SIDE STORY 銀仮面の集い
今夜にも銀仮面の集いが開かれると聞いてやってきた青の薔薇の拠点であったが……
だだっ広い円卓の間には誰も座ってなかった。ちなみに現在は二日目だ。ずっと待ってるけど誰も来ない。
さすがのクリストファーもブチギレていた。
「だあああああああああ! 時間を守れないやつは約束を守れないも一緒だ!」
円卓を華麗にちゃぶ台返し!
苛立ちに任せて円卓を踏み壊している。彼の踏みつけは竜の踏みつけも同じであり、円卓どころか遺跡そのものが揺れている。震度五だ。
案内役のマッシュはとっくにいなくなっている。今この場に残っているのは饗応役として宛がわれた吸血鬼の女だけだ。
「どうなっている、そもそも奴らは本当に来るのか!?」
「……来るとよいのですが」
「そんな感じなのか!?」
シェルルク・カスケードはいつもそんな感じだ。何月何日にどこそこで開催、何とかってやつが案内人だと手紙だけ送っておいて、来るかどうかは本人の気分次第。銀仮面の集いはそんなゆるい集まりなのだ。
「おのれスカーレイクめ、言い出しておいて来ないとはな……」
「銀羊卿の出席率は二割を切っておりますので」
クリストファーにこの集まりを教えたやつの出席率が二割以下だと判明した。顔つなぎをしてやるとか言っておいて来ない!?
「やはり吸血鬼はクソだな。デスの身許へも帰さぬ、石灰にして売り払ってやる」
「灰から石灰は作れません。石灰の作り方は……」
「そんな細かいことはどうでもいい! ……ところで、石灰はどうやって作るんだ?」
(どうあっても銀羊卿を売りたいのね。何をどうしたらそこまで嫌われるのかしら?)
両者の確執についてはよくわかんないけど女吸血鬼が石灰の作り方を説明する。まず原料からして違うので吸血鬼からは石灰は作れないと切々と説いていく。暇だからだ。
クソみたいに暇な時間が過ぎていき、拠点内に用意された貴賓室でのんびりする。
なんて無駄な時間なんだ。こんなに生産性の無い時間はクソだとイライラしながら思い浮かべるのはマリア達の姿であった。
今頃は自分を探しているのかもしれない。書き置きの一つでも残して来ればよかったのかもしれないが、駄犬が書き置きを残す方が問題だ。……そもそもの話、会議なんて一晩で終わるだろって思ってここに来たのだ。
まさか出席者が来ずに数日単位で待たされるなんて想像もつかなかった。大失態だ。
「学院に戻ったらとっておきのグラタンでも作ってやるか。絞めたての若鶏と生乳をたっぷりつかったホワイトソース、チーズだっていいのを使ってやる。香草を混ぜた最高のチーズだ……」
何だか腹が減ってきた。グラタン作りたいからキッチンを貸せと言い出せば革命闘士どもはどんな顔をするだろうか?
「爪に火を灯す想いで組織のために働く連中は怒り出すかな? ……くだらん連中だ、なけなしの金を組織に渡して困窮に喘ぎ、それで貢献しているつもりか。人としての幸福を捧げてまで組織に奉仕しろと誰が言い出したわけでもあるまいに。組織に金を出したくばその分多く稼げばよいのだ」
無論こんなことを言い出せば反感を買うのは目に見えている。強者の理屈だと不満を持つ者も多いだろう。帝国革命義勇軍は組織の性質上『弱者』の集まりなのだ。
強者に踏みつけられ、理不尽に苦しんできた者どもがすがった水面に浮かぶ一束の藁なのだ。
もしも彼らに自身の手で幸福を掴み取るちからがあったなら青の薔薇になど目もくれなかったであろう。
経済的な強者は安定を求める。すなわち不穏分子を通報する側に回っていたはずだ。
そんな弱者どもの指導者がキッチンでグラタン作るのだ。なんとも似合いの滑稽な姿であろうな、と呑気に考えながら惰眠を貪る。
そしてさらに一日の後、ようやく銀仮面が一人やってきた。
銀鳥卿と呼ばれる胡散臭い女だ。遠くからでも香水の不愉快なにおいが香るいやな女だが、一応新参なので挨拶に出向いてやった。
拠点である廃村の古い遺跡の入り口で、大勢のブルーカラーどもと共に銀鳥卿を出迎える。
すると銀の鳥女はじろじろ無遠慮な視線を隠しもしない。本当にいやな女だ。
