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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
夏休みのやり残し編
177/362

異端宗派の修道女

「さあ吐け!投稿をサボってやるFF16は楽しかったか!」

「うう、めっちゃ楽しかったです…」


 不満を挙げるとマップが楽しくないですね、エルデンリングやった後だと特に。ギミックや抜け道の少なさに探索欲求を削がれます。

 ゾーン管理ではなくオープンワールドにしてほしかった。しかし容量の問題かもしれません。

 チョコボが遅いのは世界が小さいからなのでしょうか。


 キャンペーンシナリオは完璧です。クリア後のFFモードが本編と言いつつも物語に浸りたいので何回でもやり直したくなりますね。

 大迫力の召喚獣バトルは必見です。神々の戦いにおいて人であることの無力さと理不尽さにがつんとやられます。

クエスト『聖アルテナ教会の近辺に出没する辻斬りをこらしめろ』


 ここで一つ疑問がある。


「教会ってなんだ。神殿ってことでいいんだよな?」

「うー、たぶん……」


 とりあえずアルテナ神殿に行ってみる。

 伝統的な街並みのフォルノークにおいて新市街の東側は金が掛かっている。ガラス窓をあつらった三階建てのアパルトマンが立ち並ぶ都会的な町だ。

 ここに大きな敷地を持っているのがアルテナ神殿だ。大都市の中でも裕福な町にどかんと存在する広大な庭には針葉樹と従属神の彫像が並び、その中心にタージマハルのようにどーんと聳える大神殿。寄付金で作り上げた金の城って感じだ。


 真っ白い法衣と真っ白いヴェール。顔を隠した神官を捕まえて話を聞いてみる。


「辻斬りが出るって聞いたんですけど」

「そんな噂があるんですか?」


 逆に尋ね返されてしまった。神官ちゃんが同僚を捕まえて……


「ねえ、辻斬りなんて知ってる?」

「面白そうな話ね」


 面白がられちゃった!


「今月はまだ人を斬ってないの。ちょうどいいわね」

「野蛮ね。でも斬らないと腕が鈍るものね、わたくしも混ぜてもらえる?」


 やべえここ!

 マリアがどん引きし、ウェルキンでさえ引いている魔窟アルテナ神殿である。白い悪魔たちだ。


 話がやべえ方向に向かいかけたので勇気を出して止めてみる。


「あのぅ、あたしたち辻斬りが出ると聞いて学院からの依頼を受けてきたんですけど」

「依頼書を見せてもらえる?」


 依頼書を見せると冷笑に伏された。


「これは異端宗派…いえアルテナ様の名を騙る悪徳宗教でしてよ。そう、あの害虫どもはとうとうここにも店を出しましたか」


「え、神殿と関係ないんですか?」

「ええ、アルテナ様とは何らかかわりのない邪教なのです。くっ、こうしてはいられない。カチコミを掛けないと!」


「とうとうカチコミとか言い出したよ」

「アルテナ神官ってもっとこうお淑やかな女だと思っていたんだがな」


 何だか話がやべー方向に逝っちゃったのでこっそり退散する。

 警笛のピーピー鳴ってる神殿を後にする二人はげんなりしてる。


「見てはいけない一面を見てしまった気分」

「マジでな。うちの部族よか好戦的じゃねえか」


 お前んとこはお前んとこでやばそうだな、とは言わずにグッと堪えたマリアなのであった。最近忍耐力が付いてきた。きっとリリウスとかナシェカとかウェルキンのせいだ。


 情報収集が不発に終わり、結局聖アルテナ教会ってどこなんだろって感じだ。


「帝都の情報通ってなると……フェイ店長を頼るしかねえ」

「頼りになるなあ」


 誰もリリウスを頼ろうとは言い出さない。事態をややこしくする手腕にかけては天下一品のトラブルメイカーだからだ。


 LM商会に行くと店員さんだけいた。レテっていう名前の森人の美人さんだ。

 見た目は普通の子だけど立ち居振る舞いには強者に気配があって、その正体は二つ名持ちのA級冒険者だってんだから驚きだ。


「レテさぁ~ん」

「また来た。昨日も来たよね?」

「なんて言いぐさだ。こちとら客ですよ~」

「そのセリフは売り上げに貢献してから言ってね」


 グサっとクル一言に関してはリリウス以上だ。切れ味は確実にこっちの方が鋭いけど可愛いから許す。許せる!


