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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
ヴァカンス&ダンジョンシーカーズ
152/362

LM観光で観光だ② マリアは頂点と出会った

 神殿に満ちる暗闇に剣戟の音色が響き渡る。無骨で暴力的な音楽は常の神殿には相応しくないがここは武神の神殿。祈りの代わりに鉄の音が聞こえ、慈愛の代わりに血と汗がもたらされるが相応しい。


 マリアは孤軍奮闘している。……ウェルキンは随分前に脱落した。


「いいなあ、お前からは才気を感じるッ! 人生のすべてを剣に注ぎ込んできた、あたいと同じ剣の修験者だ!」


 マリアが剣を交わす相手は神殿長を名乗ってはいたがそのじつ剣神アレクシスその人である。奇抜なファッションと乱暴な言動こそあれど御業は高く神の領域にある。

 その斬撃は変幻自在。必殺の威力を残したまま飛燕のごとく変化する斬撃を回避するすべはなく、だからマリアは活路を見出すために距離を詰め続けた!


「そうだ! 恐怖をねじ伏せ蛮勇に活路を求めろ。余人の意見に耳を傾けるな、剣の声にのみ耳を研ぎ澄ませ! 剣士とはそういう生き物だ!」


 至近距離、僅かなスペースにねじ込むように腕をねじって斬撃を振るう。

 重心の変化のみで斬撃を流し、反動を利用して攻撃に転用する。


(この人すごい……! 寝ても覚めても食事の時だって剣のことを考えてきた人だ。そうじゃないとこんな技能は身につかない!)


 足運びから指一本一本の動きにいたるまで斬撃を振るうという機能に費やしている。


 正しく教えなのだ。彼女こそが剣の教えそのものなのだ。その姿を見ているだけで、こうして相対しているだけでマリアは己の課した限界が壊されていくのを感じている。

 漠然と思い描いていた遥かなる剣神の高みがいま眼前にある。


 同じく呼吸をし、肉に体を纏いた剣神の動きを実際に見、学ぶ以上の修行があるものか。

 剣神の御業は習得できる。おとぎ話の中にいるだけの、レリーフに描かれているだけの動きのない神ではない。

 剣神はいまマリアの眼前で剣を振るっているのだ。


「いいぞいいぞ! 剣にのめり込め、如何にすれば剣が求める理想を実現できるかのみを思考せよ。それが剣の声を聞くってコトだ! てめえの剣は何が得意だと言っている、この距離は苦手だと言ってはいないか? そこは耐久が落ちている、もっと別の箇所を使えと言っているのが聞こえているはずだ。だができないのは未熟が原因か? 惜しいなあ!」


 乱暴に重ね合う打ち合いの果てにマリアは自分が嗤っているのだと気づいた。

 きっと眼前にいる剣神と同じ顔をしているのだと気づいたのだ。


「イイ面だぁ、どうやら剣の声をきちんと聞こえているようだ。じゃあ次は己の声に耳を澄ませてみるんだな」


「あたしの、声?」

「剣と人は二人で一つってな。片方の言い分ばっか聞いてたってソードマンは五割止まり。使い手と剣が完全に一つになってソードマンは完成する。剣の声を聞き、己の声を聞き、二つのちからを一つに束ねるのさ」


 マリアが変な顔になる。せっかく熱くなっていたのに急に難しいことを言われて冷水をぶっかけられたみたいに冷えてしまった。これは冷静ではない。

 言うなればテンションダウン。マリアのような情熱の律動で戦うタイプは冷めると動きが悪くなる。それはアレクシスもよくご承知らしい。

 共に莫大なオーラの保有者どうし。王のちからを持ち、情熱的に戦う剣士だ。


「つくづくあたいと似たタイプだな。頭を使うのは苦手なんだろ?」

「はい、超苦手です!」

「ケケケケケッ、だろうな、あたいも超が二つ三つ付く程度にゃあ苦手だ。じゃあ手本を見せてやるから体で覚えな」


 剣神が剣にオーラを込め始める。

 そのちからの集まり方一つを見ても常人のものとはあまりに違う。


 マリアは、人は、普通は体内からかき集めた闘気を腕から剣へと伝わらせる。

 だが剣神は全身から一斉に剣へと集めた。頭部から、足先から、腹から、光の粒子が剣へと直接集まっていく。


「どうやってるのか不思議そうだな?」

「はい、教えてほしいです!」

「これくらいならお前もすぐにできるさ。だからこんなところで躓くんじゃねえ。あたいはこれからお前が十年や二十年、いいや生涯を費やしてもたどり着けない神技を示してやる。そいつは今のお前には理解もできねえだろう。だが感じろ、頂を知りここを目指せ!」


