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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
課外実習編
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課外実習のお知らせ

 トイレの個室にこもっていると外からおじさん達の声がする。


「おや、奇遇ですな」

「ははは! まあ奇遇ということにしておきましょう」


「ええ、奇遇が一番です。他意があっては事ですからな。……まぁ何がとは申しませんが長いのはうんざりですね」

「ですなあ。学長もあれがなければ……っと! よくないよくない」

「ええ、じつによくない。それはそうとドルドム迷宮が攻略されたそうで」

「さすがにマイルズ教官はお耳が早い」


「教官はやめてくださいよパインツ先生。それで今年の課外実習はどうするのです? 予定していたドルドムが休眠期間に入ったのでは別を用意しなければ」

「それならドロア学長がドゥシス候に話をつけてくださいましてな。グラッツェンに決定です」

「おや、彼の大迷宮ですか。厳しいのでは?」

「厳しいかもしれませんな。なにせ今年は一年と二年の合同です、いつもの二倍は大変でしょうな」

「いやいや、一足す一が二とは限りませんよ。下手をすれば四や五にもなりましょう」

「五倍は大変だ。我らが過労死してしまう」


「まあ今年は期待のSランカーもおります。クリストファー皇子殿下にクロード会長、ロザリア姫、アーサー・アルチザン、ガイゼリック・ワイスマンもおります。いざとなれば彼らに仕切ってもらいましょう」

「いま名前の挙がった大半が問題児なのは気のせいですかなあ」

「実力のあるティーンエイジャーは十割精神に問題を抱えている。冒険者の常識です」

「嫌な常識ですなあ。ナシェカ君のような素晴らしい優等生ばかりならよいのですが」

「先生、そいつが一番の問題児です」

「なんと……!」


 トイレでばったり出くわした先生がたが小用を終えて出ていった。

 その隙を見計らってトイレの個室を出るナイスガイがそうリリウス君です。


「へえ、面白い話を聞けたぜ」


 教員用トイレは情報収集に適しているな。けっして朝礼がいやで逃げ込んだわけではないんだぜ?


 怒涛のイベント尽くしだったような夏休みが終わった。

 終わってしまえばのんびりできたしいい夏休みだったよ、という気持ちで迎えられた清々しい二学期最初の朝をぶち壊すドロア・ファイザー学長のクソ長え訓示である。

 朝も早くから一時間近い挨拶の言葉で俺達のやる気を挫いていったドロア学長はすげえよ。だってもう夏休みに帰りたい気分にさせられたもんよ。……まぁ俺はさっさとトイレに逃げ込んだわけだが。


