ロストフラグメント 失われた希望
時はあの怪獣大決戦まで遡り、これは失われた物語。
遥かな洋上で聖銀竜と殺害の王が衝突する。
命を燃やして戦う様はケダモノの生存競争にも似ていて見ている方が穏やかでは居られない。……ましてやそれが大切な男なら。
使役するガルダの背から決闘を見守るウルドが共に背に乗るアシェラへと問いかける。
「いざという時は射殺す。よいな?」
「殺せば仮説の一つが証明できるし構わないよ。……銀狼くんを倒したとして意味があるかはわからないけどね」
「意味? 意味がないというのか、神には友人を想う心すら理解できないというのか。ワシも住み慣れた王都を破壊され幾人もの知人を奪われた。カトリーエイルを奪われたあやつの想いさえも理解できないのに御身はリリウスの傍にいるのか!」
「視点のちがいだね」
「神の視野には人は映らぬか!」
「ぼくらが何と戦ってるかって話だろ。定められた未来だ。覆したとしても再誕する悲劇だ。配役を替えて巡り続ける結果なんだよ。カトリーの死はフェスタからの地続き。偽証精霊事件はディアンマ戦の揺り返し。……銀狼くんを倒したとして配役は誰に回るか考えろよ。ドルジアの春という歴史の転換点となる大量死の悲劇の替わりに上演される悲劇の名に思い当たらないわけじゃないだろ」
ウルドが握り締めた拳を解く。
もしドルジアの春が起きなかった場合。本来死ぬはずの人々を殺すために運命が放つ刺客が何であるか、すぐにわかってしまったからだ。
「銀狼くんが倒れた場合は殺害の王が暴走する危険性が高まる。それでもいいなら殺せよ」
「あの者どもは本来ディアンマが殺す予定の者どもだったからシェーファを恨むなと?」
「個人としては好きなだけ恨めばいいさ。だがぼくらが何のために集まり何と立ち向かうのかまで見失うなよ。未来だ、敵は別の時間軸に置いてすでに発生し運命として固定化された因果律そのものなんだ。矮小な視点で戦う者は神狩りには要らない」
「惨いことを言いおる。ワシに仇を見逃せと抜かすか……」
「リリウス君が言わないのならぼくが言うしかないだろ。彼は止めないよ、ウルドが仇討ちを欲するなら絶対に止めない。自分の大きな目的の失敗につながるのだとしても止めず、それどころかキミのために今こうして自らの計画を破壊するために決闘まで挑んでいる」
アシェラがウルドの手から長弓をもぎ取る。微かな抵抗を踏みにじって強引に奪い、浜辺へと放り捨てる。
「だが彼の想いを無下にするものはぼくが許さない。ここまで想われていながら彼の邪魔をするような女が傍にいることなど認めない。それがキミでもだ」
「本当に惨いのぅ。そこまで言われては何もできぬではないか」
「ここまで言っても止まらないのなら始末するしかなかったから嬉しいよ」
アシェラが語る。アシェラ神殿がここまで調べてきた未来についてだ。
「因果律は小さな変化はおそらく許容する。だが大きな出来事、それが起こらなかった場合に未来の変動が大きくなりすぎる出来事には必ずカウンターが入る。その大きな出来事ってのが何か、これについて調べてきた」
いわゆるドレイクの手記と呼ばれる数年内またはすでに発生した迷宮暴走の記録を基にアシェラ神殿は変化を探ってきた。LM商会迷宮コンサルタント部門は多くの迷宮都市と契約して暴走から諸都市を守ってきた。
揺り返しは起きた。疫病の発生という形で大量の死者がでた。
揺り返しの起きない地域もあった。今後発生する可能性を論じながら要観察としているが、アシェラはここにこそ注目している。
「昨年のMAP兵器による被害が異様なほどに少なかったね。すぐに対処できた国はともかく豊国に関しては滅びてもおかしくない被害が出ていてもおかしくなかった」
「被害が少ないのは良いことじゃが。……死ぬと不味い人物を因果律が守ったと?」
「可能性としてはそうも考えられる」
アシェラが可能性の欠片から特に問題視している点を語る。
すでに死んでいなくてはいけない者がどうしてまだ生きているのか。
本来死んではいけない者が死んでいる可能性があるのか。ならば因果律はそれをどう処理する?
