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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
夏休みのやり残し編
173/362

伝説のニートバタフライを追う(前編)

 リゾートでの出来事や夏休みのやり残しを描いた短話集です。

 ランダーギアで手に入れた神器の鑑定に出かけたり、帝都でおきた辻斬りならぬ辻シスター事件などを投稿予定。

 伝説の魔物。それは見果てぬロマンの塊。

 伝説の魔物。それはおたからの予感。

 伝説の魔物を捕まえたら高値で売れる。冒険者の常識だ。


 しかし伝説の魔物は伝説なのだ。名を知られているのに伝説ってことを考えればわかると思うのだが、めちゃくちゃ強くて捕まえにきたやつを返り討ちにしているから伝説になったのだ。


 どうして人は学ばないのか。これが不思議で仕方ない。

 だが仕方ない。人間は痛い目をみないと学ばないのだ。だからこれは痛い目を見た話であるのだ。


 八月某日。ラタトナリゾートでのリゾートな日々を送っている時の話だ。


「伝説の魔物ぉ~?」

「そ、伝説のニートバタフライ」


 ナシェカが手帳をパラパラめくってそのページを見開きにして掲げる。

 手書きのイラストと目撃された地名とかその他色々な記述があるが気になるのは絵がウマーな部分だ。こいつ絵が無駄にうまいな。プロレベルじゃん。七色の美しい羽を持つちょうちょのイラストだ。


