デスきょのおやじ(感情の天元突破編)
夏はデュエリストの季節だ。
「回れ、リターナー・イザール・デッキ!」
「は? レジェンダリー三枚積みとか、は?」
「王の祭壇を発動。宣言したガレリア・フォロワーをデッキ内から三枚取得しデッキをシャッフル。殺害の王イザール×三を速攻魔法として出す。深海の大神殿とアシェラの大僧侶と守護騎士アルシェイスを破壊。使用した殺害の王イザールをデッキに戻して再シャッフル。場のキリングドール三体でプレイヤーを直接攻撃。ターンエンド!」
「……マジかよ」
カフェでひっそりと開催したドラゴン&ブレイブス学内リーグ戦の王者に輝いた瞬間である。
ナシェカも、マリアも、ウェルキンも! 俺の敵ではない!
「キングは一人! この俺リリウス・マクローエンだ!」
ガハハ笑いをする俺を睨みあげてくるナシェカはさっき負かした。なんか時代遅れのアルケミー・ゴーストとかいうtiar5デッキを使ってたっけなあ?
「デッキパワー盛り盛りで勝って嬉しいの?」
「超嬉しいよ?」
「くっ、殴りたいこの笑顔! 闇夜の盗賊発動、デッキを奪う!」
「完全回避を発動する。おっとセクハラも発動だ」
カードデッキを丸ごと奪いに来たナシェカの背後に回って揉め揉めー!
盗賊のおっぱいなら揉んでいいって殺害の王も言っている!
「やめろリリウス! ナシェカちゃんのおっぱいを揉んでいいのは俺だけだ!」
「いや、てめーもダメだよ」
「ウェルキン、左のおっぱいをやるよ」
「いいのか!?」
「いいのか、じゃねーよ!」
童貞さながらの挙動不審な動きで近づいてくるウェルキンが面白すぎるのでもう少し見ていたかったがナシェカの蹴りが顎に入っておねんねした。
ナシェカの正面に立つとは学習しない男だ。こいつの蹴りは変幻自在だから……いやまぁ正体はスライムみたいな不定形魔法生命体だし正面とか関係なかったわ。何ならこいつが殺る気なら背後から揉んでる俺もやべーし。
しかし本当にいいおっぱいしてるぜ。吸い付くような手触りと無制限の柔らかさがまるでスライムのようだぜ……
スライムのおっぱいって何だ? それは本当におっぱいなのか? もしや哲学なのか?
どうでもいい問いに想いを馳せているとエリンちゃんが走ってきた。何だろう、めっちゃ慌ててるぞ。
「赤モッチョー! わたしの婚約者になってくれ!」
「あん? いいぜ」
「助かった。じゃあよろしくな!」
何がなんだか全然わかんないけど。
「おっけー」
って言って俺とエリンちゃんで握手をした瞬間だ。俺らの間を引き裂くようにマリアが出てきた。
「ちょいちょいちょいちょい! 婚約者ってなに!?」
「マジかよ。婚約者ってのは結婚の約束をした男女の関係をいうんだぞ」
「そんなの知ってる!」
じゃあ何がわからないんだ。
エリンちゃんが突然婚約者とか言い出した件なら俺も知らんぞ。
「……いや、ナシェカはいいの?」
「なんでナシェカが出てくるんだ?」
「だって二人は付き合ってるんでしょ?」
「付き合ってないぞ」
「うん、別に付き合ってないよね」
「??????」
青ざめた顔で目がグルグルしているマリアは本当に理解できないって顔だ。すまんが俺も理解できない。いったいどこをどうしたら俺とナシェカが付き合ってることになるんだ?
