囚われて山賊村 何だこのアットホームな村は
ボロ小屋の外には貧しい畑が広がっていた。見た事もないような変な野菜がちらほらと顔を出しているがマジで何の野菜なのかわからない。
ここは広大な帝国の南西の外れだ。東北地方の出のマリアからしたら本気で知らない植生なのである。
畑はさほど大きくない。講堂半個分に分かれて幾つも並んでいるが、やはり実りは少なそうに見える。
「何だよモチャモッチャを見るのは初めてか?」
「なんて?」
「かぁ~~~ランダーギアのモチャモッチャを知らないとはな。けっこう美味えんだぞ」
山賊Tがずんずんと畑に踏み入ってズボっと大根みたいな野菜を引き抜く。
だが大根ではない。トウモロコシのような厚い皮に覆われていてこれを毟っていく。何枚も毟ってようやく出てきたのはバナナのようなつるんとした中身だ。当然だがバナナよりもかなりでかい。
「ほれ、食ってみろ」
「じゃあ遠慮なく」
やや固い肉質だが味はクリーミーだ。青臭くてきついがクリーミーだ。一番近いのはアボカドだがマリアはアボカドを食ったことがないので新食感だ。
「どうよ?」
「青臭くてうまいとは思わんけども」
「だろうな、そいつは収穫後はしばらく寝かせてからが食い頃なんだ」
「なんで今食わせた!?」
どうやらからかわれたらしい。笑われている。
「こうやってスライスしてから天日干しにしてよ、乾燥させた物を町に卸すんだ。一本当たり銅貨八枚になる」
今度は懐から出した、餅みたいにぺったりした薄いモチャモッチャを寄こされた。
ばっちいとは思ったが食ってみる。これは青臭さは抜けていて甘みもあり普通にうまかった。干し芋って感じだ。
「あ、おいしい」
「だろ? うちの村のモチャモッチャはうめえんだ。愛情ってもんがこもってるからな」
「なんで山賊なんてやってるの?」
「事情があるんだよ」
密林に囲まれた細長い村を道に沿って歩いていく。たまに見かける民家はどれもボロボロで壁の穴を土で埋めて漆喰を塗った痕跡はあるがみすぼらしい仕上がりだ。住処の見かけにまで気を遣う余裕もない。そんな感じだ。
たどり着いたのはこれまたみずぼらしい民家だ。
中には幼女がいた。そして泣いている。えーんえーんって泣いている。幼女はがんばっている。
「オレの娘だ。嬢ちゃんには世話を頼みたい」
「なんだって?」
「夜になったら戻ってくるからそれまで頼むぜ。こっちが台所な。食いもんはこっちにまとめてある。井戸は……ここから先の広場に一個ある。ちょっと遠いががんばってくれ」
「ちょっと。人質にされるとは思わないわけ?」
「その時は嬢ちゃんを信じたオレが馬鹿だったと後悔するだけだ。……娘は色々あって塞ぎ込んでいてな、オレには心を開かねえが年の近い嬢ちゃんなら心を許すかもしれねえ」
「えええぇぇぇ……親父ならもっとがんばんなさいよ」
「忙しいんだよ。じゃあな、頼むぜ!」
山賊Tが出ていった。
泣いてる幼女と一緒に取り残されたマリアは困ったもんで、ため息と一緒に不満を吐き出すしかなかった。
◇◇◇◇◇◇
目の前で幼女が泣いている。
年のころは五つか六つ。藍色の髪をおさげにした幼女だ。泣いてなければ可愛い子なんだろなって思った。
「ねえ、お名前を教えてくれるかな?」
「えーんえーん……!」
「あたしマリアっていうんだ。あなたは?」
「えーんえーん……!」
「ダメだ、意固地になってる」
こういう時の幼女に言葉は通じない。しょっぱい田舎村の出身のマリアは子供の遊び相手経験も豊富だ。その経験が言っている。
パパに構ってもらえないで泣き始めたはいいが全然かまってくれないものだから意固地になっている。意地でも泣き止むつもりがないのだ。……マリアは嘘泣きだと瞬時に見抜いたのだ。惜しい。
マリアの経験が最適解を言っている。幼女は面白いオモチャかお菓子で釣ればいいのだ。
先にキッチンを確認する。土釜って感じのしょぼいキッチンには敷いた藁束の上に野菜やら何やらが載っかっている。藁を何段も敷いているのは野菜から出る水分を吸わせる保管方法でありマリアの村でもよくやる手法だ。
水瓶にはきちんと水が張られている。二つ目の水瓶の蓋を開けると独特のにおいが漏れ出し、中身は油で漬け込んだ生肉であった。
