ナンパ師リリウスの敗北 ナシェカちゃん強すぎんよ……
ふぅ、何も終わってないのに勝手に終わらせるところだったぜ。
ある意味人生終わる級の衝撃こそ受けたものの大丈夫だ、俺はまだやれる。戦える。あの儚い微笑みを浮かべ涙する美少女はファンタジーだったと自分に言い聞かせられる。パネマジはわるい文明。
あの子がマリア様だとわかった今なにも惜しむことはない。全力で黒髪ロングのナシェカちゃんを口説かせてもらう! 情報提供者になってもらうんだ!
デブと足並みを揃えて四人娘のテーブルに近づいていくぜ。まずは話題という弾丸を持つギャルを狙う。
「よっ、さっき生垣に埋まってたのって何だったの?」
「ん? あぁこの黒いのに投げられたんだよー」
自然な仕草で隣のテーブルに席を取る。話題が続いている限りはここまでは許される。
「校舎からここまで? 普通死ぬくね?」
「死ぬー、こいつ殺人犯だー!」
「おいおい、死なないように生垣を狙ったナシェカお姉さんの優しさに感謝するところだろー」
「優しいやつは人投げたりしねーよ。なあお前もそう思うだろー」
来た、ここだ!
「思う思う。あ、俺はリリウス、リリウス・マクローエン。昨日入学したばかりの、人呼んで遅れてきた新入生ってやつだ」
「おっ、そうなのかー。じゃあマリアと一緒だな」
ギャルが金髪ポニテの可愛い子ちゃんに視線を向ける。確定。マリア・アイアンハートだ。
俺もマリア様を見る。なぜか挙動不審だ。謎だ。なぜマリア様は俺の開かれた胸筋を凝視しているのか。
「マリアはどうして遅れてきたんだ?」
「いやぁ、あははは……悪質な詐欺に引っかかってて……」
「ナニソレ気になる」
詳しく聞くと最初は迷宮潜りで学費を貯めてて、どこぞの商会が主催する迷宮深層探索団に加入したはいいが違約金の存在に気づかずに今度は違約金を貯めるために迷宮に潜っていたそうな。
可哀想な話なのにネタを披露する感じで明るく話すもんだから悲壮感がない。
「へえ、俺も似たような依頼を受けたことがあるよ」
「もしかして冒険者やってたの?」
「おう、これでもSランクだ」
S級の証である聖銀の冒険者証を見せびらかす。女の子は財力や将来性に飛びつくからナンパに使えるんだよ。
そして披露する馬鹿話。フェイと二人で中央文明圏を目指していた頃に似たような依頼を受けたことがある。上位精霊を屈服させて使役するために大手商会が組んだ大規模レイドパーティーへの参加だ。
最終的にハードエレメント化した水の乙女を鎮めるためにえらい苦労をしたっていう話だ。タイミングはここだ!
「つか離れてしゃべるの大変だな。テーブルくっつけていい? 一緒に食おうぜ!」
この自然なナンパテクに乗っかる者どもがいた。ウェルキンとベル君とかいう馬鹿野郎どもだ。遠巻きにこっちを見ていた馬鹿コンビがトレイを引っ提げてやってきたんだ。
「おっ俺もいいかな!?」
「そこは俺達もじゃない? 僕も一緒にいいかな」
男女比はイーブン。決定権は俺には無いけどいいぞ!
しかし女子の反応は微妙だ。
「「あぁウェルキンかぁー……」」
全員からため息つかれるとかこいつそこまでの馬鹿なの?
今のとこ一番しゃべりやすいギャルのリジーに聞いてみる。
「あぁこいつナシェカのこと好きなんだよ」
「なるほど。でもそれだけでこの反応?」
「もう二回告ってフラレてるんだぜー、いい加減諦めろよなー」
なおまだ五月の模様。
入学から一か月で二回も告るとはクソ度胸あるな。それか度を越した馬鹿のほうだ。よしこの話題をつなごう。ウェルキンを生贄に捧げて楽しいランチタイムを召喚する。
「なあナシェカ、もしかしてもう好きな人いんの?」
「おっ、来るねえ。もしかして私が気になるのかな~~? ん~~~?」
鮮やかな切り返し。立ち上がったナシェカが俺をおもちゃにするべく近づいてきて頬をつんつんし始めた。手強そうな香りがプンプンっすわ。
「興味はあるぜ」
「こいつもナシェカ狙いか……」
「格差社会だぁー」
「学院の男子の目は腐ってんのか。ナシェカといるとあたしらは見えなくなるんじゃね?」
ミスった結果として「こいつもか」というウェルキンと同格まで落とされてしまった感がある。リカバーしよう。
「興味はあるけど誰が好きかまではまだな。だって昨日入学できたばかりだぜ? せっかくの学院なんだし彼女を作って楽しく過ごしたいってだけだよ」
なおリカバーはドヘタクソな俺である。
「ふぅーん、誰でもいいのかー」
「フラレたー、マリア慰めろー」
「おおっよしよし、甘いものを食わせてナシェカを白豚ちゃんにしよう」
中々いい性格してんなマリア様!