「じつは各地の伝承や伝説を調べるのが趣味なんだよね~」

「また意外な趣味だな」

「そんな意外性もかわうぃ~ね!」


 ウェルキンが俺とナシェカの間に割り込むみたいに己をアピールしてきた。六度も告ってフラレているのにこの態度だ。こいつの打たれ強さも伝説級だな。


「夜のラタトナ近海を彷徨う幻の蝶ニートバタフライはこの世のものとは思えないほど美しい七色の羽らしいよ。あ、イラストは私の想像ね」

「ちなみにその伝説は誰に聞いたんだ?」

「地元の漁師。四十年生きていて二度だけ見たらしいよ」


 う~~~ん、伝説にしては目撃頻度がな。

 四十年で二度かあ。それはレジェンダリーよりもレアの領域のような。


「伝説にしては頻度が高いというべきか、四十年でたった二度なら伝説認定してもいいかは迷うところだな。それでこれは何の話だよ」

「今夜探しに行こうって話だけど?」


 また気軽に言ってくるもんだ。地元の漁師が四十年生きてて二度しかお目にかかってない幻の蝶だぞ。無理に決まってんだろ。

 しかしマリアは乗り気だ。


「夏っぽいイベントだね。やろう!」

「夜に男と女が二人きり。何も起こらないはずはない……やろう!」


 ウェルキンまで乗り気だ。つかこいつナチュラルに俺らの存在を省きやがった。

 これに常識人のベル君がつっこむ。


「二人きりってウェルキン、僕らもいるんだけど?」

「そうだぞー」

「ばーか」


 リジーとデスきょの姉御エリンまでつっこんでる。


 ちなみに俺らはいま国営ホテルのBBQパークにいる。こいつらのBBQワークの後の食事中ってわけだ。

 この炎天下の中働かされてる馬鹿どもに冷たいかきごおりの差し入れに来たんだ。


「完全に行く流れだな。徒労に終わるだけな気もするんだが」

「行くでしょ。徒労も何も探しに行かなきゃ幻の蝶は絶対に見れないんだし、そんならハズレを引く覚悟で行くでしょ。つかS級冒険者の腕の見せどころじゃん」

「へいへい」


 手帳を確認する。

 ニートバタフライの目撃情報は常に夜らしい。いずれも海上っつーか沖。船上での目撃例だ。他の確定情報はなし。この世の物とは思えないほど美しい羽くらいか。


「つかなんでニートなんだよ」

「夜型で滅多に出てこないらしいしピッタリじゃん。さすが私」

「命名したのお前かよ!」


 無職扱いとは幻の蝶も心外だろうな。

 手帳の四ページを丸々読み込んでみたが大した情報はなし。これで見つけられるのはリアルラック強者だけだな。


「この情報量じゃあ大砂海で真珠を探すようなもんだな」

「そう思う?」


 ナシェカがマリアを指さす。俺も気づいた。


「なに?」

 って首を傾げるこのドルジアの聖女は強運の持ち主だ。カードで銀貨400枚も巻き上げられた俺が言うんだから間違いない。


「あー、そっかそっか。マリアがいるじゃん」

「そうそう。マリアがいれば見つかるよな」

「ナンデ?」


 本人だけがワカッテナイのに四人娘の間で強運が知れ渡ってるのオモシロ。

 よし、やる気出てきた。


「その漁師ってどこにいるんだ?」

「お、やる気まんまんじゃん。近くの漁村にいるよ、会いに行く?」

「どうせ探すなら見つける気で探さないと面白くねえしな。軽く情報収集といこうか」


 国営ホテルでは散策用に馬を借りられる。

 意外なことにこういうイベントには常に不参加を表明しているアーサー君もついてきた。


「参加すんの? 珍しいな」

「幻の蝶に興味がないってほど枯れているつもりはないよ。何よりS級冒険者が本気を出すんだ、見れる確率が高いのなら参加しない手はない」

「期待が重いぜ。まっ精々見つけられるように努力はするよ」


 目的の漁村は馬をギャロップで走らせて40分くらいの浜辺にあった。砂浜におっ立つ簡素なボロ小屋数十戸が寄せ集まる小さな漁村だ。

 浜辺では筋骨隆々な漁師どもがちくちくと針を差して網の手入れをしている。

 馬から降りたナシェカが漁師たちの輪に近づいていき、少し話をしてから戻ってきた。一瞬で打ち解けているのはすごいと思う。さすが本職の工作員。


「出かけてるって」

「空振り?」

「ううん、場所はわかってるから」


 また騎乗して丘を駆け上がる。海を臨む切り立った崖の上にその男がいた。昼間から酒瓶を煽る少し年のいった男だ。

 男は何をするでもなく、墓石と思われる二つの石の前に座り込んで酒をあおっている。


 ナシェカが声をかける。


「ジャミルさん」

「ナシェカか……」


 こっちも見ないでよくわかったな!

 二年前に一度来ただけの女をよく覚えてるな、つか見ずによくわかったな。仕込みかと疑うわ。


「懲りずにまた来るとは俺のホラ話がそんなに面白かったのか? 酔狂だな」

「ホラ話?」

「なんだ、何も説明せずに連れてきたのか」


 漁師のジャミルが酒瓶をあおる。

 幻の蝶の伝説はこの辺りにある。古くから口伝や噂話として実在する。それは確からしい。でも実際に幻の蝶を見たやつなんて存在しないそうな。存在しない?


「あんたは二度も見たと聞いたが?」

「どうだろうな、夢でも見たのかもしれない」


 ジャミルが酒瓶をあおる。うーん、この調子で飲む人なら酒が夢を見せたパターンもありそうだ。


「実際村の連中はそう言ってるんだ。夢でも見たんだろうってな」

「夢なのか?」

「さあな、俺にだってわかりやしないよ。もう十年も前のことだ……」


 ジャミルが酒瓶をあおる。もう中身は空なのに最後の一滴を期待して……酒瓶をおろした。

 そこにナシェカがどこかから取り出したウイスキー瓶を渡す。


「気が利くな」

「酒代分は話してくれるでしょ?」

「わかっているよ。だが幻の蝶は幻だ。実際村の中に見たってやつは存在しない」

「ジャミルさん以外でしょ」

「どうだかな、あれが本当の出来事だったかなんてもうわかりゃしねえよ……。何を話せばいい、以前話したので全部だ、新しい話なんて出てきやしねえぞ」


「じゃあ二年前に聞いた話をもう一度お願い」

「物好きだな。そうだな、幻の蝶を見たのはほら、ラタトナの海底城があるだろ。ちょうどここから海底城を目指して右手にみるような形で通り越した先の沖でだ。あれはそうだな、エリスの赤い月の晩だった。俺と相棒のエルガーはそこで幻の蝶を見た」