「まあまあそう言わずに。店長さんいる?」

「いるけどぉ」


 中庭で訓練しているっていうのでそっちに回る。もう慣れたもんでLM商会の中は店員のように詳しくなってる。……三階より上は行ったことないけど。やべえ予感がするので足を踏み入れる前に引き返してるけど。

 LM商会の中庭は異空間なのでえらいことになってる。正確に言えば中庭は石畳を敷き詰めた普通の中庭なんだけど、中庭のど真ん中に生えている扉を潜るとだだっ広い荒野になる。


 そんな荒野がどかんどかんと爆ぜている。すごい速さで放たれたオベリスクみたいなでかい金属の鉄骨が地面に突き立っていき、その合間を縫って大地を疾駆する無数の真っ黒い影。


 真っ黒い影の一体が国でも滅ぼすつもりかという極光の魔法弾を生み出し、真っ黒い影の一体が極光を鏡の中に放り込んで鏡を複製してやべー魔法の数を増やしやがった。


 肉体を電気化したフェイ店長がやべー魔法の発動を止めるために鏡の影に飛びかかったが、大地から生まれた無数の暗黒の腕に捕らわれて天高く上がっていく。

 空もやべえことになっている。曼荼羅のような奇妙な天蓋に覆われた空に浮かぶ黒い影が掲げたままの麗美な腕を振り落し、空が落ちてくる。


「リリウス!」

「おうっ! 消えろ、トータル・エクリプス!」


 世界が裏返る。現象の起きていた世界と起きていない世界が裏返り、あらゆる魔法エネルギーが消失する。

 裏返った世界には大地を疾駆する黒い影もなければ落ちてくる空もない。


 この瞬間を狙いすましたリリウスとフェイが術者へと飛ぶ。再び召喚魔法を使われる前に仕留めるつもりだ。

 術者はユイちゃんだ。少女のようだった外見はすっかり大人びていて、随分なめりはりボディに成長したユイちゃんが潤んだ瞳でリリウスを見上げ、言う。


「わたしをたたくんですか……?」

「くっ、ユイちゃんは俺が守る!」

「秒で裏切るなあああ!」


 ファースト裏切りの効果によってフェイが横っ面を弾かれて吹き飛ぶ。……随分効いているらしく膝に来ている。


「ぐっ、かはっ、マジのやつじゃねーか……」

「ユイちゃんやるぞ、愛のちからであいつを倒すんだ!」

「はい!」

「クソッタレえええええ!」


 ボコられそうなフェイに援護が来る。

 ウルドが遠間から放った矢が二人の足元にどかんどかんと突き立つのだ。マジな話すると矢の威力ではない。大口径列車砲の威力だ。


「何やっとるんじゃ。これでは召喚魔法の検証にならぬ」

「一個だけわかったろ。使われるとマジでどうしようもない」

「しょーもない結論で得意になるでない」


 やべーバトルが突然終わり、すでに対戦後の感想戦に移っているようだ。

 壮大な幻術だったりしないかな?って思っているマリアとウェルキンにこいつらが気づくのは随分と後になる。


「いまテレサがいたよな。あれって鏡渡りのディアンマだよな」

「だろうな。魔法の複製をしていたが本来はあの能力が僕らに向いていたわけだ……」

「アシェラが権能を封じておらねば大魔討滅で詰んでおったのじゃろうな」


「一番やばいのは空を封じていたあいつだ。何なんだ、どういう異能なのか掴めなかったぞ」

「フォルムは女性だったが、強いていえば夜の魔王に近い能力だったな……」

「なんでそんなもんがユイの召喚魔法から出てくるんじゃ」

「時の大神の仕業だろうなあ。クロノスめ、とんだ機能を仕込みやがって」

「頼もしいのは確かだ」

「敵に回ると始末に負えんがの」

「ほんとにな」

「まさかルキアを破るとはな……」


 近寄っていくとようやく四人がこっちを向いた。


「誰じゃ?」

「学院の友達」


 とてもわかりやすい説明だ。リリウスもやればできるんだなー、とどうでもいい感心の仕方をしたマリアである。


「訓練?」

「おう、いやユイちゃんがとうとうルキアを倒したってんで召喚魔法の検証をな。いやこれがマジでやべえんだ。今まではヴァルキリーの召喚だと思っていたんだがリブを込めると女神が出てくることが発覚してな。ヴァナ・ディース・ガチャ魔法だったんだよ」