 朝礼が終わった頃合いを見計らって教室に戻るとデブから恨みがましい発言があった。


「リリウス君、その要領のよさには僕も巻き込んでほしいんだけど」

「邪推はよせ、俺はただ長めのお花摘みに出ていただけだ」

「小一時間も?」

「下痢なんだ」

「くふっ!」


 この便秘発言に余計な意図を見出したらしい同級のディルクルス君がなぜか噴き出したがスルー。きっとしょうもない想像をしただけだ。


「あんたねえ、ドロア学長の訓示をサボるなんて後で根に持たれても知らないわよ」

「へいへい」

「返事は一回になさい。みっともない」


 最近ロザリアお嬢様とデブが冷たい。どうやらリゾートから抜け出した挙句勝手に帰ってしまった件を根に持たれているようだ。

 なお弁明は通じなかった。悪意なく忘れるほうがもっとダメよってマジな怒られ方をしたからね。


 騒々しい教室にパインツ先生が入ってくる。だが夏休み気分の抜けないみんなはしゃべりまくっているので中々静かにならない。


「静かにしろー。夏休み気分が抜けないのはわかるが今日はこれでおしまいなんだ。さっさと終わらせた後なら幾らでもしゃべっていいんだぞ」


 パインツ先生が教卓をバンバン叩くと教室内のおしゃべりがピタリと止む。教師って色々小技を持ってるよね。俺にはマネできないな。


「明日からの授業日程はこの後張り出すので各自メモを取るように。それと二年生の課外実習だが今年は一年生も参加することになった」


 課外実習ってなんじゃろな?って感じでざわめく教室と、教団を叩くパインツ先生。


「詳しくは掲示板を見るように。わからないことは模範生徒の会を頼りになさい。では解散、明日からは平常授業なのを忘れないように。特にマクローエン」

「最近は真面目に出るじゃないですかー」


 笑いと共に退室していく先生である。くそー、リゾートでお孫さんにお小遣い渡したのを煽りだと恨んでいるのか。じいじからのお小遣いの二千回分だねって喜んでたお孫さんの顔を見ながら歯ぎしりしてたもんな。

 金貨400枚も賄賂に渡したのに逆恨みとかひどくない。グレるわこんなん。


 しかし教室の興味はすでに別に移っている模様。ずばり課外実習ってなんだ?って会話が多い。

 お嬢様にもわからないらしい。


「課外実習ねえ。いったいどんなのかしら?」

「以前の山岳訓練のようなものかもね」

「詳しくは掲示板って言ってましたし見に行くのが早いでしょう」


 二ヵ月の夏季休暇が明けても学院は平和そのものだ。

 だが帝国の内情は大きく動いている。青の薔薇の最高幹部であるシェルルク二名の逮捕によって青の薔薇狩りが熱心に行われ、LM商会も帝国騎士団諜報部と連携する形で奴らの重要拠点を襲っている。

 軍用騎獣の生産拠点。薔薇に協力する領主。練兵場。青の薔薇を反帝国組織たらしめているちからの根源を随分と叩けた。


 もはや青の薔薇に革命を起こすちから無し。とまで油断してやるつもりはないが情勢は優勢だ。……平穏ってやつが段々と貴重になっていく。


「ゲーム通りに三年になるまでは青春を楽しませてあげたかったんだけどな」

「もしゃ、その予言者ムーヴまじで怖いからやめてほしいんだけど」

「課外実習をサボりたくなってきたわね」

「課外実習は何もありませんよ」


 実習先のドルドムのイベントは先にクリアしたからね。



◇◇◇◇◇◇



迷宮探行の実習のお知らせ


 来たる十月十日よりドゥシス侯爵領レギンビークにて迷宮探行を行います。本実習は一学年二学年合同となります。

 本実習は部隊単位での活動となります。採点は同行する教員が行い、上位五部隊にはドゥシス候より特別な報酬が!

 鍛えに鍛えた修練の成果を発揮し、上位を目指して頑張りましょう。



「もしゃ。競わせるねえ、もしゃもしゃ」

「競わせるわねえ」

「夏休み気分の抜けてない俺らを煽ってますよね」


 騎士学282期生はとっても仲良しだ。ライバル心なんて欠片もなくてのほほんとしている。

 なのに学院側だけが対立心を煽ろうとして滑っている感がある。ドロア学長の方針なのか他のやつの方針なのか知らんが、仲良しならそれでいいと思うんだけどねえ。

 ハリポみたいにグリフィンドールとスリザリンでバチバチにやり合う学院生活なんて俺は嫌だぜ。


 掲示板を見ていると他のクラスもホームルームが終わったらしく、教室から出てきた同期生たちが掲示板目指してわらわらやってくる。


「おー、赤モッチョじゃん」

「私らに説明するために先に確認してくれていたか」

「助かるぞー!」


 おいD組バカジョ、リリウス君の役割をヘルプ画面にするでない。

 百人近く集まってきて掲示板前はとんでもねえ大混雑だ。たしかにここでポスターを読むのは手間だな。説明してやってもいいんだけどな。


「わははは、先に終わったA組の特権だ。苦労して読むといい」


 説明の役目を放棄して掲示板を去る。今日はこれで放課後なのでバカジョの相手はしていられないのだよ。

 って思ってたら生徒会のバド先輩がやってきた。一見マジメ眼鏡なのに帝都のプレイスポットに詳しい彼はクロード生徒会長にはできない役割をこなす、言わば水面下の白鳥の脚だ。っていうと常にジタバタしてそうだな。