白衣が似合いそうなエリンちゃんと一緒にナシェカの口に蜂蜜の小瓶を流し込んでいる。
女子主導で楽しいランチタイムが続いていく。積極的に会話に混ざろうとしたウェルキンは何もできなかった。ベル君も何もできなかった。……俺? うん、何もできなかったよ。
かしまし四人娘がワイワイ言いながら去っていく食堂に、真っ白に燃え尽きたウェルキンらが呆然と座り込んでいるのである。ナシェカちゃん手強すぎんよ。
◇◇◇◇◇◇
魔王ナシェカの手腕によって何もできなかったお昼休みを終え、しかし収穫はあった。マリア様はD組にいてお友達もきちんといるという情報だ。それだけとか言わないでくれ、俺の心に刺さる。……ナシェカちゃん強すぎんだよ。
あとはまぁマリア様の性格も少しはわかったかな。
ゲームだとマリア様の会話選択肢の三つ目には必ずネタが放り込まれている。
例えば雪山で遭難した時に山小屋で着替えを見られた時がこうだ。
1 キャ――――!
2 ちょっ、少しは慌てなさいよ!
3 責任とって! 付き合って!
という感じでけっこう残念な人なんだ。3を選ぶとだいたい呆れられて好感度がちょびっと下がる結末と、思いのほか面白い会話が続くんでセーブしてから3を選び、正解リトライするプレイヤーも多かったと思う。
3はネタだ。俺はそう思っていた。あの儚い系の美少女がそんなことを言うはずがないって思い込んでいた。
でもランチをご一緒した感じ、3こそが偽らざる反応なのではなかろうか?
3選び続けると誰とも仲良くなれずにバッドエンドのブタ皇子小屋直行なんスけど……
俺の脳裏にやばい単語が渦巻いている。
マリア様バッドエンド直行したりしないよな?
ステルスコート先生の出番だ。俺の進級なんてどうでもいい、全力でマリア様を見守るぞ!
◇◇◇◇◇◇
五時限目はまたまた帝国史の授業。さっきやったじゃねーかってあれはA組の出来事で今俺はD組に潜んでいるからね。さすがステルスコート先生だ、最高の隠密能力のおかげでマリア様にもバレてない!
ランチ後の授業なんでD組はなかなかに弛んでる様子。居眠りしたり小声でおしゃべりしたり、まぁそんな感じだ。
そんな教室でマリア様はというと……
悩ましい顔つきでノートに何か書いてる。何だろな、覗き込んでみよう。
ベル× なんか頼りなさそう
ウェルキン× ありえない
ランツ△ タイプじゃない
ウェラー△ 長男だけど格好いい
男を物色してやがった。やっぱり3が本性だったかー……
怠けムードの教室で教科書を読みあげていたモルグ先生が突然キレる。
「マリアさん、ちゃんと聞いているのですか!? あなた今日が入学初日でしょう、きちんとなさい!」
「はわわわッ!? 聞いてます聞いてます大丈夫ですバッチリデス!」
せめて教科書くらい開いておこうぜ!
モルグ先生がお怒りだ。額に青筋が立っている。入室してきた時点でかなり機嫌が悪かったけど更年期障害か?
「では沿海州に属する国家を六つを挙げなさい。きちんと聞いていたならこれくらい答えられますね!」
「え~~~~っと、ですね。そのですね大丈夫なんですけど、ここまで出かかってるんですけど中々出てこなくて! え~~~~っとぉ~~~」
先生も意地悪だな。読み上げていたところって沿海州関係なかったじゃん。
こっそりノートに書き足してあげる。
ランツーク、ドゥラム、イクシオ、ヴァルキア、スクード、オーシル。これが沿海州と呼ばれる七つの海洋都市国家だ。いずれも都市一つと外縁の集落を取り込んだだけの小国だけど海洋貿易で稼いでいるため軍事力経済力ともにルーエンツ地方で最大の国家群といえる。
「……ランツーク? ドゥラム、イクシオ、ヴァルキア、スクード、オーシルで合ってますか?」
「事前に勉強してきたということはわかりました。あとは授業態度がよければわたくしも文句はありません。いいですね?」
「はい!」
正解されたおばちゃん教師が教鞭をへし折りそうだぜ。
そして放課後がやってきた。学院はホームルームとか無いから授業終わったら帰っていいんだ。今日はこのあと大講堂でコッパゲ先生の講義があるけど涙を呑んでマリア様を見守ろう。
おっと、ウェルキンが近づいてきたぞ。
「ナシェカちゃん! 放課後なんだけど俺と帝都に降りない!?」
「パス」
ウェルキンが撃沈した。あの船よく沈むな。
一言で切って捨てたナシェカちゃんが拳を天高く突き上げる。
「B組にアーサー様を見に行こうよ!」
「いくぅ~~!」
「噂のベイグラントの王子様!? 見たい、いこう!」
「お前らの自己評価どーなってんだよ。マリアもリジーも学べよ」
「エリン来ないの?」
「いくけど」
四人娘が揃ってお出かけだ。B組の外で他の女子と混ざってキャーキャーモブムーブしてる。まぁ楽しそうだからいいか。この時期は別に攻略に響かないし。……攻略?
刹那思い出す原作RTA動画。そうだよ、カジノだよすっかり忘れてたカジノだよ!
神器シュテリアーゼ。マリア様専用のクソ強武器を回収しないと!
透明化解除!
「どわぁ!?」
「どっから現れたの!?」
驚くかしまし四人娘に告げるぜ。
「カジノ行こうぜ、俺のおごりで!」
カジノでジャックポット出して聖女専用武器を回収するんだ。
神器:神のちからを宿した器たる武具や装飾品を指す言葉。最も有名な神器を挙げればアルテナの祭事具であろう。不浄のちからを払い、邪悪のちからにて蘇ったアンデッドを消し去る医神の奇跡の顕現である錫杖は各地のアルテナ神殿が大切に保管しているという。
神器にも格が存在する。高位の神器ならば使用者を選び、意に添わぬものに神罰を与えるという。
神のちからは強大だがけして触れてはならぬものであるのだ。




