表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
いかさまカジノ激闘編
17/347

魔竜を打倒せんと欲した男は魔竜へと成り

 魔竜っつーか赤竜『おおきくも強欲な緋色のラライア』はクッソ強かったぜ。

 お互いを認め合って名乗り合い、すまんがここで鉱物資源を採りたいから別の山に移動してくんない?って要求を通すまで三日くらい殺し合うハメになった。


 数千年は生きてるエルダー級のドラゴンはやべーんだよ! あいつら下手な神聖存在より強いんだよ。舐めプで来てくれるどこかの氷柱竜さんはまだ戦いやすい方だ。周りに気を使って冷気も抑えてくれてたし。でも本気モードのドラゴンは空飛ぶんだよ。飛ばれると攻撃手段が激減するんだよ! まったく大仕事だったぜチクショウめ!


 激戦帰りの夕方に冒険者ギルドに顔を出すと……


「えええッ、マリア様が見つかっただって!?」

「はい、先ほど来られましたよ」


 相変わらずクールというか塩対応なコケティッシュ系受付嬢のトトリちゃんが詳細を教えてくれる。F級冒険者のマリア・アイアンハートは最近まで迷宮都市ラティルトの迷宮に潜っていたらしい。……学費を貯めていたそうな。


 中々パワフルなエピソードだな。乙女ゲーの主人公のエピソードじゃねえよなって思いながら聞いていくと最終的に自分で自分の捜索依頼を受けて帝都に来たそうな。


 本来なら依頼人である俺を呼び本人確認をした後に報酬を渡すといった形になるが、事前に俺のほうから俺との引き合わせは不要だと言っておいたのでその通りにしてくれたようだ。行方不明だったマリア様はそのまま騎士学院に向かっていったそうな。


「依頼達成というにはだいぶ変則的な形ですので報酬を無効にすることも可能ですが、どう為さいます?」

「別にいいよ。お小遣いは多い方がマリア様も喜ぶだろ」


 なにせ学費を貯めに迷宮に潜るくらいだ。俺の想像以上に貧乏なんだろうぜ。

 ゲームの中のマリア様って底抜け明るいポジティブ女子だからそういうネガティブな情報は出てこなかったな。


 トトリちゃんから俺に疑問があるらしい。怪しむような上目遣いで見上げてくる。ただただ可愛い以外の感想が出てこないな。


「面識もなく。行方不明と知るや大枚を叩いて帝国全土に早馬を送り。当人には正体も教えず。200枚の金貨を惜しみなく渡すと。いったい彼女とはどんな縁があるというのです?」


 その質問には答えられない。ハリウッド映画の陽気な黒人みたいに肩をすくめておく。

 トトリちゃんはすぐに諦めてくれた。こういうところが塩対応なんだよ。


「じゃあ俺の受けた依頼の報告を済ませよう。ゲアプリッツ山脈の魔竜の生態調査という依頼だったがあれは魔竜なんかじゃなかった」


 イビルって称号は人を害するがゆえに付与される称号だ。人を害さぬ竜なんて滅多にいないが、魔竜と呼ばれるものは頻繁に近くの村落や街を襲う人の味を覚えた悪しきものを指す。


おおきくも強欲な緋色のラライアは話せばわかる竜だった。もっとも話し合いに持ち込むまでに相応の実力を示す必要こそあったが古きカルステン語を介して交渉は可能だ。いったいどこから魔竜なんて言葉が出てきたのやら」

「それを調べるのも調査依頼の内だと考えております」


 澄ました顔でトトリちゃんが報告書を書いていく。

 この反応はどっちだ? 魔竜なんて嘘っぱちで聖銀の鉱脈が欲しいだけだと最初から知っていたのか? 読めないな……


「そうかい。とりあえずは住処を移してもらえるように説得しておいた。竜の時間間隔がどんなもんかは不明だが近い内にどこかへ飛び立つはずだ」


「移動は見届けなかったと?」

「俺も彼女もハッスルした後でな、傷を癒す時間が必要だ」


「どの程度のダメージを与えられましたか?」

「それを聞いてどうするつもりだ。手負いの竜を狩る好機か否かを知ろうとする理由はなんだ?」


「依頼主は騎士団です」

「知ってるよ」


 まずいな、縊り殺したくなってきた。

 こういうところがまずい。最近俺自身の精神状態が危険になっている証だ。弱っちいくせに強欲な人間の浅ましさを許せないと感じてしまう。


「ダメージは微々たるもんだ。騎士団にはそう報告しろ」


「わかりました。……少しくらいは信用してほしいものですが」

「竜一頭の死体がどれだけの金になるかを考えると営利企業は信用できない。俺は俺の名を使って交渉をし、あの山に長年住んでる竜に無理を言って立ち退いてもらった」


 自分でもわかるくらい声が冷たくなってきた。


 眼前のトトリちゃんは怯えながらも必死に目だけは逸らすまいと堪えている。どこかでコップが割れる音がした。どこかで誰かが倒れ込む音がした。どこか遠くから馬のいななきが聞こえ、子供の泣き声が聞こえてくる。

