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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
夏休みのやり残し編
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とある夏の日に

 最近マリアは異端宗派の教会に通っている。そこの修道女と仲良くなったので遊びに行っているのだ。もちろん剣術の訓練のような遊びだ。


 麗しい修道女は見た目に反して中身があれだ。知的遊戯には向いていない、というか椅子にじっと座っていることさえできないお姉さんなので、必然的にそうなったのだ。


「思うに」

「はい?」

「マリアの闘法には荒々しさが足りないわ」

「それって本当に足していいやつですかね?」


 マリアの剣は愛のつるぎ。アイアンハート流剣術だ。華麗なる技、美麗なる連撃、フィニッシュに到るまでスタイリッシュ! すべては女子にモテるためにと養父ガイウスが開発したらしい究極モテ剣術だ。

 マジな話格好よさは最高だ。不必要なエフェクト盛り盛りの究極剣術なので村に住んでる思春期の男の子達だってみんな習得している。え、彼らがモテモテだったかって? 村の女子は玉の輿を夢見てたからね……


 対してルナココアの剣術は喧嘩殺法だ。殴打、頭突き、肘打ち、時には噛みつき、石を拾って投げてもいい。使えるものは何でも使い勝利のみを追い求める低俗な剣術だ。


(しかし強いんだよなあ……)


 ルナココアは理不尽なまでに強い。究極剣術を凌駕する喧嘩殺法なのではない。使い手の修練の問題で強い。

 まぁ年もなんぼか年上だしマジで真面目に武錬を積み上げてきたっぽいしそこは仕方ないと思ってる。だから結論を言えばルナココアが強いだけで戦い方の優劣では無い。そこは無い。きっぱりと言える。荒々しさは要らない。


 正統派剣士がたまに喧嘩屋に負けているのは剣士の努力が足りないからだ。それと場数も足りていない。完成された剣士こそが理不尽なまでの強者なんだってマリアは養父を見ているからわかっている。


 リリウスなんかも喧嘩殺法の使い手だけどあれは遊んでる時だけだ。本気になった時はどんな完成された剣士よりもロジカルな動きをする。極限まで無駄を削ぎ落してすべての動きに意味のある正統派剣術の理想形だ。


「うん、やっぱり荒々しさは要らないよ」

「でもわたくしに負けてばかりじゃない。マリアの技は綺麗すぎる、少しは泥臭さを覚えたほうがいいのよ」

「愚者は経験で語るって言いますよね」

「アーサーみたいなことを言わないの。頭でっかちの言うことなんて信用に値しないわ。実績なくして言葉に重みは生まれないの」


 勝った方が正しい論者のセリフである。この手の論者に正論も理屈も通じないのはよ~くわかっている。彼女達は自分の目で見聞きしたことしか信じないからだ。


(まあ遊びの一環ってことでいいかな?)


 ルナココアの喧嘩殺法をちょこっと教えてもらう。

 剣術は特性として剣の間合いを得意とする闘法だ。工夫をすれば近接格闘の間合いでも戦えるけど工夫が必要ってことは得意ではない。はっきり言って不得手だ。

 だからルナココアは近接格闘の間合いでは組み打ちを用いる。その距離その距離における最も得意な技を繰り出す。……説明を聞いている限りはとってもロジカルだ。


 実際にやってみる。思った通り筋がいいと褒められたけどマリアは理解している。

 これは迷路で行き止まりだ。強さに迷った者が陥るよくできた正解に見える迷い道で、この先は遠からず行き止まりになる。

 この道を行けばマリアはほんの少しだけのアドバンテージを手に入れ、その代わりに正統のちからを停滞させる。何年かの停滞の後に再び正統の道に回帰したとて無駄にした時間は戻らない。精々が喧嘩殺法への対応力を得る程度だ。

 マリアは己が何者かをすでに知っている。剣の道を往くと決めた時からマリアは剣士なのだ。


(まあココアさんが楽しそうだからいいけどね)


 技を教えてくれるココアは楽しそうだ。同士ができたとか考えてそうだ。


(喧嘩殺法でここまで強いのは逆にすごいな。才能だよね、もったいないなあ……)


 とある夏の日に、マリアは狂犬修道女に切なさを抱いた。

 素晴らしい才能と、迷路に迷い込んでしまった悲しい末路。こんな突き当りに迷い込まなきゃすごい剣士になっていたんだろうなあっていう口に出せない思いと共に。……全部リリウスのせいだ。


 ルナココアの喧嘩殺法の根底にはかつてリリウスが見せたトリッキーの完成形が存在するというどうでもいい話である。



◇◇◇◇◇◇



 ジョンは最近女子寮の門前を住処にしている。ここにいると餌を貰えるし気楽だ。せかせか動き回る人間どもを見つめながら、木陰で寝転がる駄犬は人間って大変だなあって思っているのである。


 アストラル体を引き裂く霊瘴もすっかり癒えた…とは言い難いが精神の健全を脅かすほどではない。不滅の権能を脅かすほどではなくなっている。

 にも関わらずジョンの姿になっているのは、駄犬の暮らしが気楽すぎて離れがたいのだ。


 せめて夏休みの終わりまでは気楽に過ごそう。そういう気分でのんびりしている。……来年になったら本気出すとか言い出しそうな予感がある。


 ジョンが木陰でお昼寝ぶっこいてると女子寮が震撼する。


「マリアぁぁああああああ! わたしのチーズケーキ食べただろマリアぁああああ!」


 ものすごい怒声が聞こえてきたと思えば女子寮の裏口がどばんと開いて、中からマリアが走り出てきた。ものすごい慌てている。

 ジョンは察した。さっきお裾分けと言って半分もらったケーキの出どころをだ。


「あわわわ……超怒ってんじゃん。怒るくらいなら半日も放置すんなよ、ねえ?」

「くぅん」


 いや同意を求められても困るんだがって反応のジョンである。


「やべーな、ほとぼりが冷めるまで逃げるか」

「きゃん!」


 マリアが丘を駆け下っていく。ジョンも短い手足を動かして丘を下りる。マリアの後ろ姿を追いかけていく。

 ジョンを気遣うその歩幅が、軽やかな足取りが、尻尾みたいに揺れる金色のポニーテールが、どこか懐かしくて……


 とある夏の日に、ジョンは失った王の思い出を抱いた。

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― 新着の感想 ―
切ねぇ...レティシアも生きてたらマリア級の才能だったのかな?
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