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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
ヴァカンス&ダンジョンシーカーズ
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青の薔薇を捕まえろ③

 ―――この想いを伝えようとは思わない。

 ―――お前にとって俺は頼りになるおじさんで、それだけのよくいる顔見知りでしかない。そんなやつから好きだなんて言われたって困らせるだけなのはわかってる。


「わたしね、留学するんだ。名誉なことなんだ。本当に優秀な神官にしか話が来ないようなすごいことなの」


 ―――お前はすごいな。尊敬するよ。ほんの何年か前まではこの湿気た町でさえ浮いていたおのぼりさんだったのに、今じゃあ町一番の術師だ。


 ―――本当に尊敬するよ、兄貴どものスペアでしかない俺なんかよりずっとすごい人になっていくお前が誇らしいんだ。


「え、どこにって? ごめんね、言えないの、言ってはいけないの。でもすっごく遠いところ。多分もうここには戻ってこれないんだ」


 ―――だからこの気持ちは伝えない。すげえお前が頼ってくれる立派な大人でいたいんだ。

 ―――それだけがダメダメな俺がようやく手に入れた誇りなんだ。


「でも心配だよ、あなたってばすぐに無茶をして大怪我してくるんだもの。わたしのいない間に死んでたなんて嫌よ」

「馬鹿を云うな。くだらない心配するくらいなら自分の出世を素直に喜べよ」


 ―――お前は羽ばたいてくれ。この湿気た町から飛び立ってお前に相応しい空に行くんだ。

 ―――どこにも行けない俺の代わりによぉ……


「心配だよ……」


 ―――トゥール、どうしてそんな顔をするんだ?

 ―――笑ってくれよ。それだけでいいんだ、それだけで俺はこの見栄を張り通せるんだ。


 なあ、頼むよ、笑ってくれ……



◇◇◇◇◇◇



 プロレスとは何だ!?

 男同士の熱い勝負か? 何者からも逃げない勇気の証明か? 一番強い漢を決める戦いか?


 否、因縁なのだ。因果の紡いだえにしがプロレスを面白くする。因縁なくしてプロレスは語れない。

 リベンジマッチ。師弟対決。所属団体の分裂からなるどっちが真の団体なのかを決める団体戦! それが電流金網デスマッチになろうがチェーンソーを持ち込もうが関係ない。レフェリーが見てないからセーフなんだよ。

 もちろん栓抜きだって使っていいしパイプ椅子なら俺のを使ってくれと言いたいところだ。だがナイフはやめろよ。観客席から見えない小物はつまんねーんだよ。……おっと話が逸れた。


 因縁だ。因縁がプロレスファンを熱くする。


『見えてるか、そうだ、お前の実家まで来てやったぞ』

『今からお前のママと寝てやる』


 なんて映像で煽ってもいい。なんならそいつの部屋に入ってエロ本漁って『こんなん見てオナってやがるのか。ガキだな』なんて大勢の前で暴露してやってもいい。これでアニオタバレしたアメリカのレスラーもいたな。


 物販に突撃して対戦相手のシャツをビリビリに引き裂いて、代わりに自分のTシャツを置かせてもいい。楽屋に小便をしておいてもいい。ペットボトルの水をすり替えた映像を見せて対戦相手に『あうち!?』って吐かせてもいいんだ。


 え、それはエンターテイメントだろって?

 訴訟大国アメリカでそんなのマジでやったら慰謝料毟り取られるに極まってんだろって?


 うるせーな、プロレスはファンタジーなんだよ。


 因果がプロレスを熱くする。実の兄弟対決。それも女を懸けた戦いだ。絶対に負けられない戦いだから面白い。人間の本当の顔が現れるからオルテガVSマッシュは見逃せない。

 必死になって戦う男達の姿こそが一番格好いいんだよ。


「クソがあ!」


 顔中が鼻血だらけのオルテガがラリアットをぶちかまして、そのまま突進。マッシュを壁に叩きつけてからのケンカキックで腹を強打する!