四日に一度くらい夜を共にしているだけの極めてクリーンなセフレだぞ。
気絶したフリをしてナシェカのスカートの中を覗こうとガンバッテいたウェルキンがしごく冷静な発言をする。
「熱中症か?」
「頭おかしーのはあんただっての。寝転がったまま何してんだよ」
「いや、顎のがまだ利いていてな。立てないっつか立てない」
「言っとくけどナシェカは下に短パン履いてるから何も見えないよ」
ウェルキンが涼しげな顔で立ち上がる。
「ふぅー、ようやく回復したぜ。それでエリンよ、突然婚約者ってなんなんだよ?」
「じつは……」
ご説明によればエリンちゃんの親父さんが帝都に来ているらしい。
その目的ってのがエリンちゃんを家に連れ戻すためなんだ。詳細は明かされていないが通知表が原因らしいので相当成績が悪かったんだろうな。
で、エリンちゃんは連れ戻されたくないので婚約者のフリをしてほしいらしい。
どうしてそんな発想が出てきたのか、コレガワカラナイ。
「そもそもわたしが学院に来たのって結婚させられそうになったからなんだ」
「政略婚か?」
「そんないいものじゃないよ。言うなれば貢物」
それはひでえな。エリンちゃんの人生がひどすぎる。前世で何したの? 神でも殺した?
うちの娘を差し上げるのでお好きにどうぞって親失格だと思うけど世間を見渡せばけっこうあるし、世界観的に仕方ない。
家長の命令は絶対。妻も子も家長の道具ってのが一般的な認識だ。嫌なら家を出ろってのもね。
高額な市民権の問題もあって家を出ると難民になる世界だからまかり通る傲慢なやり方だ。
「クソ子爵のところの若ハゲの愛人にさせられそうになったから姉ちゃんに頼んで逃げてきたわけよ」
「若ハゲて。可哀想だから名前で呼んでやれよ」
「若ハゲの名前なんてどうでもいいだろ」
「なんで若ハゲが可哀想なんだよ。わたしの方が可哀想だろ」
「リリウスって何でかハゲには優しくなるよね」
集中砲火かよ。君達の仲良いよね。
でもこの話題は辛いから変更するね。
「つまり元々どっかにやってしまおうと考えていた娘が学院で男を捕まえていたら親父さんも無理に連れ戻そうとは考えないだろうってやつ?」
「完全にそれ」
底の浅い考えだな。だが高一の女子だし仕方ない。逆に高一の女子から完璧な作戦が出てきたら怖いわ。そいつ転生者だろってなるわ。
エリンちゃんが手を合わせて拝んできた。
「だからお願い! クソ親父の前だけでいいから婚約者のフリをして!」
「いいぜ」
断る理由もねえし、つか最初にオーケー出してたし。
しかしマリアはまだ納得がいかないらしい。お前は俺の母ちゃんか。
「なんでリリウスなの。ウェルキンとかベルでもいいじゃん」
「いや~、リリウスならこういうことを頼んでも勘違いとかしなさそうじゃん。仮に軽くそういうことになったとしても後を引かずに軽く流してくれそうな雰囲気があるし」
「そういうことって?」
「キスとか色々えっちなこと」
「あー、わかるかも。執着してつきまといになるイメージはないねえ」
マリアが納得し、ウェルキンが「マジかよあのキャラいいなあ」って眼差しを向けてくる。
軽い男だと認識されていると例え酔ったふりをして更衣室に居座ってもリリウスだから仕方ないで流してもらえるんだ。流れでそういうことになったとしてもリードの上手さに定評のある俺なら一度くらいいいかなって体を任せてもらえるんだ。お前も早くこっちにこいよ!
「例え付き合ったとしても他の好きな男ができたらあっさり別れてくれそうだしね」
「そうそう。付き合ってる内に色々貢いでもらってそれでハイクラスの男を乗り換えても怒らなそう」
軽い男だと認識されていると例えマジ告白しても笑って流される危険性があるんだ! もう完全にそういう男だと思われているとそのセリフ何人に言ってるんだよ的な笑い話にされて真面目なお付き合いには絶対に発展しないんだ。ウェルキン、お前も早くこっちに来いよ!
