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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
夏休みのやり残し編
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クエスト『邪教の内偵調査』

 朝食を摂りに出かけた学食に溢れる悲喜交々。ある者は実家からの仕送りが未だ届かないと嘆き、ある者は実家からの知らせに喜ぶ。ある者はどっかから届いた恋人の浮気写真入りの手紙に死ね死ね団の黒衣を纏う。


 学院は郵便物一つでこの大騒ぎ。まったく夏休みなのに休んじゃいられないねって他人事みたいに思うマリアの下にも一枚の手紙も届かない。


(こりゃあお父ちゃん金策に失敗したな)


 養父はマジでお金に関してはいい加減な人なので期待はしていない。

 それなりに稼いできたし今更学費の心配なんて要らないけど、ってスタンスのマリアは郵便物を巡る騒動から高みの見物を決め込んでいる。


 しかしそうは問屋が卸さない。マリアは無視しようと思ったがウェルキンが先んじるように言う。


「金がねえ」

「また出なかったのか」


 どうやらまたTCGにお金を吸い取られたようだ。学院クエストで金を稼いでLM商会に貢いでいるこの男はもうダメだねって思いながらウェルキンの対面に座る。


 ちょっとだけ可哀想になったので先日ワイスマンカジノのガチ勢にナシェカのカードのトレードを持ち掛けてみたがレートがえぐいので諦めた経緯もある。

 SRキリングドールは三枚あって、イラスト違いの一枚が高騰していた。

 ガチ勢はお金での取引には応じない。応じるやつも辛抱強く探せばいるんだろうけど大抵はカードでのトレードになる。

 マリアに提示された条件はUR一枚。それもかなりレートの高いURだ。


 カードの価値は有用性で決まるのではない。そのカードを欲する奴がどれだけ存在するか、どれだけ出すかで決まる。ただイラストが綺麗なだけのカードでも場合によっては凄まじい価値を得るのだ。

 女子寮で毎日顔を突き合わせてるやつのカードにウルトラレアを出すわけない。しかもそこまで強いカードでもないし。さらに言えばウェルキンにあげる物だし。


「クエスト手伝ってくれねえか?」

「別にいいけど」


 なぜ労働は尊いのだろう。どうして人は働くのだろう。

 学食の窓に切り取られた四角形の青空を見つめながらマリアは詩人な想いを詩に込め、ウェルキンから頭の中身を心配された。ぶん殴っといたけど!



◇◇◇◇◇◇



クエスト『怪しい邪教の内定調査』

 夜な夜な旧市街の古い教会でミサが行われているらしい。不定期開催のため中々内情が掴めずにいたが最近になって教祖が帰ってきたらしき、またミサが行われるようになった。

 カルト教団の内情を調べ、危険性を判断してほしい。


 報酬:120ヘックス銀貨



「10パックか。この安さなら危険も面倒も少ないと見ているんだろうな」

「5パックな。あたしの取り分を忘れないでよ」


 もはやドラブレのパックの値段で単位を数えるようになっている。完全に末期だ。3パック分か、安いなとか言い出したらもうアウトだ。


「しかしカルト教団か、聖アルテナ教会みてえなやつかねえ」

「聖教会はいい人ばっかりだしそうなら楽なんだけどね」

「カルトって言ってもデスきょのような奴らばかりじゃねえってわかったのは良かったよな。ちょっと見方が変わったぜ」


 クエスト受諾者にだけ明かされる補足情報を記した別紙を読み込む。

 今回のカルトはティト教団というらしい。ウェルキンは知らなかったが有名な神様だ。魔の大神ティトはゴブリンやオークにオーガといった魔の眷属が崇める繁殖神で、その加護を持つ者は絶倫を極めるらしい。


 ティト神の加護を持つ者はモテ王サーガを綴るほどにモテると養父ラムゼイから歯ぎしりと共に聞いた覚えがある。マジな話養父の寝取られた過去とか聞きたくなかった。そういう話を娘にすんじゃねーって思ったくらいだ。


「この異教の集会ミサがいつ開かれるかわからないってのは面倒だよな」

「それもあってこの金額なんでしょ」

「それにしちゃ安くねえか?」

「金銭感覚狂ってきてるだけだよ。どう考えても厄介な依頼の値段だよ」


 夜を待ち、集会の開かれるという教会に出向いてみる。


 教会の場所は旧市街でも一際治安の悪いとされる辺りだ。雑木林に囲まれた教会には以前から様々な噂があったようだ。曰くここは邪神の祭壇。侵す者には死が待っていると。

 邪神の祭壇で邪神を崇める連中がミサやってんだ。噂が間違いではなかったってだけの話だろう。


 かがり火の焚かれた教会前の広場には大勢が集っている。別に顔を隠したり怪しい身なりをしている人はいない。なんなら普通の人々がお祭りのような感覚で集っている。強いて言えば皆一抱えの水壺を持参している。


