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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
ヴァカンス&ダンジョンシーカーズ
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青の薔薇を捕まえろ④

 一方、リリウスとは別方向に向かったマリア達は―――


 地下遺跡の狭い通路に組まれた簡易バリケード(長机やソファ)の向こうから砲火のごとき魔法攻撃が放たれる。

 マリアとアーサーは攻撃の雨を掻い潜ってバリケードの向こうに隠れた兵隊どもへと接近し、斬撃にて己の道を切り開く。


「我らが理想を阻む者どもめ、死ね!」

「ごめん」


 ブルーローズの兵が剣を振り上げた隙を狙って横薙ぎに飛んだマリアの剣が、兵ののどをかっさばく。


 対モンスターと対人ではバトルマニュアルが天地ほどに異なる。そして剣術は対人の技である。否、対モンスター戦闘において剣術は一切必要がない。

 ブルーローズの兵を弱いとは思わない。しかし彼らは悲しいほどに対人技能で見劣りする。鍛えぬいた肉体の半面剣術は付け焼刃という程度でしかなく、アイアンハート流剣術の皆伝を貰ったマリアからすれば彼らの呼吸は分かり易すぎる。

 優れた剣士は呼吸で動きを読む。そして彼らは隠ぺいのすべを知らなかった。


 バリケード内の兵隊を殺戮したマリアがアーサーへと頷く。


「たしかにリジーやエリンではきついけどウェルキンとベルを外すほどではないよね」

「こいつらは雑兵だ。もう少し上の連中がいるという証だろう。……なんだその顔?」

「いやいや、口では何と言ってもリリウスを信頼しているんだなーって」


 イラっときたアーサーにほっぺを引っ張られるマリアであった。


「イタタタ! ごめんごめん! でも必死になるところが怪しいぃイタタタ!」

「底意地のわるいことを言うからだ」


 何だろうアーサーが照れてる。

 可愛いところもあるんだなあってほんわかするマリアであったが、すぐに厳しい目つきで睨みつけられたのでサッと顔を逸らす。


「僕らの任務は十数名という人質を連れて脱出することだ。室内に隠れている残敵を探す時間的余裕はないがこうした交戦時には確実に仕留めていくことが肝要。でなければ非戦闘員を抱えた復路で悲惨を味わう」

「急にどうしたの?」

「殺しは嫌なんだろ」

「まぁね」


 人殺しはよくない。どんな理由があったってよくない。種の繁栄を望む遺伝子が同族殺しを忌避するという以上に培われた倫理観が許容しない。

 しかしそれでも仕方ない状況は存在するし、マリアだって十数人ではきかない数を斬ってきた。数を数えなかったのは父から数えてはならないと厳命されているからだ。……数を数えてしまえば、きっと殺したやつの顔を覚えてしまおうとするからと。


 養父は言った。『俺のようにはなるな』と。これは忠告や優しさではなく自らの後悔を漏らした独り言だったのかもしれない。


「責任は僕が背負う。命令されただけだと割り切ってしまえ」

「優しいんだ?」

「よせ、からかうな……」


 何だろう反応が可愛いぞ?

 いじりたくて仕方ないが、そんな状況でもないのでマリアが懊悩している。なんて煩悩の多い聖女だ。


「そういえばナシェカはどうした?」

「そういえばいつの間にかいないよね」


 ナシェカがいつの間にかいなくなっている。別に何の予想もつかないわけではない。

 リリウスから特殊な任務を受けている可能性が高い。ナシェカのような実力者なら救出ではなく主力で使いたいはずだ。


「あいつ絶対あたしらのこと舐めてるよね」

「ナシェカほどに認められたのなら作戦の全容を聞くことができた、そう思えばどうにかして鼻を明かしてやりたいとは思うね」


 廊下を、階段を走り抜けてバリケードの封鎖も突破して遺跡の奥へと進んでいく。

 やがて地図の通りに人質を集めて置いた牢獄にたどり着いた。近づいただけで顔をしかめたくなるほどの異臭がする。

 蒸し暑いここにどれだけの間閉じ込められていたのか、牢獄の中では誰もが俯き、足音を立てて近づいていったマリア達に気づく様子もなく憔悴し切っている。


 この光景を目にしたアーサーはリリウスの名を運命を弄ぶダーナであるかのように吐き出す。


「リリウスめ! 中々にきつい距離だと? 不可能だ、こんな状態の民間人を連れていくなんて遺跡を出ることさえ適わないぞ!」

「あー、うん、これは荷車が必要だよね」


 見たところ自分の脚で歩けるかも怪しい状態だ。これを中々にきついで済ませるあたりあいつの要求は高すぎる。マリアとアーサーが一人一人を抱き抱えてピストン移動をしたところで夜が明ける。