 トトリちゃんの綺麗な白翼から羽根が舞う。まるで乱暴に引きちぎられたみたいにハラハラと床に落ちていく。他の窓口の受付嬢は落雷に怯える子供のようにしゃがみ込んでいる。


「俺の面子を潰すようなまねはするなよ?」


「心得ております」

「いい子だ、その言葉を忘れるなよ?」


 真っ白な頭を撫でてやると「ひっ」と悲鳴が漏れた。彼女の瞳の中に写り込む俺の姿は真っ黒な死神のような姿をしていた。


 怯える者どもの視線を浴びながらギルドを出ていく。あぁため息が出てきそうだ。

 最近こいつらが虫けらに思えて仕方ない。俺が腕を振るっただけでバラバラになって飛び散る虫けらだ。


「シェーファ、お前もこんな気持ちだったのか?」


 お前という魔竜を倒すためにちからを求めた。自らという存在をフルスクラッチして超越者の領域まで改造してきた。魔竜にも等しいちからを得て初めてお前の気持ちが理解できた気がするよ……


 人の世は穢れ過ぎているよ。人の浅ましさも尽きぬ欲望も目を逸らしたいくらい醜くて許せないくらい気持ち悪いよ。……発作的に全部まとめて叩き潰したくなるくらいだ。


 誰か優しくしてくれ。じゃないと俺は俺を保てない。



◇◇◇◇◇◇



「それでは学業の成功と!」

「我らの出会いに!」


「「「乾杯ッ!」」」


 上級生の授業が始まる五月某日、魔竜調査から帰った日に男子寮の食堂で新入生歓迎会が開かれた。

 主催者は学院生徒会。クロード・アレクシス会長の音頭で乾杯が為された。爽やかスポーツマン系のクロード会長は侯爵家の長男でありアレクシス侯爵家の血統スキル保有者だ。名家にはよくあることだが長子相続よりも血統スキルの方が優先される。

 すべてを兼ね備えた貴公子。春のマリア・プレイヤー人気投票第二位。ドルジアの聖女を守る最高の前衛剣士。それがクロード会長だ。


 そんな会長は一年の中でも選りすぐりの名家出身の新入生に囲まれている。食堂に垣根はないが、上級貴族と下級貴族の間には越えられない意識の壁が存在している。

 だが下級貴族の子弟が集まるテーブルではそれはそれ、これはこれの精神で楽しく騒いでいる。


「遅れてきた新入生リリウス・マクローエン! 挨拶代わりに脱ぎまーす!」


 全裸でテーブルに登壇すると拍手と野次が飛んできたぜ。やはり野郎同士の飲み会で全裸芸は最強だな。誰も無視はできない!


「あいつやるなあ!」

「ああ、ヘタレてパンツだけは守ろうとするやつが多い中で自発的にいきやがった。リリウス・マクローエン、その名は覚えたぜ」

「イッキしろー!」


 大ジョッキを呑んで呑んで吞みまくる。全裸で登壇した漢気というものがある。ここでヘタレてもう呑めませんなんて男が廃るぜ。誰もが引くほど呑んでこそ宴会芸ってもんだ!

 そしてこういう漢気を見過ごさないのがクロード会長という男だ。


「リリウス一回生の勇気に拍手を! 生徒会は彼に続けー!」


 生徒会男子総勢六名が制服を脱ぎ去り登壇、大ジョッキをイッキ呑み!

 当然クロード会長も全裸だ。さすがだ、後輩一人に恥を掻かせるわけにはいかないと言わんばかりの見事な脱ぎっぷりだ。


「リリウス君!」

「会長!」


 会長と肩を組んで大ジョッキを飲み干す。

 生徒会のモブメガネがみんなを煽る!