「もう一人見た人がいるのか。紹介してくれないか?」

「もう居ねえ男だ」

「リリウス、最後まで聞いてあげて」

「悪かった。続けてくれ」


「夜だってのに輝く綺麗な羽が二枚、目に焼き付いたみたいに本当に綺麗な羽だったよ。俺もエルガーも興奮してな、捕まえようって船を寄せにいったんだ。だがどれだけ船を寄せても近づけもしねえ。輝く羽はずっと遠くに浮かんでいたままだ。……幻だ、俺は幻を見たのさ」


 ここでアーサー君が口を挟む。


「船と同じくらいの速さで遠ざかっていたんじゃないか?」

「どうだろうな。そうかもしれないが俺にはわかりゃしねえよ」


 ジャミルが酒瓶を傾けてむせる。

 ごほごほとむせて落ち着いてからまた口を開いた。


「そのすぐ後に海が荒れ始めてな。気づいた時には船はバラバラ、俺は木片にしがみついていた。相棒もいなくなっていた」


 夜明けに目覚めたジャミルは相棒のエルガーを探したそうだが波の高い沖だ。そうしっかり探せたわけではないし、そんな余裕もなくすぐに陸を目指して泳ぎ始めたのだそうな。

 一人で村に戻ったジャミルはそれから色々言われたそうだ。エルガーはお前が殺したんじゃないかとか、色々だ。


 話はこれでおしまい。ジャミルは嫌なことを思い出したと言い捨ててまた酒瓶をあおり、俺らなど存在しないかのように背中を向けた。


「行こう」

「いいのか?」

「何かできると思う? 何かできたとしてさ、それがジャミルにとって喜ばしいことだって言える? 余所者の自己満足のお節介なんていい年した大人が喜ぶはずがないよ」

「そりゃあそうだ」


 崖を下って村へと戻る。今夜沖に出るのならこの村で船を借りなければいけないので、その交渉のためだ。

 漁村ではナシェカはそれなりに知られた存在だった。二年前にもニート探しに半月ほど滞在していたようだしこのビジュアルだ。村のマドンナって感じの人気がある。


「お前と歩いているだけで殺意の視線がすごいんだけど男遊びでもしたのか?」

「しねーよ」


 していないらしい。しかし自己申告なので疑いの余地が残されている。つか疑いしかない。だって村の若い衆の視線が寝取り男を射殺すものなんだよ。


「そうだぞリリウス失礼なことを言うなよ。ナシェカちゃんが男遊びなんてするわけがないだろ!」


 ウェルキンが怒鳴りつけてきたけどこの女が学院でやってるド派手な男遊びを知らないのだろうか……?

 こっそりマリアに聞いてみよう。


「ナシェカの男遊びってD組じゃ知られていないのか?」

「有名だけどウェルキンが認めようとしないだけだよ」


 恋は盲目だ。


 まずは網元さんに挨拶に行くようだ。こういう小さな漁村だと大船主とか網元が村長として君臨している。船を借りるにせよ夜までの滞在先を借りるにせよまずは網元への挨拶が必要なのだ。


