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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
ヴァカンス&ダンジョンシーカーズ
161/362

山賊をやっつけろ!③ がんばれ山賊T

 ―――追跡者がいる。


 逃避行の間もマリアは神経を研ぎ澄ませて追跡と飛来物にだけは注意している。追跡者は一人。ただひどく気配が掴みにくい。


 森林内で特定の気配にのみ気を払うのはそう難しくはない。森の中は音で満ちている。乾いた落ち葉を踏む音、茂みを揺らす音、鉄器を持つ者を警戒した小動物が発する不安の鳴き声、無数の音が追跡者の居場所を教えてくれる。


 マリアはしょっぱい農村育ちなので狩猟の腕は磨きに磨いてきた。食い物がなければ森から獲ってくればいいんだろオラァの精神で父と共にしょっちゅう森に入っていた。おかげで森に住む偏屈なエルフとはしょっちゅう縄張り争いをしていたが……


(また気配を見失った。……いい弓兵だな、地元のおっちゃんエルフよりもずっと森渡りが上手い)


 気配が消えたと思えばまた出てきたり。地味に嫌な弓兵だ。おそらくは森霊ドルイドの異能持ちだ。


 ドルイドは森における支配者だ。森と言葉を交わして味方につけるこいつらにとってはマリア達のような異物トールマンは最初から大きなアドバンテージを渡しているに等しい。森に一声問いかけたなら森はすぐに異物の場所を教えてしまう。

 王の知覚を持つマリアであってもドルイドの相手は難しい。何しろ森が敵に回るのだ。……逃げ切るのは不可能だ。


(……やばいな、熟練の人狩りだ。こっちの体力が尽きる前に仕留めないと不味いね)


 ちらっと確認したリジーとエリンは息が切れてて今にもしゃがみ込みそうな顔をしている。随分とがんばっているけどもう顎があがっている。

 戦闘能力は期待できない。自衛さえ難しい。自分の呼吸音よりも小さな妖精弓の射出音を聞いてからかわす方法はこの状態では不可能だし、元々この二人にそんな技能は無い。


 弓兵との戦いに適した場所を探すが見つからない。遺跡が理想だがそこまで贅沢を言わずとも人が隠れられる段差でもいいのに……


 視界が開けた。逃避行の末にマリア達は街道に出たのだ。そして―――

 街道には剣士が待ち構えていた。狼のような精悍な顔立ちをした剣士が鯉口が切り、長刀をゆっくりと抜いていく。身なりこそ農民のそれであるが立ち居振る舞いが怖気が立つほどに際立っている。


(追いこまれたか。やばいな、マスター級だ……)


 養父に拾われた年から毎日剣を振ってきたマリアだからわかる。極北の剣聖という栄光の名を爆笑と共に笑われてきた父と共に生きてきたマリアだからわかる。


 眼前の剣士は強い。おそらくは養父ガイウスと同じかそれ以上に。……何故だろう、窮地のはずなのに笑えてきた。


「なんであたしたちを狙うの?」

「てめえらに恨みはねえが金が必要なんでな」


 ウェルキンの発言が正当を引いたので舌打ちしておく。

 そんな懸念があったのならもっと早く言えってのよって感じだ。


「迷宮に潜って稼ごうとは思わなかったの?」

「迷宮のおたからがそこいらをほっつき歩いているんだ。8500テンペル相当のおたから武器だ、狙いたくなるのは当然だろ」


 剣士が東方刀を構える。顔面の高さまで掲げた刀を水平にし、左手をみねに添える不思議な構えだ。

 そもそもが東方刀だ。どんな特性の武器なのかも分からなければ、東方人が使う剣の術理も分からない。……だが強い。何をどう仕掛けようが対応される。そんな悪い予感ばかりがする。


