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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
夏休みのやり残し編
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デスきょのおやじ(死刑通告編)

 学院生の成績は期毎に評価され、これが通知表という形で保護者の下へと郵送される。広い帝国のどこかの空の下にいるであろう親御さんに「ご子息は学院で立派に勉学に励んでいますよ」と伝えるためのものだ。

 中には「マジで態度悪いんでそっちからも言ってください」という通知表が届いた親御さんは激怒のあまり仕送りを止めたりする。


「馬鹿息子がぁあ! 遊んでる暇があれば勉強しろやあ!」

 という怒号がいまも帝都の空を舞っていることだろう。


 そんな帝国のどこかの街で、この街を支配する騎士ヴァリオンは学院から届いた通知表を凝視している。ものすごい目つきだ。彼の眼からビームが出るのなら通知表はとっくに灰と化しているだろう。


 魔導基礎:不可

 魔導実技:可

 魔法薬学:不可

 騎兵馬術:不可

 騎兵槍術:不可

 騎士剣術:可

 帝国法学:可

 帝国史学:可

 帝国算術:可

 Etc


「ああああ……あの馬鹿娘めぇ」


 残念ながらヴァリオンにはビームを出す機能はついていない。もし付いていたら通知表ごと遥かなる帝都にいる馬鹿娘を焼き払っていただろう。


「馬鹿娘めえええ!」


 残念ながらヴァリオンにビームは未搭載だ。だからヴァリオンはこのひどい通知表をビリビリに引き裂いて踏みつけて踏みにじった。こうでもしないと怒りが収まらない!

 こんな酷い成績を見たのは初めてだ。一族の恥だ、恥晒しだ、こんな成績が本家の者に知られれば百年嫌味を言われ続けるに決まっている!


 残念ながらヴァリオンにビーム出せない。だからヴァリオンは机に立てかけておいた剣を手にして執務室を出ていく。目が血走ってるので家令のおっちゃんもマジビビリしている。


「お…親方様、どちらへ?」

「少し出てくる。帝都までな……」


「帝都にございますか? 少しと申されましても片道七日八日はかかりますが! 明日はコンディーロ子爵との会食がございます!」

「あのハゲオヤジには適当に腹痛とでも言っておけ!」

「腹痛と申されましても!」

「うるさい! ワシはあの馬鹿娘がこれ以上我が家の恥を晒す前に連れ戻さねばならんのだ!」


 いま誰かの学院生活が終わろうとしている。

 可哀想に……



◇◇◇◇◇◇



 学院に届いた郵便物は事務室での仕分けを経て学生寮へと届けられる。学生への郵便物は現金書留のような高価な物も多いので対応するのは原則寮長先生だけだ。

 しかしそんな原則もどこ吹く風か、わりかしぞんざいな扱いを受ける郵便物は寮付き女中の手によって箱に纏められて談話室に持っていかれる。


 騎士学院一年女子の暮らす女子寮の談話室は昼間っから貴族の娘さんがぐでーっと、気を抜いて過ごしているが、一抱えの箱を抱えた女中が入ってきた瞬間にピーンと空気が張りつめる。……夏季休暇を女子寮で過ごす方々にとって郵便物は生命線、死活問題と言ってもよい大事なのだ。


 夏休みの学生は常に大きな敵と戦っている。遊びたい欲求とお金という二つの大敵である。


 遊びに行きたい。しかしお金が無い。イースパーラーで宝石パフェと素晴らしい香りのする異国の紅茶を楽しみたい。社交界に出てステキな貴公子とめくるめく夜を過ごしてみたいし、ワイスマンカジノで遊んでみたい。しかしお金が無い。

 見上げるような大貴族のご令嬢には無縁の悩みだが騎士学に来る女子の多くは下級貴族。ともすれば準爵以下が多い。様々な事情があるのだがぶっちゃけ花の帝都に遊びに来たのだ。


 へのへのもへじみたいな顔したジャガイモ男子しかいないチンケな地元を飛び出して花の帝都でラブロマンスを楽しみたいのだ。そのためにステキなドレスが欲しいし化粧品も欲しい。


 つまり夏季休暇を楽しむための軍資金が必要だ。郵便物には実家からの仕送りが入っている可能性があるから重要なんだ!