「死者を蘇らせるすべはない。ならば因果律が何を許容し何を許さないかがここから見えてくる」
「先に視点と言ったな? あれはワシだけに言ったわけではなかったのじゃな」
「うん、因果律と同じ視点を持たなければ戦いようがないからね。まだ仮説の段階だけど因果律は歴史的な視点から物事を考えている。個人ではなく大きな流れで調整を行い、最後の滅びへのロードマップを作っている。だが時の大神は止めろと言った」
第一予言を止めろ。第二予言を止めろ。
アリスリートを通してナルシスから伝えられた二つの予言を止めろ。ここで大きな疑問が生まれた。どうして自分で止めない? やつが自らの手で為さぬ理由があるとしたらそれは何だ?
未だ多くの謎の包まれた時の権能についての考察が一つ進んだのかもしれない。
アシェラが誰にも聞こえぬようにこっそりと呟く。仮説を聞いたウルドが驚きに声を震わせる。
「……そこまで考えておいて情報を伏せてきたのじゃな?」
「確証はない。仮説の段階で口にするのは英知のアシェラの本意ではないんだ」
ここで、それまで会話に参加してこなかったフェイが尋ねてきた。
「それで結局どうするんだ? シェーファを倒すのか?」
「「えッ!?」」
驚愕するアシェラとウルドである。
(フェイおぬし……)
(ええぇぇぇ、まさか聞き流していたの……?)
難しい話は聞いてもわからないので話が長くなると聞き流す。興味が湧いたら後でリリウスから説明させる。フェイはこういう奴である。
昔はもう少し自分の頭で考えていたのにどうしてこうなったのだろう?
アシェラとしては扱い易くて助かるけど一人の人間としては心配だ。だって頭がリリウスに付いてる戦闘マシーンなのだ。そして隣には戦闘マシーン二号のレテもいる。やる気まんまんで弓を握っている。完全に殺る気だ。
アシェラ神がすべての葛藤を呑み込むふうに大きく頷く。戦闘マシーンにもわかる言葉で話さなくてはならない。
「おそらくだが銀狼くんは倒せない。歴史的な大事件を起こす人間は因果律によって守られている可能性が高い」
「なるほど、因果律を先に倒せばいいんだな? それで因果律はどこにいる?」
「フェイ君あのねえ……」
呆れているアシェラの表情が強張る。気づいたのだ。
「え、もしかして倒せるのか? 因果律が強固に守る未来を局所的に崩すのではなく因果律そのものを破壊する。これが可能だとしてそもそも因果律が何かって話になる。未来を保証する観測外のちからの出どころを抑えることに注視していたが、出どころを掴むって発想はなかった。未来ってなんだ? いやちがうな、ぼくらが倒すべき未来は第一派生未来だ。時の大神が観測した第一派生未来が異なる未来の誕生を拒んでいる。そしてリリウス君だけが第二派生未来を生むことが可能。……殺害の王は局所的に因果律を覆していることになるのか。殺害の王なら第一派生未来を殺せるんだ。うわー、気づけなかった、うわー、え、これマジで正しいの?」
「知らん!」
「フェイ君たまにすごい案だすよね。これは面白いというか試してみる価値があるというか!」
「盛り上がってるところすまぬがワシらにも説明してもらえんかの」
「だからさ! 時の大神を倒せば悲劇の揺り返しが止まるってことだ! そうだ、そうなんだよ、時の大神が観測した結果が第一派生未来でこれを保証しているのが奴の権能なんだ。これを殺害の王なら倒せるんだよ!」
Delete:時の欠片の消去を実行中。成功。
小狼の発言に介入し書き換えに成功。閃きを阻害します。
近海を回遊する混沌のハザク及びエントリアルへのヘイトリアクションに成功。決闘へと介入します。
赤竜グレイズルミガーへと神託の実行。決闘へと介入させます。
聖銀竜シェーファの闘争心を沈静化させます。……失敗。