「じゃあやろうか」

「そうね、それしか無いみたいだし」


 マリアがオーラを増大させる。練りに練り込んだ闘気をこの戦闘に費やすように全身の能力を爆発的に高める。

 対して山賊Tは剣の切っ先にのみ闘気を集中する。電撃のようにバチバチと散る闘気は異様なまでに強く異質だ。……何だか気になって仕方のないマリアであった。


「ナニソレ、反則みたいな技じゃん」

「勤勉なのはいいがここは学校じゃねえ。質問は教員ワーカーにするんだな」

「ケチぃ!」


 山賊Tが唇を引き上げて悪そうに笑う。

 だが油断はなく、その眼に迷いはない。


「技は見て盗むもんだ。それなら止めねえから好きにやれや―――乱れ桜・繚乱」


 刀を振り抜くと同時に桜花へと変じたオーラに襲われる。

 一片一片のはなびらがマリアの纏う闘気の防御膜を削っていく。ゴリゴリと削られていくのはマリアの生命線でありちからそのものだ。


 山賊Tが桜花をまとわりつかせる刀を再び振るい、マリアを襲うはなびらが二倍となった。だがそう来るとは思っていたので距離を詰める。


 元々大した距離ではなかった。相対距離20mなんてマリアからすれば気分的にはほんの一歩の距離だ。

 ダッシュで距離を詰めて山賊Tの胴を薙ぎ払う。……だが手応えはなかった。


 山賊Tの肉体が桜花となって消えていく。斬撃の特性を持つ桜花に一瞬で囲まれてしまったマリアが舌打ち。


 視界が奪われている。視界のすべてに色鮮やかな桜花が舞い、山賊Tの気配を感じ取れない。この桜花は山賊Tの闘気そのものだ。こんなものに囲まれて術者の居場所などわかるわけがない。


「地味な攻撃だと思ってたけど視界封じと感覚潰しか。やっかいだな……」


 防御膜がゴリゴリ削れているがそっちはどうでもいい。新たに生まれた闘気を回せばいいだけだ。幸いこれだけ囲まれていても削れる量よりもマリアの肉体が生み出すちからの方が多い。

 オーラを防御膜の再生に回したせいで攻撃に拡張性がなくなるがそれだけだ。


(視界は奪われた。なら感覚をより研ぎ澄ませる)


 マリアが眼を閉じる。どうせ意味がないのなら完全に遮断してしまえというヤケクソな発想だ。……そういえば。そういえばあの時もこんな感じだったなと思った。


 剣神の神殿での暗闇の戦いも似たような感じだった。ぶっ飛んだ神殿長さんの教えを全部覚えているってわけではないけど、技はマリアの心に刻み込まれている。


オーラで感じろってことだよね。オーラを広げて感じ取れって……)


 視覚なんてちっぽけな感覚は捨ててしまえ。二つの目玉がもたらす仰角120度程度の情報量ではバトルを楽しめない。肌で感じ取るのだって矮小な情報量だ。聴覚は優秀だ。遠く200メートル先の弓弦を引き絞る音だって拾ってくれる。

 要はそういうことだ。情報量を増やす方法を使えってことだ。

 オーラを広げて五感の代用をさせろ。オーラを肌にしろ、目にしろ、剣神の教えとは噛み砕いて言えばこういうものだった。


 大きなオーラが近づいてくる。だが密度が足りない気がするので無視する。

 感じた通りに幻影の山賊Tが放った斬撃は偽物で防御膜を幾分か大きく削っていったにすぎない。


(また近づいてくる。背後からやってくる方は偽物。本物は―――)


 正面からやってくる幻影の後ろ、二体目が本物だ。


「本物はこっち!」


 幻影を突き破るふうに突きをぶちこむ。山賊Tは慌てた様子もなく突きを捌こうとしたがマリアも瞬時に切り替えて鍔迫り合いに持ち込む。パワーならこっちが上という自信がある。……乙女にあるまじき自信だが。


