちが元来た道を引き返す。伝言ゲームみたいに「戻るぞー! 道を開けろー!」って言いながらだ。

 二人ですれちがうのも片方が譲らなきゃいけない狭さの廊下だ。200人の学生の移動は大変だ。


 練兵エリアで整列し、壇上のクロードが将のように命じる。


「では諸君、まずはここまで同行してくださった白角隊に感謝を!」


 大声の感謝が一斉に飛び交う。照れがなくなってきた、というか早く終わらせたい一心でのヤケクソっぽいお礼だったぜ。


「俺からも一言。レギンビークまでの長旅お疲れ様! おっと、まだ気を緩めるなよ、まだ言わなきゃいけないことが山ほどあるんだ」


 この場で仮の六人一組を作り、班長を決めること。男女で別れる必要はない。


 学院生は宿舎の二階エリアを使え。部屋数には余裕が僅かだがあるが僅かなので協力し合って使うように。部屋が決まり次第班長はクロードの下に出頭。毛布などの生活雑貨の配布に加えて宿舎施設の説明がある。


 その後は自由時間であり行動は制限されない。町に上がるもよし、パブで一杯引っかけるもよし、ただし日暮れまでには宿舎に戻っているように。

 行動は制限されないが先走って迷宮に潜るのだけは禁止させてもらう。冒険者ギルド等での情報収集は問題ないが、明日にも迷宮騎士団の資料閲覧の時間を取るので益の多くない行動であることは始めに理解しておくように。


 翌朝七時にこの練兵エリアに集合。遅刻者の出た班にはマイルズ教官によるしごきが待っている。……ってのは初耳だったのかマイルズ教官が苦笑している。クロードなりのユーモアってわけだ。


「では本日はここまで。みんな、お疲れ様!」

「「会長、お疲れ様です!」」


 溜めに溜めた鬱憤を全部解き放つみたいなお疲れ様が叫ばれ、六人一班を作るために動き出した。男子のグループは女子を誘いに行き。女子のグループはアーサー君のところに殺到し……


 なんだぁ、アーサー君が女子に埋もれてやがる。秒で見えなくなったぜ。

 あの羨ましい騒ぎを尻目にお嬢様が言う。


「ふーん、男女同室なんだ」

「騎士団に入ってからも男だの女だの言ってられませんからね。設備の整った帝都の騎士団本部なら別々の設備を整える余裕はあっても戦地では無駄な労力です」


 よくある男女のいざこざを避けられる意味でも無駄な労力ではないのだが、あんまり重要視はされていない。


 こうやって無駄なおしゃべりをしている間にも六人組が決まっていく。五人組のところもある。


「この班って迷宮に潜るチームよね。こんな勢いで決めてしまっていいの?」

「これに限って言えばどうでもいいと思いますよ」

「???」

「クロードは仮の班を作れって言ってましたよ。まぁなんだ、素人揃いの一年生だけの班なんか学院側も作りたくないはずなんです」


 ようやくお嬢様の眼にお察しの輝きが。


「なるほどね。正式な班分けには学院側の意思が働くのね」

「その通りです。おそらくは教員及び帝国騎士団員、白角隊から一名。二年生からも一名ないしは二名。これを加えて正式な班になるはずです」

「待って。教員って?」

「これは課外実習で採点もあるって掲示板で見たでしょう? 各班ごとに一名は必ず教員も同行するはずです」

「もしゃ。それは飛躍のしすぎじゃないかなあ」

「そうよね。教師の方々の数が足りないし無いわよ」


 こうやってくっちゃべってたら普通に組み分けからあぶれた俺ら三馬鹿は、どうせ仮の班だし今日のところは三人でいいじゃんの精神で……


 うおっ、青イエティが出おった! さっきまで女子に群がられていた挙句袖を引っ張っての綱引きをされていたアーサー君だ!