 煌めく粒子を纏い剣が震えている。

 神殿の闇が光に照らされて消え去った。真っ白い光の空間にはもはや剣を邪魔する余計な一切が無い。


「到達したと思ったらまた此処に来な。あたいと一緒にさらなる極点を目指そうぜ」

「はい!」


「アレクシス剣闘術が秘奥其の一、ブッチギリ」


 剣神が幾分かであっても手加減をしてくれていたかどうかはマリアにもわからなかった。

 だがそれでも奥義を三つ耐え抜いた。三つの奥義を感じ、精魂尽き果てて倒れるまでマリアはたしかに剣の頂を視たのだ。


 再び闇に閉ざされた神殿で、主人を心配してか犬畜生になりさがったジョンがマリアのほっぺをぺろぺろしている。

 なんて無害そうな生き物なのだろう。素晴らしく愛らしい生き物なのだろう。その愛らしさにちょっぴり絆されそうになった剣神だが、彼女の目はジョンの真の姿を捉えている。


「おい、そこのワンコロ。ひでえ怪我してんな」

「くぅん?」

「可愛い声で鳴きやがって。てめえ聖地の真竜だろうが、どうして犬コロのふりをしてやがる?」


 ジョンがごろんと寝転がる。ぼくなにいってるのかワカンナイと言いたげな態度だ。

 剣神は思わずジョンのお腹を撫でていた。無意識で撫でていたのだ。そして自分の行動にハッとして手を引く。


「そいつは霊障だな、ここまでズタズタなのはあたいも初めて見る。生きているのが不思議なくらいだ。死の呪印に再生能力で抗ってやがるのか? わかんねえな、あたいはアルテナ様ほどの癒し手じゃあねえからよ」


「くぅん?」

「だからあたいを誘惑するんじゃねえよ、罪深い犬畜生だな。メンタルアウトしてんのか? まぁそんだけの傷を負ってりゃ自我が喪失しかけていても当然か。いいか、てめえはいま魔法力でどうにか生き延びている状態だ。貯蔵が二割か三割まで落ち込めば一気に喰われっぞ」


「きゅーん?」

「だから! 可愛いなお前は! ……あたいの物になるか?」


 ジョンが首を振る。ご主人さまは裏切れないよ、ごめんねって感じだ。

 忠犬だ。忠犬になってやがるのだ。そして剣神も誰にでも尻尾を振る犬コロより忠犬の方が好きだ。


「マジで可愛いやつだなあ。ま、祓いはしてやるがしばらくは大人しくしてろ。これに懲りたらデス教徒の相手は控えるんだな。死の因果は蓄積するからよぉ、次に貰えば溜まりに溜まった死が溢れ出すぞ」


 剣神が剣を振り抜く。ジョンを蝕んでいた死の呪いが幾分か切り払われて神殿の消えない黒沁みとなった。


「さて、何もやってねえ犬コロにここまでしてやったんだ。こっちのお嬢ちゃんには奮発してやらねえと筋が通らねえ」


 剣神の試練を越えた勇者には加護が与えられる。これは他の神々への威嚇であり、こいつはあたいの物だから手を出すなよ的な意味を持つ。当然だが与えた加護の大きさに比例して横やりは少なくなる。

 つばをつけておく程度の加護しか持たぬ女なら手出しをする神もいるが、手を出したら殺すという意味を持つ加護を持つ者なら他の神とて慎重になる。神にとって祝福の加護持ちは小さな神殿だ。加護持ちを通じて世情を知ることができる。


