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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
夏休みのやり残し編
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学院クエスト

 夜の平原を愛馬を駆りて走り抜ける。


 霊馬ブッチギリは変な名前だけど脚は本物だ。霊馬は疲れを知らずその脚は北の連峰まで走ってもなお衰えず。賢い瞳はマリアの意を読み取り思う様に動いてくれる。戦いとあってはマリアとブッチギリは互いのオーラを融合させて倍増した能力でゴブリンどもを踏み砕く。


 騎兵は強力な兵科だ。騎士は疲労を馬に預けて常に冷静な判断を下せる、徒歩で突撃する雑兵とちがって魔法詠唱にも集中できる。何より魔力を交わして通じ合った愛馬となら強化の術法の対象となる。

 愛馬の生命力を借りて発動する強化の術法で騎兵と騎獣は人馬一体となり高アジリティを有する魔法砲台と化す。

 これこそが完成した騎士の姿。AGI4000の下駄を履いたマリアは優秀な相棒に満足している。


 夜を徹して駆け抜けた愛馬ブッチギリと共に朝日を迎え、丘上から帝都を見下ろすマリアは充足感に満ち足りている。


「ねえブッチギリ、あんたはどう、あたしはあんたの飼い主に足りている?」

「ぶるる」


 愛馬が短くいななく。ブッチギリなんて名前のくせにクールな相棒いわく「言わせるなご主人さま」って感じだ。


 言葉を交わさなくても心は通じ合う。仕草で、瞳で、マリアは新たな友を得たのだと理解する。


「じゃあよろしくね。ブッチギリ、あたしと往こう」


 愛馬と一緒に丘を駆け下る。朝焼けに照らされて帝都は静かに目覚めようとしている。



◇◇◇◇◇◇



 二ヵ月間まるまるの夏季休暇の最中であるが学院の施設は機能している。帰省するやつらばかりってわけではないので、図書館や学食はやっている。学生寮だって女中さんがいる。休みがなくて大変だ。

 そんな早朝の学食にウェルキンの勇ましい悲鳴が轟く。


「金がねえ!」

「ふーん」


 マジでどうでもいいのでマリアは流した。


「金がッ、ねえんだ!」


 そしてしつこい。なんてしつこい男なんだ。ナシェカに九回も告って失敗している男だ。そりゃあしつこいに決まってるね、と思いながらウェルキン劇場を横目に、ベル君に聞いてみる。


「翻訳すると?」

「あははは、これはねえ、一緒にクエストで稼ごうって言ってるんだよ」

「最初からそう言いなよ」

「そこは察してくれ」


 なんて面倒な男なんだ!


 武士は食わねど高楊枝。男が金がないから金稼ぎに付き合ってくれなんて口が裂けたって言えるかよ、と考えているのがウェルキンだ。プライドが高いのだ。

 ナシェカを誘わずにマリアを誘った理由もこれだ。愛するナシェカに弱みを見せたくないんだろう。


「金欠ねえ。何か買ったの?」

「新段パックをな……」


 ウェルキンの胸ポケからドラ&ブレのデッキが出てきた。

 デッキ構成を見せてもらうとアグロガレリアのようだ。可愛い女の子のカードばっかり入ってる。なのにナシェカは一枚も無い。


「これはもう浮気でしょ」

「出ねえんだから仕方ないだろ……」


 魂の抜け出そうなため息だ。


「本当に入ってんのかよ。俺を狙い撃ちにした釣りに思えてきたぜ」

「まあリリウスならやりそうだよね」

「入ってるよ」

「? 待て、なんで言い切れる? 持ってるのか、持っているんだな? 売ってくれ! 頼む、このとおりだ!」


 持ってはいない。昨日開けたパックはナシェカの物で、マリアは開封を手伝っただけだ。あれは全部ナシェカの物なのだ。


 なのでここは愛想笑いで誤魔化す。


「だが入っているとわかればやるしかねえ。頼む、クエストを手伝ってくれ!」

「まあ暇だからいいけど」


 昼食後はウェルキンとクエストになった。ベル君は用事があると逃げていった。面倒くさいやつを押し付けられた感がある。


 学院のクエストは学生掲示板に張られている。ここにあるのは学生からのちょっとしたお願い事だ。魔法薬の材料調達から恋愛相談、ストーカーに言い含めるような変なクエストもある。


