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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
ヴァカンス&ダンジョンシーカーズ
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次なる観光スポットへ

 勝利の後は流れるように宴会だ、と言いたいところだがその前に換金という小事を挟まなければならない。これはとても大切な儀式だ。

 この勝利に幾らの値段が付くのか、これがワカラナイとどの程度喜んでいいのかもワカラナイのが人間という生き物の浅ましさなのだ。


「浅ましいのはキミだけだ」

「え?」

「みんなの顔を見ろ。嬉しそうにしているだろ」


 アーサー君から指摘があったとおり、帰り道の密林街道ではみんな大喜びだ。

 こないだの険悪な空気なんて吹き飛んでナシェカを担いで満面の笑顔だ。


「迷宮の踏破は戦士の誉れだ。戦利品の金額は関係ない。―――その微笑ましいものを見る目つきはやめろ!」

「アーサー君って迷宮攻略童貞?」

「変な童貞を作るな!」

「いやいや穢れを知らないのは羨ましいと思ってな」


 数十もの迷宮を攻略してくるとな、単純な達成感よりもこの仕事がいくらになったのかが気になってくる。

 営業と一緒だ。初めて取ってきた仕事なら何だって喜べるけど、それが年間何十件っていう契約の一つに成り下がった時に気になるのはどれだけいい契約を取れたか?になる。


「だが初めての攻略が嬉しいのは理解できるぜ。俺も最初の迷宮攻略は忘れられない思い出さ」

「キミにも人の心らしいものが残っていたんだな」


 ねえ、最近当たりがきつくない?

 やっぱり憧れてるとか指摘したのまだお怒りなの?


「それでどこの迷宮なんだ?」

「さてどこを初めてとしたものか。魔の島ダンジョンかハリファ迷宮か」

「忘れられない思い出じゃなかったのか……?」

「思い出がブレてるね」

「こいつはこういう適当なやつなんだよ」


 うるせえな、魔の島ダンジョンは色々ありすぎて攻略した気がしねえんだよ。最後はクロノス爆誕からのワンパンだったしよ。まだティトが吹き飛ばしたハリファの方が攻略した感じがあったんだ。


 マリアから質問がある。


「てゆーかさあ、迷宮攻略って何回目なの?」

「数えてもいねえけどたぶんそろそろ三桁」

「やっぱりあんただけ生きてる世界がおかしいな」

「それ多いのか?」

「リジー、迷宮攻略者になるってのは人生の節目だよ。冒険小説でもだいたいここがハッピーエンドだよ。夢のような財宝を手に入れて残りの人生ウハウハなんだよ。今わたしたちがいるのがここね」

「すげえじゃん」

「で、こいつはその先にズンドカ進んでいった馬鹿なわけ」

「すげえ馬鹿じゃん!」


 何とでも言ってくれのスタンスで言い返したりはしないけど、みんなの中での俺の評価低すぎない? 完全に頭のおかしい筋肉だと思われてるよ。


 夕方から迷宮に潜り始めて、攻略して町に戻ってくる頃にはすっかりお昼前である。

 このロングランでもみんなが元気なのは達成感でアドレナリンがドバドバ出ているせいだろう。


 賑わう正門を学生証という名の権力のフリーパスで入り、正門の傍で絨毯を敷いて客待ちしているアシェラの巡礼信徒に鑑定を依頼する。

 鑑定師っていうと老婆が多いイメージがあるが男がいないってわけじゃない。こいつも若い男だ。……悪徳信徒な雰囲気が出ているぜ。


 この笑顔の好ましい青年がこの中で俺やナシェカに次ぐ実力者だと言ったらウェルキンはどんな顔をするだろうか?