「お前あんなこと言われてるぞ。いいのかよ?」
「今が楽しければそれでいいさ。俺を踏み台にしたい可愛い子ちゃんは大歓迎さ」
このセリフがツボったのか女子三人に大爆笑された。呆れ果てたようすのウェルキンは知らないんだろうが、お前の想い人といまテーブルの下で指を絡めているぞ←
偽フィアンセ作戦に嫉妬したのか。それとも嫉妬を演出して可愛さをアピールしているのか。……わからん。
慣れてそうに見えて中身はけっこう白いから本当にわからん。
◇◇◇◇◇◇
品質のいい嘘ってのは誰もが納得する理想的な嘘ではなく、適度に真実を含んだ嘘だってナシェカも言っていた。調査された時に調査内容と本人の言い分のどちらが正しいかが不明になるからだ。
よって俺の設定はまんま。お前嘘ヘタなんだから変に凝らなくていいんだよ感が透けて見えるような邪推のしすぎのような……
では偽フィアンセ作戦の概要を説明しよう。
エリンパパと会って「娘さんとは結婚を前提に交際しています」って言うだけ。以上。なんなら余計なアドリブは絶対にすんなって釘を刺されている。
ようやく着慣れてきた学院の制服姿で訪れたのは帝都新市街でも評判の宿だ。そこそこのお値段なのに食事がうまいと評判で、地元民もランチだけ食べにくる名所さ。……エリンパパの宿選びが通だな。手強そう。
「緊張してきた」
「冷静に考えたらすごいよね。だってわたし今親父にボーイフレンドを紹介しようとしてるんだよ。偽とはいえ」
「ほんとな。偽の恋人とはいえ」
宿を前に俺とエリンちゃんは深呼吸。
やべえ、ドキドキして余計なことまで言い出しそうな自分が怖い。
「いくぞ」
宿に入る。やや古びてはいるが高級感のある外観に相応しいフロントは掃除が行き届いている。騎士候家とはいえ貴族も泊まる宿だ。当然か。
フロントにいるおじさんホテルマンに尋ねる。
「こちらはフラオ家がご令嬢エリンドール様だ。お父上であるヴァリオン卿が滞在為されていると聞いて参った」
「……そんな言葉使いもできたのかよ」
「エリンちゃんが不当に低く見積もってるだけで俺同世代ではけっこうできる方だからな」
フロントさんが厳粛な顔つきで一礼する。
「お話は伺っております。しばしお待ちを」
フロントさんの指示でベルボーイが走っていった。待たされるというほどの時間も経たずに戻ってきた。
「ヴァリオン卿がお会いになられます。こちらへどうぞ」
通されたのは宿の一階にある食堂。いや雰囲気に合わせてレストランというべきか。
人払いのされていない会話のある食堂で、一際浮いているワイン瓶だけの置かれた真っ白なテーブルクロスのテーブルに、むっつりと黙り込んだ謹厳な顔つきのおっさんがいる。
なぜだろう、俺にはあのおっさんが今にも噴火しそうな活火山に見える。
「あの人か?」
「うん、あれがうちのクソ親父」
あれが娘が男を連れてきた時の男親の顔か。迂闊なことを言えば叩き斬られそうな雰囲気がある。
近寄っていき、立ったままご挨拶する。それが人としての礼儀!
「お初にお目にかかる! それがしの名はリリウス・マクローエンと申す。エリンドール様と結婚を前提に交際している者です! はい!」
食堂が騒然とする。突然こんな発言があれば動揺するのは人として当然だ。そしてヴァリオン卿がこっち向く!
「マクローエン……?」
「ヴァリオン卿が存じ上げぬにしても無理からぬこと。マクローエンはバイエル辺境伯領の北にある何もないド田舎にございます」
「そこまで卑下せずともよい。それにマクローエンなら知っている。アパム連峰をいただく四家の一つであろう」
「仰る通りにございます!」
「……」
「……」
「……」
「…………」
やべえ、沈黙が重い。
なんだこの空気、スリップダメージがガンガン入ってくるぞ。世の父親はデバフを標準搭載しているのか?