 しかしマッシュも気合いが入っているからな。ケンカキックされた左足を掴んでオルテガを壁に叩きつけて叩きつけてなお離さずに今度は床へと叩きつける。単純な腕力だけならマッシュの方が上かもしれんな。


 だが気合いならオルテガの方が勝っている。掴まれた足を勢いで外して、マッシュの膝を破壊する威力で蹴り砕いた。


 ゆらりと立ち上がるオルテガから噴き出すオーラの力強さは女を取り戻すと誓った漢だけに許された信念のちからだ。


「許さねえ、トゥールに手を出した兄貴だけは許さねえ……!」

「何の話してんのかわかんねえっつってんだろがぁあああ!」


 トゥールちゃん誘拐は冤罪だからな。


 マジでどうでもいい人にはどうでもいい情報なんだがオルテガとトゥールちゃんの出会いは17年前まで遡る。

 トゥールちゃんは当時九つで、アルテナ神官になるために親父さんと一緒に町に向かったのはいいんだが途中で猿人族に襲われたらしい。で、これを助けたのが当時はまだ23歳ぐらいだったオルテガだ。完全に偶然だったそうだ。

 猿人族を追い払い、町まで連れてってやったオルテガはそれからもちょくちょくトゥールちゃんの様子を見に神殿に行ったそうだ。ロリコンかよ。……なお本人は断じて下心はなかったと言い張っている。

 オルテガも年の三分の一くらいは迷宮に潜ってるから怪我もよくするし神殿のお世話になる理由はあるんだよな。疑わしいが。


 で、年を追うごとにめきめきと美少女化していくトゥールちゃんに惚れてしまったんだが、才能のあるトゥールちゃんは15歳の洗礼を迎えて中央文明圏への留学に出たそうだ。

 別に待ってるとか帰ってきたら結婚してくれ的な約束はしなかったらしい。

 トゥールちゃんにとって自分は頼れるおじさんのような存在でしかなく、この想いは封じ込めておこうと心に決めていたんだそうな。


 しかしそんなトゥールちゃんが地元に帰ってきた。幼い娘を連れて、26という年齢でダメな夫から逃げてきたと聞いてオルテガは決意したんだそうな。

 トゥールちゃんを娶る!ってね。まぁその後でダメ夫のトキムネ君が追いかけてきたが、無職のダメ夫に任せられるかとヒートアップして色々とこじれたらしい。

 いわゆる痴情のもつれってやつだ。よくあるやつだね。


 激しい殴り合いをする兄弟対決をオルテガが殴り勝つ。膝を着いたマッシュへと握り固めた両手を掲げている。


「男爵位なんてくれてやる、欲しいものなら何だってくれてやる。だがトゥールだけは渡さねえ!」


 どごんっ!とすごい音がした叩き落しをくらってマッシュが沈んだ。


 素晴らしい激闘を制した漢へは拍手なんて洒落た物よりも歓声が相応しい。俺一人で百人分のオーディエンスを演ってやるぜ。


「オルテガ! オルテガ! オルテガ!」


「へっ、余計な手出しもあったが任せてくれたのには感謝するぜ」

「事前に任せろと言われていたからな」


 拘束用の縄を投げ、受け取ったオルテガが気絶するマッシュを縛っていく。聖銀のワイヤーを仕込んだ特別製の縄だ。強度は御墨付だぜ。


「そいつはどうする?」

「親父に判断させる。……温いと思われるかもしれんがドルドムの失態はドルドムの当主がつけるべきなんだ」


「いいと思うぜ。法だの道徳だのは個人で判断できない場合に持ち出すもんだ、家の問題は家長に決めさせればいい」

「助かる」


 マッシュを肩に担いだオルテガが立ち上がる。

 この先はもう円卓の間だ。まだ姿を見せていないシェルルクは四人。銀鳥卿ナントカ。銀羊卿スカーレイク。銀蛙卿ドノヴァン。そして銀狼卿シェーファ。


 全員倒せれば最高だ。


「往くぞ、トゥールが待っている!」

「そ…そうだな!」


 トゥールちゃんはここにいねえよってどのタイミングで言い出せばいいのか。そこだけは考えてなかったわ。

 ネタばらししたら怒られそう……



◇◇◇◇◇◇



 ようやくたどり着いた円卓の間。朱塗りの扉を蹴飛ばして中を確認したが誰もいなかった。……まぁ入る前から気配でわかっていたがな。


「やれやれ、ボスの分際で不在とか様式美を介さない連中だぜ」

「今まで倒してきた連中と同じく迎撃に出ているとみるべきか……」


 通路は二つしかなく、ならば残る四人の銀仮面はマリア達の方に向かったとみるべきだ。

 挟撃のできる形だ。俺らは小走りでシェルルクの後を追った。

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