 浜辺からあがった高台にある、林と塀に囲まれた古い屋敷が網元の家だ。これを見た瞬間に感じるものがあった。


「悪いことをして儲けていそうな屋敷だな」

「してるよ」


 してるんだ。騎士団長ガーランド閣下子飼いの工作員が半月も滞在していたんだ。元々は別件で来て、幻の蝶うんぬんはカモフラージュだったのかもな。


「そっちはもう終わっているのか?」

「泳がせているよ」

「温くね?」

「小悪党をしょっぴいても旨味が少ないじゃん。どうせならこいつから大物が釣れないかと来たるべき時が来るまで泳がせてるんだ」


 いやー帝国騎士団は素晴らしいな。容赦がなく限界まで利益を得ようとする姿勢がじつに素晴らしいぜ。……銀狼シェーファの師匠だから当然だな。

 動かざるべき時は動かず、しかして一度動けば死体の爪だって金に換える強欲だ。網元さんの未来が明るすぎて笑うぜ。


 網元はゆったりした服装の腰の曲がったじーさまだ。年齢は70に届くかどうかという高齢。目つきの厳しい頑固そうな老人だ。

 実務は息子に譲り渡しているが村の利権はかっちり握り締めている、陰の支配者的な雰囲気だぜ。


 初手ナシェカ、数枚の銀貨を賄賂で渡す。


「幻の蝶を探しに戻ってきた…か。酔狂な」

「趣味ですんで」

「便宜は図ってやるがあまり村をかき回すなよ」


 網元のじーさまが胡乱げな目つきでナシェカを睨みあげてきた。色欲は枯れ果てたが権力欲だけは残している。そんな雰囲気のよくいる田舎の権力者だ。


 網元が使用人のおばちゃんを呼んだ。田舎のふくよかな奥さんって感じだ。たぶん掃除とか洗濯に来ているパートのおばちゃんなんだろ。


「タニア、御客人に便宜を図ってやれ」

「はいはい。何を用意すりゃいいんだい?」

「船とこぎ手、それと滞在用の居場所とメシか。他には何が必要だ?」

「それで十分です」

「はいよ、じゃあうちに来なよ」


 タニアおばちゃんが全部用意してくれるらしい。


 再び浜辺に移動して掘っ建て小屋のような小さな民家がおばちゃんの家で、旦那と息子は外で漁業道具の手入れをしているらしい。家には息子の嫁だっていう女性だけがいた。パッと見の印象は陰気そうな子だ。潮風にやられたボサボサの長い髪を紐で後ろにまとめている。


 タニアおばちゃんが言う。


「リナ、息子を呼んできてちょうだい」

「……はい」


 陰キャな息子嫁がパタパタ走って出ていき……

 中々戻ってこない。おばちゃんが出してくれた水も三杯目になる頃になっても戻ってこない。


 これに怒ったのがタニアおばちゃんである。


「ごめんなさいね待たせちゃって。まったくもうっ、リナったら本当にグズなんだから!」

「いやまあ息子さんが見つからないだけかもしれないですしぃ~」

「こんな小さな村で見つからないわけがあるかい。あの子がどんくさいのはいつものことだよ」


 応対を任せているナシェカが愛想笑いをしている。俺らも我関せずを貫く。昔の人は言いました、嫁姑戦争は犬も食わないってね。


 おや、どっかから話し声が聞こえてくるぞ?