「皆も続け! クロード会長に恥を掻かせるな!」


 先輩がたが躊躇うことなく脱いでいく。

 地元で育てた高慢な意識の抜けない新入生が戸惑う中で颯爽と脱いでいく。騎士学院は文字通りの軍の士官学校だ。鍛え抜かれた先輩がたと新入生じゃ覚悟がちがうぜ。


 突然始まった全裸飲み会に戸惑う新入生ども。その中に全裸の俺が乱入するぜ。


「おう、楽しんでるか!」

「お前すげえ奴だな。あー、リリ……?」

「リリウス・マクローエンだ」

「ウェルキン・ハウルだ。よろしくな」


 スポーツマン系の刈り上げ君と握手する。見た感じけっこう鍛えている。地元でバリバリ魔物退治していたって感じだ。辺境貴族なんだろうな。

 ウェルキンの隣にいた、真面目そうな細面の少年も握手を求めてくる。


「ベル・トゥルーズ。よろしくね」

「よろしく」


 見た目は貧弱そうだけどこっちもかなり鍛えている。ウェルキンが大柄な野球部系ならベルは体操部系の身体つきだ。ゲームだと名無しのモブ扱いな二人だが面白いな。現時点でもそれなりの実力者だぞ。

 酒を交わしながら二人としゃべる。二人はD組のようだ。


 ABCDで分けられるクラス分けだがA組は上級貴族とその家臣が多い。Bはそれよりもランクが落ちるか、爵位は高いが警戒対象が放り込まれ、C組は下級貴族か準爵という家格。Dは騎士階級って感じだ。

 俺も本来ならC組の家格だがロザリアお嬢様の取り巻きという社会的ステータスでA組になっただけだ。

 この制度から分かるのは学院のスタンスであり身分に相応しい者と付き合えってことだろう。


 そんな下級貴族のテーブルにデブがやってきた。俺の親友であるバイアット・セルジリアだ。


「おうデブ」

「リリウス君、服着ないの?」

「酒の席では身も心もさらけ出すんだよ……!」

「晒しちゃダメな物まで晒すのはやめてほしいなあ。二人ともそう思わない? あ、バイアット・セルジリアだよ、よろしくね」


 ウェルキンとベルもデブと握手する。

 二人が首を傾げている。おそらくはセルジリア本家ではない分家か何かの子弟だと思っているんだろうな。


 セルジリア伯爵家本家は帝国内のミスリル事業をリードする巨大財閥だ。さすがにイース海運とは比べ物にならないが下手な侯爵家よりも財力が大きい超名門なんだ。


「つかお前も脱げー! デブ! 脱げー!」

「なんで!?」


 そんな名家のおぼっちゃんの服を剥ぎにかかる俺はたぶん明日には処刑されているかもしれない。


「ちょっと待って待って! なんで僕まで!?」

「俺一人に恥じを掻かせる気かよ。友なら喜びも悲しみも分かち合うんだよ!」

「そうそう、さあデブ君も脱ごうぜ」

「リリウスの友達なら脱いで当然だよね」


 デブを脱がせる。また見事な白豚クンが誕生したもんだぜ。……こいつ痩せるとけっこうモテそうな雰囲気なんだよな。解せぬ。

 我ら下級貴族の子弟は一斉に立ち上がり、剥かれたデブを囲んでイッキコール!


「デブが呑むぞー! みんな俺のダチの勇気をたたえてやってくれー!」

「呑ーめ、呑ーめ!」

「デブ吞めー!」

「デーブ! デーブ! デーブ!」

「ううぅぅぅ……リリウス君と関わると本当にひどい目にばかり遭うぅぅ……」


 許せデブ、友には地獄まで付き合ってもらう主義だ。

 さあ場が盛り上がってきたぜ。


「さあデブ、セルジリア本家の嫡子の誇りを見せろ! バランジット様の息子なら堂々と飲むんだ!」

 って俺が叫んだ瞬間だ。これまであんなにも盛り上がっていた歓声と拍手がピタリと鳴りやむ。


 どうした同期諸君、顔色がちびまるこちゃん並みに青ざめちゃってるぞ?


「セルジリア本家……?」

「セルジリアってやっぱりあのセルジリアか?」

「帝国のミスリル流通を二分する超名門のセルジリアなのか?」


 ざわざわと動揺の声が高まっていく。

 なぜだ、みんなしてなぜ俺とウェルキンを親の仇のような目で見る。


「デブ君様をお救いしろー! あの痴れ者どもを吊るせぇえええ!」

「おまっら! うっ、裏切るつもりか!?」

「わははー! 盛り上がってきたなー!」


 みんなが一斉に飛びかかってきた。テーブルの上にいるウェルキンが泣き叫び、俺が同期どもを蹴たぐり倒す。そしてベル君だけ華麗に逃げてる! 変わり身早いなベル君!