「これを見破るか。確かに手強い、あいつが目を掛けるだけはある」

「誰だって?」

「失言だ、忘れてくれ」


 山賊Tは技が多彩で戦闘経験が豊富。そしてやや格上だ。

 だからマリアは攻勢に出る。得意な間合いに押し込んで技量剣士をパワーで押しつぶす作戦だ。


 だがやはり山賊Tは達人級の剣士。中々押し切れないけどがんばって攻めるのである。


「その戦法だが一個大きな穴があるんだよ。聞きたいか?」

「教えてくれんの。余裕あるね?」

「あるさ、悪いが余裕がある。その理由はオレの腕力が嬢ちゃんよりも劣っているわけじゃねえっていう致命的なモンでな」


 山賊Tの剣術その術理が一変する。なるべく打ち合わずに間合いを正確に測り剣速と技で戦う技量剣士から、乱暴に刀を叩きつけて真正面から潰しにくる戦法に切り替わった。


 攻守が入れ替わって防戦一方になったマリアが切り払いを主とする護剣の術理で対応する。


 戦況が膠着している。互角ではないが決定打を打てるほど互いに差が無い。

 こうなったら体力勝負だ。体力の切れ目が近づけば近づくほど焦りが出るし、切れてしまえば判断力も戦闘能力も落ちる。そしてマリアは体力には自信がある。


 なるべく相手を疲れさせる戦い方をしていると……

 ドドドと大きな足音が聞こえてきた。砂煙を巻き起こしながらこっちに近づいてくる一団がいるのだ。


 そいつらはすぐにやってきた。なんと女好きのロクデナシで有名なドルドムのオルテガであった。


「てめえかあ! ドルドムのシマで山賊やらかすトンデモねえ野郎ってのはてめえか! トキムネぇええ!」


 図体のでかいロクデナシが騎乗する大虎から降りてやってきた。兵隊もぞろぞろ引き連れている。


「納税に困って山賊行為とはふざけやがって。そこまで落ちぶれやがったか。てめえ、こら、何とか言えやコラぁ!」

「やれやれ、うるさいのが来ちまったぜ……」

「何とか言えたあ言ったがうるさいとは何だ! てめえどの面提げてそんな舐めた口が利けるってんだコラぁ!」

「っち、眠っとけ。―――多々良舞い」


 山賊Tの姿がマリアの眼前からかき消える。

 次の瞬間にはオルテガと兵隊どもがバタバタと倒れていった。これはマリアが振り返る一瞬の出来事だ。


「何いまの動き……?」

「わりぃな、別に手加減してたってわけじゃねえんだ。全力を出すと長くは保たねえんでな」


 ついでに今気づいたけどエリンとリジーが地面ペロしていた。彼女達の傍には森人のお姉さんがいて笑顔で小さく手を振っている。なんなら山賊Bも合流していて、彼の傍に置かれた荷馬車にはマリアの仲間たちがこんもり積み重なっている。


 心のどこかで頼りにしていた赤モッチョと! みんなのヒーロー・ナシェカまで荷馬車に積まれている!


「……マジでみなさんナンデ山賊やってるの?」

「≪―――堕落の夢を呼べ 汝はこれより悪夢の虜 カースド・ディープスリープ≫」

「は…はえぇ?」


 マリアは耐えた。昏睡の魔法に一瞬だけ耐えたがすぐに迫ってきた山賊Tの柄打ちを横隔膜に受けて沈む。


(あ、やっべ……)