「説明する気のない説明じゃのう。まあ知らんくてよい話じゃ」


 気にはなるけど長くなりそうな予感がしたので追及はやめておく。


「こっちはマリアとウェルキン。騎士学282期生の隠れ剣豪と馬鹿」

「お前俺に喧嘩売ってるだろ」

「馬鹿の自覚あるんじゃん」


 馬鹿って言われて反応してしまった馬鹿が歯ぎしりしてる。


「こっちはウルドとユイちゃん。クランの仲間だ」

「妻です」


 次の瞬間、リリウスとユイちゃんが消えていた。小脇に抱えて全力で逃げ出したようだ。


「つ…妻なんですか?」

「妻でよいのじゃろうか?」

「あー、籍は入れてないんじゃなかったか? あれはリリウスが何年もくっついたり離れたりしている女だ」


 雑な説明によるとあんまり優秀なアルテナ神官なもんで兄のクランから口説き落として引っ張ってきた感じになってる。雑だが間違いというほどではない。


「あー、やりそう」

「お前も気をつけろよ。九人目の女になりたくはないだろ」

「なんだそのドロドロ」


 愛人たちの間で刃傷沙汰の起きそうな人数だ。リリウスの死後は莫大な遺産を巡って殺し合いになる気がする。


「つまりあいつには八人の女がいるわけか。日替わりランチかよ」

「一斉に楽しんでるぞ」

「古代の権力者みてえな夜だな」


 気になる話題だ。しかしこのままだと夜になりそうな気がしたので早めに話題を切り替える。ずばり聖アルテナ教会ってなんだ?


「へえ、こっちにまで進出してきたのか。そいつは豊国の国教だ」

「神殿ではアルテナ神とは無縁の邪教だって聞いたけど?」


「って主張するくらいには目の仇ってこった。元々はアルチザン家がアルテナ神の末裔を名乗ったのが原因でな、まあよくある神権政治なんだがこれがアルテナ神殿の怒りに触れた」

「自分とこの神様の末裔を勝手に名乗られたんじゃねえ」

「そんな家はけっこう多いんだがよ。実際なになに神の末裔や家名を勝手に名乗っている家は多いぜ。だが問題はアルテナが処女神な部分だ」


「あー、なるほど」

「いい大人が面突き合わせてアルテナが処女か非処女かで揉めに揉めたってんだから笑うぜ。そんなわけでアルテナ神殿はアルチザン家を破門。アルチザン家が勝手に作ったのが聖アルテナ教会ってわけだ」

「うわー、アーサー君のご実家そんな感じなんだ」

「だが医術の世話になる分にはどっちでもいいぞ。どっちも腕のいい治癒術師だ。むしろ聖教会のほうが施術料が安いんで懐も痛まない」


「邪教って感じではない?」

「僕の感触ではな。変な風評被害こそあれ聖教会は悪さをしない」

「そうじゃのう。あやつらは悪しき者ではないよ、多少おしつけがましいところはあるがの」

「禁欲、清貧、酒色を断ち、祈りを捧げろってやつか」

「飲食に口を出すのはやりすぎじゃよ」

「あんたらしい言いぐさだ。蜂蜜は贅沢品に入らないんじゃなかったか?」

「酒にするとダメなんじゃと」

「何の違いがあるのか全然わからないんだが?」

「ワシもじゃ」


「え~~っと、その聖教会なんですけどどこにあるのか知りません?」

「そういう用件か。どこぞの民家を買い上げたらしく住宅街に埋もれているんで見つけにくいと思うぞ」


 口頭で説明してもらう。新市街の南門から入ってすぐに左手に進む。ウェヌスの小河川沿いに進んでいって、親切なネルガルじいさんのニコニコ魔法薬堂の三叉路を左に直進。すぐに見えてくる赤茶けた屋根の家の手前で左……

 メモが必要だ。メモを取らないと絶対に迷う。


「店長ってもしかして帝都の地図全部あたまに入ってんの?」

「市街地戦対策にな」


 開いてはいけない扉を開いた気分だ。フェイ店長は基本的には穏やかなんだけどスイッチがない。彼にはモードの切り替えがない。自然体でぶっきらぼうな接客。自然体で殴る。あらゆる行動が一貫して自然体で行われる。

