お片付け
九月上旬。茹だるような暑さのランダーギアから帰ってきた帝都は涼やかな風の中にある。密林の地は正直もう勘弁だけどあれに慣れてしまうと帝都の暮らしは大変だなあ、なんてどうでもいいことを考えているマリアは女子寮で荷物の整理をしている。
四月に入学して……いや五月だった。入学式には間に合わなかったのだ。
入学から四ヵ月が経ちナシェカと相部屋のここも荷物が色々と増えてきた。クローゼットに積み重なった紙箱の山を見れば整理整頓の必要性を感じずにはいられないほどに。
要らない物は誰かにあげる。女子寮の一階にある要らない物置き場においておけば欲しい人が勝手に持っていく仕組みだ。
いつか必要になりそうな物はクローゼット。いま必要な物もクローゼット。装備は部屋の隅。
「たった四か月なのに濃かったなあ」
いま整理している品も装備だって四ヵ月の成果だ。
聖銀の長剣。聖銀の鎖かたびら。聖銀の鱗鎧。聖銀のロングブーツ。謎のグラップラーフィスト。
一際異彩を放つのはこのグラップラーフィストだ。腕全体を覆う鋭角な牙のような形状と、肩の部分に浮遊する水晶のように透明な盾。これはガイゼリックからの贈り物だ。かなり強い魔法でも握りつぶせる。普段は肩の部分に浮いている、思念誘導で動く盾はどんな物理攻撃も容易く防ぐ。
銘はティターンフィスト。巨人の拳というらしい。どういう理屈かは不明だが重さの存在しない腕防具はリリウスの斬撃を受けても傷がつかないらしい。……完全にリリウスと戦わせるつもりで笑えなかったけど、強い装備なのでありがたく貰っておいた。
他にも色々あるけれど気になっている物と言えば剣神の神殿でいつの間にか手に入れていた革ベルトだ。否、正確に言えば革ベルトのようなよくわからない変な物だ。
手触りは革なのにどれだけちからを込めても形状を変えられない不思議な品で、剣神アレクシスの紋章である『交差する一角と剣』の焼き印が捺されている。
「捨てるのは…まずいよねえ」
捨てたら神殿の人に見つかったら怒られるかもしれない。
返そうにも神殿は遥か彼方のランダーギアだし、そもそもいつの間にかポーチに入っていた品だ。ネコババ令嬢は勘弁だ。
整理整頓の途中で悩んでいるとナシェカが戻ってきた。女子寮の浴室から戻ってきたナシェカは濡れ細った黒髪にタオルを乗せて、衣類はワイシャツと短パンだけという男子には見せられない姿だ。
「げっ、なんちゅーもんを部屋で使おうとしてるんだ」
「これが何かわかるの!?」
さすがナシェカだ! 頼りになる!
って飛びついたのに避けられてしまった。薄情すぎる。
「いやそれ神器じゃん。あーやだやだ、それ近づけないで。浄化されちゃう」
「あんたはアンデッドか」
「いやそのちから無駄に圧が強いんだよ。リリウス級」
「そりゃあ圧だな」
あいつは圧が強い。見た目のインパクトも強い。笑顔も圧い。なんというか存在が圧力だ。
「つかこれ神器なんだ。なんでこんなの持ってたんだろ?」
「そりゃあ上等ブッチギリ四露死苦コースの成果でしょうよ。剣神と戦って認められた証だよ」
「? あたしが戦ったのは神殿長のアーレさんだよ?」
「そう名乗ってただけでしょ。リリウスとも話してたんだけどさ、マリアが戦ったのって剣神アレクシスだよ」
「マジ? に…人間に見えたけど?」
「巫女の体に降りていたんでしょ」
「巫女ってアリステラちゃんのような人だよね」
「そうだね。あれだね」
じゃあ可哀想な人なのかなあって思ったマリアであるが、デスの巫女とアレクシスの巫女は成り立ちから違う。剣神の巫女は言うなれば信徒の中でも有数のガチンコぢからを誇るレディースがなる名誉職だ。
そして問題は巫女ではない。この神器だ。
「これも強い武器なのかな?」
「どう見ても武器じゃないよねえ。わからない時は鑑定師だね」
「なるほど」
困った時は鑑定師、世の常識だ。
道端で拾った怪しい品。ダンジョンで拾ったやばそうな品。そういうよくわからない物は使う前に鑑定する。呪いの品だったら危ないからだ。
本日の予定が決まった。新市街におりて鑑定してもらおう。
◇◇◇◇◇◇
帝都の鑑定師はエプツール六大神とその眷属を奉る石柱の並び立つメインストリートのどこかに店を出している。異国情緒の香る絨毯と天蓋を探せばそこにいる。
(変だな、前にも来たことがあるような……?)
