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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
ヴァカンス&ダンジョンシーカーズ
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青の薔薇を捕まえろ⑥

 グール化した人質を荷車に乗せて遺跡を出ると朝日が……

 朝日はだいぶ先だな。まだ深夜にもなってねえわ。


 荷車に積み重なったままピクリとも動かない人々をマリアが心配している。


「この人たちはどうなるの?」

「グール化して日も浅い、というか本格的な処置がされる前だから助けられるよ。正常化の措置はアルテナ神殿に任せよう」

「そっか。うん、よかった」


 マリアがトキムネ君に向かって「奥さんすぐによくなるからね!」って言ってるので俺達は何とも言えない顔つきになっている。

 いい子には欠点がある。それは騙すとものすごく悪いことをした気分になる点だ。


「あ~、そのことなんだが」

「トキムネ君よ、その話はあとにしようぜ」

「え、なに? もしかして奥さんここにいないの!?」


 いないよ。最初からさらわれてないからね。……なんて言えるかよ。

 ネタばらしするとそろそろ本気で怒られる気がする。最近マリアからの不信感がすごいんだ。そろそろ信用されなくなるぜ。


 困っていると空から光が降ってきた。飛空艇のサーチライトだ。この場の全員が夜空を見上げるとそこにはLM商会が所有する飛空艇バトルルーシェ改があるのだ。


 バトルルーシェから次々と兵隊どもが降りてくる。ナルシスがいる。ルキアがいる。テレサもいる。赤の賢者メルキオールもいる。ウルドも、フェイも、鑑定のアシェラもいれば彼女を支える悪徳信徒もいる。傭兵部門の長であるクルーゼ隊長に率いられる、世界とさえ戦える戦力だ。

 声を失っている奴らにはわかるんだろうよ。一山幾らの雑兵のように降りてきた傭兵一人一人が世界最強の一角に名を連ねるレベルの大戦士だってな。


 だからシェーファには言っておいてやるのさ。


「大きな勝算を確保したやつのセリフとか言ってたよな?」

「まいった。本気だったんだな……」

「英断だったな銀狼卿。あのまま抵抗してくれていたら今頃は殺せてたのによ」


 殺すというタイムスケジュールではなかったが、たぶんルキアーノも俺もやるのなら止まらなかった。殺しても仕方ないとは考えていた。

 クルーゼ隊長が確認してきた。


「殺さないのか?」

「今回はな」

「では撤収か。者ども、非戦闘員を収容しつつ撤収にかかれ! 我らがアーバックスへと帰還する!」


 今回のミッションに使用する飛空艇は三機だ。照明弾を打ち上げた夜空で、飛空艇から身を乗り出して手を振ってるのはエンズ村の連中だ。トゥールちゃんは彼らのまとめ役として飛空艇に残っている。死の揺り戻しが怖いからな。