「班に入れてくれ」

「え、あぶれたの?」

「ヘタな班に入ろうものなら夜這いの危険があってね……」


 美しき者は大変だなあ。羨ましさのあまり憤死しかねないセリフであるがアーサー君なら許せる。いくら俺がハンサムな魔戦士リリウスと言えどアーサー君とまで張り合おうとは思わない。


 アーサー君を加えた四人組を結成して部屋を確保。班長は相談の結果俺になった。班長はリーダーじゃない。雑用係なんだよ。


「じゃあ俺が班長として配給を受け取ってきますと言いたいところですが」

「うん?」

「お嬢様もアーサー君も生徒会として呼ばれると思いますよ」

「あー、そっか。油断していたわ」

「やれやれ、こんなことなら引き受けるんじゃなかったな」


「……もしかして僕またお留守番?」

「嫌なら来いよ、生徒会は常に人手を求めているぞ」

「う~~~ん、やめとくよ」


 さすがデブだ。働かない。だから太るんだよ。


 生徒会の下に行くと部屋に入れなかった奴らが来ていた。どうやら六人組ではなく五人や四人が多くて、部屋数が足りなくなっているらしい。

 そういう奴らを分割してベッドに空きのある部屋に詰め込むのも生徒会の仕事だ。いやぁ生徒会のみなさんは大変だ。


 集まってきた班長どもを引き連れて白角隊長の案内で宿舎を回る。サウナとか食堂とかあちこちを回る。慣れない内は迷子が出る気がする。


 最後に倉庫に向かって班員分の毛布などの配給品を受け取る。

 うーん、生徒会は大変だ。覚えることもやることもたくさんあるぞ。



◇◇◇◇◇◇



 あれやこれやと生徒会の仕事と明日以降の打ち合わせを終えたマリアが部屋に戻る頃にはとっくに日が暮れていた。

 一杯の備品を抱えて戻った部屋ではナシェカにリジーにエリンが楽しそうにしゃべってる。会話内容から察するにちょこっとだけレギンビーク市に遊びに行ってたようだ。


「ずるー、どんな町だった?」

「柄が悪かったなー。冒険者もいっぱいで店も武器屋ばっかりだったぞ」

「大きな田舎町って雰囲気だったな。わたしの故郷の方が綺麗な町並みだよ」

「まあ観光を楽しむような町ではなかったよ」

「俺はナシェカちゃんとならどんな町でも楽しいよ!」

「ウェルキン、楽しさが一方的すぎるよ」


 六人で一班を作れと言われて残る二人は当然のようにウェルキンとベルだった。

 他にちょうど二人組ってのも探せばいたんだろうけど、あんまり仲良くない二人組を入れるより一緒に迷宮に潜ったことのあるこいつらを選ぶのは仕方なかった。当然ではない。仕方ないなのだ。


「それでクロード会長の話ってどんなだったの?」

「食堂の場所とかサウナの場所とか。それとこれね」


 山盛りの備品をベッドに置く。各自勝手にモッテイケーのスタイルだ。


「夕飯はこの後すぐね。歓迎の宴は明日やってくれるって。サウナは時間交代で、食事後に一時間ずつだってさ。あれ、ジョンは?」

「ここだぞー」


 駄犬はリジーのベッドで丸まって寝ていた。最近こいつらの仲がいい。マリアも嫉妬してしまいそうだ。


 この後の食事会だが歓迎会は明日と言いながらも豪勢なものが出た。この地方では客人をもてなす際にブタを一頭丸焼きにして出すという豪勢な風習があり、それに倣った夕飯である。


 夕飯後は女子からサウナに入り、不埒にも覗きに来たエロの三賢者の聖のイスカリオテが先生に咎められていた。


 就寝時間になって部屋を抜け出したナシェカがトレーラーでリリウスと偶然遭遇したので、追跡していたウェルキンが飛びかかる事件も起きた。後の世でいうウェルキンはお星様になった事件である。


 課外実習一日目はこうして無難に幕を閉じた。

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