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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
ヴァカンス&ダンジョンシーカーズ
151/362

LM観光で観光だ①

 トンネルを抜けるとそこは賑やかな都市だ。


 日中のアキレイサス市の大通りには市場が立ち、露店商が大声を張り上げている。トンネルへと向けて進んでいく荷馬車を引く者達も時折足を止め、そこかしこで商談が始まる。


 馬の轡を引くマリアは初めての町に目を輝かせ、友人達も面白そうにこの不思議な形の町を観察している。マリアの頭上でふんぞり返るジョンだけが呑気にアクビをしている。


「見て見て、山肌にも家がある!」

「マジだ。リジー、見てみ、あれだよあれ!」

「はえー、観光名所って感じだなー」


 とりあえずみんなで山肌に造られた上層街へと行ってみる。上の方にいくにつれて大きな商会が立ち並び、お屋敷のような大きな家もある。

 この上層街の一番上に剣神アレクシスの神殿がある。


 剣を掲げる鎧騎士の彫像が並び立つ神殿の前庭も見ごたえがあるが、山肌をくりぬいて奥にある神殿も見事なものだ。

 ここで観光ガイドに徹してる俺が前に出る。


「剣神アレクシスは元々一地方豪族の姫でしかありませんでした。純潔の乙女だけで結成したユニコーン部隊を率いて北進するグランバニアの軍勢を打ち破ったこの地の英雄であったのです」


 語りに合わせてギターラを奏でる。七本弦を使ってアイロニィな音楽を奏でるのは激しい戦詩ではないからだ。この詩には淡々と人々の生活に寄りそうような音こそが相応しい。


「彼女は大変美しい姫であったといいます。この地の誰もが憧れ、男ならば愛を囁かずにはいられない、ですが彼女は誰のものにもならなかったのです。彼女は言いました。剣にて私を打ち負かしてみせよ、この身は弱い男にはけして惹かれぬと」


「……無駄にイイ声してんなこいつ」

「多才だよね、マジでどうでもいいトコだけ」

「あー、聞き入ってるやつが出てきてるんだけど?」

「何なんだこいつ、マジで観光ガイドのつもりなのかよ……」


「噂を聞き多くの剣士がこの地に集いアレクシスに決闘を挑みました。中には地方を治める高名な騎士もいました。ですが誰も彼女には勝てませんでした。中には卑劣にも大勢を率いて闇討ちを狙った騎士までいたのですが彼女の剣才は卑劣な策など物ともしません」


 詩に会わせて山肌に描かれたレリーフを移動する。

 彫刻絵レリーフは剣神アレクシスにまつわる高名なエピソードだけを記したものなので詩で補完しているのだ。


「剣姫アレクシスの高名、万里を越えて轟いた頃、彼女の前に女神が降り立ったのです。その名も高く聖処女アルテナ! 剣姫アレクシスはその御前に膝を着き、願いを告げたのです。どうかわたくしをしもべにしてほしい。戦士の館であればさらなる強敵と剣を交わすこともできよう、と」


 ここは激しく描き鳴らす。一番の盛り上がりどころだからな。


「愚かにも思いあがったアレクシスの願いを聞き、聖処女アルテナは戦士の館の中から最も強いエインヘリヤルを呼び出しました。己が真の願いを前にアレクシスが剣を取り、神の兵隊へと挑みました」


 このシーンもレリーフにはきちんと描かれている。彫刻家もわかってるね。


「よろずの神器を操るエインヘリヤルとアレクシスの激闘は湖は消し飛ばし、大地を割ったといいます。四日四晩にもわたる戦いの果てにとうとう膝を折ったアレクシス。勝利に彩られた武運もここまでかと思われた時! エインヘリヤルもまた膝を着いて聖処女に願い出たのです。噂に違わぬ剣姫の技の冴え、ここで散らすにはあまりにも惜しい。どうか戦士の館へと召し上げてもらいたい! ……こうして一介の姫でしかなかったアレクシスは神の戦士となったのです。聖処女アルテナの戦士となったアレクシスの活躍は皆様の知るとおりであります。剣の女神アレクシス、彼女は今も聖処女を守るために戦っているのだといいます」