 戦う準備は必要ない。お前は殺してもいい相手なのか?というのがフェイ店長のスタンス。一番怖いタイプだ。


「帝都の地理は完璧だ。いつだって事を起こせるぞ」


 こういうところが怖いんだよなあ、って思いながらメモを取る。

 LM商会は帝都でナニをやらかすつもりなのか。願わくば自分がいない時にやらかしてほしいなーって思った。



◇◇◇◇◇◇



 聖アルテナ教会は住宅街に埋もれるように密やかに存在する。

 左右を石造りの民家に囲まれた、堅牢な石積みの教会だ。やけに高い尖った屋根が目印だが、路上からこれを目当てに探すのは難しいだろう。


 この教会の門前……まぁ門さえないのだが、正面入り口前の路上には幾人ものアルテナ神官が倒れている。


「抗争かな?」

「カチコミって言ってたもんなあ」


 マリアらの到着よりも早くカチコミ部隊が到着して教会に敗れたらしい。


 教会の裏手から荷車を曳く修道女が出てきて、アルテナ神官どもを荷車にポイポイ投げていく。

 最初から荷車に乗っていた修道女は慣れた手つきで身ぐるみを剥いで縛っていく。ブラウスとドロワーズだけのあられもない姿になったアルテナ神官たちが野菜みたいに束にされている。……これが宗教戦争!


 神官を投げ込んでいる修道女がこっち向いた。森の中の小川のように清らかな水色の髪を肩から垂らす、凛々しいお姉様だ。


「あら、入信者でして?」

「いいえ」


 いきなり入信者はねーだろって感じだ。


「では救いを求めて?」

「いいえ」


 もう騎士学から依頼を受けて来ましたって言っちゃいたいところだけど、次に何を言い出すか気になって否定だけしといた。


「ははぁ、なるほどわかりました」

「何ですか?」

「ずばり道場破りですね?」

(こっ、こいつだー!)


 最近トラブルに慣れてきた。積み重ねた経験値がマリアを賢くした。

 件の辻斬り騒動の元凶はこいつだ!



◇◇◇◇◇◇



「はあ、武者修行でもないと。ではどういった事情で教会をおとなったと?」


 三階にある応接室に招かれてお茶をごちそうになる。

 何だかよくわからないけど面白いクイズ勝負を持ち掛けた人になってるらしい。


「そういえばまだ自己紹介もしてなかったわね。わたくし帝都枝教会を預かるルナココアと申します」

「あたしはマリア」

「ウェルキン・ハウルだ。俺らは学院からの依頼で来たんだが、心当たりはないか?」

「学院というと丘の上の」


 修道女が嗤う。薄い唇を歪めたその笑みは獰猛だ。


「心当たりが?」

「いいえ」


 嘘つけーって思ったマリアである。


「最近この辺りに辻斬りが出ると聞いてきたんだがな、知らないか?」

「まあ怖い」


 嘘つけー!

 真顔で全然怖がる様子もない修道女を、尋問するようにウェルキンが続ける。


「学院はこれを重く見ている。解決を委任された俺らは辻斬り犯をこらしめてやらないといけない。何か感想は?」

「辻斬りのような恐ろしい人は早く捕まえてほしい、と答えておきますわ」

「へえ!」


 ウェルキンが凄む。


「いいんだな?」

「よろしくない理由があるとお思いでして? やってごらんなさい、できるものならね」

「上等。今夜だ、首を洗って待ってろよ」


(こじれたのかハッキリしたのか、とりあえずウェルキンが出しゃばるとこうなるのは当然だったねえ)


 くれぐれも慎重に、犯人に怪我をさせることなく辻斬りをやめるようにどうにか言い含めてほしいという依頼書の内容でさえ覚えているやらいないやら。

 穏便に交渉で済ませようと考えていたマリアだったが、結局こうなるんだなあと諦めの気持ちでため息をついた。



◇◇◇◇◇◇



 辻斬り退治というかルナココアさん退治が今夜と決まり、マリアはちょっと気になって冒険者ギルドに向かう。


 何でこんな行動に出ているかと言えば誤答を引いた気がしたからだ。ルナココアの態度はあまりにも堂々としすぎていた。あれは己に一片の非もないことを知っている人の態度だ。