 同期どもがデブを回収する。さっきまで嬉々としてコール掛けてた連中が被害者面をしてデブにごますりしてる。


「デブ君様、お怪我はありませんか!?」

「デブ君様、お服をどうぞ。さあ」

「ちくしょうリリウスめ、デブ君様になんてことを!」

「さあデブ君様、あの痴れ者を撃てとお命じください!」

「……」


 ブレザーを掛けられ、大勢の同期から守られたデブがすっくと立ち上がり、ニヤリと笑いかけてきた。ここで死んでよリリウス君とか言いそうな表情だぜ!


「ちがうんだー、俺はリリウスに巻き込まれただけの! 俺は無実だー!」

「往生際が悪いぜウェルキン! 今夜は俺と地獄に付き合ってもらう!」

「俺は無実だぁあああ!」


 新入生歓迎会の夜が大盛り上がりのまま更けていく。

 さあダンスを踊ろうぜ。狂ったまま踊り狂って最後にはみんなで仲良くなっちまおう!


「俺は無実だー!」


 ウェルキンの渾身の叫び声が夜に轟いていった。



◇◇◇◇◇◇



 いやぁ、昨晩は大盛り上がりでしたね。

 最終的に新入生も上級性も入り乱れてのバトル大会になったせいで職員室から教員が出動してきてものすごい怒られ方をしたぜ。……突入してきたパインツ先生を俺がノックアウトしたせい?

 ちがうよ、連帯責任だよ。


 今は教師八人に囲まれて朝まで説教され、ようやく解放されたところだ。


「ふぅー、朝日が目に染みるぜ……」

「リリウス君なにを清々しくやり遂げた感じを出してるの。全部リリウス君のせいだよ?」


 朝まで説教くらったせいでフラフラの学友達が一斉に頷く。


 みんなごめんね?

 てへペロした俺へと向けてみんなが怒りの拳を振り上げた瞬間だ。快活に笑いだしたクロード会長が言う。


「うん、いい感じだな」

「会長?」


 クロード会長がものすごい笑ってる。みんな困惑してる。


「みんな少しばかり肩肘張ってるところがあったから心配してたんだがこれなら大丈夫そうだ。あいつは下だとか上だとか家柄なんかで付き合うやつを狭めていたらもったいないぞ。三年も同じ寮で暮らすんだぞ。三年も交友を深められる時間があるんだ。逆に言えば三年しかない貴重な時間を無駄にするなんてモッタイナイぜ」


 クロード会長が前歯をキラリ。驚きの白さ!


「生徒会長として宴の最後にこの言葉を贈らせてもらおう。一回生諸君、この調子で楽しい学院生活を送りたまえ! やり方がわからないなんて言うなよ、諸君は今宵の宴でどうすれば仲良くなれるか学んだはずだ。楽しめよ、気楽に楽しめるのは今だけだぞ!」


 クロード会長と上級生たちが去っていく。

 上級生用の学生寮へと戻っていく先輩たちの後ろ姿はさすがだな。数々の飲み会を潜り抜けてきた歴戦の猛者感がある。

 たった一晩でフラついてる新入生とは格がちがうぜ。


 雄々しい背中を見せつけてくれたパイセンがたを見送る新入生たちに言ってみる。


「このあと授業だけどみんな平気?」

「「……?」」


 授業ってナニソレみたいな素の反応が返ってきた。これはダメみたいですね。


 この日、一年生の出席率は六割を切り、出席した生徒も教室で爆睡しているような有り様であった。


 騎士学院一年生の授業は必修が10教科。

 ①帝国史 歴史の授業だ。帝国の成り立ちと周辺諸国との関係を学び直す。教材をぱらーっと読んだ感じ矛盾点のないよくできた作り話って感じだ。帝国にとって都合のいい歴史を学べるエンターテイメントだと考えればいい。


 ②算術 うん、普通に数学だ。算数は大事だ。計算ができないやつに書類仕事を任せることはできないし、物資の管理にも大活躍だ。三年までの教材をぱらっと読んだけど最終的に物理学になり弾道計算式や流体力学などの様々な戦場数字を扱うようになる。ライアードも言ってたけど用兵は数学なんだよ。


 ③魔導学基礎 15歳以上の貴族の子弟なら確実に修めている内容だけどそうじゃない人も入学してるし、最初から謎の応用から入ってて基礎が疎かになってる場合も多いから基礎からやるのがこの授業。

 魔法は奥が深く個人で極めるには千年でも足りない。日進月歩の魔導界隈でも最新の理論を学べる……というふうに謳っている教科書だがいったい何世代前の理論なんだろう。こんなことは言いたくないが教科書に載るような情報って秘匿する価値もないゴミ情報なんだな。インターネットの普及した世界じゃあるまいし最新の理論は常に学者の頭の中にあるんだよ。研究畑の魔導師は僅か1アテーゼの魔力消費量を抑えるために人生を懸けて術式を編み上げているんだよ。……帝国の魔法って見栄え重視の燃費カス魔法が多いな。