 マリアは剣神の試練を見事乗り越え……認められた。小さくない加護と神器を賜った。


 ウェルキンはなんもなかった。だって最初の一撃目でぶっ飛んでそのまま寝てただけだし……



◇◇◇◇◇◇



 なんやかんやで約三十分後~~

 ゴゴゴとうるさい大門がちょこっとだけ開いて、ペッて二人と一匹を吐き出した。


「マリアとウェルキンが死んでる……」

「ほらほら起きろー」

「お願いだからウェルキンの腹を躊躇なく蹴るのは止めてあげて……」


 マリアは優しく抱き起こされ、ウェルキンはリジーから笑いながら蹴られている。これが可視化された男女差別なのか。

 と思ったが倒れているのがアーサー君なら優しく起こされそうなので普段の言動の差だな。


 とりあえず無事だった、というか比較的元気な子犬に聞いてみよう。


「何がいた?」

「きゃんきゃん! きゃんきゃん!」

「何言ってるかわかんねえよ!」


 ジョン(クリストファー)を怒鳴りつけると横からやってきたリジーがジョンを抱き上げて、背を向けて俺から隠した。


「ジョンをいじめるのはやめろよー」

「イジメって……」


 エリンちゃんも寄ってきた。


「こら、筋肉、ジョンをいじめるな」

「そうだぞー! ダメだぞー!」


 え、マジ……?

 庇われているジョン(聖銀竜)がくぅんくぅんって可愛らしく鳴いている。お前はそれでいいのか? ……よさそうだな。


 何だろう、人間社会に疲れたのだろうか。愛玩動物みたいな顔になってるじゃねえか。


 と…とりあえず宿でもとるか。マリアとウェルキンの様子を見るにしばらくは起きなそうだ。


 宿は初めて来た時と同じ宿にする。八人なんでツインを四部屋。夕飯は外で食うって伝える。ちょこっと話もしたが観光ガイドの仕事だと言ったら変な仕事してんなって言われたぜ。

 ここでアーサー君が珍しく勤勉なことを言い出した。


「掴んだ技の反復をしたい。相手を頼めるか?」

「マジ? 本探しはいいの?」

「迷宮潜りの前だしね、少しは動けるように勘を戻しておきたいんだ」


 意外な申し出もあるもんだ。と不思議がりながら宿の裏手で剣を交わす。


 次元迷宮を共に潜っていただけあって彼の腕前は熟知している。そう思ったが久しぶりに剣を交わして分かった、かなり強くなっている。

 一段階強くなった、という表現ではなく三段も四段も強くなっている。


「だいぶ強くなってるな。驚いたよ」

「だいぶ…か。随分と上にいるものだな」


 気迫が増したアーサー君の剣戟を凌ぎ続ける。攻勢に出たとしても軽くだ。俺と彼の間には差がある。そう簡単には埋められない、人によっては絶望さえ覚えるだけの差があるんだ。


 そして彼もそれをわかっている。なのに剣を振るい続ける。勝つつもりでだ。


「本当に強くなってるよ」

「リリウス、キミは優しいよ。気遣いのできる男だよ。だがそれはッ! アルチザンの男にそれは侮辱なんだ!」


 大上段から振り下ろす聖銀剣の軌道が途中変化。左手で自らの右腕を叩いて無理やり軌道を変えたのか。

 学んだばかりの反動による軌道変化。その程度で隠し球のつもりかよ。


「おーけい、真面目にやれってわけだ」


 アーサー君の剣戟を肩で受ける。悪いがちからの差がありすぎる。聖銀の装備ごときでは俺の肉体を傷つけることは適わない。

 斬撃を受ける。受けたからこそ可能な、この隙を突いてボディをぶち込む。


「ぐっ……!」


 飛び退いていくアーサー君の背後に回る。


「被弾したら後退。悪い癖だぜ」


 振り返ろうとするアーサー君の背中を突き飛ばし、また背後に回る。

 振り返る速度に合わせて背後に回り続ける。


「人体は構造上背後に向けての攻撃は難しい。後ろを取られたら負けるぜ」

「ならば!」


 アーサー君が剣を逆手に持ち替える。背後の敵を攻撃するのなら正しい判断だが、その隙を与えてくれる相手にするべきだ。


 また突き飛ばす。うつ伏せに倒れたアーサー君が立ち上がろうとし、その顎に片手斧を突き出す。


「まだやる?」

「……敵わないのは分かっていた」


 ようやく諦めてくれたらしい。

 しかし疑問は残る。今のは何だったんだろうっていう疑問だ。


「急にどうしたんだ、もしかして俺なにか怒らせるようなことをした?」

「いいわけを止めただけだ」

「何の?」


 アーサー君がものすごく無礼なやつを見るようなじと目になった。

 俺また何かやっちゃった?