 模範生徒の会は上級貴族と下級貴族で構成される。その枠組みの中でした得られない情報を両方とも得るために必要な構成だ。

 そしてバド先輩は下級貴族ながらにクロードの懐刀だ。たぶん卒業後は帝国騎士団でクロードの専任副官をやり、アレクシス侯爵を継いだあとは侯爵家の家臣になる。……将来が有望すぎてそりゃあモテるわ。


「なんだリリウスもいたのか」

「ぞんざいすぎやしません?」

「そんざいなんてトンデモナイ! ちょうどいい、これから生徒会でお茶会をやるのでね、一緒に来てくれ。マリア、アーサー、もちろんロザリア姫にもお越し願いたい」


 はて、生徒会のお茶会に生徒会でもない俺とお嬢様が呼ばれる理由とな?

 ってしらばっくれようとしたらデブから脇腹にパンチくらったわ。


「もしゃもしゃ。察しがついてる時のリリウスまじ分かりやすいよね、もしゃもしゃ」

「人生に起伏を付けようとする俺の努力を無駄にするのはやめろ。つかポップコーン食いながら制服に触んな」


 そして集められた生徒会室。すでに紅茶のよい香りの漂うここには生徒会のメンバーが集まっている。

 面子は二年のクロード、バド先輩。イメルダ先輩にファリス先輩。

 一年からはアーサー君。エレン様、マリアだ。俺とお嬢様はイベント限のお手伝い人員だからね。デブだけ蚊帳の外は可哀想だから連れて来てやったわ。ジョンも参加している。一応、マリアの頭の上でアクビしている駄犬をクリストファーだと認識しているやつが俺以外存在しないだけで。


 三年がいないってことは話題は間違いなく一年二年合同の課外実習だ。

 で、お茶会の開催宣言がてらにクロードとバド先輩がいつもの掛け合いをする。


「本日は特によい紅茶を用意させてもらった。茶菓子もね」

「これから苦労する僕らを先に労ってくれるわけだ」


 ここで笑いが起きるのが生徒会だ。ウィットに富んだアメリカンジョークに溢れる現場だぜ。

 挨拶代わりのやり取りを終えたクロードが一年組を見渡す。これから苦労する可哀想な後輩たちへの憐憫に満ちているな。


「迷宮探行は定例の課外実習でね。本来なら二年生のみで真冬に行うものなんだ。潜る迷宮も年毎に変えて今年はドルドムの予定だった」


 いまものすごい目つきでアーサー君が俺を見ているんだけど。

 何に気づいたんだ? 俺は無罪だぞ?


「予定していたドルドムが最近攻略されたようでね。急遽別の場所を用意した。それがグラッツェン大迷宮だ。俺達が滞在するのは迷宮都市レギンビークで、ドゥシス候の迷宮騎士団の宿舎を借り上げる話がついている。今のところは三週間の予定だが何分初めての試みなので学院側も模索している部分が多い。期間にせよ方式にせよ何かの変更がある可能性を心得ておいてくれ」


 クロードの話は淀みもなく正確だ。数多の軍兵を率い、民衆を束ね、統率する侯爵家の長男に相応しい貫禄がある。耳にすんなり入ってくるってだけだがね。

 俺のように雑談と豆知識ですぐに話題がどっかにいっちゃう奴には無理な芸当だ。


「諸君らの仕事は各学年の代表として振る舞い、質問に応じ、問題が起きれば解決に尽力すること。つまりはいつも通りに生徒の模範であること。問題発生の際に手に負えないと判断したなら俺に連絡してほしい。もちろん不慣れな一年組は気後れすることなく先輩を頼ってくれ」


 以上だ。質問は、というので真っ先に手を挙げる俺氏。


「なんだい?」

「なし崩し的に俺とお嬢様を生徒会を引き入れようなんて企んでねえよな?」

「……ダメかな?」


 白状するのが早かったな!

 生徒会入りは断ったけどお手伝いくらいならするって言ったさ。確かに言ったさ。でも毎回呼ばれたら生徒会入りしてるのと変わらないよねえ!?