 ④帝国法学 帝国の法律を学ぶただそれだけの授業だ。帝国裁判所の過去の判例とかも覚えて様々なケースに対応できるように学ぶんだ。騎士の敵は犯罪者だけじゃなくて土地の領主も敵になるから法知識は必須なのさ。


 ⑤経済学 ガーランド閣下のテコ入れを感じる……。貴族も経済を学ぶ時代が持論の人だし間違いないな。


 ⑥心理学 犯罪者の捜索や兵隊の人心掌握に大活躍する心理学は騎士の必須教養なんだよ。使いこなせるかどうかはともかく学んでおく必要があるんだよ。でも心理学使いこなすやつって悪いやつが多いイメージがあるよね。


 ⑦戦術論 騎士学院は士官を養成する学校だ。槍抱えて突撃するしか能のない雑兵や上官の言うことをハイハイ聞くだけの歯車を作る学校じゃないんだよ。自分で兵隊を統率して自分で戦術を考えて実行し敵を撃破、地域を占領可能な部隊指揮官を育てるために必要なテーマだ。


 座学は七種。次の教科からは実技だ。

 ⑧行軍学 いわゆるサバイバル術を学ぶ。野営の仕方やら薪の集め方などの下っ端兵隊の仕事から始まり、方角の読み方や地図を読んでの地形の把握など士官の仕事を学ぶ。二学年から実習が始まって50人程度の兵隊を率いて行軍演習もやるようだ。


 ⑨剣術 うん、普通だね。読んで字の通り剣術の授業だ。


 ⑩魔法行使 うん、説明は不要だね。


 他にも選択授業というか木金の夕方に図書館二階の大講堂でのコッパゲ先生や国外から呼んだ高名な講師の講座がある。予約制なので席はとっくに埋まってるけど聴講だけなら立ち見でもいいから問題ない。

 この特別講座はテーマは定まってない。その時その時の気分で色々しゃべるそうな。


 ゲームだと授業は午前中と午後の二回の分かれ、選択した授業に沿ったパラメータが上がる仕様だったね。

 一日は午前・昼休み・午後・放課後の四パートに分かれ、昼休みは学院内を回って誰かと仲良くなるパートだ。放課後もそうだけど自由は放課後の方が高くてアルバイトや野外へのクエストに出かけられる。市内を回って装備を買い替えてもいいし名有りのキャラとコミュニティを築くこともできた。


 一時間目は帝国史の授業だ。扇状の小講堂で堂々と惰眠を貪るA組男子と無傷の女子。なぜ男子が朝イチから疲弊しているのか女子は不思議で仕方ないようだ。

 ロザリアお嬢様が隣でイビキ掻いてるデブをつんつんしてる。俺もつんつんする。ほっぺの弾力すげえ!


「全然起きないわね。どうしたのこれ?」

「昨夜の新歓コンパが響いてるようですね」

「あぁそう。それであんたも元気ないんだ」


 俺はタダ酒飲めてむしろ超元気なんですけど……

 軽く微笑むお嬢様の意図が読めない。この方はたまにこういう顔を為される。俺なんかよりも大人びた顔をだ。


 本当にたまに理解できなくなる。普段はアホの子なのに……


「何があったか知らないけど元気出しなさいよ。あんたは馬鹿みたいに元気なのがスタンダードなんだから、しおらしくされると調子狂うのよ」


「お嬢様、もしかして慰めてくれているんですか?」

「他の何と勘違いできるのよ」


 あぁ本当に男ってやつは単純だ。どんなに凹んでいても昔好きだった女の子から優しくされると嬉しい気持ちで一杯になっちまう。顔のニヤニヤが止まらないぜ!