「へえ、わんちゃんの仮面なのねえ。さしづめ銀犬卿と言ったところかしら?」
「芸でもしてやろうか?」
「いいわねえ。じゃあちんちんでもしてもらおうかしら、ほらちんち……」
両肩をこの両手で掴み、全力で地面に埋めてやった。
鳥女も中々の反射速度で抵抗を試みたが正直脅威というほどでもなく、遺跡の石床を砕きながらずぶずぶと埋まっていく。
「くっ、あがあ! ちょっ―――やめて! やめてちょうだい!」
「せっかくの芸だ、楽しんでくれよ」
肩までしっかり埋めてやり、じゃあ最後の芸だ。
鳥女の頭にゆっくりと踵をおろしていく。鳥女の恐怖に見開かれた眼に映り込んだ私は恐るべき存在であった。
(侮辱を許せば組織における私の発言力は無いも同じになる。だからありがとう名も知らぬ女よ、お前のおかげで私は晴れて青の薔薇の最高幹部を名乗れる)
「芸のお代は払ってもらうぞ。青の薔薇の最高幹部にここまでやらせたのだ、命一つで済むなら安いほう。そうだろ?」
「やめて……」
トマトのように踏みつぶし、踏みにじる。
このくだらない芸を目撃した者どもはラッキーだ。私の恐ろしさを語り広める名誉を与えられたのだ。
「この下女の血肉を夕餉に並べろ。私の就任を祝って遠方から来られた方々に振る舞ってやれ」
「か…かしこまりました」
呆然とするマッシュにも言い含めておいてやる。
「他のシェルルクもじきにやってくる。私の見立てでは小一時間とかかるまい」
「……どうしておわかりに?」
「さてな。まあ喜ぶがいい、貴殿らが首領は貴殿らの想像の及ぶべくもない異能を持っているということだ」
彼が空に放っていた千里眼が視たとおり、他の三人のシェルルクもそれほどの時を置かずに遺跡にやってきた。
大空に放った彼の眼は千里までは届かずとも山々に囲まれた地ランダーギアの端々まで届く。
◇◇◇◇◇◇
円卓の間に歓迎の食事が並べられている。時刻を考えれば夕餉というのが相応しく、喜ばれるとよかったのだが円卓の空気は最悪だ。
つい先ほどまでシェルルクと呼ばれていた鳥女の頭が銀食器の上にある。継ぎ接ぎに縫い合わされて復元された顔面。眼下にはなぜこれを入れようと考えたのかプチトマトが詰め込まれている。……空気は最悪だ。
(ひえー、これはいったいどういう意図の脅しかしら? あたくし達と仲良くするつもりはないってだけ? それとも明日の朝食はあたくし達の誰かってこと? ……何なのよこのやばい男)
(あのヴァンパイアめ、ヴァンパイアめ、ヴァンパイアめ! とんでもない新入りを連れて来やがったな!)
空気は最悪だ。だが一人だけニコニコしている男がいる。
ドワーフのように背の低いずんぐりむっくりな体型の、ガマガエルみたいな顔の男だ。仮面を被っていようが外していようが印象は変わらない。それどころか外している方が醜い銀蛙卿が発言する。
「歓迎の席を設けていただき痛み入る。可能なら食事にはせず死体をそのままいただきたかったけどね。銀狼卿のお心遣いに感謝を」
「喜んでくれて何よりだ」
銀狼卿がニコリと微笑んでいる。どんな頑なな乙女の心さえ一撃で破壊する微笑みであったが、マジでそんな軽薄な想いを抱ける状況ではない。
シェルルクが三人。給仕役が八名。銀のガマガエルを除く全員の顔から血の気が引いている。
どんな負け戦よりも過酷な状況が今だ。銀狼卿という怪物の大口の前に並べられた食事の気分だ。
空気は最悪だ。しかしディオネラは意を決して尋ねてみる。
「銀鳥のことだけど、どうしてこんなハメに?」
「貴殿らへのささやかな歓迎のつもりだが?」
「それはつまり今後もこういうことがあると考えてもいいのかしら?」
「可能性は無限大だ」
いやな無限大だな!
夢と希望ならともかく人肉料理になる可能性なんていやだ!
「喜び給え、貴殿らの未来は夢と希望に溢れている」
「あのヴァンパイアめ、とんでもないのを連れてきやがったわね……」
ただの脅し。示威行為によって自らの発言力を強めるのが目的ならまだ理解できる。だが眼前の男がその程度の男でしかないと誰に言い切れる?