 歌い終えると拍手がやってきた。けっこうな聞いてくれている人がいる。ナシェカよ、おひねりを貰いに行くのはどうかと思うよ。ウェルキンも手伝わないの。


「アレクシスと神の兵隊の戦いによって生まれたのがこのランダーギアだと言われているんだ。元々は一つの大きな山だったのが大地が割れてこうした狭間の地になったのだとか」

「詳しいなあ! あんた観光ガイド向いてるね?」

「俺はクラーケンハンターだぞ」

「会話をする努力をしろし」


 ナシェカのダブルパンチが俺とマリアの腹を射抜いた。


 一応神殿の中にも入る。剣神アレクシスと共に戦ったユニコーンの乙女達の彫像が左右に並んでいるくらいで、見るものと言えば壁画とそれくらいものだ。

 とりあえず全部回るかと奥に進んでいくと大きな大門の前でようやく神官を見つけた。……ゴリッゴリのゴリマッチョを神官と言っていいのかは知らん。


「マッチョとマッチョが向かい合ってる……」


 マリアよ、ちょっと黙っててくれない?


 ゴリマッチョ神官が上から下へと俺を観察している。


「おう、これはいい戦士だ。剣神の教えを学びたいのか?」

「待って、説明を省かないで!」


 いきなり教えとかどういうことなの!


「分かってて来たんじゃねえのかよ。神殿では剣神アレクシスの剣術を学べるんだ。もちろんお布施は貰うがよ、戦士なら学んでおくことを薦めるぜ」


 と言って神官が料金表を出した。


 初等剣術コース 500ボナ

 中等剣術コース 2500ボナ

 上等ブッチギリ四露死苦コース 500000ボナ


 これを見たマリアが嫌な予感に震えている。俺もだ。


「最後だけ剣術じゃないね」

「おう、絶対に受けちゃいけない予感だけが伝わってくるよな」


 料金もクソ高けーし。これは何かあるやつだ。そして神殿でこれを感じたら回れ右で帰るのが正解だ。……神殿内の出来事に人界の常識は通用しねーんだよ。


「俺が見たところ赤マッチョの兄ちゃんはブッチギリだな。どうだい、さらなる強さを求めちゃみないか?」

「集合」


 全員で集まって円陣を組む。やるかやらないかの二択だ。

 一番戸惑ってるのはベル君だ。


「え、やるの?」

「ばっか! ベルばっか! さらなる強さとか言われて燃えない奴は男じゃねーぞ!」

「今回ばかりはウェルキンに賛成。ナシェカちゃんもやった方がいいと思う」

「えええぇぇ……ナシェカさんまで?」


 ベル君の驚きは当然だ。普段なら絶対にそんなことを言い出さないナシェカまで何かを感じ取っている。

 俺もな、感じるんだ、上等ブッチギリ四露死苦コースから香る危険なにおいって奴をな。


 マリアも感じ取っているな。さすがは王だ。


「迷宮に潜るって目的もあるんだよねえ。ねえ神官さん、コースって何年もかかるの?」

「そこまでやる気がある奴なら神官になるんだな。ちげえよ、技の本質ってやつをさわりだけ見せてやる。四半刻も掛からねえよ」


「そんならいいかな。みんなはどう?」

「俺はやるぜ。必ずナシェカちゃんを倒して俺の物にしてみせる!」


 ウェルキンよ、ナシェカの交際条件がアレクシスとごっちゃになってるぞ。

 でも面白いから指摘しないでおこう。


「料金は俺が出してやる。みんな好きなコースを選んでくれ」


 各々が希望のコースを伝えると大門が開いていく。

 大門の向こうは切り立った山肌に囲われた闘技場のような場所だ。そこではゴリマッチョな神官どもが剣を手にバトルをしている。汗くせえ……


 ゴリマッチョ神官が似合わない法衣を脱ぎ去って革巻き一枚になる。その途端に挙がる一声の黄色い声。


「きゃー!」


 マリアよ、指の隙間からガン見しないの。

 エリンとかリジーは反応すらしない。おそらくは対象外なのだろう。ナシェカ? こいつにそんな可愛げがあると思う?