 女中が箱を置いて「皆さん」と口にする前にワァーっと群がる女子勢が箱から郵便物を毟り取る。まるで飛蝗の襲撃だ。


「あった! 軽っ……」

「本当ね。これはお手紙だけね」

「嘘でしょパパぁ……」


「ない、ない、ナイ!? なんでぇ……」

「あった! パパ、ママ、愛してる!」

「やったー! お兄様愛してる!」

「金貨百枚の約束手形だと……? キャスリーンのお兄様なにもの?」

「キャシー、ちょっとお兄様をご紹介あそばせ」

「やだ!」


「おっと宝石だ。何かの時の足しにしなさいって今使えってことだよね!」

「おいおいご両親が草葉の陰から泣いてるよ」

「まだ死んでねーよ」


「あー、大爺様が危篤だからすぐ帰れってもう九月中旬なのにぃ」

「レベッカの地元どこだっけ?」

「ランダーギア」

「西の果てじゃん。片道何日?」

「着く頃には夏休み終わってるくらい」


 人間ドラマの生まれる郵便物の到着という大イベント。これに我関せずを貫いて天文学の本を読んでるのがデスきょの姉御ことエリンちゃんである。


 エリンドール・フラオはデスの加護とかいう持ってるだけで石を投げられそうな邪神の加護持ちなので実家では軟禁されていた。父親からすると御家の恥であり外に出したくなかったのだ。

 そんな彼女は姉の手を借りて家出も同然に帝都の学院に入学した経緯があるので、実家からの仕送りは完全に諦めていた。姉のフィロレンシアに学費と少ないながらのお小遣いを出してもらっている有り様だ。


 だから驚いた。


「エリン、あなたにお手紙よ」

「へ? 誰から?」


 拳姫ライザが「外れですわ」なんて言いながらシャカシャカ手紙を振りながら持ってきてくれた。


「誰って、ヴァリオンという方ですわね。ご家族の方かしら?」


 親父の名前だ……

 おっかなびっくり手紙を受け取る。なんていうか書き殴った感がすごい。高名な書道の先生が書いた手紙くらいダイナミックに『皇室立帝国学院騎士課282期生エリンドール・フラオ殿へ』って書いてある。


 手紙を受け取るエリンちゃんの様子がおかしかったからだろう、ライザも興味本位で手紙を覗いてくる。おそるおそる開いた便箋の書き出しはこうであった。


『この扉を潜る者、汝一切の望みを捨てよ』

「ひえっ!」

「シャロン・ディスワードの告解ですわね」


 有名なミステリー小説からの引用だ。

 不吉な序文から続くのは思わぬほど穏やかな文字列だ。ちょっと冷静になったのかもしれない。


『学院での生活はどうだろうか? ワシは心配だ、お前は町から出したことのない箱入り娘であるし如何なフィロレンシアの知恵を借りたとて帝都でやっていけるとは思えん。だがこれを読んでいるということはそれなりに上手くやってきた証であろう』

「おっ、おおおおぉぉぉ……」

「どういう反応ですの。この一文を見る限りよいお父様ではありませんの」

「いや序文に塗りたくられてたうちのクソ親父の闇を忘れるなよ」


 読み進める。


『先日通知表が届いた。ワシの心中をお前は察してくれるだろうか? きっと察してくれるだろう。通知表を開いた時ワシはダーナの名を叫び、この眼からフレイムガイザーを発し、ブリッジしながら先祖代々の祖霊に詫びを連呼したのだ』

「……」

「中々お茶目なお父様ですわね」


 目からフレイムガイザーを発射する親父がお茶目の範疇に収まるわけねーだろ。モンスターだよモンスター。って思いながら読み進めていく。


『この手紙が届く頃にはワシはお前と同じ空の下にいるだろう。正直に言えばいますぐに学院に乗り込んでお前を縄で縛り上げて連れ戻したいと考えているが、お前にも事情があるだろう。きっとイイワケをしたいはずだ。もし何らかの成果があるというのなら聞いてやる』

「……やべえ」

「……やばいですわね」


 やべえ手紙だ。この辺りからペンじゃなくて指で書いてる。血文字かもしれない。


『春告げ鳥の泊まり木亭で待つ』


 エリンもフィストプリンセス・ライザも察した。

 この手紙は父から娘への心温まるお手紙ではない。――死刑通告だ。

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