 降りてきた一機の飛空艇に押収した物資なんかを積み込んでいる最中にあちこちで会話イベントが発生している。


 アーサー君は久しぶりの兄との再会。


「兄上、留学と聞いておりましたが……」

「魔導を学び直しているのは本当だ。ここの環境は強さを求めるには最高だ、私などよりも深い知識を持つ者どもと語り合い指導を受けられるのだからな」

「事実そのようですね。ご尊顔を拝すればわかります」

「わかるか?」

「王宮よりもずっと楽しそうです。その、いつまで?」

「私はもう祖国に戻るつもりはない」

「父王がお許しになられたのですか?」

「まさか。だが私は一個の命なのだ、家に縛られ負わされた役目を黙々とこなすのは私の本意ではなかった。それだけの話だ」

「兄上はアルチザン家を誇りにしているのだと考えておりました……」

「それこそまさかだ。私ほどアルチザン家を嫌っているものなどクレルモン家にもおるまいよ」


 ナルシスとルキアに詰め寄られている俺がいる。


「まさか我らを示威行為に使うとはな。貸し五億だ」

「桁が非常識だよ……」

「このナルシスを安く見てもらっては困る。なあルキアもそう思うだろ?」

「まあでかい貸しだ、いつか払ってもらうから覚えておけよ」

「ルキアが言うと本当にでかい貸しになるからなあ……」


 ルーデットの目には俺が嫌々ながら貸し借りを清算する未来の光景が見えている気がするから怖い。事ルーデットに限って言えばでかい貸しが本当に大変な苦労を伴うんだよ。


 そしてオルテガはトゥールちゃんとしゃべってる。

 エンズ村のみんなのこれからについてだ。


「ドルドムを出てどうするというんだ?」

「リリウス様の御国へ。救世主様は今回の作戦への協力の見返りとしてわたくしどもエンズの村民に欠けることのない支援と安息の地をお与えになると仰ってくださったのです」

「冒険者だと聞いていたが、あいつは国主なのか?」

「王配よ」

「どこだ?」

「それをドルドムの方に教えるのは怖いわね。でもずっと遠いところよ、海を渡ったその先の、救世主様が約束なされた安息の地」

「お前も行くのか?」

「ねえオルテガ、貴方は知らないのでしょうけどわたくし昔から物事をハッキリ言えない男って大嫌いなの」

「……まいったな。そんな昔からそこまで嫌われていたなんて思いもしなかったぜ」

「ううん、あなたのことはそこまで嫌いではなかったわ。あの時残ってくれって言われていたら残っていたくらいにはね」

「なんだよ、お前だってハッキリ言わないじゃねえか」

「だって過去ですもの。あなたと比べたら全然紳士的じゃないけど物事のハッキリした好いた夫と最愛の娘のいる女としてはかなりハッキリ言った方よ」


 あそこだけメロドラマみたいな会話してんな。


 マリアはようやく合流できたD組バカジョバカ男子に囲まれている。


「おおおおおお! おい! マリア!」

「どったんリジー?」

「怪我してねーよな!?」

「ないよ。そっちは?」

「こっちは平気。いやいやまいったよ、山賊村からこれでしょ。リジーも怖い連中に囲まれててビビってるし宥めるの大変だったんだ」

「びっ、ビビってねーし!」

「ビビリギャルじゃん」

「ビビってねーし!」

「おい、そんなことよりナシェカちゃんはどこだよ!?」

「そういえば?」


 その問いには俺しか答えられないので近寄ってって教えてあげる。


「ナシェカには極秘指令を出してある」

「やっぱりあたしらにはナイショで別命だしてたかー」

「だってナシェカだぜ? あの有能さをシェルルクごときに使うのは惜しいっつーか無駄遣いじゃん。やっぱり切り札は切り札として使わないとな」


 ガレリアのキリングドールは技量がやべえからな。

 殺害の王の生まれ変わりというだけの俺なんぞよりも技量が高い確定クリティカル出すマシーン様だ。しかし追加兵装で完全に無敵になっている。そんな奴は有効に使わないとな。

 ……多額の報酬を要求された分は働いてほしいもんだ。



◆◆◆◆◆◆



 吸血鬼コゼットは夜の闇を駆け抜ける。

 その身を魔力に溶かして一匹の大鷲となってひたすらに逃げていく。ランダーギアを囲む山々と飛び越えるのにはかなりのちからを必要としたがここさえ越えれば……


 ここさえ越えれば、そう思っていた。

 だが追跡する影は地表を這いながらもコゼットを見逃さない。必ず直下に存在し続ける。


 荒涼たる光景の広がる山頂から飛び立って遥かな空を往き、大空をたゆたう壮大な黒雲によって我が身を隠して飛び続ける。追跡者はピタリとついてくる。コゼットを焦燥感が襲う。


 やがて朝焼けがやってきた。空を黄金に焼くストラの輝きが吸血鬼たるコゼットの身からちからを奪っていく。


 吸血鬼が朝日に散るというのはどこかの小説家が書いた妄想にすぎないが、夜に満ちた冥府の魔法力が消え失せてしまうので吸血鬼の不死性を奪うのは確かだ。


 夜の吸血鬼は程度の低い次元の話であれば無敵だ。外部に無限の魔力タンクを有しているも同じであり、冥府の王の眷属の名に恥じぬ強さを誇る。

 しかし朝の吸血鬼はか弱い存在だ。魔力タンクを失い、体内に貯蔵する魔法力を消費することでどうにか生きていられるだけの弱者に成り下がる。

 体内の魔法力が尽きればおしまいだ。肉の体を持つ者どもとは違って砂になって消えるさだめ。


 大空を飛ぶちからさえも失って朝日の草原に降り立ったコゼットは、己を待ち構えているはずの存在に警戒していたが、そいつはやはり姿を見せなかった。だから最悪の仮説が成り立つ。

 追跡者の狙いはコゼットではない。コゼットが逃げ帰り報告する黒幕こそが追跡者のターゲットなのだ。


(ベート! 迎撃を判断するべきだった! 夜のうちに倒してしまうべきだったのに!)


 だがコゼットは全力で逃げ続けてきた。振り切れるという自信はたしかにあった。だが一番の理由はわかっていたからだ。

 追跡者には勝てないと本能がわかっていたのだ。


 朝を迎えて弱ったコゼットが今更ながらに追跡者を探す。だが見通しのよい平原にも関わらず何者の姿も見つけ出せない。夜のちからを失ったコゼットには追跡者を見つけ出せなかった。


 ゾッとした。これほどワケのワカラナイ存在に追われていたのだと今更ながらに気づいたせいだ。


 ガレリアのキリングドールの変身能力とは正しくこのために存在する。平原にそよぐ草の一本に化けた殺害の刃をどうして見つけられよう。己の影に潜んだ殺害の刃をどうして防げるのか?

 彼女らこそが殺害の王の刃なのだ。王の刃を防ぐことは何者にも敵わない。六十年という年月を経て強大になった吸血鬼でさえも殺人ナイフの餌でしかない。


「何もかも思い通り、そう考えているの?」


 平原に問いかける。やはり答えはない。この程度で尻尾を出す程度の存在なら生きる目もあっただろうに……


「薄気味の悪い! お前なんぞをあの御方にたどり着かせてなるものか、青の薔薇園の主にだけは!」


 死に覚悟と共にコゼットが炎上する。自ら魔法を放ち自らを焼いたのだ。

 燃え尽きていく吸血鬼を前にしても追跡者は動かない。コゼットは最後の策の失敗を悟り、だが本懐を遂げたことだけは喜んだ。


(口惜しい、この追跡者だけは仕留めておきたかったのに。……薔薇園の君よ、コゼットはお役に立てませんでした)


 ごめんなさい。それが吸血鬼の最後の言葉であった。

 誰にも聞かれずに風にさらわれていった最後の言葉を、しかと耳に留めたナシェカが平原に立つ。


「失敗か。やっぱり追跡の腕が落ちてるのかなー」


 かつてガレリアのキリングドールと呼ばれていた頃ならこんな失敗はしなかった。

 吸血鬼が相手だろうが追跡を悟らせずに幾夜もついで追いかけられた、のかもしれない。そう考えてしまうのは彼女の抱えた劣等感かもしれない。


「やれやれ、この体たらくじゃリリウスに請求しにくいなあ」


 そして倫理観がないのも悪い癖だ。


 朝焼けの平原で任務の失敗を悟ったナシェカは一つだけ拾えたワードをどれだけの高値で売れるかについて悩み始める。売り先は当然ながらあの男と騎士団長だ。

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