「引き受けちゃダメ!」

「なんでだよ、ナシェカなら払いはばっちりだぜ」


 ちょうど家の裏手の方角かな。かなり遠いが男女の揉め事が聞こえてくる。


「お前の欲しがってた髪留めだって買ってやれるんだぜ?」

「幻の蝶は絶対にダメ! 船が壊れたらどうやって暮らしていくの? 死んじゃうかもしれないし!」

「俺はそんなへまこかねえよ。いや、親父さんの悪口じゃねえ。そんなつもりはなかったんだ。悪かった、だから泣くなよ」

「じゃあ断って?」

「うっ、でもナシェカの頼みを断るのは……」

「バロウはあたしの夫でしょ!」

「わかってるわかってる! でもよぉ」

「でもは嫌い! 断って!」

「わかったよ……」


 うわー、出てくる前に断られるのが決定してるー。

 みんなの顔色を確認したがどうやら聞こえていたのは俺だけのようだ。俺の耳はエルフ並みに鋭いからだ。


 この数十秒後、息子のバロウ君が戻ってきた。

 登場シーンからして申し訳なさそうな顔をしていたがナシェカの顔を見るや一転して笑顔である。


「ナシェカ、何年ぶりだ、相変わらず美人さんだな!」


 嫁は陰気。息子の方は陽気だ。筋肉質な体つきと馬鹿さが顔ににじみ出ているのが最高にウェルキンとキャラ被りしている。

 ウェルキンよ、話がこじれそうだからナシェカを庇う感じで前に出るのはよそうぜ。


「おい、距離がちけーよ。あんまり馴れ馴れしくすんなよナシェカちゃんが困ってるだろ」

「お前なんだよ?」


 このややこしいやり取りは割愛する。リリウス・アイアンクローが火を噴いて二人を黙らせたぜ。


「あがががががが! 頭がッ、割れる。本気でぇ!?」

「やめろリリウス、つかなんで俺まで!?」

「喧嘩をするな、離れて正座しろ。以後俺の許可なく発言することは許さん。おーけい?」

「「おーけい!」」


 やはり暴力。暴力はすべてを解決する。闘争の箱庭における最適解まである。

 馬鹿どもを正座させて交渉開始である。……まぁすでに交渉決裂が見えているけど一応な。


「イタタタ……何なんだこの男、絶対に勝てないって一瞬で思い知らされたぞ……?」

「あー、ごめんねえ、こいつこれでもS級冒険者だから」

「マジかよ、どうりでトンデモねえパワーしてると思ったぜ……」

「俺の許可を得ない発言には再びの暴力が―――」

「待て! わかった、もう口を閉じるからその手をとめろ!」


 よろしい。ではこちらの質問にだけハキハキ答えてもらおう。


 タニアさんの息子がバロウ君だ。主に親父の相棒として一緒の船に明け方に海に出かけて朝の早くに戻ってくる一般的漁師生活をしているらしい。それと嫁のリナだ。

 普通結婚したら独立して自分たちの家を建てるもんだと思ったがそんな余裕はないんだってさ。自分の船も持ってないらしいし、現状は親父さんの船一艘がこの家の収入源ってわけだ。


 結婚してるから二人ともそこそこの年齢なのかな?って勘違いしそうだけど二人とも18とか19とかそのくらいなんだってさ。帝国も広いから地域によっては数え年だったり普通の数え方だったりして誤差がある上に平民はあんまり年齢を気にしないから多少の誤差はあると思った方がいい。


 で、ナシェカが交渉する。


「船を借りたいの。できればこぎ手としてバロウにも同伴してほしいね。報酬はそうだね、日当はヘックス銀貨二枚でどう?」

「おっ、けっこうくれるんだな」


 好感触である。さすがナシェカ。交渉を任せたら無敵まである。だからまぁ無駄な努力感があるのがイタイな。

 儲け話なのにバロウ君が申し訳なさそうな顔になる。腹芸のできない正直者なんだな。


「わりぃ、せっかくの話だが他を当たってくれ」


 申し訳なさそうに頭を下げたバロウ君に対してナシェカが目をキラリ。ちがうそうじゃない。


「交渉を覚えたねえ? こっちも大盤振る舞いのつもりで出した金額だけど小技を覚えた記念だ、よろしい、三ヘックスに増額しちゃうよ!」

「そうじゃねえんだ」


 ナシェカの頭上に疑問符が浮かび、バロウ君が嫁を抱き寄せる。


「俺もそれなりの腕はあると自負しているが夜の海はやっぱり危険なんだよ。わりぃ、嫁さんを心配させるわけにはいかねえんだ」

「もし船が壊れちゃったのなら新しいのを買ってあげるよ?」

「うっ、新しいのってマジかよ……」


 揺れ動くバロウ君。チョロウ君かもしれない。

 しかし嫁のリナが頼りない夫を押しのけてずいと前に出てきた。


「でも命は買えません。どんなにおかねを出しても死んだ人は帰って来ません。お願いです、もう帰ってください」


 これに言い返せるほどナシェカも厚顔無恥ではなかった。

 ほっぺが引きつってたけど!