「そっ、それがしとエリンドール様の出会いは入学式まで遡ります! うららかな春風の中で―――」
俺は語った。愛の歴史を語っていった。思いつく限りの語彙を費やしてエリンちゃんを褒めちぎり、果てしてそんなイベントはあっただろうかという嘘の思い出を語り尽くす。滑っている自覚はある。
さすがにやべえと思ったのかエリンちゃんがグーパンで止めにきた。
「なっ、何を語ってるか!」
「殴ることはねえだろ!」
「変なアドリブ入れるなって言ったろ! お前の耳か飾りか!? 筋肉か!?」
「エリンちゃんにだけは言われたくねえ! 段取り忘れてずっと立ったままじゃんか。頑張ってフォローしてる俺にその言いぐさかよ! それとその微笑み緊張してんのか、けっこう気持ち悪いからな!」
「……そこまで言わなくてもいいじゃん」
「ごめん!」
泣かないで! 父親の前で泣かせたら印象最悪だから泣いちゃダメ!
ああ! もう! 良い子は泣きやめよしよし大作戦で俺の右手が光を超えていくぜ。
もうお父さんへの挨拶なんかやってる暇もなくなった場に、ダンッ!と大きな足音がする。……どうやらお義父さんは怒っているらしい。
「ヴァリオン・ヴィーゼル・フラオである。まずは掛けたまえ」
「あー……はい」
もう一度言う。怒ってそう。何なら噴火しそう。
「エリンドール、久しいな」
「はい……」
父と娘の再会ってシーンではない。主人と配下の関係って感じだ。
「文にも書いたが先日学院から成績表が届いた。現状では進級させられないと但し書き付きでな」
「「ひえっ!」」
ダメっ子だとは思っていたがそこまでだったか。
つか留年なんて数年に一人いるかいないかって聞いてたのに。もしかして留年しそうな奴は事前に親から退学させられていたのかな。今のエリンちゃんみたいに。
よし、俺の出番だ。
「二学期からは俺が勉強を教えます。必ずや進級させてご覧にいれます」
俺の通知表を滑らせる。これは成績が気になったから親父殿からかっぱらってきたものだ。当然ではあるが全教科『優』だ。
「随分と優秀なようだ。だが気遣ってくれたつもりなのなら、進級というのは聊か慎ましい目標ではないか」
無茶言うんじゃねーよ。進級も危うい状況で高望みすんなよ。そんなに家の評判が大事か。……こうして会うと決まったからにはエリンちゃんから人と成りを聞いている。
ヴァリオン・フラオは根っからの嫌な男で、自身と家のためなら子供だろうと使い捨てる真正のクソ野郎だ。
「では学年で三十位以内には」
「であれば文句は無い」
一桁までレイズされなくてよかった。とホッと胸を撫でおろした時だ。
「と言いたいところだがワシの上都した理由は聞いているな?」
「観光…であったかと」
「ふむ、なるほど観光か……」
だから一々間が長いの!
無駄に圧をかけてくるじゃねえか。こちとら煽り交渉のリリウスと呼び名が付くレベルで下手に出るのが苦手なミドルティーンだぞ。もう少し気さくに接してほしいものだな。無理か!
娘を貰いに来た男に気さくに接する父親なんて存在しねえ。いま学んだばかりのこの世の真実だ。
「ワシも帝都は久しい。案内してくれるかね?」
「喜んで!」
拝啓親父殿、親父殿の世代のおっさんは帝都のどこを観光したがるんですかね?