 売り言葉に買い言葉。最初から決めつけて疑ってかかり、喧嘩腰に乗るような形で今夜の決闘を取りつけたようなものなので情報の裏取りをしておきたかったのだ。


 帝都にやってきて四ヵ月。マリアも少しくらいは冒険者ギルドでの知人を得ている。ギルド職員の少年トトリ君もその一人だ。

 ギルド職員の制服であるワイシャツとベスト姿だが翼のために大きく開けている背中と、排熱のために露わになっている細くて小さな肩。マリアよりも小さな背丈のせいもあって女の子に見えてしまい、それを気にしている可愛い子だ。


「トトリー!」

「マリア!」


 駆け寄ってきたトトリ君とタッチで挨拶する。……仕草も女の子だ。


 軽い近況報告をする。ドルドム迷宮の攻略とかリゾート行ってきた報告とか、買ってきたお土産は今度持ってくるねーって感じのだ。


 トトリ君はまた男の子に告られたらしい。まぁ仕方ない。明らかにマリアよりも女の子っぽいので仕方ない。天翼人は胸筋が膨らみやすい種族なのでハト胸なのも仕方ない。


「どうすればいいんだろう。こないだなんて詐欺だって花束を投げられたんだよ、勝手に勘違いしたくせに……」

「筋肉を鍛えてみたら?」

「僕の一族って肉が付きにくいんだ……」

「スキンヘッドにしてみるとか?」

「それはちょっと……」


 一番てっとり早い方法を本人が拒否るんじゃ仕方ない。

 で、とりあえず本題に入ってみる。


「辻斬りについて調べてるんだあ。トトリ君なにか知らない?」

「辻斬り……あ、もしかして新市街の?」

「うん、それそれ」

「決闘の代理でも頼まれたの?」


 決闘とな?


「よした方がいいよ、横恋慕は鷹に目玉を抉り取られるっていうね」


 横恋慕とな?

 何だろう、辻斬りとは無縁のワードばかり出てくるぞ。


「どういうこと?」

「依頼主から聞いていないの?」


 トトリの語る辻斬り騒動の真実を聞き、「夏だなあ」ってぼやく。真実ってのは大概くだらないものだ。



◇◇◇◇◇◇



 同じ頃、ウェルキンもまた裏取りのために騎士団の駐屯所を訪ねる。マリアと示し合わせたわけでもないのに自発的に情報の裏を取りにきたのはやはりおかしいと感じたからだ。

 怪しい女を問い詰めて犯人であるかのような発言を得たが、後になって冷静に考えると俺が言わせてしまっただけのような、という感じ方があった。


 騎士団の駐屯所は帝都だけで八ヵ所あるが、ウェルキンが向かったのは新市街東門の内壁内にある詰め所だ。ここにはウェルキンの兄が詰めている。

 帝都新市街に入る荷馬車の列をダルそうに捌いている、軽薄そうな茶髪の兄ちゃんがそうだ。いま商人から差し出された金子を懐にしまった奴だ。


「ナレイン兄さん!」

「あん? おおっ、若じゃねーか!」


 ちなみにナレインを兄だと言ったがじつは親戚の兄ちゃんだ。親父の兄貴の息子で、上京してきた時に何ヵ月かお世話になったのである。

 しかしナレインからするとウェルキンは本家の跡取りなので若様なのだ。


「リゾートにしちゃお早い戻りだな。どうしたよ、何かヘマった?」

「いやいや超遊んできたって」

「遊んできたってこっちか?」


 ナレインが腰を振り出す。ウェルキンは見栄を張ってニヒルな顔つきで「まぁな」なんて言ってる。なんて下品な奴らなのだろう。


「ひゅうっ! やるじゃねえか、さすがだぜ」

「あたぼうよ!」


 親戚どうしでがっちり腕を組む。六つ違いの親戚の男なんてのは友達のようなもんだ。


 で、さっそく聞いてみる。


「西区の教会に辻斬りが出るって聞いてよ。何か知らないか?」

「……(ぎょぎょ!)」


 知ってる反応だ。


 目に見えて狼狽えだしたナレインがきょどきょどしている。何なら犯人の反応だ。しかしウェルキンは知っている。ナレインはそんなことをする男ではない。野郎なんて斬る暇があれば下町で女の子を口説いている男だ。