「つまり早く元気になってセクハラを再開しろってことですね!」

「ちがうわよ! あぁもうっ、慰めるんじゃなかった!」

「そこっ、静かになさい!」


 教壇からヒステリックな怒声がやってきた。

 淡い色合いの魔導衣をきっちりかっちり着こなす帝国史担当のモルグ女史が教鞭をブンブン振っている。かなりのお怒りだな。


「弛みに弛み切っている男子の有り様もそうですが今日はいったいどうしたというのですか! まったく情けない。みなさんは何故ここにいるかも忘れてしまったのですか、ここは勉学に励む神聖な講堂なのですよ!」


 異論なし。全部昨日の酒が悪いんスわ。


 教壇から出てきたモルグ先生が教鞭でびしばしと眠っている生徒を叩き起こしていく。なお上級貴族の子弟に関しては放置する模様。階級社会の現実だわ。


 最後に俺のところにやってきた。血走った眼で見下ろされてる。こわー。


「授業中の私語は禁じております。まさかこの程度の常識も知らなかったのですか?」

「あ、いえ、知ってます」

「では何故? 私の授業など聞く価値もないと主張していたとでも?」


「……一応聞いてはおりました」

「そう、真面目に聞く気はなかっただけと」


 これ何言ってもダメなパターンだな。


「本当に聞いていたのなら授業の内容は当然把握しているのでしょうね。では私が言及していた部分について考察を述べなさい。あぁ教科書は閉じなさい」


 本当に授業は真面目に聞いていたんだがな。

 帝国史上では未だ暦はウェンドール300年代。始祖皇帝ドルジアが建国を目指してこのハイルバニア地方でレッツパーリィしていた時代だ。

 俺も書物で知ってるだけだが始祖皇帝ドルジアってのがクソ強かったらしい。竜人レスカと一緒に300騎の騎兵を率いて諸国を陥落されて回ったとかいうチンジス・ハーンな野郎だ。


 時代は中世。やあやあ我こそは!と名乗りをあげて一騎打ちで国主を決めたり、姑息にも城塞都市にこもった臆病者なんてメガホンで罵倒して引きずり出すようなパーリィな戦国時代だ。ハイルバニアまじ蛮族。


 で、学院の教科書なんだが中々にヒロイックサーガな内容だ。嘘くらい記述がてんこもりで面白いファンタジー戦記になってるんだ。色々混ざってるのかもしれない。


「えーっと、始祖皇帝ドルジアとは何者か。これについては教科書が色々と匂わせていますが出自はサン・イルスローゼの騎士候家の出です。兄であるヨアキム・バラスティンの妻との不倫がバレて実家を追い出されたドルジアは武者修行の旅と放言して―――」

「ちがいます! 始祖皇帝様の出自はガランスウィード侯爵家です! 太陽の王家とも血の深い名家のご出身であらせられるのですよ!」


 嘘くさい記述其の一、まさにこれ。


「太陽の王家の出なのはローゼンパーム大公アルルカンの方です。おそらくは長い時を経る間にエピソードが混ざってしまったのでしょう」

「アルルカンとは誰ですか! どこから出てきた名前です!」


「ドルジアと共に魔王レウ・ラクスラーヴァを倒した六英雄のリーダーですよ。緋のダルタニアン=アルルカン。現在は獣の聖域の十三王をやっているヴァンパイアロードです。竜人レスカを連れて儲け話を探していたドルジアは魔神領域の最前線なら儲かるだろうと傭兵として当時のマクローエンに来たそうです」

「マクローエン? もしやあなたの家に伝わるおとぎ話ですか?」


「当事者からきちんと聞き込みをして調べた内容ですよ。もちろん文献でも裏を取っています。当時の西方五大国はハイルバニアに生まれた巨大国家を警戒して詳細な調査をしていました。当時のドルジアは腕の良い前衛剣士だったようでアルルカンの一党に雇われたのですね」

「……始祖皇帝様がそのアルルカンとやらに雇われただけの一介の傭兵にすぎなかったと?」


「悪意のある言い方だ。ですが事実です」

「それは事実ではない。事実ならここにあります。気持ち悪いヴァンパイアロードがのたまった胡乱な手柄話などではなく、我らが父祖が伝え残してきたわが国の歴史こそが事実なのです!」


 キンキン声でヒステリックに喚き散らすモルグ女史には段々と腹が立ってきた。

 歴史が歴史足り得るのは多分な努力が必要だ。為政者によって都合のよく改ざんされた歴史が正史として大きな顔をし、それを妄信するだけの人々がこのヒロイックサーガをありがたがっている。それが帝国の現実だ。


 もしモルグ女史に真に歴史を学ぶ情熱があるのなら他国の文献を読み、何かしらの疑問を持てたはずだ。だが彼女はしなかった。誰もしてこなかった。だから誤った歴史が堂々と蔓延っている。……俺が苦労しているのがこいつら貧弱な学者のせいだと思うと腹が立つ。