「初等コースが六名! 野郎ども、剣神の教えを求めるひよっこどもの相手をしてやんな」

「え?」

「は? おい、ちょっと待て……」


 どうしてマリアとウェルキンが裏切り者を見るような目つきをしてるのか俺ワカンナイ。やった方がいいとは確かに言ったけどね。


「上等ブッチギリ四露死苦コースが二名! マリア、ウェルキン、てめえらの相手はこの奥におわす御方だ!」


 四方を断崖に囲まれた闘技場のさらに奥にある、明らかに神気が漏れ出している大門がゴゴゴと開いていく。やべえな、これはやべえ空気してるぜ。


「え、マジ? ナシェカ、リリウス?」


 すまん、本当にすまん。でもさすがに人柱もなく上等ブッチギリ四露死苦コースに突撃する勇気はなかったんだ。

 俺も後で行くよ、二人が無事に帰ってきたならたぶん勇気が出ると思うから……


 マリアとウェルキンの二人を呑み込んだ大門が自動的に閉じていく。俺は青空に浮かんだ二人の笑顔に合掌する。


 初等コースを受けるのは六人だ。意外にもアーサー君も受講したが、目的はどうやら大門の奥がどうなってるかを観光したかっただけらしい。

 コース受講者が六人。教官も六人だ。ゴリマッチョ神官は俺に付くらしい。


「お前はいい戦士だ。こいつらの手には負えなそうなんでな」

「先にどういうシステムか聞いていい?」

「俺が流派の技を使って戦う。お前は俺との戦いで技を盗むんだ」


 なるほど。


「降参したらそこでおしまいだ。もちろん長く戦えば戦うだけ多くの技が見れるぜ」

「おっけー、じゃあ―――やろうか」

「応! 剣神アレクシスが信徒が一人、空斬りのガイぜル―――参る!」


 ゴリマッチョが迫る。一足でこの遠間を埋めるか!

 繰り出された斬撃を片手斧で受ける。重い手応えだ。初撃は凌いだ、と思ったがすぐさま二発目が来た。


 ちなみにだがみなさんは固い物を棒で叩いたらどうなると思う?

 例えばそうだな。電柱を棒で叩いてみるんだ。すると棒は弾かれてちょっとだけ押し戻される。これが反動だ。


 ゴリマッチョがこの反動を利用する。僅かに押し戻った切っ先を蹴っての二発目の斬撃。しかも軌道が片手斧を握る俺の指を狙っている。指を守るために腕を下ろせば顔面が危険。サイドステップはさらに危険。……ゴリマッチョが左手で二本目の剣での抜き打ちを狙っているからだ。


 バックステップで避けるのが正解だ。


「おっと、いい動きだ。三連撃目を考慮したらそこしかないよな」

「腹に一発蹴りを入れて倒す手もあったがね」

「だが技を見たいからやめたか。あの一瞬でそこまで頭が回るのなら言うことはねえ、極上の戦士だ」


 再び攻めてくるゴリマッチョと刃を交わす。

 強い。小技もうまい。目も良い。何よりも戦いに信念がある。本来なら田舎の神殿にいていい人物ではないのだろうが、俗世の栄誉よりも価値あるもののために剣を手にしているのだろう。


 ゴリマッチョが纏う強化のちからが流麗に変化していく。単一の術式で全身を強化するのではなく、その都度の戦況に合わせて強化部位を変えるという凄まじい魔法制御を当たり前のようにやっている。