「人の心の機微が分からないってよく言われるだろ?」

「女心ならよく言われるねえ。だが野郎どうしでそういうのはやめようぜ、傍から見たらキモいだけだ」


「そうかよ。……本気を出せば勝てる、本気を出せば負けていない、そういういいわけはやめることにしたんだ」

「???」


 だからその本気でわからないのかこの下郎はっていう軽蔑の眼差しはよすのだ。


「……キミとクリストファーの決闘に触発されたんだ! こんなことを言わせるな!」

「お…おう、そうか、でも普通そこまで言ってくれないと伝わらないと思うぞ」

「言えるか! 恥ずかしい!」


 恥ずかしいのか。普通は恥ずかしいのか。

 う~~~ん、そう言われると恥ずかしいのかもしれない…あ!


「それもしかしてお前に憧れている的な感情だから恥ずかしいの!?」

「リリウス、今キミは友情を一つ失ったぞ」

「何だよそういうことかよ! 可愛いやつだな!」

「肩を組むな!」

「照れるなよ~~!」

「ウザ絡みはやめろ!」


 いやあ、そうかそうか、そういう感じなのか。

 素直になれない感情ならわかるぜ。俺もフェイにだけは絶対に負けを認めない。例え負けたとしても調子が悪かっただけだって言い張る。なぜなら負けを受け入れた瞬間にライバルの資格を失うからだ。

 次は絶対に勝つ。そういう気概を失ったやつをフェイは友とは呼ばない。俺もそんなやつを対等な友とは思わない。そいつはそこで終わりだからだ。


 もう十分だって足を止めたやつもいる。ここが限界だって諦めたやつもいる。だが俺らは走り続けてきた。歩みを止めちまったやつらを置いてな。


 武の道は苦しい。常に自分の限界を越え続ける痛みの道だからだ。そんなことは俺らもよくわかってる。

 だから武の道を歩むやつには敬意が持てる。ちがう歩幅であっても苦しみは一緒だ。そしてこの大変な道を再び歩み出す気になった理由が俺を目指してってんなら嬉しいじゃねえか。


 嫌がるアーサー君と肩を組んでガハハ笑いをしていると二階の窓が開いた。そんでギャルがひょっこり顔を出した。田舎の宿の窓からはギャルが出てくるんだな。


「男どうしで何やってるんだよ、キモいぞ! マリアが起きたぞー」

「おう、今からそっちいくよ。アーサー君も来るだろ!」

「行くから腕を離せ!」


 照れるなって可愛いやつだな。

 女子部屋に行く。女子勢ぞろいでマリアを囲んでいる。すでに話は始まっていて、なんかすげえ強いのと戦ってきたらしい。

 暗闇の空間内での戦いってのを差し引いてもメチャクチャ強かったらしい。


 最後はぶっ飛ばされたけどお前は才能があるって認められたらしい。


「そんだけ?」

「そんだけぇ~~~、でもあの強さの人と戦えたし得る物はあったかも?」


「あったの?」

「なかったらあの金額を払い損だよ。意地でもあったことにするの! アーサー君、稽古に付き合ってよ!」

「うん、やろうか」


 二人して部屋を出ていった。気絶から回復してすぐにこの元気。さすがはドルジアの聖女だぜ。なおウェルキンは深夜まで目覚めなかった。悲しいけどこの差が常人の証なのだろう。



剣神アレクシスの加護

 主にATKに強い補正が掛かるこの加護の正体は闘気の性質変化にある。鋼におけるオーラの伝導性・親和性が強化される。オーラ系剣士ならば垂涎の加護と言えるだろう。また扱いに習熟すれば全てのパラメータが向上する。

 別に剣に限った効能ではないが武器種を別の物に変えると加護が拗ねて減少することもあるとか。



霊馬の轡

 剣神と共に神格化された七番目の相棒、霊馬ブッチギリを召喚する。

 特に回数制限などはないが定期的に魔石を食わせないと呼び出しに応じなくなる。また性格的に合わないと思った人物の呼び出しには応じない。生前はユニコーンだったので乙女じゃないと絶対に出てこない。

 正規の所有者以外が呼び出した場合は不幸なことになる。霊馬キックが炸裂するのだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] アーサーくんにデレ期が! しかしなぜ相手が赤モッチョなんだ…
2023/06/02 20:41 名無しの背高人
[気になる点] クリストファーにリリウスの即死攻撃は通らなかったけど状態異常は入ってたのか、犬化は無意識の省エネモードですか? 仮称・因果律さんがいなければ即死入った? [一言] 今のマリアやアーサ…
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