ヴァンパイアロードが紹介してきた男だ。まともな男のはずがない。
銀のガマガエルだけが本気で歓迎しているがこいつも頭のネジがぶっ飛んでいるデス教徒なので、同類というだけだろう。むしろガマガエルが気に入っているという事実だけでヤバい。
こいつらだけ普通に食ってるし。
「あなたが危険なのはわかりました。ですがあたくし達は普通の人間なのです。食人をやらかす趣味はないしこんなものを並べられても困るのです。侮ったりなんてしないから今後は控えてちょうだい」
「善処しよう」
「すんなって言ってるのよ! 努力が必要なの!?」
「場合によっては希望に添えない場合もある」
「まあまあ。せっかくの銀狼卿のお披露目だ、仲良くやろうじゃないか」
仲良くやるはずの一人が食卓に並んでいる状況である。
食事の合間に交わすのは帝国各地の動き、どこそこの支部が威勢がいいとか誰それの協力を取り付けたとかそういう話になる。
とはいえ本当に大事なことはシェルルク・カスケードでさえ漏らすまい。
銀狼卿はキツネとタヌキの化かし合いを見物するような気分で食事を終え、未だ口を開いていない銀虎卿に呼び掛ける。
「どうした、食事も進んでいないようだが?」
「勘弁しろ」
銀虎卿が皿をさかさまにひっくり返す。
「お前さんが危ない奴だってのは聞いている。人類史上第三位の高額賞金首銀狼シェーファ、俺達なんざ全員合わせたって足りない大怪物だ。……だがこれはねえだろ」
「私のやり口が気に喰わないと?」
「ああ、気に喰わねえ。古参だからとふんぞり返るつもりはねえがこいつはやりすぎだ。こんなやり方をする男を誰が信頼できる。ちからさえあれば何をしてもいいってのは俺達が嫌う貴族そのものだろうが」
この場での交戦もやむなしと睨みつけてくる銀虎に対し、銀狼は生温かな眼差しをおくりながらこんなことを考えている。
(存外まともな奴もいるな。スカーレイクのようなクズばかりだと早合点していたが早計だったか?)
まさか革命闘士から人との正しい付き合い方のご高説を賜るとは考えていなかったが、発言はおおむね正しい。きっとこういうまともな奴が風紀を支えているのだろうと思う。
だから残念だ。貴殿の言い分は正しいと言ってやれない事も残念だし、これでお別れなのもだ。
遺跡が激震する。まるでとんでもなく大きなちからが廃村に着弾したような揺れ方だ。
天井から石片と埃が落ちてくる最中に銀虎が鋭く息を吐き、言う。
「まさかこれも歓迎の出し物だって言うんじゃねえだろうな?」
「邪推だな。ただの敵襲だろ」
「ただの敵襲…ね。たしかに襲われる覚えなら山ほどあるな」
銀虎が鞘を手に立ち上がる。銀狐も立ち上がり壁に掛けていた短槍を手に取る。銀蛙でさえ立ち上がり、背後に並べていた躯の剣士二体を引き連れて歩き出す。
どうやら迎撃に動くつもりのようだ。
「意外だな、尻尾を巻いて逃げ出すかと思ったぞ」
「そう見くびってくれるんじゃねえよ」
「だがこの拠点はもう終わりだろう?」
道理を説くと銀虎に鼻で笑われた。
「たしかにこの拠点はもうおしまいだろうぜ、同志達を育てるのに適した迷宮都市近郊の拠点を失うのは痛い。だから代償は払わせる」
銀蛙もまた侮蔑するように醜い表情を浮かべる。
「敗走を恥とは思わないけどね。シェルルクならば堂々と正門から逃げ出すのさ」
「襲撃者どもを蹴散らしてね。威勢のいい坊やはここで見ているといいさ」
「では貴殿らの武運を祈っておこう」
シェルルクどもが迎撃のために出ていった。
堂々たるその背を見送る銀狼は「スカーレイクめ」と小さく嘆息をつき、紅茶のカップに手を伸ばす。
饗応役として彼の傍に立つ女吸血鬼が問う。
「銀羊卿の仕業とお思いでして?」
「危機を察知する勘働きだけは確かだと思っただけだ」
空に放った千里眼に映る襲撃者の姿を見ればスカーレイクごときの仕業でないのは明白。むしろヘマをしたのは自分である可能性が高い。
「ダーナの意思を感じずにはいられないな……」
襲撃者はリリウスだ。