 事前に潜入したリリウスが人質救出を行わずに手ぶらで帰ってきた理由はわかった。だが人手を減らした理由とこれを説明しなかった理由、何より運搬用の道具を用意しなかった理由が不明で最低だ。


「あいつまさかあの説明だけで僕らならどうにかできるとか考えているんじゃないだろうな!?」

「よかったね、舐められてなかったよ」

「いやな認められ方だ!」


 怒鳴るだけ怒鳴り散らしたアーサーが……冷静になる。


 怒鳴り散らすのはリリウスの思うツボだ。後で煽られる材料を増やすのは避けねばならない。

 仕事をやり遂げるか、放り出すか、どちらにせよ赤モッチョの手のひらの上だ。


 悩むアーサーが出した結論は……


「荷車を探そう」

「耐え抜いたね」

「あいつの言いなりは癪だが、一応は善行だ。八つ当たりでこの者達には責を負わせるつもりはない」


 ここでマリアが聞き捨てならないことを言いかけて……

 やめる。


(こわっ。リリウスに性格を読まれてるなあ)


 指摘すればアーサーは意地を張って彼らを見捨てるからやめといた。

 読書家というナマケモノのアーサーの精神の根底はアルチザン王家であり、何者かに利用されるのを心底嫌う。なぜそうなるのかマリアにはわからない。マリアはアーサーではないし、彼の受けた迫害や軽視を知らないからだ。

 八つ当たりでこの者達には責を負わせるつもりはない。何気なく出てきたこの言葉を守ってあげるつもりで沈黙を保った。赤モッチョの手のひらの上なのは本当に癪だが、善行なのは善行だ。


「どうした、変な顔になっているぞ?」

「アーサー君って偶によく考えもせずに乙女の尊厳を壊しに来るよね」

「……? いや本当に変な顔だったんだが」

「思ってても言うなって話よ!」


 アーサーが怪訝な顔つきで首をひねっている。なぜ僕がこんな理不尽なことを言われなければならないとか思ってそう。……そういうところなのである。


 荷車を探す。ここは青の薔薇の拠点の一つであり生活物資を運び入れる必要があるのなら一台や二台なんてケチな数ではないくらいに揃っているはずだ。

 怪しいのは資材置き場だ。地図を確認していると、足音が聞こえてきた。


 マリアの異常な聴覚が捉えたのは自分を傷つけても構わないという無遠慮な歩き方が五つ。それよりも幾分か軽やかだが肥えた子ブタのような足音が一つ。重さのわからない変な足音も混ざっている。

 どれだけ大きな物音がしていようが狂人が傍で喚き散らしていようがマリアの耳は足音を見逃さない。生物きけんは足音と共にやってくるからだ。

 マリアの耳でも聞き取れない危険なんてナシェカとリリウスくらいのものだ。


 剣を抜いてアーサーに指示する。危険が迫っていると知らせるにはこれが一番だ。


 やってきたのは五人の死霊兵に守られる老人のように低身長な男。ガマガエルを模した銀仮面を装着し、タクトのように細い魔法杖を左手の中で弄んでいる。……かなりやばいのは見た瞬間からわかっていた。

 だが彼らの背後にいる長身の狼の銀仮面から目を離せない。


「この程度の輩にここまで侵入られるとはな。薔薇の兵も存外だらしのない」

「いやいや、銀狼卿はそう言うがけっこうなつわものに見えるがね」


 銀蛙卿がタクトを振り上げる。アンデッドソルジャーどもがマリアらを囲んでいく。

 マリアは、アーサーは、囲まれた事実よりも銀狼卿から視線を外せずにいた。悪意のドラゴンを前にすれば雑兵など目にも入らないのだ。


「この男が怖いのはわかるよ。僕も怖いからね」


 一緒に現れておいてお前も怖がってんのかいって感じだ。

 銀蛙卿からオルタナティブ・フィアーが爆発的に排出されていく。水蒸気爆発を起こしたかのように溢れ出す冥府の魔法力がマリアらの正気を浸食していく。


 銀狼卿はたしかに危険だ。ドラゴンに例えるほどに。

 だがドラゴンの前にいるキマイラを無視できるほどマリアらは豪胆ではなかった。


「だが僕にも気を払ったほうがいい。でないと死ぬよ?」

「面倒な!」


 バトルが始まる。

 この茶番を終わらせる役者は未だ揃わず、だが最後の戦いだけがひっそりと蓋を開いた。

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