 辻斬りなんてするはずがない。するならナンパだ。そういう信頼がある。


「知っているんだな?」

「知らねえ」

「知っているな?」

「いま知らねえって言ったじゃねえか」

「俺には知ってるって聞こえた。頼む、教えてくれ、犯人はルナココアっていう修道女なんだろ?」


 ナレインが憂慮の面差しで眼を閉じる。ものすごくシリアスな顔だ。きっと何か深い事情があるにちがいない。


「これだけは言っておく、関わるな、これは俺の問題だ」


 ナレインが去っていった。駐屯所から去っていった。まだ勤務時間なのに去っていったのである。

 その姿を見ていた同僚のルドガーがウェルキンの肩に触れる。 


「男には自らの手でケリをつけねばならん事柄もある。そっとしておいてやれ」

「ケリって……まさかナレイン兄さんも被害に?」

「ああ、入ったばかりの給料と愛剣を奪われている」


 ハッと表情を変えたウェルキンもようやく気づいた。

 ナレインは誇りのために戦いに行くのだ。男としての誇り。騎士としての矜持。我が身にこびりついた敗北の汚泥は勝利によってしかすすげないのだ。


 去っていく従兄の頼もしい背中を……

 たのもし……

 たの……


「兄さんは勝てますかね?」

「……」


 ルドガーがそっぽ向いた。

 どうやら勝ち目さえない戦いらしい。



◇◇◇◇◇◇



 闇夜にはためく大のぼり。導かれるように集った帝都のむくつけき男ども。

 聖アルテナ教会の門前は熱狂の坩堝と化している。


『辻勝負 喧嘩買います』

(うわぁ、聞いてたとおりくだらなーい)


 熱気マシマシの門前で繰り広げられる圧があつ~い大勝負。景品である名剣を賭けての武器取り勝負はすでにドラマが一本仕上がっていた。


「ぐふっ」

「ナレイン兄さーん!」


 帝都警邏隊っぽい服装の兄ちゃんがバッタリと倒れ、駆け寄っていったウェルキンが泣いている。男泣きだ。兄さんの仇とか言い出しそうな雰囲気だ。


「勝負だ、兄さんの仇は俺が取る!」

「ええ、よろしくてよ」


 そして始まるウェルキンとルナココアの大バトル。ほどほどに手を抜かれていい勝負を演出されている時点でマリアは「あちゃー」って気分だ。こういう辻勝負で大事なのは勝てそうって思わせる演出なのだ。そしてそれは十分な力量と技量を備え、相手を七割方上回っていないとできない小細工だ。


 すでに負けてる奴は敷地内の治療所から見物し、まだ挑戦していない奴は周りを囲んで勝負の行方を、鼻の下を伸ばして見物している。……鼻の下を伸ばして?


「いやあ素晴らしい。ココアちゃんは本日も素晴らしいね」

「ああ、あの御見脚のために何度だって通っちまうぜ」

「勝てればなあ、勝てればアピールできるんだろうけどなあ」

「はかない夢だな。おっとタイツの話ではないぞ」


「勝てれば振り向いてもらえる。そう思っていた時期が俺にもあったよ」

「差し入れのドリンクに毒を仕込んだ奴が言うかね」

「秒で解毒されてたの笑ったわ」

「アルテナ神官に毒使った時点で失笑ものよ」

「ふっ、今夜はちょっといい猛毒を仕入れてきた。……まぁ受け取ってもらえなかったんだが」

「一度毒を差し入れした奴から二度も受け取るわけがないって仕入れる前に気づけなかったんですかね?」

「マジのアホって怖いな」


 辻斬り騒動の正体はなんと辻勝負であった。

 互いの武器を賭けて勝負。負けて怪我をしても治療が受けられるぞ。もちろん有料だ。


 これが新たに帝都に出店した癒しの教会が始めた売名行為の正体であるのだ。一回治療を受けているから癒しの御業の確かさを実感できるし、神殿よりも治療費が安いのは魅力だ。

 辻勝負にやってくるのは騎士とか冒険者なので客層もがっちり。改めて考えればいい商売を思いついたものだ。まぁ客の大半はルナココア目当てらしいけど。


 そしてウェルキンは当然のように敗れた。派手なヴァーティカル・エアレイドの七連撃をまともにくらって犬神家みたいに地面に落ちてきたウェルキンは、先日ラタトナのイース海運デパートで買ったばかりの剣を二本奪われて、アルテナ神官の子達に引きずられて治療院に連れ込まれた。


 マリアはどうするべきか迷っている。受けた依頼はこの馬鹿騒ぎを止めさせることだ。


(勝負に勝てばやめてくれるのかなあ。教会の大きな収入源っぽいし別の武器を使って再開しそうだしなあ。勝負の条件に辻勝負の中止を盛り込んでみる?)