◇◇◇◇◇◇



「気に入らなぁ~~~い!」


 交渉決裂のあと気分転換に浜辺を歩いている俺らと、一人でぷりぷり怒ってるナシェカである。


「でもナシェカちゃん、女を心配させたくないって言い分じゃあ仕方ないって!」

「私じゃなくて他の女を優先させたのが気に入らない!」

「え、そっち?」


 ウェルキンよ、この女はそういう女だよ。いい加減現実のナシェカを直視しよ?

 だがウェルキンはウェルキンでありこいつはやはり偉大なるイエスマンなのである。


「ったく、ナシェカちゃんの頼みを断るとは男の風上にもおけないぜ!」

「ダメだこいつ」

「自分の意見ってものがないんか」

「ウェルキン、そーゆーところだぞー」


 マリアら三人娘からつっこみが入ってもウェルキンは態度を翻さない。ナシェカ専用の風見鶏かな?


 この村には宿なんて立派なものはないがとりあえず夜までの休憩処としてタニアおばちゃんの家を借りられた。一泊、できれば翌朝も少し休むかもって感じで銀貨一枚を渡してある。


 残すは船とこぎ手だ。

 どうすっかなーって思いながら船の手入れをしている漁師に話しかけてみる。若い男の漁師だ。やっぱりナシェカの顔見知りだ。村の男全員から顔を知られているのかよ。


「日当銀貨三枚ってマジかよ。出す出す、毎日だって出してやるよ!」


 あっさり解決したぜ。やはり若い男は命知らずだな。


「よかった~、さっきバロウに断られたからさー」

「ナシェカの頼みを断るとかトンデモねえ野郎だな」


 ウェルキン二号発見の瞬間である。


「夜の海は危険なんだってさー」

「は? 夜の海なんて慣れたもんだろうに何言って……」


 そこで漁師が何かを思い出したみたいに手を打つ。


「あぁそういう」

「なに?」

「リナがいたろ。あいつの親父さん夜の海で亡くなってんだよ。幻の蝶ってんじゃ思い出すのも無理はないわな」


「どゆこと?」

「リナの親父さんはほら吹きジャミルの相棒だったんだよ」


 ほら吹きねえ。現状唯一の幻の蝶の目撃者に付いたあだ名としては最悪だな。

 ジャミル自身自分の目と記憶を疑っていたし、存在しない物を探すなんてまっぴらごめんだ。


「なあジャミルはどんな男なんだ?」

「どんなってただの飲んだくれだぞ。昔は村一番のってくらい腕のいい漁師だったらしいんだが今は日長一日酒を飲んでるロクデナシだ」


「? 今は船を出していないのか? どうやって生活しているんだ?」

「ナシェカ貯金だよ、まったく羨ましいもんだぜ」


 二年間遊んで暮らせるナシェカ貯金すげえ。

 いったい幾ら払ったんだろう……


「半月くらい滞在していたって言ったじゃん。ジャミルの家に転がり込んでたから情報料とかご飯代とかお礼とか色々込めて奮発したんだ」

「幾ら払ったんだよ?」


 ナシェカが五指を広げる。銀貨ってことはないな。じゃあ金貨五枚か。じつはこいつも金銭感覚ぶっこわれてんじゃねえの?

 でもナシェカは困ったふうな愛想笑いをしている。メンタル鬼つよなナシェカにしては珍しく本当に困ってる感じだ。


「船を新しくしたりとか色々やり直せるように渡したんだけどなー」


 二年前ナシェカが村を訪れた時のジャミルは本当にひどかったそうな。船も家もボロボロで彼自身も痩せこけていて、ほんの数日来るのが遅かったらそのまま死んでたんじゃないかって思うような状態だったそうな。

 本当は幻の蝶の話を聞くだけのつもりだったのにあんまりひどい状態だったから面倒を看てやったんだってさ。


 神妙な顔つきで独白するナシェカの綺麗な横顔を見て、ふと思ったのは鬼の霍乱である。


「お前って駄目な男に惹かれる性癖とかあんの?」

「ねーよ!」


 蹴られた!

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― 新着の感想 ―
[一言] お世話人形の習性なんだろうな。 お世話のし甲斐のあるダメンズ好き。
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