 トドメとばかりの締め技でゆっくりと意識が遠のいていく。



◇◇◇◇◇◇



 眠りの中で夢か現かリリウスの声が聞こえている。


「やべえな、このタイミングでオルテガはやべえよ」

「やべえのかよ」

「やべえ。だってこいつのせいにして話を進めるつもりだったんだぜ。推理小説でいうと事件の途中で犯人を逮捕しちゃったようなもんだぞ」

「そいつはやべべのべーだな」

「前から思ってたんだけどやべべのべーって何なのよ」

「やべーの最上級」

「それはやばいわね」

「お前達落ち着け。やべー会話になっている」


「そうは言うけどよぉ。兄貴ぃナイスな案だして~~」

「プランの見直しが必要だな」

「さすがバトラだぜ!」

「頼もしいぜ、どうすればいいと思う!?」

「不要な部分を省く。まずこの領主館襲撃は必要ない」

「なんで?」

「全体的な流れの中で必要ではないからだ。それとオルテガだがせっかくだし有効活用してやろう」

「どうやって?」


「バトラに考えさせてねえでちっとはてめえの頭で考えろよ首謀者だろ……」

「俺雇用主、お前ら下っ端、おーけい?」

「バトラ、こいつ殴っていいか?」

「やめとけ。殴りかかったお前が殴り倒される未来しか見えない」

「あー、このやり取りも懐かしいわねえ」


 ……

 …

 ・

 ・

 ・


「山賊!?」

 って叫びながらマリアが目を覚ました。


 そんで周りを確認する。どっかの納屋って感じの狭いボロ小屋で、周りには縄で縛られた仲間達が寝転がされている。……男子だけいない。

 赤茶けた地面に寝転がされているのはマリアを含めた四人娘だけだ。


 縄が外せないかとちからを込めて引きちぎろうと試みたが外せない。どうやらただの縄ではないらしい。トレントの木皮を茹でて作った縄のようなチャチな代物ではなかった。


「……そこまで甘いわけがなかったか。まいったな」


 とりあえず他のやつを起こそう。そう思って芋虫みたいに縛られたまま膝のちからを使ってナシェカの腹に頭突きをかます。ドスっていった。


「げふぅぅうう! まっ、マリアぁああああ!」

「おはよう」

「乙女の大切なお腹を破壊しておいておはようて……」

「そこまで強くやってないってば」


 この調子でリジーとエリンも起こす。大げさに痛がられたけど理由は不明だ。

 三人ともキョロキョロしてる。なんだここはって感じだ。どうせみんな察しはついてるだろうけど一応マリアから有力な仮説をプッシュしとく。


「山賊の拠点説」

「助けに来てくれた白馬の皇子様の納屋説」

「助け出しておいて縛って納屋かよ。どんな皇子様だよ」

「オモシロ回答大会すんじゃねーよ。……他のみんなはどうなったんだろ?」


 リジーは荷馬車の中身を見ていなかったらしい。

 マリアが締め落される前の出来事だし仕方ない。


「あたしが見た時はみんなまとめて荷馬車に積み込まれていたけどね。アーサーもリリウスもウェルキンもベルもみんなそこまでは一緒だった」

「となると監禁場所を別にされただけか」

「始末されてないよなー?」

「手に負えなくなるまで暴れてなきゃ始末なんかされないよ。あの年頃の男奴隷は高く売れるしね」

「あー、馬車馬よりも働きそうだしなー」


 若く健康で体格のいい男は奴隷業界では大人気だ。

 借金まみれで奴隷落ちした学者の次くらいに高値の付く人気商品なので、そう簡単には殺されないと思う。というよりも思いたい。


「そう考えればわたし達も一応は安心していいよな?」

「たぶんなー」

「わかってる山賊なら売り物に傷をつけたりしないと思うよ」


 三人娘がわいわい言ってるのでマリアは訝しんだ。


「ナシェカ、この縄どうにかならない?」

「できなくはないと思うけどさ、人質を別々に置いてある意味を理解できてないの?」

「リリウスとアーサーがいる。あっちだって勝手に逃げるよ」

「それは期待でしょ。楽観かもね。何もわからない内から動くのはオススメできない」

「まずは状況の把握ってこと?」

「そうそう。まずは三つ、これだけは調べておかないと……」


 足音が近づいてくる。赤土を踏んだ小さな足音は常人の耳では聞き取れないがマリアにはきちんと聞こえている。当然ナシェカにもだ。


「誰か来た。みんなタヌキ寝入り、あたしとナシェカで話してみる」


 納屋の扉がガチャガチャいってる。何らかの施錠が為されているらしい。

 扉が開く。入ってきたのは山賊Tだ。


「よお、うちのスイートルームの寝心地はどうだい?」

「何が目的なの?」


 軽口に付き合ってやるつもりはないと睨みつけておくが、カラカラと笑って流されてしまった。


「ぐっすり眠れたらしいな。起きているのはお前さんだけか」

「え?」


 振り向くとナシェカが寝ていた。タヌキ寝入っていた!

 こっ、この裏切り者ぉー!って叫びたいのをグッと堪えるマリアであった。


「そ…そうね、あたしだけだ」

「ちょうどいい、ついて来てくれ」


 山賊Tがマリアの縄を解きにかかる。だが苦戦している。なんだこの結び方ってぼやいてる。


「ちょうどいいって何をさせるつもり?」

「お前さんはオレの腕前を知っている。人質を分けている意味もわかってくれるはずだ。そういう意味でちょうどいいのさ」


 縄がほどけた。即座に肘打ちを放ったが受け止められてしまった。


「大人しくしてくれるのならこの子らの身の安全は保証する。どうよ?」

「何をさせるつもりかまだ答えてもらってないんだけど。……わかった、従う」

「ありがとよ。じゃあ付いてきてくれ」


 山賊Tの後ろについてボロ小屋を出ていく。

 この先マリアを待ち受ける試練とは何なのだろう的なto be continue

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