 俺なんかが言っていいセリフじゃねえんだろうが定命の戦士に到達できるレベルではない。


「あんたは剣神のエインヘリヤルか?」

「何の話かわかんねえな。だがお前さんもどこぞの神の兵と見える」

「かもしれねえな。仮にだが、どこぞの神さんの兵だったらどうする?」

「害意あらば斬るさ」


 ならば俺の取る手は一つ。この刃をホルダーにしまうのさ。


 ゴリマッチョよ、どうして残念そうな顔になるんだ。


「なんでえ、やらねえのかよ」

「観光ガイドの仕事のついでに寄っただけだ。エインヘリヤルとの死闘なんてごめんだね」

「変な副業してんだな。お前さんならもう少し稼げる仕事もあるだろうに」

「本業はクラーケンハンターなんだ」


 理解のされていない反応をされた。神兵からしても頭のおかしい職業らしいな。

 とりあえず聞いてみるか。


「あの大門の向こうにいるのか?」

「何を言ってるのか分からねえが知りたければ上等ブッチギリ四露死苦コースを受けるんだな。我が主もお喜びになる」

「強敵の登場を?」

「応!」


 逸話からして強敵を探してそうな女神さんだ。そりゃあもう救世主なんて大喜びの餌だろ。ますます入る気が失せたぜ。

 残りの時間は他のやつらの見物にする。


 意外とリジーちゃんが強い。神官を打倒するようなパワーはないが軽やかに逃げ回っていて、時折鋭いレイピアによる突きを繰り出している。基本的な技能は習得済みだが鍛錬には熱心ではない、そんな感じだ。


 エリンちゃんはね、俺が見学に回る以前に脱落していた。知ってた。

 ベル君は何だろうか。よくわかんねえけど半泣きで戦ってる。あいつ技を学びに来てるって理解してる?

 アーサー君は普通に戦ってる。何なら一番真面目に教えを受けているまである。


 ナシェカ? 学ぶ気ゼロなんで神官を倒しちゃってるよ。普通に強いのはわかったけど向上心ないよね。


 はてさて、大門に入っていった二人はどうなっているやら……



◇◇◇◇◇◇



 大門がゴゴゴと重低音を立てて閉じていく。

 逃げ場を失ったマリアとウェルキンが剣を抜き、だがおっかなびっくり暗闇の中を進んでいく。


 足音が広がりをみせ、響きは随分と遠い。どうやらけっこう広い空間らしい。

 ただし真っ暗だ。本当に何も見えない。


「≪天に輝くストラの分け身をここへ 光よ灯れ、闇を照らせ 灯火≫」


 マリアが魔法照明を灯す。

 これで視界が取れる、と思ったが灯った明かりが瞬時に消え去った。


「失敗か?」

「こんな簡単な魔法で失敗するか! ウェルキンがやんなよ!」


「やれやれ、無粋だねえ」


 声がする。遠くから声がしたのだ。

 マリアの頭の上で居眠りこいてたジョンが立ち上がって唸り声をあげ出す。


「この闇も試練の一つなのさ。目に頼り切りじゃあ完成した剣士とは呼べねえ、そうだろ?」


 足音はしない。

 だが何者かが確実に近づいてきている。目には見えない圧力がグングン強くなっていく。


「あはっぁ、そうさ、あたいを感じな。わかるだろう? 感じるんだろう? 目なんてちっぽけな感覚はお捨てよ、それが最初の一歩さ」


 マリアが暗闇の向こうを睨みつける。

 見える気がした。この暗闇の向こうに潜む敵の姿を―――


「っち。だから目に頼るなっつってんだろーが。勘の悪いガキどもだな……」

「あんた何者?」


 暗闇の向こうで何者かが―――

 大股を開いて半座りしている気がする!?


「あたいか? あたいはこの神殿の神殿長のアーレってモンだ。てめえらに教えを授けてやる女神様の剣だとでも思いな!」


 マリアが刀子を投擲する。アーレなる人物の足元で火花が散る。

 一瞬だけ垣間見えたその姿は―――何というか何とも言えない奇怪なファッションであった。リリウスが見たらたぶん特攻服とか言いそうな格好だ。


「ぶっ込んでいくんでッ、四露死苦ぅ!」


 こうしてマリアとウェルキンとジョンによるVS剣神アレクシス戦が始まった。

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