 それしかない。ダメ元でやってみよう。次の挑戦者に名乗りを挙げる。


「あなたは昼間の。さっきの子の敵討ちってことかしら?」

「あれはどうでもいいです」


 ウェルキンのことは本気でどうでもいいと考えていそうなマリアであった。


「あたしが勝てば辻勝負は控えてもらいます!」


 宣言した途端に観客から飛んでくるブーイングの嵐。中には酒瓶や毒の小瓶を投げてくる奴までいる。危ない!

 しかし仕方ない。仕方ないのだ。だってここはもうココアちゃんファンクラブになってるから辻勝負をやめさせようとするマリアは悪なのだ。


「ううぅぅぅぅ、めっちゃやりにくい」

「勝てばねえ。よろしくてよ、さあ始めましょう」


 修道服に身を包んだルナココアがとんとんと軽くジャンプをする。準備体操のような仕草だ。

 獲物はオリハルコンっぽい暗黒の剣。闇夜の中にあっては刀身を走る黄金のラインだけが形のある稲妻みたいに奇妙に映える。

 仕草は洗練されている。まるで生まれながらにして殺害を宿命づけられた野の獣のようだ。

 ここまでは目に見える情報。


 オーラを膨張させて自らの知覚領域を広げていったマリアの第二の目には、自らと同じくオーラの気圏を纏うルナココアが炎の怪物に見えている。

 マリアとココアの気圏は衝突しお互いを消し合うつもりでゴリゴリに削っている。これもまた常人の目には見えない静かな闘争だ。


 この場に集った観客どもにこの静かな闘争を認識できている人はいない。他人のオーラに包まれて動揺も見せない戦士がいるとすれば、そいつは死に慣れきったアンデッドだけだ。


「最低限わたくしの前に立つ資格はあるようね」

「最低限か。最近覚えた技なんだけどな……」

「一つだけ。そういう情報を敵に与えてはなりませんよ」


 軽く飛び跳ねるように足の動きで15mの間合いを埋めたココアが斬撃を放つ。斜めから人体を両断するような強烈な鋭い斬撃だったが下に潜って回避した。


 マリアは回避と同時に垂直に斬りあがる抜刀でココアの顎を狙った。だが、だがさらに踏み込んできたココアに間合いを潰されて顎を掌打で打ち抜かれ、流れるように腕を絡ませてきたココアに右腕を折られた。


「くぅ~~~~~~」


 悲鳴をあげる暇もなく組み伏せられて石畳を舐めるマリアは、全体重をかけてのしかかるココアからの「ごめんね」を聞いた。


「いまの掌打は見えなかったでしょう?」


 悔しいけどそのとおりだ。オーラの気圏に入ってきた者の動きは肌に触れているがごとく読み取れる。ココアの纏うオーラに知覚を阻害されるのは、何枚かの服をまとったまま風を感じるような難解さだが不可能ではない。

 その感覚に従えばココアが二人に分裂したという理解しがたいイメージがあり、この違和感につけこまれた負け方だ。


「同じ闘法だから崩し手も理解しているの。これに懲りたら流派と体得している技は明かさないようにね?」

「はぁい。……そろそろ降りてもらってもいいですかぁ?」

「はいはい、じゃあ治療院に一名さまごあんなーい!」


 あっさり負けたマリアが治療院に移動する。

 なぜか治療院でアルテナ神官をナンパしている警邏隊の人が折檻されていたがどうでもいい。


「痛い痛い痛ぁい! 頭が割れる!」

「治療が必要だな」

「けが人を作らない方でお願いしやーす!」


 この男こそウェルキンが兄と慕うナレインなのだが本気でどうでもいい。いつぞやも変な投資話を紹介された事といい、気絶しているウェルキンはこの男との関係を見直した方がいいと思う。