「これはザルヴァートル殿、本日はどのようなご用件で?」

「連れのレベルを視てやってほしい。それとこれの鑑定を、売りに出すつもりだ」

「お安い御用だ」


 鑑定師が鑑定眼を用い、羽ペンでさらさらと鑑定シートを書いていく。

 その間はけっこう暇なんでそこいらの露店から果実水を買う。戻ってくると鑑定紙を眺める連中がわいわい言ってる。


「エリン位階上がった?」

「上がった! すげえ、一気に13だ!」

「姉御まだそんなところにいたのか……」

「そういうリジーは幾つなんだよ」

「28だぞ」


 静まり返る場である。


「28の割には弱くね?」

「どうせグロウアップポーションでしょー?」

「僻むなよー」

「くっ、実家が金持ちだからって! マリアは!?」

「あたし42だけど」

「……」

「どうしてマリアには言わないんだよ」

「いや絶対自力で上げてった女だし文句のつけようがないっていうか」


「ウェルキン上がった?」

「おう、15だったが19まで上がってたぜ。ベルは?」

「二つ上がってたよ。16だ」


 う~~~ん、微笑ましいね。

 俺もナシェカも微笑ましい人々を見つめながらホッコリする。


「ナシェカは鑑定してもらわなくていいの?」

「いいよ。どうせ上がりようがないし」

「迷宮攻略しておいて上がってるわけがないってレベル幾つなんだよ」


 キリングドールは種族紋章が存在しないから素体性能から判断されるってだけだ。

 A級素体のナシェカならレベル60という判定になり、そこから装備で脅威度が加算されていく。つまり1000億PL分の兵装が加算される。


 一向に答えようとしないナシェカ。マリアが食い下がる。


「ねえ、レベルは?」

「知りたがるなあ。ナシェカちゃんのレベルは有料だよ?」

「じゃあ幾ら?」


 そこまで食い下がるのか。

 ナシェカも驚いている。マリアが本当に払うつもりなのがわかったのだ。


「仕方ないなあ、じゃあ今度イースでアクセでも買ってもらうか。そういえばリリウスは幾つなん?」

「俺は187だ」

「ナシェカちゃんは188だね」

「絶対嘘じゃん」

「ウソじゃないんだなあ~」


 いつものじゃれ合いを始めた二人を横目に、鑑定の兄ちゃんが手招きをしている。


「売却という話でしたがお売りにならない方がよいかと」

「そんなにいい刀なのか?」

「ええ、詳しくはこちらに記しておきました」


 鑑定書を受け取る。適正価格は8500テンペル金貨だがテンペル金貨の価値は低いから実質金貨4000枚と考えていい。

 けっこうな値段が付いたもんだ。確かにこれなら並みの冒険者なら人生上がりだ。巨万の富を手に入れてあとは穏やかな余生を始めていい金額だ。十人のチームで均等に分配してもそれが叶う。


 じゃあみんなに提案するか。


「これ俺が買い取ってもいいか? 適正価格より多めに払わせてもらうぜ」

「いや守護者はキミとナシェカで倒したようなものだし分け前を貰うつもりはなかったんだが……」


 アーサー君がそう言った瞬間に攻略に浮かれていたウェルキンとベル君が悲壮な顔つきになった。高潔なアーサー君にはわからないかもしれないけど浅ましさと無縁な人間ってそうそういないよ。


「いいよいいよお小遣いにしておけよ。俺には親友がいるから」

「その親友のゲソをもいで売るんだろ? 嫌な友達だな」

「それも込みで成り立つ友情なのさ」


 まだまだ元気なみんなを連れて冒険者ギルドに向かう。迷宮を攻略したらギルドに報告するのは冒険者の常識だ。別におかねが出たりしないけどマナーってやつだ。

 もちろん他家の貴族が余所の土地の迷宮に無断で入って勝手に攻略するのはマナー違反だし、攻略品や他の戦利品を売りもしないのは関係を悪化させかねないのだがドルドム男爵家だし別にいいだろ。


 冒険者ギルドに顔を出す。閑散とした受付窓口で迷宮を攻略したって言ったら二階からギルマスさんが駆け下りてきたぜ。


「あっ、あなたは最年少特級冒険者にして世界最強の大戦士と噂のリリウスさん!」

「おう、俺を知っているのかい?」

「もちろんです! ケツの痛み……じゃなくてその立派なモヒカンとハンサムな顔を見れば誰だってわかります!」


 全力で俺を持ち上げてくれるギルマスさんのぎこちない笑みである。

 ウェルキンたちがひそひそしゃべりだす。


「こいつ有名人なのか?」

「S級だしねえ」

「なー、そういえばリリウスって二つ名とかあんのかー?」


 リジーが無邪気に質問をしてきて、テンパってるギルマスさんが何故か食って掛かった。何故アドリブを入れるのか。


「ばっ、馬鹿やろぉ! こちらの御方を知らないなんて馬鹿! 何たる馬鹿野郎だ! こちらの御方は『大悪魔アークエネミー』のリリウス・マクローエンさんだぞ!」

「ひぃ、なんで怒り出したんだよこのおっさん怖いぞ……」

「目が血走ってるよね」

「脅されて言わされている感があるなあ」


 ナシェカよ、余計な一言は言わんでよろしい。


「つか大悪魔ってこいつやっぱり危ない奴だったんだな。まともな生き方していてそんな二つ名が付くわけがねえ」

「何をやったのか聞きたいような聞きたくないような……」

「そんなことより! 丁度よかった、じつはリリウスさんにお願いしたい依頼があるんです!」


 ギルマスさんが誠心誠意頭を下げたまま語りだす。

 何でもこの付近には凶暴な山賊団が出るらしくみんな困ってるんだってさ。だから山賊団をどうにかしてちょんまげっていうお願いだ。


「へえ、みんなが困ってるんじゃ見過ごせないな。俺に任せな、俺と仲間たちが必ずやその山賊団を退治してみせるぜ!」

「ふ~~~ん、なるほどねえ」

 だからナシェカよ、そのお察しぢからの高さをチラつかせるのはやめてくれ。

 後で説明するから頼むぜ。

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