こういう感覚はたまにある。養父の話によれば実父は行商であったらしい。馬車に荷を載せて町から町への渡り鳥。一年の大半を外界で過ごすミグラントだ。
だからマリアも帝都に来たことがあるのかもしれない。こうして鑑定師を探したことがあるのかもしれない。そう思うことにした。
マリアは不思議な郷愁と既視感に誘われながら鑑定師を探し、見つけた。
つっかえ棒で支えた天蓋の下にはおばあちゃんの鑑定師がいる。……と思ったがちがった。少女と言ってもいいような年齢のお嬢ちゃんだ。付け加えるならとびきりの美少女だ。
「ようこそジプシー、ボクの英知にすがりたいんだね?」
何だろう、煮ても焼いても食えないってのが第一印象だ。
表情が、仕草が、佇まいが、何とも言えないほど食えない。こいつは難敵だなーって思いながら絨毯に座り込む。
「あの」
「さあ出しなよ、霊馬の轡だね」
(まだ出してもないのに!)
しかも気づいたら鑑定師の手の中に神器があるし!
手品師もびっくりの本物のマジシャンが轡を引く。すると青白く発光するユニコーンが現れてブルルンといななくではないか。
もうどこから驚いたらいいかわからない。
「こいつは剣神アレクシスの愛馬ブッチギリだ。キミが手に入れたのはこいつのオーナー権だ」
「はあ、オーナー権ってことは飼い主ってことだよね」
「うん、素晴らしい理解だ。正確にはキミが人としての生をまっとうする間の一時的な貸与であり、死後は剣神の身許に戻るのだが死後のことまでキミが心配する必要はないだろう。だがそうだね、家宝のように子孫に受け継ぐことと誰かへの譲渡はできないね。それは覚えておくといい」
「わかった。どうやって使えばいいの?」
「今のようにそこに馬がいるのだと信じながら轡を引くとよい。こいつはこの轡に宿る神霊でね、キミの求めに応じて出てくる」
けっこう簡単なんだな、と思いながらユニコーンの頬を撫でる。
愛嬌はない。むしろお前は俺の主に相応しいのか?と言わんばかりの鋭い眼差しを向けてくる。どうやら気難しい白角馬のようだ。
「こいつはキミに主としての器量を示せと言っているよ。今からでもいいし近い内でもいい、遠乗りにでも出かけてライダーの才覚を示すといい。神器は道具ではあっても格を有している。不相応な者の意には従わないし、時にはオーナーを殺すこともある」
怖いなあって思った。それが表情に出ていたのか鑑定師の少女が陰湿そうに笑っている。
「こいつならそこまではされないよ。精々が後ろ足で蹴飛ばされるくらいだよ。もちろん神霊の攻撃だ、常人なら魂まで砕け散る」
「何にも安心できないなあ。……とりあえず良好な関係を作っておけってことだよね」
「そうだね。ご機嫌取りにたまに魔石を食わせてやるといい。無色か光の属性の魔石がいいだろう」
高価な騎獣の成長のために魔物由来の魔石を食わせる、という経済的に負担の大きい風習があることをマリアも知識としては知っていた。まさか自分がそんな贅沢な馬を手に入れることになるとは想像もしていなかったけど。
「餌代が大変だねえ」
「神器だからね。格であれ経済力であれ所有者には相応を求めるもんさ。さて、他に聞きたいことは?」
「そのぅ、ドルジアの聖女ってあたしのことだよね?」
「焦らしたねえ」
食えない鑑定師の少女がくつくつと笑っている。なんかもう印象が魔女になってる。邪悪な魔女だ。
「スルーされるんじゃないかと冷や冷やしたよ」