 次の挑戦者が中々現れない。今夜はもうおひらきか、そう思われた時だ。辻勝負の観客の輪から見知った男子が出てきた。アーサー君だ。


「姉上、こんな馬鹿騒ぎはお止めください!」

「おっと、事務仕事要員一号ことマイブラザーではありませんの」


 姉からの認識がひでえ。

 観客もどよめいている。美形の弟だなとかあっちもイケる的などうでもいいどよめきだ。


「姉上にはアルチザン王家の誇りはないのですか! こんなっ、こんな見世物のようなまねをして恥ずかしくないのか!」

「布教命令は父王から出ていてよ」

「やり方というものがある!」


 アーサー君が剣を抜く。やる気だ。殺る気かもしれない。


「口で言って通じるとは考えておりません。ココア姉を止めるにはこれしかないことも」

「愚弟め、姉より優れた弟はいないとラスト姉様のお言葉を忘れたのかしら?」

「452×10は?」

「勝負!」


 突然激高したココアがアーサーへと斬りかかる!

 下にゼロ付ければいいだけでしょ、って思ってるマリアの戸惑いを差し置いて算数のできない子が猛攻を仕掛けている。


 アーサー君もものすごい抵抗しているしクッソ強いんだけど狂犬ココアの猛ラッシュに押し込まれていく。斬撃、体当たり、蹴り、踏みつけ、アルチザン王家の姫とは思えないような荒々しい戦い方に呑み込まれていき……


「はーい、治療院にごあんなーい!」

「……本当に容赦ないな」


 治療院までとぼとぼ歩いてきて、マリアの横にどっかりと腰を下ろしたアーサー君が重苦しいため息をついているのである。

 頼むから何も言わないでくれって横顔に書いているのである。


「善戦したね」

「慰めのつもりならよしてくれ。魔法を使えれば勝っていた」

「イイワケはやめたんじゃなかったの?」

「ぐぅ……」


 マリアは痛いところを突きのはとても上手い子なのである。


 二人して治療後の紅茶を含みながら、ぼんやりと夜空を見上げる。負けた後の夜空ってのはとんでもなく綺麗に見えるから不思議だ。


(うーん、ひどい目にあった。でもこれで依頼の全容が見えてきたなあ)


 騎士団はこの一件を表沙汰にしたくない。犯人を逮捕もしたくない。その理由がようやくわかった。

 犯人はアルチザン王家の人。騎士団長ガーランドの婚約者の妹なのだ。そりゃ逮捕するわけがねーわ。逮捕した奴のその後のほうが怖いわ。


 この後アーサーから姉の痴態を辞めさせる方法について相談された。


「一個だけいい方法があるよ。ラスト様に相談するといいよ」

「キミ、リリウスに似てきただろ」

「失敬な」


 本気で失礼だと考えているマリアである。


「それはダメだ。僕だってココア姉を殺したいわけじゃないんだ」

「大げさだねえ。ラスト様がそんなことするわけないじゃん」

「する」

「またまたぁ」

「絶対やる」


 冗談の雰囲気ではない。


「絶対?」

「殺る。ラスト姉様なら殺る」


 冗談だと言ってほしいのに冗談じゃないっぽい!


 マリアはまだラストさんの真の狂乱を知らない。ディアンマに染まった暗黒の魔法力が溢れ出し、無数に出現した欲張りな魔腕が辺りのものを一切合切ぶち壊していく恐るべき姿を知らない。……アーサー君はもちろん知っている。


「ココア姉様の首一つで治まるとは考えられない。だからこうして先んじて動いているんだ」

「……ラスト様が怒ると怖いってココアさんも知ってるんだよね?」

「当たり前だろ」

「じゃあラストさんにバレて超怒ってたって嘘ついたら止めてくれるんじゃ?」

「キミ、本当にリリウスに似てきたな」


 この夜を境に辻勝負はぱったりと途絶えた。マリアがその知らせを聞いたのは数日後にココアと一緒に模擬戦をしている時で、当然のようにアーサー君への愚痴付きだった。


 そう、マリアは仲良くなっちゃったのである。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 夜の魔王が使う鏡の技はディアンマ譲りだったんですかね。 [一言] トトリ・・・君!?
2023/07/04 03:28 名無しの背高人
[一言] 最強だな。 リリウスより救世主向いてるんじゃないかこの子。
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