 学院の制服は目立つので平民っぽい服に着替えたマリアとウェルキンもここにいる。マリアは胸元の空いたシャツと巻きスカート。一応ガーターに短刀を仕込んできたが失敗だった。見れば冒険者っぽい人もいて普通に武器を持ってきている。武器の持ち込みがオーケーな集会とは思わんかったんだ。

 ウェルキンはザレム教徒のようなターバンと繊維の荒い麻のシャツ。やや裂け目のあるダメージジーンズだ。見るからに下町の兄ちゃんって感じだ。二人揃えば下町の若い夫婦に見える。


 集会はまだ始まらない。ざわめきだけが高まり続けている。


「本当にどういう集まりなんだ。カルトの集会ってのは普通こんなもんか?」

「普通ってなんだろうねえ。こうして見ている分には怪しいところはないけど……」


 だから内偵の依頼なんてものが来ているのだろう。深くに入り込まないと判断できないが、深くに入り込むのが難しい。

 そういう意味でも学院生はちょうどいいのだ。職業軍人のようなプロっぽさがない素人の方が潜り込みやすく、教団からも取り込みやすいカモに見える。


 やがて教会から灰色の法衣を纏った連中が出てきた。顔を隠した巫女が二人かがり火の杖を掲げ。巫女を従える長身の男は聖典を携え。


 集会に集った人々が声をあげる。


「祭司長さまだ」


 人々が彼の下へと寄っていく。しかし見えない壁でもあるみたいに一定の距離までは近寄れず、瞬く間に祭司長を囲む人の円が生まれた。


 巫女がかがり火の杖にて石畳を打つ。ぴたりと静まり返った場で祭司長が聖典を開く。


「闘争の物語を開帳する。遥かなる昔、神々の世紀にて我らが主神ティトは大いなる過ちを犯した。それ即ちこの世に終わりなき闘争をもたらしたこと!」


 いかなる不可思議な御業によるものか此処に物語が投影される。神話を出来事が今此処で起きているかのように再生される。


 怪しくもおどろおどろしい異形の御姿が集う神々の祭壇で最終戦争を告げる光景。

 場面は切り替わり、戦火に包まれる街で、雄々しき空中城の見下ろすそこで、魔神というにはあまりにも神々しい美青年が塔のごとく長大な剣を投げ放ちて海を割り、まだ幼い年齢のハイエルフがステゴロを挑む光景。


「魔神ティトは終わりなき闘争を願った。だがその願いを我らは聞き違えたのだ。最適化された闘争は誇りあるものではなく、いつしか姦計を用いて敵を陥れるものへと変わった」


 無数の竜と機械のゴーレムが地上を焼き払い、異形の軍隊が猛火に包まれて息絶えていく。

 無尽の雷撃が砂の軍勢を焼き払い、神の一撃で隆起し陥没していく大地流に街が呑み込まれて消えていった。

 堂々たる魔水晶の王が巨鬼族の王との一騎打ちに倒れ、押し寄せる軍勢が壮麗な街並みを蹂躙していく。


「名乗りを挙げよ、剣を掲げよ、敗者を貶めるな。我らはいつしか魔神ティトの言葉を聞かずに新たな闘争の申し子となった。敗者を鎖につなぎ、使い捨ての命とすることで人の世の繁栄としたのだ」