「事実? ご冗談を、この教科書は誰が書いたかもしれない面白いヒロイックサーガじゃないですか」


「……リリウス・マクローエン生徒は我が国の歴史が改ざんされているとでも言いたいの?」

「改ざんなんて生易しいものじゃない。司馬史観並みの創作物と化していますよ。あぁ司馬史観なんて言ってもおわかりにならないでしょうけどそりゃあもう酷いものだ。もし先生に学問への情熱がおありなのなら他国の歴史書と読み比べてみるべきでしょう。歴史は一面からの改ざんはできても多角的には改ざんできませんからね。生徒の論を暴論と謗る前に己の勉強不足を恥るべきでは?」


「キーぃぃ! それが教師に対する態度ですか!」

「教師という優位な立場から頭ごなしに叱りつける程度の知性しか持たないのなら教師など辞めろ。あんたの妄言は不愉快だ……と俺の隣のロザリアお嬢様が言っておりました」

「ちょっと」

「言っておりました」

「わたくしに無茶振りするんじゃないわよ」


 すんません腹立って喧嘩を買っちまったけど途中で単位的なものが不安になったんです。ただでさえ一か月近く遅れて入学してるもんだから進級できない可能性がですね……

 怒髪天を突く勢いで歯ぎしりしてるモルグ先生に対して俺ができることは……


「すんません、失言でした。どうぞお忘れください」

「覚えておきますからね?」


 せっかく入学できたのにこんなアホな口喧嘩で進級できないとか勘弁なんだぜ。

 あー、今日という日をもう一度やり直せないかなー。


 授業後、お嬢様からポカンとやられた。


「も~~~、モルグ先生にあんなに堂々と噛みついたらダメじゃない」

「すんません。俺の中の若さゆえの過ちが暴走してしまいまして……」

「自制しなさいよ。ただでさえうるさい方なんだから」


 あ、うるさいババアだとは思ってたんですね!


「あの様子じゃ相当根に持たれるわよ。後できちんと謝罪し直しなさい、こっちで用意するから菓子折りも持っていくのよ」

「そうします。あ、菓子折りは俺が用意しますんで」

「そお? ちゃんとした物を用意しなさいよ。あんたの顔が入ったクッキー缶なんて持ってっちゃダメよ。ますます怒り出すのが目に見えるもの」

「でもあれ我が社が自信をもって開発した超美味いクッキーなんですけど」

「おいしいのは認めるけど顔入りがダメなのよ。あの顔見てると殴りたくなるのよね」


 我が社のクッキー缶には、というかLM商会の製品には全部俺のハンサムフェイスを描いた焼きごてが捺されている。このダメだしはLM商会の根幹を揺るがすぜ。


「格好いいじゃないですかー」

「あの笑顔腹立つだけなのよね」


 根幹が激震だ!

 そうこうとおしゃべりをしている内に二時限の戦術論を担当するパインツ先生が入ってきた。


 退屈な授業があれよあれよと過ぎていき、ようやく四限が終わってお昼休みがやってきた。居眠りこいてたデブが昼休みのチャイムが鳴った瞬間に起きた!


「ランチ!」

「第一声がそれ?」

「お前の腹時計すごいな」

「まあね」


 デブが腹立たしいどや顔で太鼓腹をポンと叩いた。ちなみにこれこいつの持ちネタなんだ。


「いやぁ待ちに待ったランチだね。どこに行く? カフェもいいけど食堂でがっつりいきたい気分なんだよね」

「急に活き活きし出したわね」

「マジっすね」


 デブはその名が示すとおり食事にうるさいぽっちゃり君だ。え、実名は何だって?

 何だったかなあ……


 まぁそんなことはどうでもいいや!


「すんません、俺はちょっと野暮用で抜けます!」

「そう。わたくしもシャルロッテ達と約束があるの」


 ランチはみんなでバラけるらしい。

 俺もさっそく出かけようとするとデブが腰のベルトを掴んできた。


「どこに行くの?」

「D組!」


 無事入学を果たしたマリア様のご尊顔を拝みに行くのだ!


 昨夜から気になって仕方なかったけど女子寮に侵入する勇気はなかった。だって無断で女子寮に近づくとお嬢様のフレアニードルがやってくるんだもん!

 無敵のステルスコートを破るとかロザリアお嬢様の性能はどうなってるんだ? 普通に俺の魔法抵抗力を貫通してくるし怖いわ。


「つまりナンパに行くんだね」

「失敬な、可愛い女の子と一緒にランチしに行くだけだ」


 人それをナンパという。


「視覚効果的においしいランチになりそうだ。僕も連れてってよ!」

「いいぞ、来いよ!」


 俺の磨きに磨いたナンパ技術を見せてやるよ。


 学院内の食堂は二ヵ所。上級貴族専用のサロンと学食だ。

 というわけで学食に直行する。教室の窓を開いてデブを右手で吊り下げての弾丸ライナーだ。


 学食へと向かう生徒たちの頭上を追い越していく。華麗に着地。フッ、さすが俺一番乗りか。


「……ひぃ!?」


 デブが何か見つけた。やつの指さす方を見れば低い生垣があって、青々した葉をつける生垣から女子のケツが出ている。ど…ドリアードの親戚の方かな?