 夏季休暇ってのもあって張り出しは少ない。

 あってもレベル上げ目的の募集とか変なのばっかだ。


「この出会い目的の張り紙いつもあるよね」

「悲しい夏休みを送っているんだろうなあ」

「金欠にあえぐ悲しい夏休みを?」

「マリアよ、先日までのリゾートでの輝かしい思い出を忘れるな」


 クエスト掲示板はもう一個ある。

 職員室前の掲示板は騎士団からの依頼だ。報酬は高いけどその分きついのでお小遣い稼ぎ感覚の生徒からはスルーされているが、マリアはこっちの方が性に合っている。


 ちょうどマイルズ教官が依頼を張り出しているところだ。

 軍帽をかぶったハンサム教官が冷厳なる顔つきで振り返る。


 何故だろう、真夏だってのに彼は凍てつき凍えているように見える。眼差しが言ってる。俺は世界で一番可哀想な男だって。

 リゾート帰りで心がぽかぽかしているからそう見えるだけなのかもしれない。


「ちーっす!」

「夏季休暇にも仕事ですか、大変ですねえ」

「同僚がリゾートで遊んでいる間にも、かな? 給金を貰っている身だ、そこは割り切っているさ」


 ちなみにパインツ先生とはリゾートで出くわした。八月の後半になってようやくリゾートにやってきたパインツ先生と奥さん、それと娘夫婦と孫の大所帯であった。

 なんと給金をコツコツ貯めて三年分を放出する思いで国営ホテルの予約を取り、孫達を遊ばせてやろうという粋な計らいであったのだ。その時にリリウスが別荘を何件も所有していると聞いて悲しそうな顔をされたが、あの顔はマジで生涯忘れられないと思う。


 この話をすると少しばかり溜飲が下がったのかマイルズ教官が嬉しそうに笑った。

 どうやら割り切ったつもりが割り切れてなかったようだ。


「面白い話を聞かせてくれてありがとう。明けに先生をいじる材料ができたよ」

「あたしから聞いたって言わないでくださいね」

「うん、ウェルキンからにしよう」

「俺かよ。勘弁してくれよ」


 談笑が起こり、波のようにあっさり引く。こういうところが大人なのだ。


「浪費したお小遣いの補填と見える。じゃあどうだい、こういうのは?」


 教官が三枚の依頼書を渡してきた。


『辻斬りをこらしめよ』

『邪教の内偵調査』

『闇に響く人声の謎』


 どれも銀貨百枚を超える高額依頼だ。つまり面倒な依頼か、危険な依頼だ。


「へえ、額面はいいよな」

「つか辻斬りって帝都警邏隊の仕事なんじゃ」

「厄介な相手でね、騎士団はなるべく関わりたくないそうだ」


 ひでえ理由だ。


「そんな理由で……」


 辻斬りの依頼書を読んでみる。


特別クエスト『辻斬りをこらしめよ』


 帝都新市街に新たにできた聖アルテナ教会の近辺に辻斬りが出没する。被害者は主に冒険者と騎士階級。帝都警邏隊にも幾人かいるようだ。

 被害者は叩きのめされた上に武器を奪われることから、恥ずかしくて通報や被害届を出さない者が多いゆえ事件の発覚が遅れてしまった。

 くれぐれも慎重に! けっして怪我なんかをさせることなく! 辻斬りをやめるようにどうにか言い含めてほしい!


 報酬、テンペル金貨80枚


 読み終えたウェルキンが口笛を吹く。


「ひゅう、いい依頼だ。楽勝だぜ」

「あんたマジで言ってんの?」


 マリアは感じ取った。この依頼書からあふれ出るご配慮の香りを感じ取っている。


 おそらく騎士団は辻斬りが何者か把握している。しかし名前を出せないのだ。問題にもしたくないのだ。そしてこの金額だ。金貨80枚がすべてを物語っている。


 犯人は上級貴族なのだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] ヒュー、ちょっと目を離した(忙しくて巡回出来てなかった)隙に大量に更新されてるぜ。 更新ありがとうございます! 久々に触りましたが、相変わらずの面白さで、読み出すと止まらなくなるので大変でし…
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