「今はもうスルーするべきだったかなあって思い始めているよ」
「じゃあそうするかい?」
聞かなきゃ心の平穏。聞けば面倒くさそう。
それだけだ、それだけの話だ。ならば臆する理由はない。
「聞かせて」
「人其々役割がある。父親とか娘とかではない。剣士だの治癒術師なんて話でもない。その者が人生において何を為すかという話だ」
「あたしの役割は聖女?」
「そう先を急ぐなよ、順序だって聞かねば理解できないことってあるだろう?」
気づけばテントの外の騒音が消えていた。
気づけば周囲から人の気配が消え失せて、物音は吐息だって聞こえてこない。まるで異世界に迷い込んだみたいな違和感に振り返りたくて仕方がないが、奇妙な予感もある。
振り返ってもう一度こっちに向いた時に眼前の少女はもういない。そんな予感がある。
少女が一枚のカードを絨毯に置く。
爆炎と地獄を背負う勇ましい斧戦士のイラストカードだ。
『はじまりの救世主』 黒のマナ30
遥かなる神代の時代に生まれた最強の救世主。
彼の涙はすべての生命の死がために流れ、彼の怒りは闘争を終わらせんがために振るい落とされる。
さあ高らかに唱えよ。
絶対の勝利を約束された最強の男リリウス・マクローエンの名を。
このカードがプレイされた時、プレイヤーは勝利する。
(なんか要らない説明もついてる!)
完全にドラゴン&ブレイブスのカードだこれ!
という驚きもあったがカードに書かれている奴が完全に赤モッチョな件のほうが驚きが強い。
「彼もそうさ。闘争を厭う人々の祈りが集まりて為した究極の存在。闘争がルールのこの狂った世界を終わらせるために現出した人の形をした奇跡そのもの。このクロスワールドにおける最高神格、いや絶対神とも言うべき存在だ」
(持ち上げるなあ……)
真面目な話が途端に嘘くさくなった瞬間である。
カードが次々と置かれていく。
『聖銀竜シェーファ』 白のマナ⑦
太陽竜ストラの御子。
すべての破壊を願った竜の末裔が遂げた終末竜の姿。
何者も彼の竜の暴虐から逃れること適わず。
場に存在するフォロワーとアミュレット、詠唱中のマジックをすべて破壊する。
『漆黒の予言者』 黒のマナ③
予言者は笑う。
未来からは何者も逃れられない。
相手プレイヤーの指定した手札を二枚捨てさせる。
クリストファーのカード。ガイゼリックのカード。ナシェカのカード。アーサーのカード。クロードのカード。
そしてマリアのカード。イラストだけが描かれた何の説明も効果もないカードだ。
「ボクには疑問がある。キミは本当にドルジアの聖女なのかとね」
(だからドルジアの聖女って何なのって話なのにぃ~)
相変わらず周囲から物音一つ聞こえない。気配さえもない。ここは真昼の新市街だっていうのにまるで異空間に迷い込んだようだ。
(まさかね。だってこの子ドラブレプレイヤーだし)
どうなっているのかと振り返る。
その途端に『音』が戻ってきた。ここは幾つかの露店が立ち並ぶ露店市で、たくさんの露店と通行人がいる。
(そりゃそうだよね)
って思って鑑定師へと向き直るとそこには野菜を詰め込んだ木箱があった。
鑑定師も絨毯もターフも消え失せて、そこにはもう何もない。
「な…なんだあ……」
あれは夢かまぼろしか。
よくわかんなくなったマリアであるが、野菜売りのおばちゃん店主からの視線がドぎついのでリンゴを三つ買うことにした。銅貨六枚の支出だ。
◇◇◇◇◇◇
あの鑑定師は何だったんだろう?
