青の薔薇を捕まえろ①
トキムネ君の発した作戦開始の号令と共に丘を駆けくだる。
八人の急造チームに指揮系統を作るのは混乱の素なので、チームを三つに分ける。
チーム・グラナイ山賊団。チーム・アーサー・ハーレム。チーム・ごりっごりゴリマッチョ。この三つだ。
三方から青の薔薇の拠点を食い破り、最高指導者を捕縛。これが作戦の全容なんだが……
チーム分けしたはずなのにアーサー君とマリアとナシェカがなぜかゴリマッチョチームについてくる。アーサー君の目を見るにお話があるらしい。
「そのブルーローズという組織だがそんなに手強いのか?」
「当然の疑問だな」
青の薔薇はド田舎国家で活動する平民の組織という語感からは想像も及ばないほど強力だ。沿海州のアサシンギルドから当代のアルザインとその配下が出向しているってのもあるが、じつはとある血統が中核メンバーとなっているからだ。
銀の仮面の集い。六人の最高指導者。シェルルク・カスケードこそが血統の集いであり、実力主義であるように見えてじつはガチガチの純潔主義だったわけだ。
「青の薔薇の六席の最高指導者だがな、じつは全員が太陽の超人級の血統呪の血族だと言って信じるか?」
「信じられるわけが……」
アーサー君が途切れかけた言葉をつなぐまでの僅かな間に思考を立て直した。
「そんなことがありえるのか?」
「ありえるんだよ。ドルジアはこんな辺境にあるしょっぱいド田舎だがよ、レグルス・イースの故郷なんだぜ」
「……」
「……」
バトラが過去を振り払うかのように「まさかな」と口にし、可能性を繋ぎ合わせるみたいに思考を深くしていく。
アーサー君も思い悩むように思考を深くする。アーサー君はすでに答えに近いものを知っている。俺らと一緒にガーランド閣下の口から聞いたからな。
「さらにはクソみたいな降嫁政策で真竜レスカ、太陽神ストラの血をばら撒いてきた国だ。この血統が市井に一度として混じらなかったと言い切れるのか?」
「真実なのか?」
「真実だ。六人のカリスマとそいつらを支持し革命を夢見る狂信者どもの集団だ。舐めてかかると痛い目を見るぞ」
「メンバーの選定にようやく得心がいったよ」
「……?」
……
………
…………なんやて?
「ドルドム迷宮は僕らの試験場だったわけだ。青の薔薇襲撃作戦に加えてもいいかをテストするための、そうだろ?」
「待て、どうしてそんな論理的な飛躍を……」
ここでマリアがなぜか俺の腹をパンチしてきた。
「なるほど。襲撃のどさくさにみんなを連れて逃げ出せるとか言ってたくせに襲撃に加担するのはおかしいと思ってたんだよね」
「いやそれは……」
「あまり自分の基準で物事を考えない方がいい。あの目つきの悪い山賊だがキミの兄なんだろ?」
なんでわかった!?
「村人から話を聞いた」
「マジかよ……」
「大人の口は重かったが子供はな、しっかり言い含めたところで大人ほどガードが固いわけではない。あっさりと話してくれたよ」
簡単に想像できるな。悪い大人の社会に慣れたスれたアーサー君がお菓子を渡して女児から話を聞く姿がありありと想像できる。彼普段は読書にしか興味がないからやらないけど、やらないだけでやる能力はあるんだよ。それも高水準で。
普段はナマケモノだから油断してるとこれだ。やはりアルチザン家は曲者揃いだな。
「魔力波長のパターンに一部近しいものも感じたので確信した。加えて言えば先に僕を襲撃したガレリアのアサシンは……」
アーサー君がナシェカを見ている。
完全にバレてるじゃん。
「ガレリアってナシェカが言ってた古巣のアサシンギルドだよね?」
「後で話を聞かせてもらう。いいな?」
「お…おう」
木々に覆われた丘を駆け下り、そろそろ拠点を囲む積み石の外壁が見えてきた。見た目はただの積み石だが俺の魔導知覚にはかなりの強度の結界に見えている。
オルテガが聖銀製の薙刀を掲げ構えながら叫ぶ。
「ごちゃごちゃと学生さんの会話は後にするんだな! 戦技で打ち崩すッ、崩れた合間から飛び込め!」
「合わせる!」
ドルドムは知能と品性をママンのお腹に置き忘れてきたロクデナシだが迷宮で鍛えぬいた実力だけは本物だ。迷宮のある土地に集まる冒険者どもを管理するドルドム迷宮騎士団の部隊長だ。弱いわけがない。
掲げ構えた薙刀を雄々しく聳える一本の大角に見立て、オルテガが加速する。
「砕けろ、ブラストホーン!」
魔法力で全身を強化した巨漢のオルテガが加速に加速を重ねて全体重を乗せて外壁に突進。薙刀の先端が石積みの外壁を衝突し、猛牛のごとく打ち砕いていった。
高レベル戦士のゴリ押し突進殺法はじつはけっこう強い。全身を魔法力で強化して上からオーラの膜をまとっていればアメリカ製のマシンガンでも傷一つつかねえからな。雑兵の槍衾なんて物ともしないんだ。
だがけっこうな物音がしたから廃村のあちこちから青の薔薇の兵隊どもが集まってきたぜ。よし、高所狙撃班に無線で指示だ。
『ラトファ、適当なポイントにストームブリンガーばら撒いて』
『撃ってもいいのね!?』
ラトファはどうして撃ちたがるのかなあ。やっぱり育児でストレス溜まってるの? それとも新しいオモチャに夢中なだけ?