「きちんとしたパパじゃん。ママの技かもしれんけど……」
そういえばママはどこだ?って思ったが思うだけにしておいた。
他の物も調べていく。小瓶に入った花蜜。小瓶入りの塩。バターに似た何か。異臭を放つ変な漬け物。中身が随分と減ってる黒い液体の小瓶。うんこみたいなカピカピなナニカがこびりついた小瓶。干したモチャモッチャ。
「うん、いける気がする」
マリアの料理技能はすでに称号『噂の料理小町』にまで達している。
貴族の家で雇われている料理人とまではいかないが田舎の町でなら一番や二番という料理上手並みの腕前である。
そして泣いたふりを続ける意固地な幼女の顔を覗き込みながら必殺の言葉を放つのである。
「ねえ、マリアお姉ちゃんとおいしいお菓子作らない?」
「……」
幼女は……
屈した。
◇◇◇◇◇◇
日が暮れた頃だ。山賊Tが自宅に戻るとやけに騒がしかった。
居間では幼い娘がマリアの膝の上でご本を読んでいる。姉妹感がある。出会って初日とは思えない。
「こりゃあどうなってんだ?」
「あ、パパだ!」
娘がご機嫌だ。マリアの人誑しの異能が炸裂しているのだ。完全に仲良しの姉妹になっている。
「あー、ようやく戻ってきたか」
「お…おう、なんだあ、随分と仲良しになってるじゃねえか」
「うん、マリアお姉ちゃんとは仲良しなんだ!」
娘が可愛いので山賊Tもほっこりだ。精悍な顔がだらしなく緩んできた。
「おうおう、よかったなあ。何して遊んでたんだ?」
「んっとねえ、お菓子食べてー、ゴブリンごっこしてー、ご本読んでー」
「うんうん、ゴブリンごっこはやめとこうなー。……うちの娘に恐ろしい遊びを教えるんじゃねーよ」
「それが山賊のセリフかね」
「うるせえな。娘には清らかに育ってほしいんだよ」
それが余所様の娘さんを捕まえた山賊のセリフか、と言いたかったが呑み込んだ。
リコちゃんに聞かせたい話じゃなかったからだ。
「あいつらはどうしてるの? メシは?」
「心配すんな。貴族のお嬢さんは金になる、扱い方は弁えている」
「そう。男どもは?」
「いい働き手になってくれてるぜ。特にウェルキンはいいな、うちの若い連中の何倍も働くんで娘っこどもが色めきだってやがる」
馬車馬ウェルキンの誕生である。きっとあの無駄なパワーで活躍しているのだろう。
ナシェカの身の安全を持ち出されたら従順になるのはわかるし、働きながらこっちの居場所を探してくれているだろうという信頼はある。
今日の出来事をしゃべっている内にリコちゃんは疲れて眠ってしまった。間仕切りで囲われた奥の部屋に寝かしつけてきた山賊Tが、台所から陶器の酒瓶を持ってきた。色々と探したはずなのに見つからなかった品だから、たぶんどこか分かりにくい場所に隠していたのだろう。
「助かったぜ。飲めよ」
「じゃあ遠慮なく」
木製のコップで一口いく。雑味が強く酒精ももっと強い安い酒だ。つまりはドルジアの庶民の味だ。
燕麦と茶葉を発酵させた酒に、樽一杯の水を魔法で酒に成分変化させたものを混ぜ込んだものがドルジアの庶民が呑む酒だ。時間経過でただの水に戻ってしまうが安いので庶民は構わず飲んでいる。
「ひどい酒だ」
「何分暮らしぶりが貧しくてな。それで勘弁してもらうしかねえ」
「畑は広げられないの?」
「魔物除けの結界を広げる金がねえ。金がねえから畑を広げられねえで収穫も少ねえ。悪循環さ」
「じゃあ今回の儲けで豊かになるね」
「だといいんだがな……」
山賊Tが酒をあおる。手酌でちびちびとやっている姿が不思議と堂に入っている。
「ねえ、リコちゃんのママはどうしたの?」
「なんでえ、娘から聞かなかったのか?」
「聞けるわけないじゃん」
「……そうか、あんたはいい子だな」
それきり黙り込んだ山賊Tが隅っこに畳んであった毛皮を指した。熊のような大型の獣の毛皮を毛布にして眠れってことらしい。
「明日も娘の世話をしてもらいたい。頼んでもいいか?」
「いいけど」
「助かる」
山賊村での初日の夜はこうして終わった。
どこかで働かされているらしい男子どもはどうしているんだろうな、そう思いながら床に着いた。……五秒で眠れた。