そう思いながら帝都を南下するマリアは新市街を出て旧市街まで出ていた。霊馬ブッチギリとの絆を深めるために遠乗りに出かけるつもりなのだ。
軽めの並足で走らせていると事件性のありそうな怒号が聞こえてくる。
「肖像権ー! 肖像権ー!」
なんだろうと思って声の方に向かうとLM商会であった。この店いつも騒がしいなと思いつつ霊馬から降りる。
眼前のショーウインドウには美麗なポスターが張ってある。
美形だけど嫌なやつっぽい顎髭の男が殺人ナイフを指揮棒のように振り上げ、美しい少女達が殺人ナイフを構える構図のポスターだ。……なぜか少女の一人がナシェカに似ているような気がする。
ポスターには文字も書かれている。
拡張パック『ダージェイルの悪魔』好評発売中。
「肖像権ー!?」
「突然やってきて何だってんだよ……」
あ、この声ナシェカと店長さんだ。
店に入るとナシェカが店長のフェイさんに食って掛かっていた。マリア的には勇気あるなあって感じだ。ここの店長がクソ強いのは帝都では有名な話だし、近隣のマフィアの拠点をキャンプファイヤーして踊っていたのはもはや伝説として語り継がれているほどだ。
それとまあ、あのリリウスを相手に対戦で95%勝ってるというトンデモナイ情報もある、マリアが絶対に機嫌を損ねたくない男の一人だ。
そんな男に食って掛かるナシェカの勇気に感激しつつ、いつでも逃げられるポジションを確保しておくのである。
「ナシェカちゃんのイラストを勝手に使ってー!? どうすんのっ、どうすればいいの、スパイなのに顔が知れ渡っちゃうじゃん!」
「よかったな。大好評発売中だぞ」
「よくない!」
フェイ店長が帳簿をめくる。
「えーっと。よかったな、この一週間で2000パック売れているぞ」
「最悪!」
「文句ならリリウスに言ってくれ。お前のイラストを付けたら売れるって言い出したのはあいつなんだ。で、どうしろってんだ、販売をやめろってのか?」
「……2000パックも売っておいて今更どうしようがあるってんの? とりあえず残ってるパック全部買う」
「買い占めるつもりかよ」
200パック買う女の顔って切ないんだなあ、というどうでもいい新発見があった。
面白そうなのでパックの開封を手伝ってあげる。理由は本当に他人の金で楽しめるからだ。
LM商店の座敷でパックの包み紙をビリビリ破いていく。そしてそこはリアル強運のマリアである、一発目からレジェンダリーレアを引いた。1000パックに一枚だけ入っている本当にレアなカードだ。
『殺害の王イザール』 黒のマナ③
先史文明が生み出した災厄の悪霊は今日も明日も千年の時の果てにもカテドラル・フェローの祭壇でピアノを弾き続ける。何者も彼を滅ぼすことは適わなかった。最強の名は彼の現存こそが証明している。
指定したフォロワー及びアーティファクトを破壊する。破壊後、プレイヤーはこのカードをデッキに戻してシャッフルしてもよい。
「ナシェカ……(そっ)」
「うん(ものすごいため息と共に)」
ナシェカのこんなに切ない顔は本当に初めてみた。いつだって明るく楽しくがモットーでたまにシリアスに暗殺者モードになる女が、ガン告知をされた患者みたいに俯いている。
「ナシェカの古巣って殺人教団なんだよね。仕事やりにくくなるね」
「完全な営業妨害でしょ。人の世にとってはいいことなんだろうけど」
殺人教団の教祖の素顔が1パック12ヘックス銀貨でバラ撒かれているこの世の不思議である。マジでこの商会がまだ存続している理由が不明すぎる。
「店長さん大丈夫? こんなの売っててガレリアに狙われないの?」
「あそことは年がら年中ドンパチやってるぞ」
「LM商会もたいがいやべーんだね」
200パックもだいたい開け終えて残すところ後1パックだ。
ナシェカは何とも言い難い渋い顔をしている。どうやら欲しいカードが出てこなかったらしい。
「最後の1パックはマリアに懸ける! お願い!」
「何が欲しいの?」
「愛の娘の祈り」
「レアリティは?」
「ウルトラレア……」
「無理でしょ。こんだけ開けて二枚しか出てないのに」