女子ウケのいいスポット以外知らねえ……
◇◇◇◇◇◇
観光スポット一ヵ所目、アローシュカル広場。
「えー、あれに見えますアローシュカルは始祖皇帝ドルジアが第二の父と呼んでいた人物でした。ハイルバニア統一戦争においてドルジアを庇って戦死した彼を想って戦後に建てられたのです。クリスタルパレスからは彼の石像がいつでも見える。それはドルジアが彼を深く想っている証なのだと言われています」
アルルカンから聞いた若き日の始祖皇帝ドルジアは控えめに言って頭のおかしい陽キャの女誑しで、剣帝という肩書きと勇気がなければ人間のクズと表現するしかない人物だったらしい。
金も持たずにツケ払いで飲み歩き、アルルカンに支払いを任せるような困った男だ。
そんな男が恩人とはいえ野郎の石像を建てるとは思えないが、歴史書にはそう書いてあるからそうなんだろう感。
「この公園は学院生の間でも人気のデートスポットです。恋を語らう彼ら彼女らの間には美しい思い出が残り続けているのです」
「忌まわしい思い出ぇ!」
「急に叫ぶなよ、何だってんだよ」
「よく平気な顔してわたしをここに連れてこれたな。鳥籠事件のあった場所じゃん。こんなにところに美しい思い出なんて無いよ。悪夢しかないよ!」
「じゃあ裏の歓楽街は?」
「父親を連れて歓楽街!?」
うちの親父殿なら大喜びだと思うんだがな。同じクソ野郎どうし喜びそうなものだが、汚物のジャンルが違うし止めておこう。
なおエリンパパは終始むすっとしていた。つ…次で挽回せねば、と思いつつ裏の歓楽街で楽しんでもらおうと思ってて何も考えてねえ。どうする俺、どうする?
◇◇◇◇◇◇
観光スポット二ヵ所目、エバンズ上水道橋。
「帝都と言えばやはりエバンズ水道橋ですね。新市街をぐるっと囲む大水道橋には長い歴史が……」
「二ヵ所目にして品切れ感があるね」
「誰のためにこんなことをやってるのか分かってるの?」
「ごめん」
謝ってもらったからよし。
エリンちゃんは思慮の足りないツッコミマシーンだけど非は認められるからね。
やべーな、エリンパパが益々不機嫌になってんじゃん。何かないか、帝都の観光スポットを絞り出すんだ!
◇◇◇◇◇◇
観光スポット三ヵ所目、LM商会。
「帝都の新名所と言えばここは外せない。主に中央文明圏の最新のアイテムを直輸入しています」
「危険スポットの間違いだろ。ショバ代強請りにきたマフィアの拠点でファイヤーしたの伝説になってるからね」
「外に黄金のリリウス君像があったように見えたのだがね、あれは逆らう者を斧で叩き潰すという意味かね?」
口撃の巧みな親子だな。
商品の説明をしている間もエリンパパは終始むすっとしていた。ママのお腹からこの顔で生まれてきたんじゃねーの?って言いたくなるくらい表情が怖い。
モーターバイクの試乗を勧めたが断られ、俺が運転してどういう品かを見せている。何ならこのまま走り去ってしまいたかった……
空気がね、重苦しいんだ……
◇◇◇◇◇◇
夕食 LM商会
夕飯は高級レストランでって思って予約取ろうとしたら今夜に限って席が空いてなかった。
仕方なく夕飯は俺が腕を振るう。……ここで不味いもんを食わせて噴火する口実を与えたくなかったんだ。
「ほぅ、男が料理とはな」
「冒険者ならある程度は自分で何でもやれるものだ。まぁ楽しみにしていろ、あいつの腕前はクランの中では上の方だ」
俺よりもフェイと話が続いてる!