 凄惨な光景が映し出される。ジベールの奴隷兵団の最初期の光景は語ることさえ吐き気をもよおすほどの邪悪さだ。

 だがこの文化は広がり続ける。幾度国が滅び文化を失えど巻き戻しのように同じ歴史が紡がれていく。


「今の世は魔神ティトとて本意ではない。ゆえにこれは魔神の慈愛。お前達へと捧げた涙が一滴である。苦界に生きる人の子らよ、さあ奇跡を授けよう」


 映像の投影が終わり、マリアは思った。ここやべえ。


「い…いまのなんだろ?」

「わかんねえ。だが思った以上にやべえのは間違いない」


 やべえカルトだ。何がやべえって技術力の方面でやべえ。

 祭司長が運ばれてきた水瓶に手を浸す。水面が黄金に輝き始める。


「さあ奇跡の水だ。精力を取り戻したい者はこちらに並べ」


 何をやるのかと思ったら水を売り始めた! 柄杓一杯で銅貨一枚。二杯なら銀貨一枚。三杯なら金貨を一枚。値付けが謎だ。


 こちらには並ぶのは多くは男性だ。年寄りもいれば若い冒険者もいる。年増のおばちゃんも並んでいる。


「堕胎を望む者はこちらへ」


 こちらに並ぶのは娼婦と若い男の半々だ。侍従服の男性もいればそれなりの年齢の男性も少ないがいる。二人の巫女が水を売る。何だかよくわからない光景だ。


「子を望む者はこちらへ。祝福を授けてやろう」


 祭司長はこちらに並んだ女性の腹に黄金に輝く御手を添える。傍から見ているだけでは何やってんのかよくわからないので、マリアも並んでみる。ウェルキンは水の方に行った。


 進みの遅い列で待ち、ようやく順番が回ってきた。

 なので文句をつけるみたいに言ってやる。


「何してんの?」

「慈善活動」


 なんて胡散臭いボランティアだ。


「そっちは?」

「邪教の内偵調査」

「おっと、そんな認識なのか。善意の活動のつもりなんだがな……」

「怪しく見えたら同じでしょ」

「かもな。疑いこそが罪ってか」


 苦笑するリリウスは何だか面白そうな顔してる。聖なる顔をするこいつの新たな一面は、初対面の人のように印象が違う。


「救済に関しては本気でやっている。手間を掛けて悪いが怪しいところはないと報告してくれ」

「いいけど」

「助かる。さあお帰りはあちらだ、夜は短い、救済を求める者には多くを与えてやりたいんだ」


 お前マジで誰なんだよって言いかけたマリアがぐっと呑み込む。忍耐力だ。


 妙に神秘的な雰囲気の赤モッチョに気圧される感じで広場を出るとウェルキンが待っていた。妙にエロい身体つきの巫女さんがよかったとかどうでもいい発言ばかりでげんなりする。

 それはともかくウェルキンが貰ってきた水は精力剤らしい。一口含めばどんなに枯れ果てたジジイでも一晩は狂戦士になる代物だって前に並んでいたディルクルスから聞いたそうな。……ディルクルスって誰だ?


「A組のやつだ。知らねえか?」

「んー、聞いたことはあるような?」

「まぁそいつとばったり出くわしてな。これから効能を試そうって近くの宿で待ち合わせをして……お前も来るか?」

「行くわけないでしょ!」


 精力剤を試し飲みする男子二人のところに行くわけがない。

 そこで思い出した。


(ディルクルス・フラウ・ヴェート! 一時期ゲイ疑惑のあった奴じゃん!)


 まだ夜もだいぶ浅い頃だ。歓楽街のあちこちにいる女の子に目移りしながら夜の街を闊歩するウェルキンの結末はどうなるか?

 何だか不安で仕方ないような全然興味もないようなマリアは女子寮を目指して歩き始める。



◇◇◇◇◇◇



 ナシェカは明け方になってようやく戻ってきた。

 いつ寝てるんだよこいつと思いながらも物音で起こされたマリアが文句だけは言っておく。


「昨夜のあれは何なん?」

「おっと、気づかれていたか。巫女のアルバイトー」


 邪教の集会でアルバイトしている奴が同室だったとは。

 最初からナシェカに聞いていれば簡単に済んだなーってのは今更だ。


「随分と長くかかったね」

「集会のあとはお疲れ様会があるからね~」

「アットホームな邪教だな」


 ナシェカは言うつもりがないらしい。

 マリアだって気づいていてわざわざ指摘しないことがある。ナシェカの肉体にこびりついたリリウスのにおいとか、そんなことをだ。


 シャワー浴びてくるって言ってタオルとか着替えを集め始めた彼女に一言だけ言ってみる。


「綺麗になったね」

「ナシェカちゃんは元々美少女だろー?」

「ううん、前よりも綺麗になったよ」

「そお? じゃあ褒められたって受け取っておくわ」


 ナシェカがシャワーに出かけていった。

 言ってくれないのはショックだったし。言ってくれたら祝福くらいしたのになーって思いながらベッドを出る。ジョンの散歩に付き合ってやるのだ。


 明け方の帝都を子犬を連れて軽くジョギングしていると……


「うおおお! 逃げ切った、逃げ切ってやったぞお!」


 何かを成し遂げたがごとくガッツポーズをする半裸のウェルキンと遭遇したのであった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 普通の邪教だったら、乱○パーティしてそうな展開で、ちゃんと教義説明して、御利益もバッチリある。 真面目な邪教徒集団である。
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