ストームブリンガーはLM商会傭兵部門の装備だ。魔槍弓といい、これがどういう矢かっていうと普段ウルドが使っている矢だ。
俺でも必死こいて引かなきゃならん、あの身長の何倍もある本物の生きた世界樹の弓から撃ってるクソでかい槍みたいな矢の小さなやつだ。
普通の森人でも使えるように一本の矢を三つに切りそろえて先を削っただけの品だが威力は極上だ。何なら条約禁止兵器感がある。
元々ハイエルフの使っていた頭のおかしい破壊力の矢だ。切り詰めたおかげで魔法のちからが何倍も落ちていたってこんなもん人界で使っていい武器じゃねえんだ。冒険者でいうところのBからAランク帯の黄金騎士団が一射で60人ばっかしぶち抜いた悪魔の矢だぞ。
ラトファがストームブリンガーを放った。凄まじい破壊音と共に大地から巻きあがる竜巻が兵隊も民家も家畜も戦闘用騎獣だって大空へと巻き上げていった。……余波だけで落下死確定とかほんま鬼畜兵器。
ラトファが次々と打ち込んでいる。悲鳴が、大勢の悲鳴が大空へと舞い上がっていく。辛うじて俺らを巻き込まないだけの理性は残っているらしいが辛うじてだ。ぽんぽん連発してやがる。
あー、古い遺跡の地上部分まで舞い上がっていったわ。
青の薔薇の拠点があっと言う間に更地になってんじゃん。俺と一緒に突入してきたみんなが無言になってんじゃん。
「僕らが突入する必要はあったのか?」
「地下が残ってるから」
期待値をあげておいて今更こんなことを言うのも何だが……
ラトファ一人でシェルルク・カスケードを全滅できそうな気がするとか言っちゃダメ? ダメだよね。
更地にぽつんと空いた畳みサイズの穴に飛び込む。
着地と同時に四方から剣が振り下ろされた。待ち伏せってやつだ。四つの斬撃が同時に俺の頭を叩き、反動でまた剣が上段に戻っていくのがオモシロ。
「悪いが雑魚の攻撃なんかじゃ傷一つ負わない肉体なんだわ。死んでろ」
殺人ナイフを虚空に向けて振り抜く。概念斬撃だ。俺の刃は必ず背後から心臓をえぐり取るのさ。
遅れてオルテガやマリアたちが飛び込んできた。
「流石に鮮やかな手並みだな」
「いやいや、こいつ何もないところを斬ってたよ。それでこれだよ」
「マリアよく見えたね……」
「全員背後から心臓を抉られているのだがその立ち位置からどうやって……?」
誰よりも率先してオルテガが死体の検分をする姿が面白い。こいつじつはちゃんとした貴族戦士だろ。噂ほど頭も悪かねーし。
「俺の攻撃はすべて背後から心臓に命中するって世界が認識しているからこうなるんだよ」
「反則すぎる」
「誰が勝てるんだよこんなやつって感じだよね!」
そこの女子、結託しないの。
俺が書いた地図を確認させる。左右に通路の分かれたこの地点から左方向が虜囚置き場に近い。右は資材置き場を経由する。どっちを行っても最終的にシェルルクの会議が開かれているはずの大広間にたどり着くってわけだ。
「マリア達は左だ。虜囚置き場にいる人達の確保を頼む」
「「了解!」」
敬礼しなくてもいいんだぜ。どうしてダメな子は敬礼をしてしまうのか。ダメな子ツインズの結成だわ。
「言うまでもないが人質の中には青の薔薇の人員が紛れている。そいつらの役割は人質の反抗を抑える役割と救出に来たやつを刺したり物音を出して兵隊を呼ぶものだ」
「それ絶対言うまでもない情報じゃないよ!」
「ほいほい、ナシェカちゃんの役割はそいつらの見分けってね。任せて!」
「確保はいいのだが退避地点はあるんだろうな?」
地図を渡す。この廃村の周辺を描いた簡易図だ。コンパスも一緒に渡しておく。
廃村から西に400m、十数人っていう人質を連れての夜間のジャングル行軍では中々にきつい距離だが、ここに赤丸がある。ここが合流地点だ。
「ここに着いたら松明でも何でもいいから空に向けて振ってくれ」
「空に?」
「LM商会の本隊がそこにいる。頼んだぜ」
オルテガを引き連れて通路を進んでいく。遺跡の地下を左回りで殲滅していく。ここにいるのは可哀想な人質ちゃんたちを除けば革命闘士だけだ。殺しても罪どころか表彰もんの活躍だ。
「帝国革命義勇軍、革命の甘い夢を見たがる連中を食い物にするだけの腐れ組織は今日で終わりだ」
クリーンな人材を送り込んで白い薔薇に生まれ変わらせてやるよ。シェルルク・カスケードの五席が全部アシェラの分霊に置き換わっていると知った時のシェーファの面を考えれば笑いが止まらねえ。
その時は俺もパンティ仮面卿として出席してやる!