えいやとパックを開けてみる。
中身は……
『キリングドール』コモン
『大闘技場』アンコモン
『サンドストーム』アンコモン
『英知のアシェラ』レジェンダリーレア
「ふお!」
変な声が出るくらい驚いた。LRだ。LRはすごいぞ! カードコレクターに流せば金貨百枚の値が付くようなカードだ。強いカードならマジで凄い高値が付くし、綺麗なカードならさらに高値が付く。
TCGの世界は巨額の金が動いている。マリアは遊びでちょこっとやってる程度だけど、ワイスマンカジノに出入りしているガチ勢なら買ってくれると思う。
そして最後の一枚……
『大闘技場のチャンプ・ダーパ』スーパーレア
「惜しい!」
「ハゲじゃん!」
マリアもナシェカもひっくり返ってダー!ってやってる。
200パックでも欲しいカードが出ないのがTCG。TCGは魔の世界だ。軽い気持ちで踏み込んではいけない。
「フェイてんちょー、次の入荷いつ~?」
「そういえばリリウスからお前に渡せって預かっていたな」
店長がカードを一枚差し出してきた。
どんなカードだろうって覗き込む隙もなく、トンビのようにかっさらっていったナシェカがそれを大事に抱え込む。ほんの少しだけ見えたのはプラチナブロンドの愛らしい少女のイラストだったってだけだ。
嬉しそうに涙ぐむナシェカの背に寄り添い……
「むかしの友達?」
「うん…うん……」
「よかったね」
「うん……」
なんだあいつもやる時はやるじゃん。
マリアの中でリリウスの下落に下落を重ね続けていた株が急上昇したのである。
◇◇◇◇◇◇
月明りの墓所。寂しそうに佇む少女が口を開く。
「また来たんだ」
「うん」
「ママになってくれるの?」
「はい、リゾートのお土産!」
ラタトナリゾートを感じる入浴剤セットを渡されたデス神の巫女がポカーンと大口を開けている。
困惑が果てしない。霊馬と共にアンデッドの大軍を突破してきて用件がリゾートのお土産だ。おかしなお姉さんねっておませな幼女がアンニュイに笑う。
「リゾートねえ、あら、海なのね。楽しかった?」
「うん、すごかったよ!」
「そう。お子様ね」
「あははは! アリステラちゃんったら知らないの、リゾートは大人もたくさんいるんだよ。みんな楽しそうだったよ!」
「そ…そうなんだ。ふぅん、大人もたくさんいるんだ」
聞く人が聞いたら青ざめそうなセリフだ。デス神の巫女がリゾートで大量虐殺をする前兆のようなセリフだったからだ。
だがマリアは気にしなかった。この子はそんなことしないって思い込みがあるのだろう。
マリアがリゾートの思い出を語りまくる。
昼と夜はBBQパークでアルバイト。自由時間は浜辺で遊んだりウェルキンとベルのナンパを邪魔したりリリウスを埋めたりと大忙しだ。
木陰で読書しているだけでリゾート女子百人に取り囲まれたアーサーの話とか、水着で歩いているだけでナンパされまくるナシェカと、そこに突撃したウェルキンによる大乱闘。それが貴族家どうしの揉め事にまで発展して最終的にガイゼリックがナンパ男どもを嵌めて脅迫できそうな写真を撮りまくったり。
ニートバタフライの話をしたり。ドルドムの話をしたり。小銭皇子と赤モッチョの決闘にドラゴンとクジラとシャチが出てきたり。なんだそりゃな話をしまくっている。
アリステラは別に相槌を打つわけでもない。
興味もなさそうに淡々と聞いているだけで、楽しそうにしゃべるマリアの顔ばっか見ている。
変なお姉ちゃんねって感じの顔で淡々と聞きに徹しているのに、どうしてこの女性は構ってくれるんだろう?
「本当に楽しかったんだ。来年はアリステラちゃんも一緒に行こうよ」
「ええ、暇だったらね」
「そこは無理に空けてよね。約束だよ!」
「じゃあ気が向いたらね」
月明りの墓所で交わした約束は守らない。
守るつもりもないし、守る必要もない。気が向くことなんてないって分かっているはずなのに……
(ねえ、どうしてわたくしに会いに来るの? どうして貴女は……)
動かない心臓がジュクリと痛んだ気がした。
気のせいだ。気のせいだ。だってこの胸は……




