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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
課外実習編
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白角の騎兵(裏)

 時は少しだけ巻き戻り、旅程二日目の昼間。ウィースローの交易都市に宿営する課外実習ご一行様は領設騎士団の宿舎を間借りしての休息中である。

 旅程もまだ二日目。そもそもが旅慣れぬ一年生を考慮してのゆったりとした旅程のため、皆さほどの疲労もなく、一晩の宿でのんびり羽を伸ばしている。


 一年生きっての大問題児リリウス・マクローエンもサウナでのんびり汗を流している。


「ふいぃぃ~、まったく楽な旅だぜ」

「リリウス君マジうまくやったよね?」

「ケケケ、てめえらとはここが違うのよ」


 車両を用意して一人だけ楽な旅してるやつが自分の頭を指してそう言った。サウナにいる一年の男子は無視を決め込みつつもイラっとした。……しかし表立って文句を言う奴はもういない。

 文句を言った奴は夏休み前のダンパで全員ぶっ倒されたからだ。


「みんなが必死こいて走ってる最中にやる昼寝は格別だぜ~」

「いいねえ。ねえ、僕も乗せてって言ったら乗せてくれる?」

「お前もワルだねえ。いいぜ、出立前の点呼だけやったらこっそり乗り込めよ」

「助かるよ。あ、明日はリリウス君の分のポップコーンを用意するね」

「いいねえ」


 なんて悪いやつらだろうか。

 こんな奴らがどうして許されるのだろうか。この世に神はいないのか。サウナから出ていくリリウスとバイアットの背中を見つめる一年男子の忍耐は限界だ。


 こんな奴らを許してはいけない。伝播する怒りが皆の胸で目覚めようとしている。



◇◇◇◇◇◇



 サウナを出たリリウスとバイアットが宿舎の廊下を歩いてる。宛がわれた六人用の宿泊室に入ろうとドアに手を掛けた瞬間だ、マリアを除いたD組のバカジョがやってきた。何やらお願いがありそうな顔をしているので瞬時に察したリリウスである。


「君達もワルだねえ」

「リリウスには敵わないよ」

「マジでなー、あんな美味しい話があんなら早く言えよなー」


 なんかもう当然同乗させてもらえるものと考えている態度なので、このまま無条件で乗せてやるのは癪だなって考えたらしい。


「ドラブレで俺に勝てたらいいぜ」

「レジェンダリー積み積みのクソつよデッキに? 無理じゃんケチ言うなよー」

「手加減はしてやるよ。さあ部屋に入れよ、五回勝負な」


 男女を吸い込んで宿泊室のドアが閉じる。

 その瞬間だけを目撃した男子たちは目を見開きて今見た光景の意味を考え……


「まぼろしかな?」

「それは無理だろ。俺も見えた」


 運悪くそこだけを見た男子の目にはナシェカとリジーとエリンの三人を部屋に招き入れるリリウスの姿が見えていたのだ。当然前後の会話など知らない。知る必要もない。あの光景がすべてを物語っている。

 五回勝負ってのがもうそういう事にしか聞こえない。


「あの野郎! この世の女は全員あいつの物かよ、ふざけやがって!」

「ナシェカ、どうしてあんな男と……」

「気づいたぜ、怒りとは、殺意とは何かをな」

「破壊の衝動に身を委ねよ」

「奴の背後に回り、息を吐くように刺す。呼吸するように振り下ろす」


 殺す手順を再確認している奴までいる。


 許してはいけないケダモノがいる。殺さねばならない害獣がいる。……二年の男子の忍耐も限界だ。



◇◇◇◇◇◇



 平野を駆ける騎兵の列はずっと耐えている。何に耐えている、ケツの痛みか?と聞かれればそれもある。

 だが違う。彼らは怒りに耐えている。


 時折トレーラーから漏れ聞こえる楽しそうな声に耐えているのだ。


「ウェルキンよわ~~! 三連勝!」

「ぐぬぬぬ。リリウス! 十パック売ってくれ!」

「へい毎度。お客様は大歓迎だぜ」

「いいのが出るといいな、あたしに勝てるカードがなー」


「……リジー強すぎね? マジどうなってんの?」

「奴にはアーサー君が付いてるからな。デッキパワーは大したことないけど構築力がすげえんだよ」

「俺もアーサーに相談すっかな……」


 トレーラーから漏れ聞こえる声は楽しそうだ。何の楽しみもなく馬に乗って移動しているだけの連中からすればそれは許しがたいズルに見える。


 静かな怒りが沸々と沸いていく。ゆっくりと熱を与えられた水のように沸いていく。ならば蒸気化した怒りはどうなっている?

 理性という容器を圧迫するがごとく彼らを苦しめているのだ。



◇◇◇◇◇◇



 かつてリリウス・マクローエンは学院の様子を平和と言った。

 一年は仲良し。学院側だけ無駄に競わせようとしている。滑っている。……だが本当にそうだろうか?

 一匹の強大なケダモノが支配する地で他の者どもは息を潜めていただけではないだろうか? お前が怖いから黙っていただけではないだろうか?


 今、怒りが目覚めようとしている。


 耐えきれぬ憤怒に身を焦がしてもなお自制を続けていた獣達が目覚めようとしている。煽りに煽った怒りが彼の地での爆発を予期して高まり続けている。


 新たな闘争の舞台はレギンビーク。崩壊の時は近い。

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