「よし、この次は声を掛けないから今回は手伝ってくれ」

「そういう話だと思ったのか!?」

「頼む、手伝ってくれ! 迷宮での実習にS級冒険者の意見は絶対に欲しいんだ!」


 そ…そう言われると弱いな。

 俺もダチ公から頼られるのは嫌いじゃない。何より迷宮なんて危険なところでは何が起きるかわからない、上に話を通せる立場にあるのは俺にとっても悪いことではない的な言い分で楽をしたい気持ちをねじ伏せよう。

 何の責務もないのに率先してみんなのために苦労しているのがクロードたち生徒会だ。ただ楽をしたいってだけで俺が断るのはあまりに道を外している。

 学院という雰囲気のいい場所は無料で存在するわけじゃない。この雰囲気を守るためにみんな色々やっていて、そういう努力の結晶としてこの平穏があるんだ。……消費者意識の高いやつと自己の権利だけ騒ぎたてるやつは知らん。あの層には何を言っても無駄だ。


「そうやって頼まれたんじゃ断れねえな。よし、俺はやるよ。お嬢様はどうします?」

「別に断るつもりなんてなかったけど?」


 よし、人柱確保。何かあっても最悪お嬢様が燃やしてくれるだろ。……貴族の話だ。言うことを利かない貴族を鳥貴族にする話だ。

 上級貴族なんて俺が何を言っても無視するだろうからな、お嬢様がいれば一発よ。


 続いて質問のあるエレン様が手を挙げる。


「定例なのに新しい試み…でして? 一年と二年の合同実習が初めての試みなのだと解釈いたしましたがどういった理由でそうなりましたの?」

「うん、その質問はすでに察していると見た。ただおそらくは昨年に何か問題が起きたからと予想しているね」


「そうではない、のですね」

「問題と言えば問題だがね。帝国騎士団から問題提起があったんだ。卒業生の実力が低すぎて使い物にならない、学院は何をしているんだってクレームさ」


 そのクレーム出した人たぶん知ってるわ。そこのジョンと俺の兄貴分だわ。


「軍略、戦術、戦略、様々に学ぶことがあり忙しい俺達であるが騎士団の求める水準に達していないと判断されたのが個人としての戦闘能力だ。学院側はカリキュラムの見直しに動いていてね、その第一弾として二年時からの課外実習に一年から参加させてはどうかとなったんだ」

「そういう経緯でしたのね」

「ご納得いただけたようだ。では他に質問は?」


 今度はマリアだ。


「一年の代表って話ですが具体的にどんなことをやるんですか?」

「一年には分かりにくい表現だったね。そうだね、俺達は軍士官の候補であるゆえ軍で例えよう。君達五人、欠席しているクリストファー皇子殿下を合わせた六人が282期生124人を率いる大隊長なんだ。そして俺は281期性をも合わせた217人を統括する将軍なのだよアイアンハート卿」


 この間にファリス先輩が軍帽をフリスビーみたいに投げてキャッチしたクロードが被って、えらそうに胸を張る。

 生徒会のオシャレ連携マジで面白いわ。いつもこんな調子だよね。


「諸君ら大隊長のお仕事は兵隊の世話だ。装備が足りないと陳情があれば装備を手配する。毛布が足りないとあれば毛布を手配する。騒動が起きれば処分する。迷宮攻略に挑む兵隊の能力を十全に発揮できる環境を維持することが最優先だ。備品の手配などの具体的な方法については宿舎に到着次第俺から指導をする。よろしいかね?」

「はい!」


 マリアがよい返事で敬礼する。


 課外実習には原則全員参加。特別な事情がある場合は不参加も認められるが追加実習の予定はない。

 出発は十月十日の早朝。ドゥシス候の騎兵部隊が帝都入りしているので彼女らと共に進発。約400キロ先にある侯爵領へと旅立つ。移動日程は五日程度を見込んでいる。

 到着したレギンビーク市での迷宮探行を三週間程度行い、学院へと帰還する。つまりは移動も含めて一ヵ月程度の実習となる。


 グラッツェン大迷宮か。こっちでも調べておこうかねえ。

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