なぜか今日に限ってけっこうな面子が揃っているLM商会の食堂はそこそこ混んでる。俺とユイちゃんで料理をし、ルキアがその周りをうろちょろしながら余計な味を足そうと画策している。ビーフシチューにどうしてミルクを入れたがるんだ。もうクリームシチューにはできないってば。
マジな話塩を入れすぎたからって砂糖で中和しようとするレベルの男だからな。こいつに料理を任せちゃいけないんよ。
「たしかに手際がよいな」
「料理も冒険も馬鹿にはできない。段取りをつけねば何事もうまくいかないという理につながるな」
「政治も同じだ。段取りを無視しては利を通せぬ」
「何事も基本は同じなんだな」
「冒険者の暮らしとはどうなんだ? やはり過酷かね?」
「そうでもないさ。僕からすれば食堂の皿洗いの方がよほど辛いな」
「聞かせてくれ。彼は普段どのような依頼を受けているんだ?」
ヴァリオン卿は終始むっつりしたままだったが食堂の賑やかさもあって空気は悪くなかった。大切なお客様をもてなすという空気ではなかったが元気だけは溢れていたのでよし! ……何もよくねえ。
◇◇◇◇◇◇
夕飯後、ヴァリオン卿を宿まで送った。欠片も仲良くなれた気がしない。それどころか観光を始める前より難しい顔をしておられる。……そもそもナンデ観光案内を始めたのかさえ思い出せねえ。
ヴァリオン卿が宿の前に立ち、世辞のように言う。
「楽しかったよ」
嘘すぎる!
「うむ、まあ、なんだ、エリンドール」
「はひ……」
「来期の成績に期待している。精進するのだぞ」
「へ?」
え、もしかして連れ戻さないってこと?
エリンちゃんも俺も驚きのあまりキョロキョロしている。
「それってわたし実家に戻らなくていいってこと?」
「さて何の話をしているやら。ワシは観光に来ただけだ、そうだろう?」
「……?」
「エリンちゃん、ここは肯定するところだぞ」
くすりと笑うヴァリオンが手を掲げる。万国共通別れのポーズだ。
「ではな。これに安堵して精進を忘れれば今度こそお前を連れ戻しに来るゆえ、そこは履き違えぬように」
「はい!」
ヴァリオン卿の背中が扉の向こうに消えていく。
何がどうなっているやら。キツネに摘ままれたような気分の俺達はかなり長い間ここに立ち尽くしたとかいないとか。
◇◇◇◇◇◇
宿の個室でヴァリオン・フラオが手紙を書いている。会食の予定をすっぽかした貴族への詫び状とかそんなものを何枚か書いている。
羽ペンを踊らせる指はけして止まりはしないが、心は別のことを考えている。
「リリウス君か、わりとしっかりしているようだしあの子もいい男に恵まれたな」
彼の冒険者仲間から話を聞いた感じ財力も相当にありそうだ。あれなら冒険者を引退しても貧しい暮らしに転じるなんてことはなさそうだ。
ヴィーゼル・フラオ家は貧しいわけではないがけっして裕福な家ではないし、我が子を三人も学院に入れるために妻には随分と苦労をかけた。その点彼は心配なさそうだ。
冒険者を引退して騎士となり、帝国騎士団での軍役を終えた後はどこかの町を任されるのだろう。
そうなればもう安泰だ。安穏とはいかぬが夫婦揃って穏やかに暮らしていける。孫の顔を見るのはそれからになるだろう。
不憫な娘だと考えてきた。冥府の王などという気持ち悪いちからを持って生まれ、ネクロマンサーの運命を背負う我が子を家に閉じ込めてデス教徒の目から守ってきたつもりだった。裕福な貴族の息子の側室にとも考えた。
だが娘は家を飛び出して帝都で元気にやっている。その傍には娘を守ってくれるナイトもいる。
父親の役目もここまでだ。後は娘をさらっていく男に託すのみ。
思い出したように古い友への手紙を書き始める。彼の名前なんて今の今まで忘れていたが、どこか似たところのある彼に接したせいで思い出したのだ。
「マクローエンと聞いた時にはいったいどんな奴だと思ったがしっかりした子で安心したぞ。ファウルよ、まさかお前のところと繋がりができてしまうとはな」
書き出しは時節の挨拶と雅な慣用句。あとはそうだな、率直にいくかと気ままな学生時代の気分を思い出すようにマクローエン卿への手紙をつづる。
この内容を要約するとお前んとこの息子とうちの娘が結婚を前提に交際しているぞってやつだ。