「死体……」

「落ち着けデブ。一見死体にしか見えなくてもじつは生きてるパターンもある」


 とりあえずスカートをめくっておく。

 黒のレースだが相当な上物だな。肌触りがちがう。


「助けないの?」

「秘密の箱は開けるまでは秘密のままだし」


 じつは生きてる可能性もあると言ったが死んでも可能性もある。まぁ気絶してるだけだろ。そっちの方が俺の心に優しいし。


 壁尻ならぬ生垣尻を眺めていると校舎の方から生徒たちがドドドと砂埃を立ててやってきた。これは比喩だ。

 先頭を走るのは三人の女子。三人とも可愛い。学院の女子はレベルが高いな。先頭の子なんて国民的美少女級だぞ。


「はいはいどいてどいてー!」


 先頭の子が壁尻に飛びついて畑から大根を引き抜くばりの雑な感じで引き抜いた。

 おおっ、学院の生垣からはギャルが採れるのか。きゅ~~っと目を回してるギャルを三人娘が囲んでいる。


「リジーが死んでる!」

「この名探偵が犯人を当ててみせよう、犯人はナシェカだ!」

「死んでねーよ。ほらほら、起きろー」


 黒髪ロングの子がギャルのお腹の三か所を人差し指をずどどどん!


「げふっ……ナシェカてめえええええ!」


 秒で起こせるあたり人体に精通しているな。北斗神拳の使い手かよ。


 三人でもかしましい女子が四人に増えてさらに騒がしくなった。付け加える最後のギャルが一番元気だ。

 ほんで普通に学食に入っていく。慣れた感じだな。


「デブ俺らも行くぞ」

「普通どうして生垣に埋まってたとか尋ねない?」

「やるじゃねーかデブ、それもナンパのテクの一つだ。」


 自然な話題が存在しそれを活用できたならナンパ師の入り口くらいにはいるんだろうぜ。でも今回は狙いの子がいるからまた今度だ。


「そこに気づけて実際に声を掛けられたなら立派なナンパ師なんだがな」

「今回はリリウス君に付き合ってる形だからね」


 言うねえ。


 かしまし女子四人組に続いて学食に入る。二組目ということもあって空いてるぜ。


「おっちゃん、ミルククラウンパン・セットね!」

「私もー!」

「同じく!」


 ミルククラウンパン・セットか。3/3で頼まれるとは人気メニューと見た。

 しかし昼はがっつりいきたい俺氏としてはA定食がキニナルところだが……


 金髪ポニテの可愛い子ちゃんが言う。


「あたしはミートパイ・セット!」

「マリアなら肉だと思った」

「えへへへ……」

「マリアよ、ナシェカは褒めてないぞ」

「え、そうなの?」


「おいおいマリアここに何しに来たんだい? あたしらは食べるもの一つとっても男子に見られているんだよ。じゃあ問い1だ。気になってる女子がミートパイをガツガツ食ってるのを見た男子の気持ちを答えよ」


「たくさん食べてて可愛いって村のおっちゃんたちは……」

「村のおっちゃんは親目線じゃん!」

「ナシェカー、普通はどう思うんだ?」

「正解はこの女将来的に太りそう」

「えー! 男子ひどいー」


 ランチを載せたトレイを受け取った四人娘がギャイギャイ騒ぎながら席へと移動する。それを見ていた俺は呆然……

 いまあの子マリアって呼ばれてたよな……?


 あの金髪ポニテの子がドルジアの聖女?


「パッケージとだいぶちがうような……」

「リリウス君はどうする? 僕ミートパイにしたけど」

「俺も同じので頼むわ」


 俺は思考を放り捨てて反射的にそう答えていた。

 そして今は懐かしい乙ゲーのパッケージを思い出し、そこに描かれていた儚い系の美少女は存在しないのだと思い知ったのである。


「パネルマジックだ……」


 異世界なのにパネマジとか反則すぎるだろ。

 春のマリア完! リリウス・マクローエン先生の次回作にご期待ください!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 実質的な1話目というか、必要な描写が終わり、ついにお話が始まるんだなあという印象のお話に感じました。助走の長さの分だけ期待が膨らみます。 本話のみの感想ではないですが、改定前と比べて各キャ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